31話 奈落の再会、そして別れ④
別館の二階。
少し調べただけで、ここの実態が手に取るように分かった。
そこには、獣人と森人の女達が暮らしていた。
暮らしていた、という言い方が正しいのかは分からない。
彼女達は一部屋に二人ずつ住まわされていて、剣奴の相手をする際は別の部屋を使っていたようだ。
どの女も目が虚ろで、どこを見ているか分からない。
恐らく、薬か何かの影響だろう。
「こんばんは。……きょうは、あなたのあいてをすればいいの?」
「……ねえ……わたしのあかちゃんはどこ……?」
「おい、俺たちは違う。……ちっ、くそ面倒くせえ」
「あー、はいはい。お仕事中なんで、離れてくださいっす」
彼女達に身体を押しつけられ、困惑しながらも引き剥がす影の男連中。
俺にも森人の女がくっついているが、好きにさせていた。
押しのけて、倒れて怪我でもしたら困る。
全部で20人。
間違いなく、ノヴァリスの被害者だ。
置いていけるはずがない。
少なくとも、マール連邦に身を置く俺が、それを選んでいいはずがない。
だが……。
「連れて行きましょう、この人たちを。何か……何か、方法があるはずだわ」
イライザの主張そのものは正しい。
俺だってそうしたい。
だがこの先、国境を越えるまで何があるか分からない。
彼女達を同行させる事で、移動時間は増えてしまう。
ここまで、それなりに上手くいってる。
なのに──そんなリスクを冒せというのか?
「……みんなの言いたいこと、分かるよ。でも……それでも、ここに置いて行けない。考えようよ、一緒に」
アルマとイライザ。
作戦の成功だけを考えれば、彼女達の提案は受け入れるべきではない。
だが、そう考えてしまうほどの何かを、きっと経験した。
──俺も覚悟を決めるか。
「もう少し欲張りたくなった。作戦を軌道修正して、彼女達を連れていく」
「……この際、徹底的にノヴァリスに打撃を与えましょう。クリフさん、あなた……意外にお人好しね。あなたなりに考えがあるんでしょうけど」
《梟》のからかうような視線を躱し、作戦を再開した。
どうしても歩くのが困難な亜人が三人いたので、影の奴らに背負ってもらった。
「……ちょっと、大変かも。なんで女の私が背負ってるの……?」
「少しの間だけだ、我慢しろ。お前、近接戦じゃあんま役に立たねえじゃねえか」
「こういうのは男の役割だが……状況が状況だ。諦めるんだな」
《白蛇》が抗議するも、同じく亜人を背負った《百舌》と《蜉蝣》に一蹴された。
玄関前で《感応》を使い、周囲の様子を窺う。
……この反応だと、戦闘はあらかた終わっているか。
別館から出ると、辺りには何人もの死体が転がっていた。
警備兵だけでなく、武器を取った使用人も混じっている。
「こいつは……誰だ? 警備兵でも使用人でもなさそうだが」
ローザ・カルミナ館に向かう途中、気になる死体を見付けた。
それなりに身なりのいい。貴族だろうか。
他の死体と比べると、損傷が激しい。
「その人は……ジュスティーノだね。私たちが戦ってる時、賑やかしみたいなことをやってたの。元は貴族らしいけど……」
「……なるほど」
俺達の世界でいう、スポーツの実況解説みたいな感じか?
