29話 その頃、マール連邦では②
「あははっ、それでですねえ……なんかグラーネ様、食べるの遅くなりました? 昔はもっと、食べるの早かったような」
「ソウマやピーターから、もっと味わって食べろと言われたからな。それに、ソウマが言っていた。よく噛んで食べれば、少ない量でも腹が膨れやすいらしい」
「へえー。あれ? それってつまり……食べる量が減って、痩せられるってことですかね!?」
「まあ……理屈で考えれば、そうなるな」
「良いこと聞いちゃった! うちの旦那、最近太ってきたからなあー。今度から、よく噛んで食べさせようっと」
旧友のヴァネッサが経営する、熊火亭。
厨房では彼女の旦那が、客席では店員達が忙しなく動いている。
本来は接客の仕事があるはずなのに、私が来たからとこうして油を売っている。
注文したのは、『本日のお任せ定食』。
メニューはパンに煮魚、野菜とベーコンのスープだ。
味も濃いめで、私好みだった。
周りの客を見ると、いかにも働く男達が好きそうな料理だらけ。
こいつらの胃袋を掴んでしまえば、店はそう簡単に潰れたりしないだろうな。
「しかしまあ、かなり繁盛しているな。驚いたぞ」
「そりゃあ頑張りましたから! 最初はなかなか、上手くいきませんでしたけどね。……いろいろあったなあ、本当に」
傭兵団の団長だったヴァネッサと、その団員達。
彼女達がマールに来て、剣を置いて定住するに至った理由。
それをまだ、私は聞いていない。
今度、酒でも飲ませて語ってもらおうか。
彼女についてはソウマも気になっていたし、機会があればな。
「……? おいヴァネッサ、何やら外が騒がしいぞ」
「ええ? 私は何も……やっぱ獣人って、耳がいいんですねえ」
宿の中は、漁師や昼休みの男達の話し声で賑わっていた。
これでは、普通の人間には聞こえるはずもないか。
二人で宿の外に出てみる。
少し離れた場所で女が捕らえられ、人だかりが出来ていた。
物取りの類いか……?
私とヴァネッサは顔を見合わせてから、騒ぎの現場に向かった。
「おい、お前達! これは何の騒ぎだ」
「……あんた、グラーネさんか。別に、関係無いだろ。うちから逃げ出した娼婦を捕まえた、それだけさ」
身なりのいい格好の男と、それに付き従う柄の悪い奴ら。
娼館の主と、用心棒代わりのごろつき連中だな。
「いやいやっ……その女の子、森人じゃないか! あんた、どっから連れてきたのさ!?」
声を荒げるヴァネッサ。
森人が娼館に。しかも、逃げ出して捕まった。
これは、何か匂うな。
「事情を説明してみろ。……今の私は族長ではないが、告げ口くらいは出来るぞ?」
「……ちっ! お節介女が」
一度、問題の娼館に赴いて事情を聞いた。
帳簿を見せろと館主に迫ったが、最初は抵抗していた。
レイラの存在を思い出させてやると、ようやく観念した。
帳簿を確認すると、同じように娼館へ売られた森人が、他にも五人いた。
しかも、証文には森人の族長、サイモンの名があった。
農作物の収穫量が足りなかった。
そんな理由でだ。
……何を考えているんだ、あいつは。
私は人を走らせ、ミドリを呼んだ。
農業に関しては、あいつに聞くのが一番だからな。
事情を伝えると、ミドリの顔から笑みが消えた。
彼女は似たような境遇からターニャを救い出している。
どれ、女を食い物にした馬鹿を殴りに行くか。
そのまま二人で馬に乗り、森人の領地へ向かう。
「……だからね、サイモンさん。ひ・りょ・う! この土地には、肥料が必要なの。何となく分かりますよね? 同じ場所で何度も収穫してると、どんどん土が痩せていくの」
「そんなことくらい知っておるわ。それで、お前たち人間が作った肥料を使えと? 動物の糞を集めて作ったくせに、高く売っているのを知っているぞ」
「いやっ、だからあ……人を使って集めてるんだから、それなりの値段にはなりますって! 藁とか残飯とか混ぜて、バクテリアに分解してもらう時間も必要だし」
