31話 奈落の再会、そして別れ②
別館を近くで観察すると、ある特徴に気付いた。
建物の窓だ。
その殆どに、鉄格子が付けられている。
ローザ・カルミナ館と別館は丘の下に建っていて、マリカの調べによると、丘をくり抜いて裏闘技場が作られているらしかった。
ただ、今回はそちらに侵入する予定は無い。
建物の配置としては、別館の玄関がローザ・カルミナ館の左側面と向かい合う形だ。
さらに、別館はかなり大きい。
むしろ、別館の方がローザ・カルミナ館よりも大きい。
使用人や見張りが寝泊まりする場所──それだけではなさそうだ。
ローザ・カルミナ館からは死角になる、丘に面した別館の側面。
そこに一つだけ、鉄格子の無い窓があった。
(この場所は、ローザ・カルミナ館の裏手でもある。潜り込むには良い場所だな)
俺達はしばらく、見張りの動きを舐めるように観察した。
幸い、巡回の間隔は一定だった。
丘側の側面で二人の見張りがすれ違う瞬間だけ、周囲の目が薄くなる。
「……二人の見張りが丘側ですれ違ったら、行動開始ね。《白蛇》、やるわよ。いい? 私は左、あなたは右をお願い」
「ふひっ……お任せあれ」
《梟》と《白蛇》が鞄から取り出したのは、吹き矢だった。
二人は小瓶の中に針を浸し、吹き矢を構えた。
──来たな。
それぞれ反対方向から歩いて来た見張りは、足を止めて言葉を交わす。
固唾を呑み、機会を待つ。
二人が放った吹き矢は、見事に命中した。
崩れ落ちる二人を素早く森の中へ運び、息の根を止める。
その間、鉄格子の無い窓に《土竜》が取り付き、鍵開けを試みる。
難なく窓を開けた《土竜》。
彼は慎重に中を確認した後、こちらに向かって手招きをした。
俺達は窓を乗り越え、別館の内部へ。
ここは……倉庫か。
武器の他に、みすぼらしい衣服、手枷や足枷が乱雑に納められていた。
「……近くに人がいないか調べる。お前たち、音を立てるな」
《蜉蝣》が倉庫の扉に近づき、耳を当てた。
しばらくしてから、《蜉蝣》はこちらを振り返り頷いた。
「そんじゃ、また俺の出番っすね。……なるほど、この型か……」
《土竜》が鞄から取り出したのは、柄の付いた薄い鋸刃だった。
彼は小瓶から液体を鋸刃に垂らし、布で両面に塗り広げた。
(あれは……油か? 消音グリースみたいなものだろうか)
《土竜》は扉と枠の隙間に鋸刃を差し入れ、扉の外側に掛けられているらしい木の閂を慎重に切り始めた。
これはある程度、時間が必要だな。
(倉庫にある物で何が出来るか、今のうちに考えておこう)
しばらく思考に耽っていると、鋸の音が止んだ。
《蜉蝣》がもう一度扉に張り付き、耳を澄ませる。
そして彼は扉をゆっくり押し開け、倉庫から出た。
「……左方向に大勢の気配があるが、ほとんど動いていない」
「……多分、あれでしょ? ここで剣奴が生活してる。アルマさんとイライザさん、近くにいる。ふひっ……!」
「見張りもいるでしょうし、周囲の警戒を怠らないで」
「けけっ。ついに感動のご対面、だな」
曲がり角の先には、物々しい両開きの扉があった。それを守る、二人の見張り。
念の為、俺も《感応》を使う。
少なくとも、この近くで見張りらしき気配は二つだけだ。
「……俺が一人やる。《百舌》は残りを。いいな?」
「ああ、任せな」
《蜉蝣》が円刃を構え、《百舌》は小型のクロスボウに矢を番えた。
ぬるりと前へ出た《蜉蝣》。投げた円刃は見張りの胸に沈む。
すぐさま《百舌》がクロスボウを放ち、もう一人の喉元を射抜いた。
いつの間にか駆け出していた《梟》と《土竜》が、倒れ込む見張りを受け止める。
音は最小限に。息の合った連携だ。
「えーっと……こっちが扉で……残りは牢と枷の鍵っすかね。《梟》、そっちの見張りは?」
「……一本だけ持っていたわ。形はそれと同じね」
「なら、枷の鍵で間違いなさそうっす。預かっとくっす」
《土竜》は二人分の鍵をまとめると、鍵束から一本を選び、扉の鍵穴に差し込んだ。
かちりと音が鳴り、扉が開く。
立て付けが悪いのか、重い扉がそれなりに音を立てた。
これはまあ、仕方ないな。
扉の先は通路になっていて、その両側にはいくつもの鉄格子。
幸い、窓から差す月明かりのおかげで、内部の様子はそれなりに把握出来た。
──ここだ。
アルマとイライザはここにいる。
「……なんだあ? こんな時間に……」
「勘弁してくれよ……」
扉の音が原因で、寝ていた剣奴の何人かが起き始めてしまった。
騒がれると困る。
俺は近くの牢へ歩み寄り、口元に指を当てた。
静かにしろ。
声には出さず、そう伝える。
鉄格子の向こうで、男が眉をひそめる。
だが、俺達の格好と武器を見て、すぐに口を閉ざした。
命のやり取りに慣れているせいか、周りの奴らも状況を察したようだ。
こちらに訝しげな視線を向けつつも、騒ぎ立てる様子は無い。
ざっと人数を数えた限りだと、ここには30人ほどの剣奴がいる。
一つの牢屋はそれなりに広く、そこに二人か三人。中には、一人だけで使っている者もいる。
剣奴としての扱いや立場で、分けられているのかもしれない。
「……みんな、こっちっす」
《土竜》が立っている牢屋の前に行くと──探していた二人がいた。
……はあ、全く。心配させやがって。
「夢じゃ……ないんだよね? 《土竜》さん……《梟》さん……」
少し痩せているが、アルマがそこにいた。
倉庫にあった服とも呼べないものに身を包み、手足には枷がはめられていた。
「……私たちの為に、こんな所まで……」
イライザは憔悴しているようだった。
目元が腫れているのが、薄暗いこの場所でも何となく分かる。
気丈な性格の持ち主だと思っていたが、それでも辛い思いをしていたようだ。
(再会した時に何を言うか考えていたが、この状況ではまだ正体を明かせないな。とにかく、この数の剣奴をどうするか……)
その時、通路を挟んで反対側の牢から欠伸が聞こえてきた。
振り返ると、そこには粗末なベッドの上で胡座をかいている大男がいた。
牢も一人で使っている。少なくとも、他の剣奴とは扱いが違うらしい。
「騒がしいと思ったら、お客さんかい。良かったじゃねえか、お嬢ちゃんたち」
「……そう、だね。ええっと、この人はウルバノ。私たちは大斧さんって呼んでたけど」
「彼は他の剣奴から私たちを守ってくれていたの。でも、私たちだけここを逃げるのっていうのも、なんだか……」
俺達がここに来るまで、二人には色々あったんだろう。
だが、再会を喜んでいる時間はない。
ノヴァリスから脱出出来なければ、全てが無意味だ。




