29話 その頃、マール連邦では③
馬に乗ったまま、マール大要塞へ。
この要塞には門が二つある。
軍が出入りする正門と、それ以外の者達がマールと外を行き来する副門。
今回、私が通るのは副門だな。
「グラーネさん、お出かけかい?」
「ああ、ここから西の植林地までな」
「一人でですか? ……誰か連れていった方が……」
門番の二人は渋い顔をしている。
国防に携わっている立場からすれば、心配なのだろうな。
「植林地以外には行かん、心配するな。それに、暗くなるまでには戻るさ」
「……それなら、まあ……。おーい、開門だ!」
門番が防壁の上に呼び掛けると、重い音を立てながら門が開いていった。
「お勤めご苦労」
要塞を抜け、山脈沿いに西へ。
この辺りは野盗の住処になっていたが、今はいない。
マール連邦とアドラー帝国で協力し、殲滅したからだ。
──以前、アドラーの貴族であるボズウェル家と武力衝突が起きた。
戦の末、ソウマ自らが一騎打ちでレスター・ボズウェルを討ち取ったが、マール側にも死傷者が出た。
だが、あの一件は向こうに落ち度があるのは明白だった。
そのおかげか、マールに有利な条件で戦後処理が進んだ。
大国なりに、弱小国への施しという態度を示したかったというのもあるだろう。
別にいいさ。
生き残ったボズウェルの私兵を吸収するなど、得た物は大きい。
どうかしばらく、そのまま油断しておいてくれ。
しばらく馬を走らせていると、目的地が見えてきた。
前に見たときは荒れ放題だったが、ちゃんと草が生え始めているな。
肝心の木だが……まあ、今後に期待といったところか。
山の麓では、マールへと続くトンネルの穴掘り作業が行われていた。
彼らの近くに建てられた建物の煙突からは、煙が出ている。
うん。そちらの方も、滞りなく稼働しているようだ。
まずは、集落の中にある厩舎へ。
馬を繋ぎ、周りを見渡す。
仕事をしながら、私に対して好奇の視線を向けてくる者達。
(……あまり邪魔をしたくない。さっさと視察を終わらせて帰るか)
この場所の責任者に会いに行くと、彼は相変わらず土で汚れていた。
家族と共に、ここで生活している。
休日はマールに戻って、ゆっくり過ごすらしい。
「悪いな、いきなりやって来て」
「ははっ、構いませんよ。それで……どうですかね? ここの進捗を見て」
「悪くないんじゃないか? よくやっているよ、お前達は」
「なら良かった。トンネル、もう少し近くで見てみますか」
「ああ、そうだな」
作業現場の近くまで行くと、鉄人と一緒に人間が穴を掘っていた。
人間の背丈を注意深く観察する。
鉄人の体格に合わせ、小柄な者達が作業にあたっている。
アドラーとの取り決めで、あまり大きなトンネルは作れない事になっている。
「それで、こっちがレンガの製造所です。使える土は、全部レンガに使ってます」
「ああ、掘った土の行き場所が必要だからな。どこでどう使うべきか、我が夫が苦心していたぞ」
製造所の中は、かなりの熱気があった。
新入りらしき青年が、どやされながらも懸命に仕事をこなす姿が見えた。
作られたレンガは外にある保管所で一旦冷やされ、マール国内へ運ばれていく。
主要な建物をあらかた見終えた後は、植林地の外周をぐるりとまわることにした。
その途中通りがかった、麓にある寂れた建物。
「あれは物置ですね。場所も悪いので、あまり使ってませんが」
「そうなのか? まあ、雨宿りくらいは出来るだろう」
そのまま歩いていると、今度は小さな小屋があった。
ただ──この小屋を管理する権利は我々には無い。
「やあ、お前達! こんな僻地までお勤めご苦労!」
「「……」」
挨拶してみたが、返事は無かった。
アドラーの駐在兵が二人。
敵意とまではいかないが、我々の事を良く思っていないのは確かだな。
(ソウマとダレルが何やら企んでいたから、無理矢理話を聞いたが……。この状況は、なかなか肝が冷えるな)
我々はこの一帯を、アドラー攻略の起点にしようとしている。
あの使い道の無い物置を、誰も気に留めていない。
