32話 悪因悪果と、夜明けの脱出③
「とっ……止まれっ! お前たち、止まれっ!!」
俺達は国境に辿り着いた。
流石に怪しかったらしく、門番達に周囲を囲まれてしまった。
三台の荷馬車の御者台には、先頭から順にロメオ、護衛に扮した俺、フィネスキが座っている。
ロメオの荷馬車には、証拠の木箱が。
残り二台には亜人達を乗せ、王女の影やアルマ、イライザ、マリカも二手に分かれて同乗していた。
不安がっている亜人達を落ち着かせるため、女性陣を中心に側にいてもらっている。
後ろを振り返り、フィネスキへ目配せする。
出番だ、しっかりやれ。
こちらの意図を察したのか、フィネスキは小さく頷いた。
彼は先頭まで歩いて行くと、横柄な態度で門番と話し始めた。
「……うおっほん! お前たち、何をしている? こいつはダランテ家の倅だ、通してやれ」
「ええっと……すみません。自分はこの春に配属されたばかりで、どこの貴族様で……?」
「貴様っ……!? フィネスキだ、フィネスキ!! ……あんな僻地に住んでいては、知らぬのも仕方無いのか……?」
フィネスキはこちらを振り返り、必死の形相で目配せしている。
どうも頼りないが、あいつに任せるしかない。
頑張ってくれ。
「……フィネスキ家の方、ですね。……いや、今はそっちの荷馬車だ! あんたら、後ろの奴らは何なんだ!! ……奴隷……なのか……?」
「僕がフィネスキさんから買い付けたんですよ。奴隷ではなく、“奉公人”ですが。ほら、ここに契約書類もあります。確認しますか?」
ロメオが援護射撃をしてくれたが、門番達は困惑している。
……なるほど。
ノヴァリスで暮らしている人間でも、人身売買の実態までは知らない者がいるのか。
表向きは、ただの奉公人の取引ということになっているらしい。
契約書類を見せたものの、門番達は相変わらず道を塞いでいた。
──どうする? 俺とマリカで戦うか?
いや、駄目だ。ロメオの立場が悪くなる。
それどころか、パルティーヤとノヴァリスの間で小競り合いが起きる可能性もある。
「……契約書は確認しました。……では、そちらの木箱は? 奉公人の取引にしては、随分と荷物が多いようですが……」
「彼女たちの引き渡しに伴う品と、今回の取引に関する帳簿です。中身を精査した後で、残りの代金を支払う契約になっています」
「申し訳ありませんが、一応、中身を確認させていただいても……」
「ええい、さっさと道を空けろ!!」
フィネスキが、門番の言葉を遮って怒鳴った。
「我がフィネスキ家とダランテ家の取引品を、貴様ら如きが漁るつもりか!? 奉公人ごときにいちいち騒ぎ立て、挙げ句に商談まで邪魔をする! この国で生きていく気があるのか!?」
「……こんなの……許されない……」
新米らしき青年の呟き。
ぐるりと首を青年に向けたフィネスキは、つかつかと歩み寄っていった。
「貴様か。今、許されないと言ったのは」
「……」
フィネスキは青年の襟首を掴むと、鬼のような形相で捲し立てた。
「このっ……愚か者があっ!! 貴様ら、他国の兵がいくらもらっているか知っているか!? 自分たちが如何に恵まれているか!! 我々がどれほど手を汚し、貴様らを食わせてきたと思っている!! それをその空っぽの頭で少しでも理解したのであれば…………そこをどけえっ! 間抜けども!!!!」
青年は唇を噛み締めたまま、何も言い返せなかった。
隣にいた年嵩の門番が、その肩を掴んで後ろへ下がらせる。
「し、しかし……フィネスキ様まで国境を越えられるのですか……?」
「これだけの品を引き渡すのだぞ!? 道中に何かあれば、我がフィネスキ家の信用に傷が付くだろうが! ダランテ家に商品を届け、残りの代金を受け取ったら戻る! 貴様らは余計な詮索をせず、門だけ開けていればいい!!」
悪徳貴族の剣幕に圧倒されたのか、門番達は道を譲った。
門が開く。
そして荷馬車は──無事に国境を越えた。
国境の門が、ゆっくりと後ろへ遠ざかっていく。
荷台の中から、かすかな嗚咽が聞こえた。
振り返ると、獣人の女が胸元を押さえながら、震えている。
隣の森人の女も、何が起きたのか理解出来ていない顔で、門の方を見ていた。
自由になった。
そう理解するには、まだ時間が必要なのかもしれない。
(やっとだ、やっと。帰れる、マールに帰れるんだ……)
朝日を浴びながら、俺達はパルティーヤへ続く道を進む。
アルマとイライザの方を見ると、穏やかな表情を見せていた。
──だが、そんなアルマは、ふと思い出したかのように。
ある二人の名を口にした。
「……あれ。そういえば、《鴉》さんと《揚羽》ちゃんは? 私たち、二人と一緒に行動してたからさ。何か、他の作戦中だったりする?」
「そうね。あの二人にお礼を言わなくちゃ」
俺が伝えていい話ではない。
幸い、ここにはその役割に相応しい存在がいる。
「……アルマさん、イライザさん」
《梟》の声が、いつもより低かった。
荷台の中で、二人が顔を上げる。
「無事に国境を越えたばかりで、こんな話をするのは酷だけど。伝えなければならないことがあるの」
アルマの表情から、少しずつ笑みが消えていく。
イライザは何も言わず、《梟》の顔を見つめていた。
「《鴉》と《揚羽》は、役目を果たして死んだわ」
「……嘘、だよね……?」
アルマの声が震えた。
《梟》は、何も答えずに首を横に振る。
「把握している範囲で話すわね。《鴉》は、仲間たちと共にマールへ向かう途中、フェリクス将軍との交戦で死亡した。《揚羽》はその場を抜け、ソウマさんの元まで辿り着いて協力を要請した後、息を引き取ったそうよ」
「そんな……私たちの、ために……」
アルマは両手で口元を覆い、俯いた。
隣にいたイライザは、唇を噛んだまま黙っている。
俺は前を向いて、手綱を握り直した。
泣いている二人に、俺が掛けられる言葉はない。
ただ、心の中で《揚羽》に伝える。
(お前の最後の願いは、無事に叶った。アルマとイライザは、生きてノヴァリスを出たぞ)
墓も作った。
弔意も示した。
ひとまず、俺に出来るのはここまでだ。
「……帰らなければ」
やがて、イライザが呟いた。
「私たちは、エリノア王女殿下の元へ帰らなければなりません。あの二人が命を賭けて繋いでくれたものを、ここで終わらせるわけにはいきません」
誰も、それ以上は口を開かなかった。
荷馬車の車輪だけが、朝の街道を軋ませながら進んでいく。
俺は俺で、他に考える事がある。
ケイタの死、救出した亜人達。
そしてノヴァリスで見付けた、俺の願い。
……ああ、そういえば。
ロメオの父親に、今回の件をどう説明するかもだ。
──やれやれ、気が重くなってきた。




