31話 奈落の再会、そして別れ③
「その事について、俺から提案がある。ここの剣奴を解放して、表の連中を始末してもらうってのはどうだ?」
「……ええっと、あなたは?」
首を傾げるアルマ。
イライザも俺に対して、訝しげな視線を向けている。
「悪いが、今は説明してる暇が無い。でも安心しろ、お前達の知り合いだ」
「「……?」」
「なあ、ウルバノ。あんたが他の剣奴を説得して、協力してくれたら助かるんだが」
「……んー、なんつうか、なあ。……おい、てめえらはどうよ。ここから出たい奴はいるか?」
誰も答えなかった。
鉄格子の向こうで、何人かが顔を背ける。
ほんの少し手を伸ばせば、外に出られる。
でも、誰も飛びつかない。
つまり、ここはそういう場所なんだろう。
鞭だけではなく、飴も与える。
牢屋に入れられていても、最低限の食事と寝床はある。
勝てば褒美もあるのかもしれない。
牢屋にいながら、居心地の良さもある。
だったら、ここで暮らせばいい。
そもそも彼らは、ここを出たところで行く当てがない。
自由になった後の生き方を、想像出来ないのかもしれない。
「事情は何となく分かった。……その上で、敢えて提案する。どうも最近、ノヴァリスの将軍が一人死んだらしい。ウルバノ、良い機会だと思わないか?」
「……つまり、ノヴァリスの軍人になれってか? はははっ! お前、面白えこと言うじゃねえか! もう少し、詳しく話してみな。他の奴らにも分かるように」
興味津々といった様子で、身を乗り出したウルバノ。
俺は少し声を大きめに、丁寧に話すよう心掛けた。
「ノヴァリスは将軍を失い、軍事力に穴が空いた。それに加え、今夜ここも大きな被害を受ける。戦力だけでなく、資金源の一部まで失うわけだ。国としては、なるべく早く損失を補いたい。これは分かるだろ?」
「だな。……それで、ノヴァリスのお偉いさんが行儀の悪い俺たちを雇う理由は?」
「情報だ。お前達は重要な生き証人。このまま俺達がアルマ達を救出し、国外に逃げたとする。そうなると、ノヴァリスは何が起きたか分からないまま鬱憤を抱え続けることになる。為政者にとって、これほど厄介なものはない。誰を処罰し、どこまで粛清すべきか判断できないからだ」
「……最悪、俺たちが暴れたってことにするくらいか。でもまあ、俺たちを皆殺しにしたところで、何か得するわけでもねえからな」
当然、その方が俺達にとっては最善の流れだ。
──だが、それはどうだろう。
このまま何も起きずに、作戦を終えられるとは思えない。
今回の作戦で何が一番重要かというと、アルマ達を連れて脱出出来るか。
これに尽きる。
ならば、まずはそれを最優先に考えるべきだ。
不測の事態に備えつつ、今後に多少の禍根を残す可能性を受け入れてでも、作戦の成功確率を上げる。
「俺としては、もう少し安全にこの国から脱出する為に、お前達を利用したい。その対価として、この事件の真相を教える。するとどうなる? お前達はただの剣奴ではなくなる。国が無視できない価値が生まれる」
「ふむふむ。……で、結局何が言いてえんだ?」
「国が欲しがる情報を持ち帰り、裏闘技場で死線をくぐり抜けてきた強者──そうなれば、ノヴァリスもお前達の処遇を考えざるを得ない」
正直、理屈としては穴だらけ。
──考えろ、考えるんだ。
俺の出せる物、出してはいけない物。
伝えて良い情報、伝えてはいけない情報。
「なるほど……?」
「ここにいるより、死ぬ可能性は減るのか」
「いや、でもなあ……。軍人とか、面倒じゃね?」
剣奴達の反応はまちまち。
じゃあ、肝心のボスの反応はどうだ。
