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【4章執筆中】グローリー・スタリオン ―亜人国家に流れ着いた俺は、平穏のために大陸の覇権を争う―  作者: 桐沢清玄
第3章 二人の侍女

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30話 揺れる王女と、夫の過ち②

「さあさあ、カール様! こちらのチーズなど、ワインに合うかと。お試しになられては?」


「こちらのハムもなかなか。ささ、カール様。どうぞ」


「ああ、ありがとう。オイゲン、皿に載せてくれ」


「かしこまりました」


 執務を終えた私は、一度実家であるグラス家の屋敷に戻った。

 父は男爵ということもあり、屋敷は決して大きくない。

 だが、小心者の私にはこれくらいが落ち着く。


 結婚してからはリヒトブリック城に住まわせてもらっているが、今もどこか居候のような気分が抜けない。

 

 エリノアにワインを勧めたが、断られた。

 今の状況を考えれば仕方ない──が、やはり少し寂しかった。

 なので、こうして適当な貴族を三人、呼んでみたのだが。


(つまらない。将来、王配となる私に対して、おべっかを使う者たちばかりだ。この三人もそうだが、貴族は自分のことばかりだな……)


「……おおっ、カール様! こちらの干し魚、絶品ですぞ! さあっ、ぜひお召し上がりください!」


 この者は先ほどから、飲んで食べてばかりだった貴族だ。

 それは別に構わない。

 さて、私がちょっとした悪ふざけで出してみたが、他の二人は気付くか……?


「……こっ……この、馬鹿! その干し魚、知っている者なら見た目だけですぐ分かるぞ。マールのスタリオン卿が作ったものだ! だ、だいたい誰がこんな物をっ……!!」


「……わっ……私じゃないぞ!?」


「な、なんとっ……これが……?」


 小声で何やら争い始めた。

 ははっ、面白いな。


 マールのスタリオン卿。

 その名は、リヒトブリックの宮廷では扱いに困る名でもある。

 ましてや、私やエリノアの前では特にそうだ。


 少し、意地悪だったな。

 さっさと種明かしをしておこう。


「お前たち、何を狼狽えている? その干し魚は、私が用意した。美味い物はみんなで分け合った方がいい。さあ、一緒に食べようじゃないか」


「そ、そういうことでしたら! ……実は私、これが大好物でして」


「わ、私も。マールの種馬とやらは、なかなか味の分かる奴かもしれませんな」


「そうでしょう、そうでしょう! ……ふーっ、なんだか、体が火照ってきました」


 オイゲンが窓を開けてくれた。

 まだ私に仕えて日は浅いが、気が利くし仕事も出来る。

 私には勿体ないと思うほどだ。

 それとも、こういう男だからこそ、私の側に置かれているのか。


 干し魚の件もあってか、その後はまあまあ楽しめた。

 三人の貴族を帰した後、窓から外を眺めていると、オイゲンが側に寄ってきた。

 おや、何かな。


「……その、カール様。干し魚を勧めてきた貴族ですが、お気を悪くされませんでしたでしょうか? あの者、去り際にまた余計な一言を……」


「ん? ああ、別に気にしていないさ。そもそも、私が出した干し魚が原因だろうしね。彼からの気遣いとして、ありがたく受け取っておくよ」


『第三子、第四子と、ますます王家が栄えますことをお祈り申し上げます』


 ──そう、ごく普通の言葉だ。

 今回の件、私が遠回しに噂の否定をしたとも受け取れる。

 むしろこれで私が怒ってしまうと、無駄に波風が立つだけだ。


(子供、か。確かにマリアンヌやラファエルは可愛いし、私も本当に血が繋がった子のように思っている。……例え私が、都合のいい人形として用意されたとしてもだ)


