31話 奈落の再会、そして別れ⑤
「ごめん……ごめんね……ケイタくん……」
アルマは横たわるケイタの瞼を閉じさせた後、静かに泣いていた。
そんなアルマに寄り添い、肩を抱くイライザの目も濡れている。
どんなやり取りがあったかは分からないが、交流があったんだろう。
俺は立ち上がり、様子を見守っていた《梟》と《土竜》に呼び掛けた。
「……お前達は一旦別館に戻って、倉庫にあった服に着替えてくれ」
「あー……そういうことっすね」
「奴隷に成りすまして、ノヴァリスを脱出ということかしら。他のみんなを、上手くおめかししてあげないとね」
「そうだ。色々考えたが、多分それが一番成功する可能性が高い。俺はマリカと合流した後、このままロメオの護衛として国境を越える。……アルマとイライザは、亜人達の側にいてやってくれ。あいつら、不安がってる」
「……分かった。後で、ちゃんと話そうね。ほら、イライザも」
「……ええ」
立ち上がる二人。
あと少しだ、頑張ってくれ。
俺はウルバノに近づき、手紙を渡した。
「もう一つの情報だが、俺の正体についてだ。ソウマ・スタリオン。ここを潰したのはマールの種馬だと、ノヴァリスのお偉いさんに伝えろ」
「おう、了解だ。……女二人助けるためとは、なかなか格好いいねえ」
「……ま、そういう事にしといてくれ。なるべく、俺の印象が悪くなるように頼む」
今回はロメオにも手伝ってもらったが、ノヴァリスが彼の家であるダランテ家への報復を考える可能性がある。
ダランテ家から関心を逸らし、なおかつ俺とエリノアへ、より強い敵意を向けさせるような決定的な何かがあるといいんだが──。
別館に向かう影達を確認した後、アルマ達と亜人の元へ向かった。
その途中。
「──おい、武田!!」
背後から怒鳴り声。
声の主は当然、赤井だった。
「久しぶりだな、赤井。だが、俺達は急いでいる。……死にたくなければ、ウルバノに付いていく事を勧める」
「ふっ……ざけんなよ、お前! お前がここに来なけりゃ、ケイタは死ななかった! あいつとはずっと、ここまでやって来たんだ! それをお前が壊した!!」
田上と久慈の表情からも、俺を責めている事が分かる。
──確かに、それも要因の一つだ。
それについて、言い訳するつもりは無い。
「……お前達、何か勘違いしてないか? そもそも、死にたくないなら最初からこんな場所に来なければいい」
溜め息を吐きながら、ぞんざいな態度をしてみせた。
困惑する三人。
「ここで何をしていた? アルマ達や亜人達を見て、何も思わなかったのか? こんな場所を、ケイタが気に入っていたとでも?」
「はっ! ……あの頃と違って、ずいぶん生意気だな」
田上の物言いに、懐かしさすら覚えた。
もはや何も感じない。
「そりゃそうだ。俺は貴族、お前らはただの一般人。あまり調子に乗るな、土下座しながら喋れ」
「なっ……!」
目を見開く田上は、どこか滑稽だった。
久慈も顔を引き攣らせている。
ケイタが死んでしまったこの状況では、もはや対話でやり過ごすのは不可能だ。
なら、実力行使しかない。
だが、奴らが三人で襲い掛かってくる事はない。
見下していた俺を相手に、それを選べるほど赤井の自尊心は軽くない。
なあ、赤井涼平。
お前は、そういう奴だよな。
「──殺すっ!! 今っ、ここでっ!! お前を殺してやる!!」
両手剣を構える赤井。
俺はマールから持ってきた二本の愛剣を抜き、それに応えた。
アルマとイライザはただ、見守っている。
亜人達を刺激しないようにしてくれているんだろう。
「……心配するなよ。これでも俺、ちょっとは強くなったんだ」
「……負けないで、ソウマくん」
俺は二本の剣を軽く構え、先手を譲った。
「いつでも来い」
「舐めてんじゃねえ!!」
オーソドックスだが、腰の入った両手剣による横振り。
足を踏み替えながら後方に跳ね、躱す。
赤井は遠心力を活かし、体勢を整えながら縦斬り。
横に逸れ、それも回避。
(そこから……Vの字にか。悪くないな)
下段からの斬撃。