ソウマの策を聞いた時は、私も驚いた。底意地の悪い奴め。
そのまま集落に戻って、責任者と別れた。
さて、お次はマールで高炉の様子でも見るか。
「あっ、グラーネさん! こんにちは!」
「こんにちは、デリン。ここの現場を任せっきりだが、仕事には慣れたか?」
早々にマールに戻り、門番の二人を安心させてやった。
次の目的地は、我がジンバール領のすぐ近くだ。
最新式の高炉と、併設して立っているコークス製造所。
外からコークス製造所を見ると、煙突からは黄色交じりの煙が出ていた。
気になる色だが、コークスを作る際には、ああいった煙が出るらしい。
レンガの製造所も熱かったが、ここはそれ以上だな。
施設の中を歩きながら、デリンの話を聞く。
「はい! アドラーとの一件が終わってから、すぐにここが稼働し始めましたからね。コタロウさんとヨシトさんからいろいろ教わっているので、なんとか」
彼は現族長のダレルが、次の族長にと推している青年だ。
鉄人の中では体格は控えめだが、それを補うように頭が良い。
あの年寄りなりに、族長は腕力だけでは務まらんと考えているんだろう。
そしてそれは、正しい判断だ。
「ここでコークスを作り、高炉で鉄を作る。それを鍛冶や鋳造に回せば、今までより質の安定した物が作れる──合っているか?」
「ばっちりです! コークスのおかげで、質の安定した部品を作れるようになりました。三発装填した状態でも、故障せず撃ち切れるようになってます。……ちょっと撃ってみますか?」
「……あー、興味はある。あるが、お前が撃って見せてくれ。私はまだ、あの音に慣れんのだ。我々は他の種族に比べると、耳がどうしてもな」
「分かりました。じゃあ、外の試験場に移動しましょう」
デリンに案内され、敷地内に設けられた試験場へ向かう。
銃の製造所もある為、この辺り一帯は機密情報が集まっている。
なので、信用出来る者を警備に置く必要がある。
私が抱える獣人の私兵を立たせ、交代させながら昼夜を通して守らせている。
銃の弾については、例のおっさん達に任せている火薬の研究所で作っている。
当然、そちらの方も警備に抜かりは無い。
ここで開発している銃については、まだ実戦に投入する段階ではない。
検証と改良を着実に重ねていくのが、当面の方針だ。
「それじゃあ、撃ってみますね。その赤い線の位置まで下がっててください」
「ああ、分かった」
デリンは手慣れた手付きで銃に弾を込めていく。
今まで、この世界の我々が使っていた弾とは違う。
細長い造りで、先端が尖っている。
「……」
デリンが銃を構え、遠くの的を狙う。
大人の足で五十歩くらいの距離。
──火薬の弾ける音と、木の砕ける音。
こういう時こそ、獣人の目の良さが活きるというもの。
……ほう。どうやら、的の真ん中近くに当たっているな。
そして、やはり音が五月蠅い。
もう少し離れよう。
「二発目、撃ちます」
彼が銃の横にある小さな棒を引き、再び戻す。
すると、金属の筒らしき物が飛び出し、軽い音と共に地面へ落ちた。
なるほど、そういう仕組みか。
弾を包んでいた金属の筒を外に出すと同時に、次の弾が送り込まれる……想像だが、そういう流れだろう。
二発目──これも命中。
今度は一発目の左上だ。
「三発目……ふーっ……」
デリンは素早く棒を引き、先ほどと同じように金属の筒を銃から追い出す。
空気が張り詰める。
乾いた破裂音。弾の行き先は──
「おおっ! 的が真っ二つに割れたぞ! 良い腕じゃないか、デリン!」
「はー、良かったあ……」
喜びは大きかったし、確信もした。
これを量産出来れば、マールにとって大きな力となる。
……ごく限られた話をすれば、我がジンバール家も。
仄かに沸き上がる黒い感情。
それを振り払いながら、私は高炉を離れた。
空を見上げると、日が落ち始めていた。
だが、すぐ近くならもう一カ所くらいは見て回れそうだな。
このまま屋敷に帰ってもいいが、ついでだ。
ソウマが作った町、アンテリナでも見ていくか。




