30話 揺れる王女と、夫の過ち①
リヒトブリック城内、執務室。
私は父であるルガール国王に、王女の影の動向に関する報告書を提出した。
状況は良くなっているのか、悪くなっているのか分からない。
それでも、これが今の私に出来る全て。
もっと情報が欲しいけれど、影のみんなは最善を尽くしてくれている。
……焦っては駄目。じゃないと、アルマたちを助けることなんて出来ない。
一通り目を通したのか、お父様は報告書を机に置いた。
「こちら、お預かりしますね」
「うむ」
控えていたエメリンが報告書を受け取る。
私はソファに座ったまま、お父様の言葉を待つ。
「報告書、確かに目を通した。……思ったより、上手くやれているのではないか?」
「そうかしら。……まさか、ソウマがノヴァリスに行くなんて。はあ……アルマとイライザだけでも心配なのに……」
ソウマと離れてから、数年経った。
今のあなたは、何を考えているの?
二人のため? それとも、二人に守られている私のため?
分からない。
──体を重ねて、子供まで産んだ相手なのに。
「あやつの事が分からない、という顔をしているな。お前がソウマに対して抱く気持ちは、我々が普段お前に対して抱いている気持ちと同じであろうよ。くくっ……」
「茶化さないで、お父様」
「そう怒るな。だが、まあ……ソウマの奴、大したものだ。報告書によれば、奴はエリオドロ教皇に謁見し、近衛侍女が捕らえられている場所を聞き出したらしいではないか。教皇がノヴァリスの現体制に反発しているという噂、あれは本当だったのだな」
「それは……確かに、ソウマのおかげね。今は王女の影と協力して、アルマたちの救出手段を考えているんでしょうけど」
数日前に連絡を受けて、私は残っていた王女の影を全員ノヴァリスへ送った。
生き残っている六名の影は、これで全員がノヴァリスに入った。
《鴉》と《揚羽》は死んでしまったけど、彼らならきっとやれる。
後はもう、信じるしかない。
「王女の影とその協力者達に犠牲が出たのは痛い──が、フェリクス将軍を討てたのはいい。いざとなった時、我が国もマール連邦も、多少は楽になる」
「……そうね。将軍討伐に関わった者たちの遺族には、きちんと補償をしないと」
「だが、死んだ彼らがどういう仕事をしていたか、遺族は知らぬ。その辺りを気取られぬよう、補償にも工夫はいるがな」
お父様は息を吐いてから、机の引き出しからある物を取り出した。
──ソウマとその友人たちが作った、最新式の銃の弾。
銃と一緒に弾の作り方を教わって、リヒトブリックでも作り始めている。
「これが、彼らの世界で使う銃の弾らしい。確かに、この形の方が貫通する力は高いのだろうな」
三ヶ月ほど前、ソウマが大量の資材と共に、技術者を派遣してくれた。
技術者の中には彼の友人であるコタロウ、ヨシトもいた。
あまり時間は掛けられない事情がありつつも、突貫気味で技術移転が行われた。
おかげで、リヒトブリックに最新式の高炉と鋳造技術、銃と火薬がもたらされた。
我が国にとっては、素晴らしいこと。
今もマールの職人が数人残り、現場を監督してくれている。
その間、マール側の兵器開発が滞ってしまったのは心苦しい。
これからはもっと、二国間で連携していかなければ。
──せっかくだし、エメリンにも会話に参加してもらおうかしら。
「向こうの世界の物を完全には再現出来ないみたいだけど、鎧を着た相手にも十分な威力が出せるとか。……エメリンは、使ってみてどう思った?」
「ふえっ!? ええっと、そのっ……音にびっくりしますけど、とても素晴らしいと思います。私は主に格闘術を使っていますが、あの銃があればもっと姫様をお守り出来ますから」
報告書を胸に抱えながら、エメリンは拳を握った。
手袋には薄い金属の板が縫い付けられていて、攻めと守りの要になっている。
「ほう、そうか。以前の報告だと、銃の方は二十丁ほど量産出来たと言っていたな。……百丁、二百丁と増えれば、戦場の常識が変わるな」
