28話 奈落を眺める者②
潜入した屋敷を出てから、南に10分くらい走った。
大きな森。真ん中くらいの位置に生えてる木が、周りより背が高くなってる。
手入れをさぼってるのか、森周辺は草が伸び放題。
おおっ、いいね。
これなら伏せながら進んで、森の中に入れるじゃん。
森へある程度まで近づいてから、アタシは芋虫みたいにゆっくり地面を這った。
(そんで? 見回りの数はどのくらいかなっと)
手前で止まってからの《感応》。
……んー、なるほど。
まだ入り口だけど、とりあえず二人引っかかったね。
立ち上がって、木に張り付く。
森の中を観察すると、それはすぐ見つかった。
人がたくさん歩いて出来た道。
石とか枝が綺麗に取り払われていて、歩きやすそう。
お金持ちのお客さんが通ったりするから──だと思う。
女の人とかはどうしてるんだろ。ヒール履いてる人もいるよね。
(……そこは今、どうでもいっか。さ、お仕事しましょうねー)
気を取り直して、潜入第二弾。
道なりにゆっくり進みながら、周囲を警戒。
時たま木に隠れながら、茂みに隠れながら。
森の中は真っ暗で、じめじめしてる。
でもなんか安心。
本当はこういう暗い場所の方が落ち着くんだよね。
「おう、お疲れ」
「お疲れさん。ここには慣れたか? お前確か、暗いの苦手だったよな。ははっ、漏らすんじゃねえぞ」
「うるせえ。そっちこそ、野良犬のクソでも踏んじまわないようにな」
すれ違う見張りの人たちが、軽く世間話したり。
でも多分、ソウちゃんたちがここに潜入する時。
──この人たちのこと、殺さなくちゃいけないよね。
それについては、もう割り切ってる。
それでも、その日はこの人たちが非番だったらいいねとか。
ちょっとだけ、思うようになった。
良い変化なのかは分からない。
この世界に来たばかりの時と比べたら、今は幸せ。
だからその幸せを、手放したくない。
歩き回る見張りをするする躱しながら、森の真ん中に辿り着いた。
開けた場所にある、小洒落た建物。
これがローザ・カルミナ館かな。
月明かりを跳ね返すみたいな、ぎらぎらした赤色の屋根。
なんか、大きな生き物の心臓に見えるかも。
そのすぐ近くに、また別の建物。
あっちは多分、使用人とかが寝泊まりする場所?
でもそれにしては、ちょっと大きいような。
ぱっと見、どっちも潜入は厳しそう。
あちこちに見張りがいるし。
(……ん? なんだろ、あの場所)
ローザ・カルミナ館の後ろ。
丘になっていて、その上には四角い壁があった。
それを隠すように生えた、たくさんの木。
怪しい。めっちゃ怪しい。
裏側からなら、行けるかな?
よし。あっちを調べよう。
時計回りに迂回して、見張りをやり過ごしながら丘を登っていく。
その途中、ついでに《感応》も使いながら、周囲の見張りの数も確認しておいた。
帰りは反対方向から回って、あっち側も調べよう。
あの怪しい壁に近づくと、見張りが二人いた。
大きくて頑丈そうな門の前に立っている。
壁の高さは、3メートルくらいかな。
(うん、これなら中に入れそう)
とりあえず、門はスルーで。
森を利用して、壁の側面に移動した。
助走を付けたいけど、足音に気を付けないと。
正面にいる見張りからなるべく離れた場所で、森の中から壁に向かって走る。
そのまま──ジャンプ!!
成功。壁上に手をかけて、こっそり中を確認。
人はいない……けど、なんだあれ。
音を立てずに中に着地して、問題の場所に近づいた。
大きな金網、だよね。その下は──
「……わーお」
思わず声が出ちゃった。
金網の下には空間が広がっていて、赤黒い地面が照らされていた。
これかあ! ここが闘技場なんだ!
