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落内円は落ちている  作者: 七風


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町長は頭が痛い

 ドラゴン討伐から、しばらく経った頃。


 エキドナ本部には、以前とは少し違った空気が流れていた。


 町へやってくる人が、明らかに増えている。


 もちろん、町そのものが発展して人が増えたことも理由の一つだ。


 だが、それだけではなかった。


 最近、この町ではよくこんな会話が聞こえるようになっていた。


「エキドナって組織があるらしいぞ」


「先日のドラゴンを倒したところだろ?」


「モンバトも、あそこが作ったんだってよ」


「武器や防具も凄いらしい」


「ドワーフまでいるって聞いたぞ」


「……エキドナって名前、なんか怖くないか?」


 町を訪れたばかりの者たちにとって、エキドナはまだそんな存在だった。


 この町を開拓しているのは第一王女エレノアも協力している。


 その程度の認識でやって来た者も多かった。


 だが、実際に町で話を聞けば聞くほど、別の名前が出てくる。


 エキドナ。


 そして、その中にいる人間たちの名前だった。


 大賢者リゼット。


 五百年前から王国の相談役を務めてきた伝説の人物。


 モンバトを生み出したニコラ。


 今やモンバトという言葉を知らない者の方が少ないほど、その存在は広まっている。


 ドワーフのグレタ。


 この国では本人を見かけること自体が珍しい。


 そのドワーフが武器や防具を作っている。


 そして先日は、ドラゴンまで討伐した。


 こうして、エキドナの名前は少しずつ町の外へ広がっていった。


 結果として――。


「……一体、何なのだ。この忙しさは……」


 町長は机の上に積まれた書類を前に、頭を抱えていた。


 エキドナが有名になったこと自体は、喜ばしい。


 商人が来る。


 冒険者が来る。


 職人も来る。


 人が増えれば、町は潤う。


 税収も増える。


 町長として文句などあるはずがない。


 問題は、その有名さを理由に、本部へ持ち込まれる話だった。


「エキドナのリゼット様とお話をしたい」


「ニコラ様に新しい魔道具の相談を」


「グレタ様に特別な武器を作っていただきたい」


「エキドナの皆様と直接取引をしたい」


「……それを私に持ってくるのか」


 町長は深いため息をついた。


 町の商店で買えるもの。


 町の魔道具店で相談できるもの。


 弟子たちが営んでいる武器店で扱えるもの。


 本来なら、それで十分な話が多い。


 それなのに、


「エキドナならもっと凄いことができるのでは?」


 そんな理由だけで、本部へと話が飛んでくる。


 やがて町長は、商人ギルドへ乗り込んだ。


「だからと言って、何でも私のところへ持ってくるな!」


「こちらでは判断しきれない案件もあるのですよ」


「町の商人が普通の商品を売りたいと言ってきた。まずギルドで話を聞けばいいだろう!」


「普通の商談ならそうします。しかし、『エキドナ様と直接取引したい』となると話が違います」


「違わん!」


 町長が机を叩く。


「モンバトを特別仕様にしてほしいだの、グレタ殿に自分の商会専用の武器を作ってほしいだの、挙げ句の果てにはリゼット様に子供の魔法を見てほしいだの!」


「……」


「それは町の店ではできないことなのか!?」


「できるものもあります」


「なら、そこへ回せ!」


「こちらもそう言っているんです!」


 ギルド側も負けてはいない。


「ですが、相手が『せっかくここまで来たのだから、エキドナ様に直接お願いしたい』と聞かないんですよ!」


「知らん!」


「こちらだって知りませんよ!」


 二人はしばらく睨み合った。


 やがて町長が大きく息を吐く。


「……では、一度まとめて面談する」


「面談?」


「エキドナへの面会を希望している者を一度集める。私が話を聞いて、必要なものだけを回す」


 こうして、一斉面談が行われることになった。


「では、順番にお願いします」


 最初の商人が進み出る。


「我が商会では新型の魔道具を開発したいと考えておりまして、ぜひニコラ様に――」


「町の魔道具店へ」


「……え?」


「ニコラ様本人へ持ち込む必要がありますか?」


「それは、その……」


「ありませんね。弟子筋の店があります。まずそちらへ相談してください」


 次。


「グレタ様に、我が商会専用の武器を――」


「町の武器店へ」


「ですが、ドワーフ製の――」


「グレタ殿の弟子の店です」


「……」


「次」


「特別仕様のモンバトを――」


「普通に買ってください」


「しかし、ぜひニコラ様に直接――」


「必要ありません」


 また次。


「リゼット様に、我が家の子供へ魔法の指導を――」


「お断りします」


「なぜです!」


「なぜって……」


 町長は呆れたように相手を見る。


「五百年前から王国の相談役を務めてきた、大賢者リゼット様ですよ?」


 商人が黙る。


「その方に、個人の子供の家庭教師を頼むおつもりですか?」


「い、いや……」


「最近は本当に、エキドナを雑に見ている方が多くて困ったものですな」


 町長は首を振った。


「エキドナは便利屋ではありません」


 その言葉に、後ろで控えていた商人が口を挟む。


「ですが、あちらには大賢者様がおられるのでしょう?」


「ええ」


「それに、第一王女殿下もいらっしゃるとか」


「その通りです」


 町長はそこで少しだけ表情を変えた。


「先日のドラゴン討伐では、エレノア殿下自ら現場に出て指揮を執られました」


「……」


「それほどの方々がいる場所です」


 町長は商人たちを見回す。


「皆さんが今、何気なく『直接お願いしたい』とおっしゃっている相手が、どういう方々なのか。少しは考えていただきたい」


 会議室が静かになった。


 そこへ――。


「あら?」


 いつの間にか扉の近くに、リゼットが立っていた。


「ずいぶん大層な話になっているのね」


「リゼット様……!」


 商人たちの顔が強張る。


 リゼットは困ったように笑った。


「またこの国は、私に面倒なことを押し付けるつもりなの?」


「……」


 完全に沈黙した。


 町長だけが、ほんの少しだけ苦笑する。


「私からも申し上げますが、エキドナ様方でなければできない案件であれば、私が責任を持ってお繋ぎします」


 商人たちは黙って聞いている。


「ですが、町の中で解決できる件なら、まず商人ギルドや町の店へご相談ください」


 町長は静かに続けた。


「そこで無茶を言われては、完全に取引中止もありえますからな」


「……」


 誰も何も言えなかった。


 町長はその沈黙を確認すると、書類をまとめる。


「せっかくのご縁です。こちらから、そのご縁を切るような真似をする必要はないでしょう」


 商人たちは、ようやく小さく頷いた。


 その一方。


 面談を終えた町長は、窓の外を眺める。


 町は確実に大きくなっている。


 人も増えた。


 店も増えた。


 エキドナの名も、これからさらに広がっていくだろう。


「……忙しくなったものだ」


 それでも、悪いことではない。


 町長はそう思いながら、もう一度机の上の書類へ目を向けた。


 そして、その向こうでは――。


 今日もエキドナの面々が、いつも通り好きなことをしていた。


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