33話 未来の義父と、それぞれの帰国③
「何だよ、マリカ。話って」
何やら緊張した面持ちのマリカ。
こちらの様子を窺いながら、頬を赤らめている。
「……その……さ。アタシ今回、めちゃくちゃ頑張ったっしょ? もちろん、ソウちゃんもだけど」
「ああ、もちろん。俺達も頑張ったし、ロメオや王女の影達も頑張ってくれた。……その中でもやはり、マリカが一番の立役者だと思ってるぞ。お前無しじゃ今回の作戦、絶対に成功出来なかった。改めて礼を言うよ、ありがとう」
そして何より、エリオドロ教皇と接点を持てたのは大きな収穫だった。
彼がローザ・カルミナ館の情報を提供してくれたし、ノヴァリスに対して疑念を抱いているという事も分かった。
死んでしまった《揚羽》や《鴉》、その協力者達にも感謝したい。
彼らがフェリクス将軍を討ち果たしてくれたおかげで、来たるべくノヴァリスとの戦争にいくらか余裕が出来たのは確かだ。
「……うん、ありがと。アタシたち、結構いい感じになってきたよね? その、なんていうか……絆が深まったっていうかさ」
「まあ、そうだな。それにいつだったか、ベランダで拳も合わせた仲だし」
「うわっ、それ覚えてくれてたんだ!」
「そんなの、当たり前だろ? ……あの時、お前には散々迷惑かけられたよなあ。ボズウェルと戦う羽目になったし」
「ソノセツハドーモ、スミマセンデシタ」
「ははっ。その分、ちゃんと仕事してくれてるじゃないか。……これからもよろしく頼む」
「へへっ、こちらこそ!」
マリカの前に拳を突き出すと、こつんと合わせてくれた。
あの時はマリカからだったが、今回は俺からだ。
高校時代は殆ど交流が無かった相手。
人生、何があるか分からないもんだな。
「……はっ! ちがうちがう、これじゃ友情エンドじゃん! もー、いつの間にかソウちゃんのペースになってるし……」
「何だ? こういう話がしたかったんじゃなかったのか?」
「こういうのもいいけど、今は違うの!」
「じゃあ、何なんだよ……?」
「う~~!! このギャルゲー主人公!!」
マリカは唸ったり頭を抱えたりと、しばらく挙動不審な動きをしていた。
だが、急にぴたりと止まったかと思うと、俺の両肩を掴み、顔を近づけてきた。
「……いい? 耳の穴かっぽじって、ちゃんと聞いて。ごまかすのはナシで」
「……分かった」
マリカは頬を染め、目を潤ませている。
俺はただ、彼女の言葉を待つ。
「好き。好きなの。付き合おうよ、アタシたち。ずっと、ソウちゃんのこと守るからさ。結婚して、子供もたくさん産みたい」
「……なるほど。そういう話か」
──クラスメイトに告白された。
そんな事実を無視するように、荷馬車は変わらず街道を進む。
車輪の音が、俺と世界を辛うじて繋ぎ止めている。
……どうするのが正解だ?
(まず、普通に付き合う場合。これは正直、そんなに悪くない選択肢だ。少なくとも、この場を難なく切り抜ける場合は。今現在、俺はマリカに対して、悪い感情を持っていない)
一緒に行動する機会も多いし、話も合う。政治の話以外は。
お互いの生活に潤いが生まれ、ますます仕事に励めるようになる。
(──いや。本当にそれだけか? 残りの帰り道を気まずい思いで帰りたくないという気持ちが先走って、何かを見落としている気がする)
「……あのー。お返事、待ってるんですけど?」
「ちょっと待ってくれ。今、考えてる」
マリカが俺達に合流してから、それなりの月日が経った。
近くにいて、性格もある程度は分かってきた。
そんな彼女と俺が付き合ったと仮定して、この先の展望を改めて考えてみる。
──うん。そうなるよな。
じゃあ、伝えるか。
「返事は決まった。聞いてくれるか?」
「……ごめん。やっぱり、今の告白は取り消していい?」
「それは、お前……。今さら無理だろ、お互い」
「だって、断ろうって顔してるし。友だち同士でいいよ、今まで通り。……アタシ、ただの人殺しだもんね。変なこと言ってごめん」
「違う。お前が人を殺したからじゃない。そこは勘違いするな」
「もういい! ほっといてよ!」
マリカは俺から離れ、そっぽを向いた。
すすり泣く音が聞こえる。
「……くははっ! いやはや、これは傑作だ! 散々ノヴァリスで暴れた挙げ句、その帰り道に女と痴話喧嘩! マールの種馬、かくも忙しいものだとは!」
「黙ってろ、フィネスキ!」
聞き耳を立てていたフィネスキに怒鳴る。
だが、怒鳴ったところで俺とマリカの溝は埋まらない。
「おーい、ソウマ! なんか……あれか!? 喧嘩か!?」
「大丈夫だ、タチバナ! こっちの話だ!」
後ろの荷馬車から、再会したばかりのタチバナが心配してくれている。
自分で招いた事態とはいえ、この空気のままマールまで帰るのか……?
