32話 悪因悪果と、夜明けの脱出①
「それで、アマンシオさんだっけ。どう? 痛い? 反省した?」
「……うう……あ……」
ヴァルゲス邸の大広間、その壁。
二本の槍で磔にされた屋敷の主は、なんだかぐったりしていた。
まあ痛いし、当たり前だよね。うん。
一応、《隼》くんに押さえつけてもらって、左右の肩口を狙った。
アマンシオの足元には血だまりが出来ちゃってる。
このままほっといても死にそう。
「……お前たちは……何が狙いだ……? 屋敷の人間を……何人殺した……?」
「あなたとドロテオって人以外、全員かな。ここから王都、結構近いでしょ? 口封じっていうか……悪いとは思うけど、時間を稼ぐ必要があるからさ」
「……目的は……ローザ・カルミナ館か……ふふっ、馬鹿なことを……私が死んでも、あの場所は続いていく……これから先も……ずっと……」
アタシたちを、正義の味方か何かだと思ってるのかな。
それはちょっと訂正しておこう。
「別にいいんじゃない? アタシたち、アルマさんとイライザさんを助けに来ただけだから。お好きにどうぞって感じかな」
アマンシオは顔を上げて、目を見開いている。
信じられないような物を見るような、そんな顔だった。
「……馬鹿な。……そんな……理由で……? お前、まさか……マール連邦の……」
「そういうこと。エリノア王女の周りに手を出したら、ソウマ・スタリオンが動く。この後はソウちゃんと合流して、ノヴァリスを脱出する予定なのです!」
アマンシオの前まで椅子を引っ張って、腰を下ろした。
……あんまり、ここで時間使ってる場合じゃないよね。
《隼》くん、まだ時間かかるかなあ。
「一つ……聞かせてくれ。……お前は……スタリオン卿に意見出来る立場なのか?」
「んー? まあ……この世界に、一緒に召喚されてきたからね。普通に色々、言えるけど」
「そっ……そうか! なら、頼みがある! ……私を亡命させてくれと、お前からスタリオン卿に頼んでくれないか? 借りは返す、絶対に!」
今までの弱り具合はどこにいったのか、アマンシオの目に光が戻った。
──そうきたかあ。
「でも、あなたを殺してこいって言われてきたからなー」
「待て、待ってくれ……そうだ! 証拠がある! ノヴァリスの貴族や神官どもが長年、亜人や人間の人身売買に関わっていた証拠だ! 名前も、取引の記録も、全部ある! 私を生かせば、それをお前たちに渡してやろう!」
「おっ、いいねえ! やっぱり証拠、あるんだ」
「そうだ、ある! ……さあ、この槍を抜いて、手当てしてくれ。案内する」
こういう場合、殺す前に利用出来るだけ利用しろと、ソウちゃんに言われている。
アタシは椅子から立ち上がり、槍に手を伸ばす。
そんな絶妙なタイミングで、《隼》くんが大広間に入ってきた。
「おい、こっちの仕事は終わったぞ。……んだよ、まだ殺してねえのか。そいつ」
「うん。なんか、人身売買の証拠を渡すから亡命させろって」
「ははっ、みっともなく足掻くじゃねえか。……残念だが、お前の家来が吐いちまったぜ? 証拠の在処ってやつをな」
「……申し訳ありません……アマンシオ様……」
《隼》くんが引きずるように連れてきたドロテオとかいう人は、顔のあちこちが腫れていた。
よく見ると、指も何本か折られてる。痛そー。
「ドロテオっ!! お前、私を売ったのか!? この……恩知らずが!! 絶対に許さん! 命にしがみつく薄汚い老いぼれめ!!!!」
あーらら。
アマンシオくん、ぶちギレてるう。
でもそうなっちゃうと、もう生かしておく必要なしだね。
大広間の壁に飾ってあった、悪趣味なデザインの斧。
あらかじめテーブルに突き立てておいたそれを、アタシは引き抜いた。