剣奴達からすれば、自分だけ安全な場所から、好き勝手に戦いを煽っていた男だ。
恨みを買うには十分すぎる。
「あっち、まだ戦ってるみたいっすね。……お知り合い、じゃないっすか?」
「かもな。正直、あまり会いたくない。《梟》と《土竜》は付いてきてくれ。他はここで亜人達と待機だ」
「待って! ……多分、知ってる子たちだから。説得してみる」
「そうね。私たちも付いていくわ」
「……分かった。ただ、無理はしないでくれ」
ローザ・カルミナ館の正面。
そこでは、見覚えのある四人が剣奴達に囲まれていた。
「おらおらっ! さっきまでの威勢はどうしたよ!?」
「ははっ、大勢の癖によえーな」
「……ちょっとキツくね? 話し合いしようぜ、話し合い!」
「ねえっ、ウルバノさん! 何で俺たち、戦ってるの……?」
マリカの報告通り、やはりここにいたな。
さて。こいつらをどうあしらうか。
(──剣奴が10人、殺されている。やはり神能持ちは厄介だな)
赤井涼平、久慈蓮司、田上伸幸。
高校時代、面倒な絡み方をしてきた三人だ。
もう一人の矢代啓太だけは、俺やマモルとたまに遊ぶくらいの仲だった。
俺はウルバノに近寄り、声を掛けた。
「止めなくていいのか? あの調子だと、仲間がどんどん殺されていくが」
「あん? 別に構わねえよ。あいつら、止めたのに突っ込んで行きやがった。……これから俺たちは、軍人になる予定なんだぜ? むしろリョウヘイたちが馬鹿を間引きしてくれて、助かってるくらいだぜ」
マリカの報告だと、あの四人も待遇は良さそうだったと聞いていた。
となると、ジュスティーノ同様に恨まれていてもおかしくない。
(……さて、どう止めるか。あんな奴らでも、クラスメイトだ。それに矢代、お前にこんな場所は似合わない)
アルマとイライザも、戦闘中の彼らに声を掛ける機会を探っている。
武器を振るう者同士の戦いだ。
下手に声を掛ければ、一瞬の隙が死に繋がる。
──そんな事を、暢気に考えていた。
赤井達の周りには、剣奴の死体が転がっていた。
その中の一人が、ゆらりと上半身を起こした。
そいつは歯を食いしばりながら、必死の形相で弓を引き絞る。
狙いは……赤井だ。
どう見ても、もう長くはない。
あいつら、仕留め損ねた……!?
「おいっ! あか──」
そこまで叫びかけて、俺は言葉を止めた。
意味を持たずに消えた言葉を、誰も気に留めなかった。
赤井のすぐ正面には、武器を構えた剣奴が攻撃の機会を狙っている。
俺がここで大声を出すと、赤井に隙が出来る。
周りの剣奴達が、それを見逃すはずがない。
「っ!! リョウヘイ、危ないっ!!」
死にかけの剣奴が放った矢は、赤井の前へ飛び出した矢代の腹に深々と刺さった。
「……あ?」
──そんな。
──どうして、あいつが。
「てっ……めえええええええええええっ!!!!」
「ケイタくん!!」
「駄目っ……駄目よ!!」
赤井は叫び、死にかけの剣奴の首を飛ばした。
アルマとイライザが、矢代の元に駆け寄って行く。
「……お前ら、そこいらで終わっとけ」
ウルバノは武器を捨て、周りの剣奴もそれに従った。
戦いは止まり、辺りは静まりかえった。
「は……? なんで……ケイタ、お前……」
「……マジで? これ、どうする? そうだっ、医者を……」
田上と久慈は立ち尽くし、呆然としている。
俺はゆっくりと、倒れている矢代の元へ歩いた。
膝を突き、話しかける。
「矢代……いや、ケイタ。俺だ、ソウマだ。分かるか……?」
付け髭を剥がし、顔を近づけた。
荒い呼吸を吐いていたケイタは、目を見開いた。
「……ソウマ? ……ひょっとして……アルマさんたちを助けに来たの……?」
「ああ、そうだ。……だが、こんな事に……」
何か、言わなければ。
だが、何を?
今のケイタに、どんな言葉を掛ければいい。
「ソウマ……くん……?」
アルマが息を呑む。
「……やっぱり、あなただったんですね」
イライザの声が、微かに震えていた。
赤井達三人も、驚いた表情で俺を見ている。
「……そっかあ……アルマさんたち、助かるんだね。良かったあ……」
ケイタは咳き込み、血を吐いた。
月明かりに照らされ、腹部の染みが赤黒く浮かんでいた。
──矢の刺さった位置が悪い。
これではもう、手を握るくらいしか出来ない。
「……おばあちゃん……一人にさせてごめん……」
ケイタの目から光が消えた。
確か、彼の両親は仕事で海外、祖母と二人暮らしだったはず。
(……馬鹿か、俺は! 何を冷静ぶってる! 目の前でクラスメイトが死んだんだぞ!? 何で俺はっ……こんな奴なんだよ……!!)
涙は出ない。
それどころか、早くもこの場の後始末と、亜人達の移動手段を考え始めている。
最低な人間だ、俺は。
だが、それでも。
だからこそ。
──絶対に作戦を成功させる。
させなければ。
そう思わずにはいられなかった。