地獄のような空気に包まれたまま、しばらく荷馬車を走らせていた。
落ち込むマリカに対し、どう話を切り出すかを考えながら。
そして俺は、ようやく思い付いた。
一つの光明──というか、マリカの献身に対する俺なりの報い方。
彼女が告白という形で腹の内を明かしてくれたのだから、俺もそうするべきだ。
それで納得してくれるかどうかは、ともかくとして。
「……なあ、マリカ。聞いて欲しいことがあるんだが」
「……」
無視された。
心が折れそうになるのを堪え、語りかける。
「俺がお前と付き合えない理由は、多分……お前を死なせたくないからなんだと思う。仮に、俺とお前がそういう仲になったら──俺が危険な目に遭った時、お前は俺を庇って死ぬ。おそらく、そうなる可能性が高い」
たとえ、付き合わなかったとしてもだ。
マリカは自らの行いによって、俺をはじめとするクラスメイトに迷惑を掛けた。
贖罪への意思はいずれ、生死に関わる判断を狂わせ、彼女を死に追いやる。
大切な仲間ではあるが、異性として好きかと言われたら分からない。
『今は答えられない』と保留にして、期待を持たせるのも残酷だ。
なら、現状維持がいい。
「……かもしれないけどさ。でも、ソウちゃんはこの世界にとって必要な人じゃん。だったら、アタシは後悔なんてしないよ」
「この世界に来てすぐ、クラスメイトが自殺したのを牢屋の中で聞いた。今は恐らく、半分も生きちゃいないだろう。ケイタが目の前で死んで、実感したよ。こんな世界、間違ってるって。……はっきり言おう。お前を失うのが怖い」
「……意外かも。ソウちゃんでも、そんな風に思うんだね」
こちらを向いたマリカは、泣き腫らした目をしていた。
だがその口元は、ほんの少しだけ笑っていた。
「でも……しょうがないよ。それがこの世界なんだし。マールにみんなと集まって、それなりに楽しく生きていく。アタシたちに出来ることって、それくらいだよね」
彼女は真面目な顔をしながら、眉毛を下げた。
それが、俺達の現実。
そう思っていた。
「そうかもな。……けどな、マリカ。俺は今回、ノヴァリスに行って見付けたんだ。この世界で俺が何がしたいか、何をすべきなのか。聞いてくれるか?」
「……うん。とりあえず、言ってみてよ」
耳を寄せるマリカ。
俺はその願いを、初めて言葉にする。
荷馬車の車輪の音に紛れるほど、小さな声で。
「────」
「……えっ……?」
マリカは驚いた顔でこちらを見た。
そしてまた、涙を流した。
「まあ、そんな感じだ」
「ほんとに……やるの?」
「ああ。出来るかは分からないが」
「……いいじゃん、それ! きっと、みんなもそう願ってるよ!」
──そうだろうか。
だが、もしそうなら嬉しい。
「馬鹿げてるって思うか?」
「ううんっ、そんなことない! むしろ惚れ直したし! やっぱ好き、だからお手伝いする!」
俺に振られた直後だし、マリカも完全に割り切れていないだろう。
それでも俺は、彼女に本心を打ち明けた。
向こうじゃただの陰キャ野郎だったが、今はそれなりに人間関係をやれている。
この関係に、名前を付ける必要は無い。
俺とマリカは、これでいい。
「頼む、お前の力が必要だ。……でも、約束してくれ。絶対に死なないって」
「……うん、約束。それと、やっぱり気が変わったってなったら付き合ってね」
マリカは拳の代わりに小指を差し出した。
俺も小指を差し出し、絡める。
これでまあ、ひとまず仲直りか。
相変わらずフィネスキの野郎が聞き耳を立てているが、肝心なところは聞かれなかったはず。
だが結局、こんな時間も今だけだ。
俺は明確にノヴァリスの敵となった。
あの国の国教に背く存在としてだけでなく、殺すべき政敵として。
……帰ったら、今まで以上に忙しくなるな。




