29話 その頃、マール連邦では④
ヴォルック家が持て余していた町をソウマが買い取り、新たに再建した。
それがこの町、アンテリナだ。
以前は人間と獣人が暮らしていたが、あまり活気が無く、寂れていたらしい。
管轄権がソウマに移ってからは、全ての種族に移住を呼び掛け、町を再建させた。
今では他国から来る旅人や商人も足を運ぶ、ちょっとした観光地になっている。
商店街を適当にぶらつきながら、道行く人々の往来を眺める。
仕事帰りの若い男や、子供連れの夫婦。
そんな彼らに対して、店主や店員が大声で食材や出来合いの惣菜を勧めている。
なかなか良い雰囲気だ。
(……いかん、腹が減ってきた。だが、屋敷に帰ればピーターとカミラの食事が待っているしな。ここは我慢……ん?)
商店街の一角で、見知った顔を見付けた。向こうもこちらに気付いたようだ。
彼女達は左手に買い物袋、右手に焼き串を携えながら駆け寄ってきた。
「あれっ、グラーネ様! 夕飯の買い出しですか?」
「んなわけないっしょ。見回りとかじゃない?」
「ミレイユとカティアか。そっちは買い出しついでに買い食いだな」
「はい、そんな感じです! ミドリさんに頼まれたんですよ。それと、なんかリサナとベティにもお使い頼まれちゃって。あいつら、なんか最近調子乗ってるっていうか……」
「今日はうちら、仕事さぼって稽古してたからしゃーない」
ミレイユ、カティア、リサナ、ベティ。
獣人の彼女達は、我がジンバール家に昔から付き従ってくれている。
族長争いに敗れた時、私は彼女達を一度手放した。
ヴォルック家の手が及ばぬように。
だが結局、こちらの都合で再び声を掛けた。
そして彼女達は、二つ返事で応えてくれた。
ソウマの友人であるミドリの農場に住処を移し、毎日の畑仕事で汗を流している。
ミドリと共に暮らすターニャを、不埒な男共から守る為だ。
まあ、そんな男共は、あろう事かソウマに暴行を働き、まとめて始末されたが。
その後も変わらず、ミレイユ達は農場で生活を続けてくれている。
「そういえば、あの爺さんの様子はどうだ?」
「トビアスさんですか? 特に問題ないです! 男っていっても、おじいさんですからね。農業にも詳しいんで、いろいろ教わりながら楽しくやってますよ」
少し前、トビアスという老人がミドリの元を尋ねてきた。
一人で畑を耕していてもつまらないから、ここで働かせてくれないかと。
ミドリはソウマにも確認をしてから、トビアスが暮らせる小屋を農場に建てた。
彼の家から農場に毎日通うとなると、大変だろうしな。
「!! うげっ……何であいつら、ここに来てんの。最悪なんだけど」
「……しかもなんか、こっちに歩いてきてる……」
向かい合って話していた、二人の顔が曇った。
視線の先は──私の後ろか。
振り向いて、すぐに分かった。
こんな所に、ヴォルック家の面々が勢揃いとは。
少し前に生まれた、親帰りの子を除いて。
「やあ、オズワルド。お前がこの町に来るとは珍しいな。それと──随分と久し振りじゃないか、フェリシア。生まれた子供は元気か?」
「やあ、グラーネ。近くを通って、何となく様子を見たくなった。……お前達、挨拶はどうした」
「……どうも」
「お久しぶりです、グラーネさん」
「「……」」
次男のチェスターと長女マーシャは、それなりに。
三男のニコラスと四男のジョスランは軽く頭を下げた。
やれやれ、うちの子供達の方がまともな挨拶が出来るんじゃないか?
