34話 過大な対価と、合縁奇縁①
俺とマリカがマール連邦に帰国して、三週間ほど経った。
グラーネの屋敷、大広間での朝食。
長机を二つ並べて、大人数での食事。
様々な料理が並べられていたが、今ではほとんどの皿が底を見せている。
食後の果実水を飲み、人心地がついた。
やはり、これが俺の日常だ。
「今朝も美味かったよ、ピーター。カミラもありがとう」
「旦那さまが帰ってきて、本当に良かったでさあ。……前にも聞いた気がしますが、ノヴァリスの飯と比べてどうですかい?」
「悪くなかったが、お前達には負けるな」
「あら、まあ! そんなこと言われちまったら、夕飯も頑張らないとねえ」
「ははっ、違いねえ!」
夫婦二人が喜んでいる姿を見てから、視線を子供達に移す。
テーブルマナーがそれなりに出来ているのは、レオナルドとモニカか。
ユリウスについては……まあ、ほぼ身内だけということもあって気が抜けてはいるんだろう。
三人とも、身体の方は人間換算で6歳、心は3歳。
今はマナーについて厳しく教えるより、食事を楽しむことの方が大切かもしれない。
「いやー、美味かった! この国の料理、味付けが気に入ってるんだよなあ」
椅子に背中を預け、だらりとした姿勢で腹をさするタチバナ。
こいつがマールに来てから結構経つが、一向にパルティーヤに帰る気配が無い。
「相変わらず、よく食うな。……ところでタチバナ、お前いつまでいるつもりだ?」
「おいおい、その言い方は無いだろー? まあ……そろそろ帰ろうかなと思ってたけどさ」
タチバナはグラスの果実水を飲み干し、立ち上がった。
「ごっそさん。ねえねえレオくん、モニカちゃん、ユリウスくん。良かったらお兄さんとお話しない? パルティーヤの話とか、お父さんの話とか聞かせてあげるよ」
「はい、ぜひ!」
「わたしもききたい!」
「おれも!」
タチバナは子供達を連れ、大広間を出て行った。
その様子を見ていたグラーネは、苦笑いしつつも受け入れているようだ。
外の話を聞かせてくれる存在は、子供達にとって間違いなく有益。
タチバナは掴み所の無い奴だが、レオナルド達が嫌がっている訳でもない。
ならば遠慮せず、情操教育を手伝ってもらおう。
食事を終え、書斎へ。
7月に入り、まだ朝ではあるものの、気温の高まりを感じ始める時間。
日差しから本を守りたい気持ちと、暑さから逃げたい気持ち。
……うん。カーテンは閉じたまま、窓だけ開けるか。
シャツの袖をまくり、本日の業務開始。
書類へのサインと捺印、整理だ。
溜まっていた紙の束を見た時は卒倒しそうになったが、終わりが見えてきた。
(──これとは別に、また各所に書類を送らないとな。帰国早々、口頭で伝えはしたが……やはり正式な書類があってこそ世の中は回る)
銃、火薬、弾丸、部品の製造。
全て前倒ししろと指示を出した。
高炉も新たに建造中の二基目に加え、最終的には四基まで増やすつもりだ。
国内の製造業全体を考えると、コークス炉も増設する必要がある。
銃を作って終わりではない。
それを扱う兵の訓練も必要だ。
時間も、人も、金も足りない。
救出した亜人達に関しては、ユヅルから定期的に報告を受けている。
以前ユヅルの為に建てた少し大きめの診療所で、女性を数人雇い、交代で様子を見られる体制を整えた。
将来的には看護師として働いてもらう予定だ。
国内を視察に行きたいが、ここ数日は控えている。
リヒトブリックから手紙が届き、アルマとウルスラがノヴァリスでの件を報告に来ると知らせがあったからだ。
どうせなら、屋敷でスムーズに出迎えたい。
そんな気持ちから、引きこもり生活を三日ほど。
そろそろ到着するはずなんだがな……。
(……というか、アルマは分かるがなぜウルスラなんだ? そこは普通、イライザだろう)
思い当たる一つの可能性としては、エリノアだ。
あまり仲が良くなかった俺とウルスラを、この機会にどうにかしようと考えた。
もしそうなら、悪くないやり方だと思う。
今のウルスラは俺に対し、多少なりとも敬いの気持ちが芽生えたはず。
俺はあいつの同僚の命を救った。
まあ流石に、そのくらいの常識は持ち合わせているだろう。
(やばい、緊張してきた。ウルスラと何を話せばいいんだ? ……とりあえず、今は目の前の仕事に集中だな)
書類仕事をひとまず終え、ソファに横になった。