「ねえー、《隼》くん。なんか、ハンカチみたいなの持ってる?」
「んなもん、あるわけねえだろ。……お前、持ってるか?」
「こっ……こちらに」
「いいじゃん、それ。ちょっと借りるね」
ドロテオさんの執事服の胸ポケットに、丁度いい感じのハンカチが入っていた。
アタシはそれを受け取ってから、アマンシオの前に立った。
「じゃ、そーいうことなんで! あなた、もう死んでいいよ」
「なっ!! おい、待て──むぐぅっ!!」
「よーーいっ……しょお!」
アマンシオの口にハンカチを詰め込んでから──お腹に斧を叩き込んだ。
野球のバットを振るみたいに。
「ん゛ん゛ん゛ーーーーーーーッ!!!! ん゛ん゛ん゛ーーーーーーーッ!!!!」
──人間って、こんなに目が開くんだ。
身体をびくびくさせながら、暴れるアマンシオ。
これでよしっと。
「じゃあその証拠ってやつ、アタシにも見せてよ」
「ああ、いいぜ。少し確認したら、さっさと外に運び出しちまおう」
ヴァルゲス邸の一階、物置の奥にあった隠し部屋。
そこには、木箱が積み上がっていた。
数はえっと……10個かな。
《隼》くんが開けた木箱の中身には、大量の書類が入っていた。
虫除けらしい乾燥した香草と、多分……湿気を吸わせるための木炭も一緒に。
木箱の隙間まで蝋か何かで塞がれていて、保存対策はしっかりしてるって感じ。
確かに証拠は欲しいけど……これ、全部……?
「ほら、こいつを見てみな」
「うん」
《隼》くんに渡された、数枚の書類。
よく分からないけど、日付だけは分かった。
ひゃ、100年前!? うわっ、こっちは150年前の書類だし!!
「……なんでこんなの、残してたんだろ? 見つかったらヤバいって、誰でも分かるじゃん」
「売り手や買い手に対して、実績を示すため。あとは、いざという時の脅しだろうな。名前が残ってりゃ、関わった奴らは簡単に裏切れねえ……ってとこだろ」
「でも、これ……100年以上前の書類もあるよ? アマンシオって人、そんな昔から生きてたわけじゃないよね?」
「こいつが始めた商売じゃねえってことさ。ローザ・カルミナ館を手に入れた時に、昔の帳簿までまとめて奪ったんじゃねえか?」
商品カタログみたいな、そんな感じだったのかな。
でも、これだけあれば証拠は十分だね。
ノヴァリスのお偉いさんたち、何人くらい巻き込めるんだろ。
「これ、全部持って行こう。全部荷馬車に載せたら、ロメオさんがいる宿屋に行こっか」
「だな。……ちっ。こんなことになるならよお……あの老いぼれの指、折るんじゃなかったぜ」
「ま、しょうがないっしょ。……ちなみに、あのおじいちゃんはどうする?」
「それなんだが……じいさんは生かすことにした。手足を縛って、そこら辺に転がしとこうぜ」
あれ、殺さないんだ。
なんか理由とかあるのかな。
「見かけによらず、おじいちゃん子だったりする?」
「違えよ。何の手掛かりも残らなきゃ、ノヴァリス国内の人間まで疑われる。あのじいさんには、マールの人間に襲われたって証言してもらう。この国に潜伏してる仲間を守るためにな。……あんたのお友達には悪いが、じいさんの中じゃ俺はスタリオンの仲間ってことになってる」
「なるほどー! 《隼》くん、結構考えてるんだねえ」
「あんたみたいに強くねえから、代わりに頭使ってんだよ。それと一応、ここを出る前にアマンシオが死んだか確認するぞ」
「うん、了解」
さ、喋ってないでお仕事お仕事。
二人だと大変だなあ。
後は、ソウちゃんの方だけど──ま、心配しなくても大丈夫か。
アタシの惚れた男だしね。
……どうしよ。
思い切って、帰る途中に告っちゃおうかな。
一緒にピンチを乗り越えて、仲も深まったしさ。
ちゃんと二人で帰るまで、あと少しだけ頑張ろう。




