30話 揺れる王女と、夫の過ち②
「さあさあ、カール様! こちらのチーズなど、ワインに合うかと。お試しになられては?」
「こちらのハムもなかなか。ささ、カール様。どうぞ」
「ああ、ありがとう。オイゲン、皿に載せてくれ」
「かしこまりました」
執務を終えた私は、一度実家であるグラス家の屋敷に戻った。
父は男爵ということもあり、屋敷は決して大きくない。
だが、小心者の私にはこれくらいが落ち着く。
結婚してからはリヒトブリック城に住まわせてもらっているが、今もどこか居候のような気分が抜けない。
エリノアにワインを勧めたが、断られた。
今の状況を考えれば仕方ない──が、やはり少し寂しかった。
なので、こうして適当な貴族を三人、呼んでみたのだが。
(つまらない。将来、王配となる私に対して、おべっかを使う者たちばかりだ。この三人もそうだが、貴族は自分のことばかりだな……)
「……おおっ、カール様! こちらの干し魚、絶品ですぞ! さあっ、ぜひお召し上がりください!」
この者は先ほどから、飲んで食べてばかりだった貴族だ。
それは別に構わない。
さて、私がちょっとした悪ふざけで出してみたが、他の二人は気付くか……?
「……こっ……この、馬鹿! その干し魚、知っている者なら見た目だけですぐ分かるぞ。マールのスタリオン卿が作ったものだ! だ、だいたい誰がこんな物をっ……!!」
「……わっ……私じゃないぞ!?」
「な、なんとっ……これが……?」
小声で何やら争い始めた。
ははっ、面白いな。
マールのスタリオン卿。
その名は、リヒトブリックの宮廷では扱いに困る名でもある。
ましてや、私やエリノアの前では特にそうだ。
少し、意地悪だったな。
さっさと種明かしをしておこう。
「お前たち、何を狼狽えている? その干し魚は、私が用意した。美味い物はみんなで分け合った方がいい。さあ、一緒に食べようじゃないか」
「そ、そういうことでしたら! ……実は私、これが大好物でして」
「わ、私も。マールの種馬とやらは、なかなか味の分かる奴かもしれませんな」
「そうでしょう、そうでしょう! ……ふーっ、なんだか、体が火照ってきました」
オイゲンが窓を開けてくれた。
まだ私に仕えて日は浅いが、気が利くし仕事も出来る。
私には勿体ないと思うほどだ。
それとも、こういう男だからこそ、私の側に置かれているのか。
干し魚の件もあってか、その後はまあまあ楽しめた。
三人の貴族を帰した後、窓から外を眺めていると、オイゲンが側に寄ってきた。
おや、何かな。
「……その、カール様。干し魚を勧めてきた貴族ですが、お気を悪くされませんでしたでしょうか? あの者、去り際にまた余計な一言を……」
「ん? ああ、別に気にしていないさ。そもそも、私が出した干し魚が原因だろうしね。彼からの気遣いとして、ありがたく受け取っておくよ」
『第三子、第四子と、ますます王家が栄えますことをお祈り申し上げます』
──そう、ごく普通の言葉だ。
今回の件、私が遠回しに噂の否定をしたとも受け取れる。
むしろこれで私が怒ってしまうと、無駄に波風が立つだけだ。
(子供、か。確かにマリアンヌやラファエルは可愛いし、私も本当に血が繋がった子のように思っている。……例え私が、都合のいい人形として用意されたとしてもだ)
そういう意味では、私はスタリオン卿に感謝すらしている。
貴族の三男坊として生まれ、何となく商人の真似事をしてきた。
各国を訪ね歩き、その地で出会った適当な女と愛を語らったり。
エリノアと結婚するまでの私は、そういうつまらない男だった。
ただ、私にも少しばかり欲が出て来た。
愛するエリノアとの子供が欲しい。
夫婦生活自体はそれなりだと思う。
だが、子を授かる気配はなかなか無い。
高望みするなと、神が言っているのだろうか。