次男と長女は、もう十を超えているはずだ。
三男と四男も八つ。
我々獣人の体は、人間の倍ほど早く育つ。
もっとも、早いのはあくまで体格だけで、心の成長は人間と変わらない。
だからこそ、躾次第できちんとした挨拶くらいは出来る。
人様の家庭に口を挟むのもどうかと思うが、こいつらの父は族長を務めている。
──もっとも、ヴォルック家が子に甘くなる理由は分からなくもない。
族長争いの後に広がった疫病で、あの家は長男と次女を失った。
我がジンバール家も、母上を失った。
それでも、ボズウェルとの戦に一人も出さなかったのは過保護が過ぎる。
あれは勝ち戦だったし、四人とも体格だけなら十分に戦場へ出せる年頃だ。
若い獣人に、戦場の空気を覚えさせるには悪くない機会だったはずだ。
「久しぶりねえ、グラーネ。相変わらず族長の真似事かしら?」
「ははっ、まさか。夫が不在だし、代わりに見回りを少々」
「それが余計なのよ。……この町、私たちへの当てつけのつもり?」
「……おいおい、勘弁してくれ。我々は対価を払って、この町を買った。その結果、以前よりも民が生き生きと暮らしている。これの何が悪いんだ?」
周囲の者達が動揺している。
はあ、すまんな。
気まぐれで立ち寄ってみたが、こんな事になるとは。
「あんたらが失敗して、ソウマさんとグラーネ様が上手くやった。どっちが有能か、馬鹿でも分かると思うけど?」
「煽るな、カティア。……ミレイユも、そんな顔をするな。美人が台無しだぞ?」
「……分かりました」
別にこっちが悪いという訳ではないが、面倒だな。
さっさと退散しよう。
「それじゃ、我々は失礼させてもらうとしよう」
ミレイユとカティアの肩を叩き、帰ろうとしたところで呼び止められた。
「グラーネ、お前達がこの町を再建出来た理由はなんだ? 後学の為に教えてくれ」
「金と人望、信頼だ」
オズワルドは私の言葉を、ただ呑み込んだ。
フェリシアは私に対し、剥き出しの敵意を向ける。
「私が産んだ親帰りのアルセナが、次の族長になるわ! あなたが産んだ親帰りの出番なんて無い! ジンバールはそのまま落ちぶれていくだけ!」
馬を引きながら、三人で歩いて帰る途中。
カティアが不意に口を開いた。
「……グラーネ様は、いつになったらヴォルック家とやり合うんですかね?」
「なんだ、カティア。いきなり物騒な話をするじゃないか」
「──ぜんっぜん、いきなりじゃない! あのクソ女に、どうしてもっと言い返さなかったんですか!?」
歩みを止めたカティアは、私を睨みながら吠えた。
馬がびくりと首を上げたので、手綱を引いて落ち着かせる。
怒鳴られてしまったな。
ミレイユも彼女の隣に立ち、不満げな表情を浮かべている。
「グラーネ様の祖父母である、サイラス様とエルザ様。そしてお父上であるグレン様に、私たちはとても可愛がっていただきました。大恩あるお三方をむごたらしく殺したヴォルック家を、私は許すことが出来ません。……グラーネ様は、違うのですか?」
ミレイユとカティアは涙を流していた。
悔しさ、怒り、やるせなさ。
この場にリサナとベティがいたら、同じような反応をするだろう。
……有り難う。
私と同じ気持ちを持ち続けていてくれて。
「獣人でありながら、耳を犠牲にしてでも銃の訓練に励んでいるお前達だ。分かっているだろう? ヴォルック家を滅ぼすのは難しくないと」
「だったら……!!」
「カティア、私はな──ソウマに嫌われたくないのだ」
「「……へっ?」」
困惑する二人に対し、言葉を続ける。
私の正直な気持ちを聞いてもらうとするか。
「打算であいつと結婚したが、思った以上にいい男だ。だから、こう思っている。私情だけで先走って、幻滅されたくない」
私は、二人に頭を下げた。
臣下への礼と、友としての願いを込めて。
「時は必ず来る。それを待って欲しい。……頼む」
「ちょっ……頭を上げてくださいよ、グラーネ様! 待ちますから、ちゃんと! ミレイユも、ほら!」
「私たち、大人しくしてるので! ……でも、ふふっ……。意外と可愛いところありますよね、グラーネ様」
「分かってくれたなら結構。……そら、帰るぞ」
「「あっ、照れてる」」
一悶着あったが、まあこんな一日もありか。
ソウマが帰ってきたら、二人で買い物にでも行こう。
たまには子供を屋敷の者達に任せて、な。