「で、俺たちが素直に出て行ったとして、首を刎ねられずに済む保証は?」
「悪いが、保証は無い」
「……おいおい。説得する気あんのかよ」
「ここに残れば、状況を確認しにきたノヴァリス兵に口封じとして始末される。今のお前達は、ただの剣奴だからだ。ここが壊滅すれば、存在価値は無くなる。普通に逃げても、捕まって殺される。なら自分達から動いて、ノヴァリスに売り込みをかけるのもありだろ? ……例えば、これを使って」
懐から一通の手紙を取り出し、ウルバノの牢屋の中に差し出した。
マリカがフィネスキ邸で回収した証拠品の一つだ。
俺の勝手な判断。
それでも、やり方としては悪くないはずだ。
「……こりゃあ、何の手紙だ?」
「それはこの場所の支配人であるアマンシオが、協力者の貴族に宛てた手紙だ。だが、それだけじゃ弱い。お前達が表の見張りを始末した後、もう一つ大事な情報を渡そう。約束する」
「まずは先払いってか。髭面でいまいち年が分かんねえが、こういうの慣れてんのかい?」
「それなりには、な」
影達の視線が痛い気もするが、無視させてもらう。
この世界に来て分かったのは、別に嘘を言わなくても、相手を動かす方法はあるという事。
悪意じゃない。
騙す気も無い。
ただ、ほんの少しだけ、自分の取り分を増やす。
俺が学んだのは、そういうやり方だ。
「……はっ。牢の中で飼われて死ぬか、軍の犬になって死ぬかって話か」
「そうだな」
「つくづく、ろくでもねえ人生だぜ」
「選択肢が出来た──その違いは大きいだろ?」
「……違いねえ」
ウルバノは俺が渡した手紙を突き返し、にやりと笑った。
俺は彼が牢屋の中から伸ばした右手と、力強い握手を交わす。
話はまとまった。
「これから暴れてくる、あんたが持っててくれ。乗ってやるよ、お前らに」
「だ、そうだ。《梟》、構わないか?」
《梟》は肩をすくめた。
「なかなか大胆だけど……それじゃあ、しばらくは協力関係ね。《土竜》、彼らを出してあげて。念のため、アルマさんたちは最後に」
「……了解っす」
「《百舌》と《蜉蝣》は、彼らを倉庫に案内して。武器があった方がいいでしょ? 枷を外すのは、別館を出る前にしましょう」
「武器まで渡すのかよ、おっかねえ」
「……不安だが、やってみるか」
《土竜》が牢の鍵を開けていき、剣奴達は次々と牢屋から出て行く。
彼らの背中を見送っていると、最初に出してやったウルバノから肩を叩かれた。
まとめ役らしく、全員出るまで待ってるつもりだろうか。
「お前ら、二階は調べたか?」
「いや、まだだな」
「へえ、そうかい。……じゃあ、調べた方がいいぜ。行けば分かる。つうわけで、先に外で待ってるわ」
ウルバノは、剣奴達と共に倉庫に向かった。
……あの右腕、とんでもない太さだな。
「よし、それじゃ最後はお二人さんっすね。……さあ、開いたっすよ。《梟》、枷の方をお願いするっす」
「ええ、任せて」
「ありがとう。……おお、手足が軽い。やっぱり全然違うね」
「本当に、感謝します」
アルマとイライザも無事に確保。
後は国外へ脱出出来るかだな。
「そういえばさっき……あのウルバノって人が言っていたわね。二階に何かあるのかしら?」
《梟》も気になっているようだ。
あの大男、何やら思わせぶりな態度だったしな。
「まあ……少なくとも、罠に誘い込もうとしている感じじゃなかった。証拠になりそうな物なら、可能な限り確保。それ以外は臨機応変に判断しよう」
「そっすね。《百舌》と《蜉蝣》も連れて」
武器を選び終えたウルバノと剣奴達を玄関前に集め、手分けして枷を外してやった。
彼らの奮闘を期待して、俺達は二階を目指した。