(ふんふん……なるほど……)
金網に顔を近づけて、中を観察してみる。
うわ、観覧席っぽいのもあるし。本格的だなあ。
「なあ……椅子、欲しくねえか?」
「あー? まあ……あったら助かるよな」
後ろを振り向いて、姿勢を低くした。
いつでも逃げ出せるように。
……良かった、バレてない。
見張りの二人が、世間話を始めたみたい。
じゃあちょっと、盗み聞きさせてもらおうかな。
門に近づいて、聞き耳を立てる。
お酒とかギャンブルとか、女の人とか。
すーっごいどうでもいい話ばかり。
なんか、なんか無いの? お二人さん。
「そういえばお前、聞いたか? ここの支配人に逆らった剣奴の話」
「ああ、知ってるぜ。女二人組だろ? ……確か、アルマとイライザだっけか」
嫌な汗が流れる。
──間に合わなかった?
「貴族と平民の一騎打ちを邪魔して、平民に勝たせたんだとよ。根性あるっつうか、なんつうか……」
「でもそのせいで、支配人は怒っちまった。五日後に、女二人で一騎打ちだってよ」
「うへえ……。建前としては、神聖な決闘を踏みにじった罰ってとこか?」
「だろうなあ。ま、客も呼べるしな」
五日後かあ。ちょっと、時間的にキツいかも。
でも、必要な情報は最低限集まった。
急いで帰ろう。
あとは一応、ローザ・カルミナ館の後ろ側の造りを見ておこうかな。
ここからだと、丁度見下ろせる位置にあるし。
門の反対側から壁を乗り越えて、森の中から様子を伺う。
──あの部屋、カーテン開いてる。明かりも付いてるし。
アタシは中にいる人物に目をこらして、腰が抜けそうになった。
(ちょっとお!? アンタたち、なんでここにいんの!?)
赤井涼平。
久慈蓮司。
田上伸幸。
矢代啓太。
クラスメイトの四人が、テーブルを囲んでお酒を飲んでる。
軽いおつまみも食べながら。
……ええー? どういうこと? アイツら敵なの?
意味分かんない。
頭をかきむしりたくなったけど、今はかつらだった。
《感応》を使って、四人の強さを調べてみた。
(いやっ、普通に強いし! でもケイタくんは……まあ、弱くはないのか)
他の三人に付き合わされて、そのままずるずるって感じかも。
最悪の場合、アタシたちと戦う? それとも、ただのお客さん?
ここにきて、一気に話がややこしくなった。
とりあえず、ソウちゃんの所に帰って報告しないと。
アイツらのことは、ソウちゃんの判断に従えばいいよね。
疲れが一気に溜まったような感覚。
それを振り払いながら、アタシは森を後にした。
「お疲れ様っす! 流石っすね、ジェナさん!」
「ええ。凄いわ、本当に。……ただまあ、フィネスキ子爵の手紙を持ってきたことについては──正直、評価が分かれるかもしれないけど」
無事に帰って、みんなにもちゃんと報告出来た。
へへっ、頑張ったもんね。
「そう言ってやるなよ、《梟》。事後処理の為に──フィネスキって奴は生かす。それなら、この手紙も役に立つだろ?」
《梟》さんは何か言いたげだったけど、諦めたみたい。
ありがとね、ソウちゃん。
ここじゃ、クリフさんだけど。
「……まあ、そうね。クリフさんはこれからどう動くべきか、考えはあるかしら?」
「一応はな。その前に確認したい。王女の影、どのくらい動員出来る?」
「もちろん、全員よ。数日前にリヒトブリックに連絡役を送ってるから、こっちに向かってると思うわ」
それから、ロメオさんも混ざって作戦会議が始まった。
難しいことは分かんないけど、アタシはやれることをやればいっか。
……あっ。
いざとなった時、あの四人とは戦わないってさ。
それ、向こうはどうなんだろうね?
だって高校時代、ケイタくん以外の三人──ソウちゃんのこと嫌いっぽかったし。




