31話 奈落の再会、そして別れ①
「その……さっきも聞いたんですが、本当に大丈夫なんですかい? 俺ら、こんなことしちまって……」
「いつまで言ってんだよ、親父。この人たちに従ってれば、とりあえず今は殺されない。それでいいだろ」
「いや、お前……。まあ、従うしかないんだろうけどよ……」
作戦決行の夜。
アルマとイライザの決闘は、二日後に迫っている。
本当なら、もう一日だけ準備に使いたかった。
だが、それは出来ない。
裏闘技場の客である貴族や、支配人であるアマンシオ。
そいつらがローザ・カルミナ館に集まってしまえば、見張りも増える。
そうなれば、難易度は一気に跳ね上がる。
そこで俺達は、アマンシオの住むヴァルゲス邸とローザ・カルミナ館を、同時に攻略する事にした。
その下準備として、まず――ローザ・カルミナ館の近くにある三つの屋敷を制圧する。
ここを放置すれば、アルマ達の救出中に背後から増援が来るかもしれない。
それに、王都へ早馬を出されてしまう可能性もある。
そうなると、生きてノヴァリスを出るのは難しくなる。
マリカが集めた情報によれば、この荷馬車は三つの屋敷へ物資を運ぶ定期便のようなものらしい。
だから、襲った。
積み荷の一部を捨て、空いた荷台に俺達が潜り込む。やっていることは完全に盗賊だが、今さら綺麗な手段を選べる状況ではない。
マリカは、ここにはいない。
王女の影の一人と共に、露払いを任せている。
「おっさん、心配しなくて大丈夫っすよ。どうせあんたらを使いっ走りにしてた貴族は、今日で終わりなんで」
「そうね。ただ、今日起きたことについては永遠に秘密。絶対に誰かに言ってはならない。約束……出来るわよね?」
「へっ、へい! もちろんでさあ! おい、お前もそうだろ!?」
「あ、ああ……。絶対、誰にも言いませんから」
《土竜》と《梟》の言葉で、この二人もある程度は安心しただろう。
だが、そんな空気をぶち壊す輩がいた。
《梟》がリヒトブリックから呼んだ彼ら。
たとえ仕事が出来たとしても、人格の方も優れているとは限らない。
「誰かに言ったら……絶対に見付けて、殺してやる。くひひっ……自分の身体がどろどろに溶けていくの、想像出来る……?」
「けけっ! 脅すなよ、《白蛇》。だが、もしそうなったら……薬で溶かされるか、切り刻まれるかくらいは選ばせてやるぜ」
《白蛇》は、毒と薬を扱う女だ。
笑い方からして、まともではない。
その隣で《百舌》が歯を見せて笑う。こっちはこっちで、拷問や尋問が得意だとか。
正直、敵に回す以前に、味方としてもあまり近くにいてほしくない。
「……お前たち、無駄口を叩くな。その親子は、俺たちの作戦に巻き込まれた一般人だ……」
潜入と諜報、暗殺に長けた《蜉蝣》。
少し目を離すと消えてしまいそうな存在感。
それこそが彼の武器なんだろう。
色々と思うところはある。
だが今の俺は、長い髭を蓄えたクリフという男だ。
余計な口は挟まない。
口を閉ざし、頭の中で作戦内容を再確認する。
やがて、荷馬車は最初の目標のフィネスキ邸に到着した。
御者の親子が門番と会話している最中に──俺達六人は飛び出した。
門番を始末した後、正面の扉から侵入。
「なっ……なんだ、お前らっ!?」
「ここがどこだか分かってるの!?」
武器へ手を伸ばした二人の使用人。
その一人は《蜉蝣》に喉を裂かれ、もう一人は《白蛇》の針を首に受けて崩れた。
悲鳴は上がらない。
《蜉蝣》は大ぶりな円刃を使用人の死体から引き抜き、回収した。
(……流石はエリノアが集めた精鋭。俺の出番はあまり無いな)
王女の影の戦闘力はかなりのものだった。
そこへ、騒ぎを聞きつけた別の使用人が剣を片手に駆け込んできた。
だが、そいつは《百舌》の放ったクロスボウの矢に眉間を射貫かれ、駆け込んできた勢いのまま床へ倒れ込んだ。
それを見た他の使用人達は戦意を失ったのか、武器を投げ捨て両手を上げた。
「……武器には触れるな。そのまま、俺たちの後ろをついてこい。《百舌》と《白蛇》は、そいつらの監視を頼む」
《蜉蝣》に指示された《百舌》と《白蛇》は、投降した使用人達の背後へ回った。
使用人達は抵抗することなく、俺達に従って歩き始める。
一階を制圧し、投降した使用人達を連れて二階へ向かう。
「はいはい、夜遅くに失礼するっすよー」
「大人しくしていれば、殺しはしないわ」