「最近は、ウルスラも銃の訓練を始めたのよ。二人の訓練をたまに見るけど、支給された弾をエメリンがすぐ撃ちきっちゃうって、ウルスラが小言を言っていたわね」
「あ、あはは~……。すみません、なんだか楽しくって……」
弾を指先でつまみ、興味深そうに眺めるお父様。
やがて飽きたのか、弾を引き出しの中に仕舞った。
そしてまた別の引き出しから、木箱と手紙を取り出した。
木箱の方は、男の人の両手に収まるくらいの大きさ。
何かしら、あれ。
「エリノア、お前に頼みがある。これをな、ソウマに預けて欲しい。まあ、今回の件……成否はともかく、ソウマの所へ人を行かせる必要があるだろう。あやつが無事に戻らなかった場合は、グラーネに預かってもらう。手紙の方はそれを想定した内容になっている」
「別に、構わないけど……中身は何?」
「それは言えぬ。だが、念の為だ。私が持っているより、どこか国外の安全な場所で保管した方が良いと思ってな」
「……お父様、どこか悪いの? もしそうなら──」
ソファから立ち上がろうとする私を、お父様は制止した。
体の問題じゃないみたい。
「個人的な……そう。私自身の、個人的な問題だ。お前が気にする必要は無い」
「分かった。とりあえず預かっておくわ」
両手で報告書を持ちながら、あたふたするエメリン。
私は彼女を落ち着かせてから、木箱と手紙を受け取った。
「それじゃ、お父様。また何かあったら報告するわ」
「ああ。エメリンも、いつも娘が助かっているぞ。外にいるウルスラにも伝えてやってくれ」
「はっ……はい!」
執務室を出て、外で見張りをしていたウルスラと合流した。
「姫様。そちら、私がお持ちします」
「ううん、いいのよ。ふふっ、それに……あなたたち二人とも手が塞がっていたら、護衛にならないんじゃないかしら」
「……確かに。それでは、お部屋まで向かいましょう」
「そうね。こういうのは、金庫に入れておくのが一番だもの」
自室に向かう途中、中庭に夫のカールがいるのを見付けた。
最近は忙しくて、別々の寝室で寝る事が多い。
こういう時に、ちゃんと話しておかないと。
「やあ、エリノア! 今、時間あるかな?」
「ええ、大丈夫よ。さっき、お父様とお話してきたの」
カールの方から声を掛けてきた。
彼の側近であるオイゲンが、私に対して恭しく頭を下げた。
「へえ、そうなんだね。……少し、こっちで話さないかい? 最近、あまり話せていなかったからさ」
「ええ、もちろん」
それから中庭のテーブルで、しばらく世間話を楽しんだ。
子供たちのこと。
落ち着いたらどこに行きたいか。
お互いの家族のこと。
久しぶりにゆっくり話したら、なんだか安心した。
私たちは、形だけの夫婦なんかじゃない。
そう思えた。
去り際に、カールから夜にワインを勧められたけど──断ってしまった。
気分じゃないのもあるけど、もし、アルマたちが無事に帰ってきたら。
ノヴァリスに対してどう対応するかを、今のうちに考えておく必要がある。
相談役のハンスも呼んで、その辺りを詰めておくのもいいわね。
「……カール様、少し寂しそうでしたね」
廊下を歩きながら、エメリンが遠慮がちに呟いた。
彼女なりの進言。私は昔から、そう解釈している。
「そうね……。落ち着いたら、埋め合わせしないと。それと、ウルスラ。アルマたちの救出がどういう結果になっても、あなたにはマールへ向かってもらうから。そのつもりでね」
「その……木箱と手紙を渡しに行けという話、ですよね? ご命令でしたら、きちんと従います」
「それだけじゃないって、分かるでしょう? あなた昔、ソウマにきつく当たってたじゃない。ちゃんと仲直りしてきなさい」
「……はい。ですが──いえ、なんでもありません」
ウルスラの言いたいことは分かる。
そもそも、ソウマが無事にマールに帰国出来る保証はどこにもないということ。
お父様は、そんな彼に対して何を預けたいんだろう。
──はあ。考えることが一杯だわ。
自分ではあまり意識していなかったけど、もし私が王位を継いだ場合。
きっと、今以上に忙しくなる。
……もう少し、お父様の仕事を手伝ってあげないとね。