「……そうだ。私の体を医者に診てもらうのはどうだろう」
「医者に、ですか?」
「うん、そうしよう。オイゲン、使いを出して馴染みの医者を呼んでくれ。それから医者が来るまでの間、飲み直す。付き合ってもらうぞ」
そして、しばらくしてから医者が来た。
母が私を産む際、私を取り上げてくれた付き合いの長い老医師だ。
隅々まで私の体を調べた医者は、黙っていた。
空気が重い。
「私の体は、どこか悪いのか?」
「……恐れながら、申し上げます。カール様のお身体に、大きな病は見受けられません」
「そうか! ならば──」
「ですが……子を成す力は、決して強くはございません。幼少の頃、高熱を出して長く寝込まれたことを覚えておいででしょうか。以前から懸念はございましたが、どうしてもお伝えできずにいました……」
椅子から転げ落ちそうになったところを、オイゲンに支えられた。
何を言っているか分からない。
分かりたくない。
「……つまり、子は授からぬと?」
「いいえ。そこまでは申しておりません。望みが潰えたわけではございません。ですが、御子を望まれるのであれば、長く時を要するかと。あるいは……」
老医師はそこで言葉を切った。
これ以上は、彼も辛いだろう。
私を取り上げた身であるなら、なおさら。
「お前は仕事をしただけだ、気にすることはない。……さあ、謝礼だ。夜中に呼びつけてすまなかったな」
「……それでは、私はこれで。失礼します、カール様」
十分な金貨を渡して、医者を帰らせた。
ランタンを頼りに家路につく彼を、窓から見送る。
そんな私の背後で、オイゲンが囁いた。
「あの医者、殺した方がよろしいかと」
普段の彼からは考えられない物言いに、私は驚いた。
振り返ると、オイゲンの顔からは表情が消えていた。
──これもまた、この者の顔か。
「馬鹿を言うな、オイゲン! あの医者が何をしたというんだ!」
「どうかお静かに願います、カール様」
私を見つめるオイゲンの目は、ガラス玉のようだった。
命じられたことだけを果たすために動く、よく出来た人形。
彼もまた、私と同じなのだ。
ただ、人形としての出来は、私よりずっといい。
「カール様の診断結果が、誰かに洩れてしまってはなりません。苦痛の無いよう始末いたしますので、ご心配なく」
「待て、オイゲン……頼む。あの医者は信頼出来る。殺す必要は無い」
「そうでしょうか? 最近ではあの医者、孫娘の嫁ぎ先に支度金が必要らしく。金の工面に苦労しているそうですよ」
「……それ、は……」
よろよろと椅子に座る私に対して、オイゲンは言葉を続ける。
「次の玉座はエリノア王女に──それ以外はあり得ません。他国へ渡ったとはいえ、ジークベルト王子の存在も無視出来ません。どうか、ご理解を」
理屈としては分かる。
金で口を閉ざそうとしても、より大きな金額を積まれたら?
オイゲンが懸念しているのは、そういう事だ。
私の体について、もし公になった場合。
ただ私が恥をかくだけの話ではすまない。
それどころか、エリノアの王位継承権が揺らぐ可能性すらある。
吐き気がする。
……私か? 私のせいでこうなったのか?
なんだ、この状況は。
「では、行って参ります」
背を向け、自分の職務を果たそうとするオイゲン。
私は、そんな彼に対して。
「待て、オイゲン」
自分でも恐ろしく思うほど、冷たい声だった。
振り返ったオイゲンは、ガラスの目で私を見ている。
「このカールが命じる。医者を殺せ」
「──敬服いたします、カール様」
それだけ言うと、オイゲンは一礼して部屋を去った。
今日、はっきりと理解した。
私自身の甘さと、王配には何が必要なのか。
人形は人形でも、せめて役に立つ人形でなくては。
後日、川で医者の死体が見つかった。
事故死として処理されたようだ。