投降した使用人を二階の一室に集め、手早く拘束。
仕上げに屋敷の主の寝室へ。
百舌がドアを蹴破ると、寝間着姿のフィネスキが部屋の隅で震えていた。
「こんばんは、フィネスキ子爵。早速だけど、拘束させてもらうわね」
「……うおっほん! その、なんだ。着替えてからでいいかね? この格好のままでは、他の者に示しが付かん」
「はあ? 殺すぞ、おっさん」
「む、むう……っ! そう逸るな、若造」
凄む《百舌》にたじろぎながら、それでもフィネスキは主張を曲げない。
図太いというか、なんというか。
「他の屋敷も襲撃するつもりなのだろう? 私が彼らに呼び掛ければ、大人しくするだろうよ。協力する。だから、私だけは見逃してくれ」
「……ま、こっちは無力化出来れば何でもいいんで。とっとと着替えるっす」
《土竜》はトンファーらしき武器で自らの肩を叩いてから、俺の方を見た。
「なんか拍子抜けっていうか、あれっすね。楽勝すぎるっていうか」
「だな。ま、怪我の可能性は低くなった。一応、油断させて後で……って可能性に注意は必要か」
貴族服を身に纏ったフィネスキを引き連れ、残り二つの屋敷へ。
フィネスキの呼び掛けは、思った以上に効いた。
アルバーニ邸では門番が戸惑っている間に《土竜》が裏へ回り、グアルディ邸では《梟》の一言で使用人達が武器を捨てた。
寝間着姿のアルバーニとグアルディは何やら文句を言っていたが、聞く気はない。
フィネスキと三人まとめて縛り、フィネスキ邸の納屋に押し込んだ。
フィネスキ邸の前で待っていると、マリカ達が合流した。
ローザ・カルミナ館周辺の森を徘徊する見張りの排除を頼んでいた。
「ふいー、終わったぜい。《隼》くんも、お仕事頑張ってた!」
「……この女、ほとんど一人で始末しやがった。おまけにお姉さんぶってきて、うざってえ。なあ、誰か俺と変わってくんねえ?」
小柄で華奢な体格、それが《隼》。
他の影と同じく、口元を覆う黒布で顔の全体は窺えないが、かなり若く見える。
「諦めなさい、《隼》。それに、仕方ないじゃない。《揚羽》が死んで、あなたが最年少になったんだもの」
「くひひっ……お仕事が終わったら、白蛇お姉さんが添い寝してあげましょうねえ」
「死ねよ、くそばばあ。だいたいお前、女好きじゃねえか」
「……お前たち、任務に集中しろ」
なんだかんだで、意外に仲は悪くないのか。
ま、今はどうでもいいな。
「それじゃあ、二人はそのまま馬でヴァルゲス邸に向かってくれ。その後、ロメオが待つ街道沿いの宿屋に行って、俺達を待つんだ」
「うん、了解! アマンシオが証拠みたいなの持ってたら、なるべく回収でいいんだよね?」
「そうだ。ヴァルゲス邸をどう制圧するかは、お前達に任せる。……《隼》も、頼んだぞ」
「……ちっ。しょうがねえ、頼まれてやるよ」
マリカと《隼》は厩舎から馬で飛び出し、闇の中へ消えていった。
あの二人なら、大丈夫だ。
俺達は目の前の作戦に集中する。
「いよいよ、ローザ・カルミナ館ね。みんな、気を引き締めて。クリフさんも、心構えは出来てるかしら」
「問題無い──と言いたいが、少し待ってくれ、《梟》」
「あら、何か気になることでも?」
今回の作戦、当然ながら失敗は許されない。
いきなりこんなことを言うのは不躾に感じるだろうが、念には念を入れておくか。
「俺からお前達に、お願いがある。ここからノヴァリスを脱出するまでの間だけでいい。『俺に従う』──心の中でもいいから、そう誓って欲しい。これは最近覚えた、俺の人能に関係する事なんだ」
「別にいいっすけど……どんな人能なんすか? あっ、秘密にしたいんだったら聞かないっす」
「《統率力》って人能だ。俺に従う人間が近くにいると、俺自身の身体能力や判断力が上がるらしい」
ボズウェルを退けた後、俺の中に芽生えた三つ目の人能。
存在を自覚し、発動条件を探るまでには時間が掛かった。
習得に時間は掛かったが、良い能力だと思う。
「……あんたに死なれちゃ姫様に顔向け出来ねえ、従うさ」
《百舌》は言葉にして、他の五人は頷いた。
多分、これで効果は発動する。
この人能に関しては、まだまだ検証が必要だな。
「手間取らせたな。行こう」
六人で走り、森へ向かった。
幸い、マリカ達のおかげで楽が出来た。
暗い森の中を忍び足で歩き、ローザ・カルミナ館を視認出来る距離に。
──まずは別館。
全てはアルマとイライザの無事を確認してからだ。