「さっきから、その……“ばくてりあ”という言葉を口にしているが、さっぱり分からん。“にさんかたんそ”も“ちっそ”も、分かるように話せ」
森人の領地、サイモンの家。
彼らの住処は自然に囲まれ、たまに訪れるくらいなら良い場所だ。
ただ、サイモンの方針で、人間が絡む知識や技術を受け入れようとしない。
人間というか、ソウマ絡みだな。
ミドリは縋るような目で私を見てきた。
ここで私の出番か。
「なあ、サイモン。簡単に言うとだな、つまり──理屈でどうにかなる問題を、族長であるお前はつまらない意地で突っぱねた。その上で領民に無茶を強いて、挙げ句の果てには体を売らせた。自分が何をやったか、理解したか?」
「貴様っ……無礼であろう!」
「だが事実だ。お前の言い分としては、森人の伝統を守りたいという気持ちもあるのだろう。その結果、お前自らが領民の誇りを踏みにじった訳だが」
「ちょっ……グラーネさん、もう少し言い方が……」
サイモンは私を睨んでいる。
私に敵意を向ける前に、やるべき事があるはずだ。
どこまでも自分本位な男だ。
ただ、人間を快く思わない森人は、サイモンだけではない。
──豊穣王がこの国を統べていた時、当時の森人は人間と仲が良かったそうだ。
そんな森人達は、他国との戦争の際、勇敢に戦った。
結果、森人は大きく数を減らした。
それ以降、彼らは排他的になったと聞いている。
繋がりが出来ると、また同じような事が起きてしまう。
彼らなりに考え、今の生き方を選んだのだろう。
だが、いつまでもそのままでいられては困る。
「サイモン、お前にいい話がある。お前が娼館に売り払った森人──彼女達六人を、私が身請けしてやろう。確か、一人当たり金貨百枚だったか? 二百枚出す。お前と娼館の主で、好きに分けるがいい」
証文には、サイモン側にも取り分が残るような妙な取り決めが書かれていた。
こんな奴を儲けさせるのは業腹だが、まずは女達の保護を優先すべきだ。
道義的にはともかく、法の上では合法。
となると、この国の政治体制で他の部族が介入するのは難しい。
「にっ……二百枚だと……! 全部で、千二百枚……」
怒りで赤くなっていたサイモンの顔が、わずかに緩んだ。
だがすぐに咳払いをし、取り繕うように顎を上げる。
「……身請けした森人の女は、どうするつもりだ」
「ひとまず、ソウマの屋敷で働かせる。ただの使用人としてな。他の仕事を希望する者がいれば、本人の好きにさせるさ。……不満か?」
「……いや。問題は無いな」
「ただし、条件がある。ミドリにやり方を教えてもらって、お前達なりに肥料を作ってみろ。二度と今回のような事が起きないようにな。約束出来るか?」
「……いいだろう。金はいつ受け取れる?」
「一週間以内。肥料については、クロエとミドリに任せろ。話は終わりだ。……行こう、ミドリ」
「あっ……はい!」
サイモンの家を後にした。
マールを治める族長の一人があんな体たらくだった事に対し、ただ呆れた。
(金貨千二百枚は正直、手痛い出費だ。だがまあ、彼女達を助け、森人の領地の内情を知る機会も得られる。……金については、私とソウマの共有財産から出すか)
帰ってきたと思ったら、屋敷で森人の使用人が六人働いている。
くくっ。ソウマの奴、驚くだろうな。
帰り際、族長補佐のクロエを訪ねた。
事の詳細を話すと、ただ申し訳なさそうにしていた。
「そんな顔をしていても、お前達は何も変わらない。だがもし、お前にその気があるなら……さっさと次の族長になれ。その為の手伝いくらいはしてやる」
「……二人とも、本当にありがとう。それと、ごめんなさい。──悪いけど、一人にさせて」
森人の領地の入り口で、ミドリと別れた。
さて、次は……あの場所に行くか。
アドラーとの話し合いで管理する事になった、例の植林地。
ソウマの話によると、それなりにやれているようだが。
最初に見に行ったきりで、どうなっているか気になっていたんだった。