上半身を反らしながら、左手の剣で突いた。
赤井の脇腹を掠める。
「ぐっ……!」
「もう止めとけ。お前と違って、弱い者いじめは好きじゃない」
殺すつもりはない。
ただ、プライドを叩き折る必要はある。
「……なら、受けてくれよ。俺の本気の一撃を」
息を整えながら、赤井は両手剣を大上段に構えた。
いいな、分かりやすくて。
「付き合ってやる。骨の一本くらいは覚悟しとけ」
短い方の剣を地面に突き刺し、赤井と同じように構えた。
互いに、じりじりと。
間合いを計りながら、機会を待つ。
「……らあッ!!」
「……ふっ!!」
鋭い金属音。
痺れる両手。
踏み込みは、ほぼ同時。
武器の重量は、赤井が上。
「うっ……ぐぅぅっ……! 手首が、どうにかなっちまったっ……!」
だが、剣を振る速度は、こちらが上だった。
いくら重量のある両手剣だろうと、十分な勢いが乗る前なら怖くない。
俺は体重と腕力を乗せた一撃を、赤井の剣へ叩き込んだ。
その衝撃を、赤井の手首がまともに受ける。
両手剣を落とした赤井。
両膝を突き、苦悶の表情を浮かべている。
これで一段落だな。
「なんで、お前……そんなに……」
赤井の側で俺を見上げる田上は、喘ぐように呟いた。
俺は剣を鞘に収め、現実を突き付ける。
「ずっと、力も技も上の亜人を相手に鍛錬してきた。人間相手に剣を振って満足してたお前らなんざ、生ぬるいんだよ」
そう言い放ってから、地面に落ちていた付け髭を拾う。
……土埃やら何やらで、粘着力が落ちているな。
鞄から小瓶を取り出し、劇団の座長ニコレッタお手製の粘着薬を顔に塗りたくる。
「そっちの状況は落ち着いたかしら? ……どう? それなりの格好になったつもりだけど」
「ああ。凄いな、ちゃんと奴隷に見える」
クリフに戻ったところで、別館に服を取りに行った影達が再び合流した。
《梟》、いい仕事をしたな。
ウルバノがこちらに近づいてきた。
剣奴の連中も、今は頭が冷えたようだ。
「そんじゃ、俺たちは王都に行くぜ。……あの三人も、連れて行くから安心しな」
「……頼んだ」
赤井達はウルバノと共に、ローザ・カルミナ館を後にした。
ケイタの遺体を、久慈が背負いながら。
──じゃあ、こっちも移動開始だな。
まずは亜人の女達を引き連れ、フィネスキ邸へ。
松明で周りを照らしながら、堂々と森を抜けた。
「そいつらを連れて……ノヴァリスを出ると? 本気か、貴様ら」
亜人達を荷馬車に乗せ、国境へ向かう準備はあらかた済んだ。
納屋からフィネスキら貴族三人を出し、縄を解いてやった。
寝間着姿のアルバーニとグアルディは、寒いのか両手で身体を摩っていた。
そんな三人を影達が囲む。《梟》は右手にレイピアを握っていた。
森を抜ける途中、影達との打ち合わせは済んでいる。
無駄な時間は使えない。
この先、邪魔者は切り捨てる。
これ以上、守るべき者を危険に晒すつもりはない。
「本気だ。フィネスキ、お前は国境にいる門番をやり過ごせるか?」
「……まあ、問題無いな」
「だ、そうだ。《梟》、やれ」
「私たち、大所帯になっちゃったの。悪く思わないでね……?」
──ととん。
そんな音が聞こえてきそうな、流れるような手並み。
アルバーニとグアルディの二人は、《梟》のレイピアによって心臓を貫かれた。
(……速い! 目で追えなかった……!!)
倒れる二人を目にして、腰を抜かすフィネスキ。
口をぱくぱくさせる彼の前で、《白蛇》がしゃがむ。
「ひひっ……ああなりたくなかったら、黙って協力する。分かった?」
フィネスキは無言で頷いていたが、思い当たる事があったようだ。
立ちあがり、何やら言い辛そうに喋った。
「……この二人を、始末してくれたのは嬉しい。だが結局、ヴァルゲス──アマンシオが生きている限り、私は奴に罪を擦り付けられてしまう。だから、その……」
どうやら、しっかりしたアフターケアをお望みらしい。
そんなフィネスキに対し、俺は答えてやった。
「安心しろ。アマンシオなら、俺の仲間が殺しに行った」