 そういう意味では、私はスタリオン卿に感謝すらしている。

 貴族の三男坊として生まれ、何となく商人の真似事をしてきた。

 各国を訪ね歩き、その地で出会った適当な女と愛を語らったり。


 エリノアと結婚するまでの私は、そういうつまらない男だった。

 ただ、私にも少しばかり欲が出て来た。

 愛するエリノアとの子供が欲しい。


 夫婦生活自体はそれなりだと思う。

 だが、子を授かる気配はなかなか無い。

 高望みするなと、神が言っているのだろうか。


「……そうだ。私の体を医者に診てもらうのはどうだろう」


「医者に、ですか?」


「うん、そうしよう。オイゲン、使いを出して馴染みの医者を呼んでくれ。それから医者が来るまでの間、飲み直す。付き合ってもらうぞ」




 そして、しばらくしてから医者が来た。

 母が私を産む際、私を取り上げてくれた付き合いの長い老医師だ。


 隅々まで私の体を調べた医者は、黙っていた。

 空気が重い。


「私の体は、どこか悪いのか?」


「……恐れながら、申し上げます。カール様のお身体に、大きな病は見受けられません」


「そうか! ならば──」


「ですが……子を成す力は、決して強くはございません。幼少の頃、高熱を出して長く寝込まれたことを覚えておいででしょうか。以前から懸念はございましたが、どうしてもお伝えできずにいました……」


 椅子から転げ落ちそうになったところを、オイゲンに支えられた。

 何を言っているか分からない。

 分かりたくない。


「……つまり、子は授からぬと?」


「いいえ。そこまでは申しておりません。望みが潰えたわけではございません。ですが、御子を望まれるのであれば、長く時を要するかと。あるいは……」


 老医師はそこで言葉を切った。

 これ以上は、彼も辛いだろう。

 私を取り上げた身であるなら、なおさら。


「お前は仕事をしただけだ、気にすることはない。……さあ、謝礼だ。夜中に呼びつけてすまなかったな」


「……それでは、私はこれで。失礼します、カール様」


 十分な金貨を渡して、医者を帰らせた。

 ランタンを頼りに家路につく彼を、窓から見送る。

 そんな私の背後で、オイゲンが囁いた。


「あの医者、殺した方がよろしいかと」


 普段の彼からは考えられない物言いに、私は驚いた。

 振り返ると、オイゲンの顔からは表情が消えていた。

 ──これもまた、この者の顔か。


「馬鹿を言うな、オイゲン! あの医者が何をしたというんだ!」


「どうかお静かに願います、カール様」


 私を見つめるオイゲンの目は、ガラス玉のようだった。

 命じられたことだけを果たすために動く、よく出来た人形。


 彼もまた、私と同じなのだ。

 ただ、人形としての出来は、私よりずっといい。


「カール様の診断結果が、誰かに洩れてしまってはなりません。苦痛の無いよう始末いたしますので、ご心配なく」


「待て、オイゲン……頼む。あの医者は信頼出来る。殺す必要は無い」


「そうでしょうか? 最近ではあの医者、孫娘の嫁ぎ先に支度金が必要らしく。金の工面に苦労しているそうですよ」


「……それ、は……」


 よろよろと椅子に座る私に対して、オイゲンは言葉を続ける。


「次の玉座はエリノア王女に──それ以外はあり得ません。他国へ渡ったとはいえ、ジークベルト王子の存在も無視出来ません。どうか、ご理解を」


 理屈としては分かる。

 金で口を閉ざそうとしても、より大きな金額を積まれたら?

 オイゲンが懸念しているのは、そういう事だ。


 私の体について、もし公になった場合。

 ただ私が恥をかくだけの話ではすまない。

 それどころか、エリノアの王位継承権が揺らぐ可能性すらある。


 吐き気がする。

 ……私か? 私のせいでこうなったのか?

 なんだ、この状況は。


「では、行って参ります」


 背を向け、自分の職務を果たそうとするオイゲン。

 私は、そんな彼に対して。


「待て、オイゲン」


 自分でも恐ろしく思うほど、冷たい声だった。

 振り返ったオイゲンは、ガラスの目で私を見ている。


「このカールが命じる。医者を殺せ」


「──敬服いたします、カール様」


 それだけ言うと、オイゲンは一礼して部屋を去った。

 今日、はっきりと理解した。


 私自身の甘さと、王配には何が必要なのか。

 人形は人形でも、せめて役に立つ人形でなくては。




 後日、川で医者の死体が見つかった。

 事故死として処理されたようだ。 

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