そこでふと、ある人物が頭に浮かんだ。
タチバナの他にもう一人、我が屋敷に滞在させている。
──少し、様子を見に行くか。
書斎を出て、目的の人物がいる部屋を目指す。
途中、森人の使用人とすれ違う。
頭を下げる彼女に対し、話しかけた。
「やあ、ダフニー。ここでの生活は慣れたか?」
「はい、ソウマ様。他の者たちも、精一杯働いております。我々を自由にして下さり、本当に感謝しています」
「話を決めたのはグラーネだ」
とにかく真面目で年長者のダフニーを筆頭に、六人はよく働いてくれている。
おっちょこちょいだが、やる気は人一倍のアイリーン。
無口だが仕事は確かなマノン。
さぼるのが上手いロジーヌに、食べるのが大好きなコルネア。
それから、いつの間にかいて、いつの間にか消えるペトラ。
まだ出会って日は浅いが、俺の中では大体そんな印象だ。
ペトラについては、まあ……伸び代に期待しとこう。
「はい……。我々六名で金貨千二百枚、多大なるご迷惑をお掛けしてしまいました。なんとお詫びすればよいか……」
「前にも伝えたが、それはお前達の借金じゃない。お前達が色々と話してくれたおかげで、森人の事情もそれなりに分かった。何か困ったことがあれば言ってくれ」
「有り難う御座います、ソウマ様。我々一同、身を粉にして働く所存ですので」
ダフニーと別れ、目的の部屋に辿り着いた俺はドアをノックした。
「おーい、フィネスキ。入っても大丈夫か?」
「……入れ」
最初は文句を言っていたが、近頃はすっかり大人しくなった。
理由はちゃんとあるが、そこまでショックを受けるとは。
部屋に入り、テーブルの上をチェックする。
おいおい、食事にほとんど手を付けてないじゃないか。
「飯はちゃんと食え。……俺が食べさせてやろうか?」
「……」
ベッドに腰掛けているフィネスキ。
俺を睨む気力も無いのか、そっぽを向いてしまった。
そういえば、こいつは俺とマリカが修羅場になっている時、煽りを入れてきたな。
しおらしい感じはなんだか気持ち悪いし、やり返しとくか。
「なあ、フィネスキ子爵──ああ、悪い悪い。今のお前は、ただのフィネスキさんだったか。まあ俺達の脱出に協力したんだし、爵位を取り上げられるのは当然だよな」
ノヴァリスから外交経路を通じて俺の屋敷に届いた、フィネスキ宛ての手紙。
爵位の剥奪と、ノヴァリス国内での彼の資産を没収するという内容だった。
俺は無反応のフィネスキに対し、追い打ちを掛ける。
「一般人になったフィネスキさんと違って、俺は今も貴族様だ。亜人の奴隷を助け出し、王女付きの近衛侍女を救った功労者ときた。褒美もそれなりに期待出来る。まあ……世の中、色々あるよなあ」
「……ふぐっ……ううっ……!」
泣くのかよ。
ちょっと悪い気がしてきたが、こいつがやった事は許してはいけない。
フィネスキの隣に腰を下ろし、肩を叩いてやった。
「俺はお前との約束を守り、殺さずに生かした。命があれば、何でも出来るだろ? ローザ・カルミナ館に関する調書をまとめ終わったら、何か商売でもやってみろ。俺の管理下で、監視付きにはなるがな」
「……私に……出来るだろうか?」
フィネスキは潤んだ目で俺を見ている。
鼻水も垂れ流し、元貴族とは思えない情けなさだ。
「さあな。ただ、人の動かし方はそこらの奴より上手いはずだ。そら、飯を食って身体を休めろ。また様子を見に来るからな」
部屋を出て、溜め息をついた。
あのしょぼくれたおっさんを、どうすべきなのか。
(フィネスキの利用価値は、俺達がノヴァリスから脱出した時点でほぼ無くなった。おそらく、エリノアは今回の件を公表せず、実利を取るだろう。公表すると政治的なリスクもあるし、俺と考えが似ているからな)
それ自体はいい。
念の為、調書は作っておくが。
万一に備えた保険だが、まあ使う機会は無いだろうな。
じゃあ、調書を作り終えたところで、俺がフィネスキを裁くか?
他国への影響を避け、秘密裏に殺す。
そんなのはただの自己満足だし、本来はノヴァリスがやるべきことだ。
ただ、フィネスキをノヴァリスに引き渡そうとは思わない。
俺は彼を生かすと約束したし、彼がノヴァリス脱出に貢献してくれたのも事実。
(あんな奴でも、俺が連れて来たんだ。立ち直るまで、面倒を見てやらないとな)




