エキドナからの依頼
「そういえば、クライブって冒険者、結構便利だよね」
エキドナ本部で、そんな話が出た。
「便利って……人を道具みたいに言わないでよね!まぁ確かにあの冒険者は万能かも!」
ティニアが呆れたように言う。
「でも実際便利じゃん。呼べば来るし、冒険者としても強いし」
マドカは気にした様子もなく答えた。
「町では、銀翼の次くらいの実力者だと見られているようですね」
アリシアも頷く。
「ガブリエルからの評判も悪くありませんでしたし、実際の動きについてはマドカも確認済みでしょう?」
エレノアもしっかりとクライブの実力を知っていた。
「うん。中々いい人選じゃない?」
マドカがあっさり言う。
「エキドナに直接依頼したい、という人は増えてるけど、実際には私たちがやる必要のないことも多いしね~」
ニコラも頷いた。
「剣術とか魔法の教師なんて、わざわざ私たちがやることでもないし~」
「そういう案件をクライブさんに指名依頼で回す、と」
アリシアが整理する。
「それなら本人にも仕事になりますし、こちらとしても助かりますね」
「だね」
エレノアが頷く。
「クライブさんなら、私たちが推薦したと分かれば、きちんと仕事をしてくれるでしょう。どうせ肩書だけほしいのでしょうし。そんな輩の相手をいちいちしてられませんよ。」
こうして、エキドナからクライブへ、いくつかの指名依頼が回されることになった。
その中の一つ。
ある貴族家から、息子の剣術指南をしてほしいという依頼だった。
「エキドナからの指名依頼、ねぇ……」
依頼書を見たクライブは、少しだけ嬉しそうにした。
自分はエキドナの所属ではない。
それでも、あのエキドナが自分を指名してくれた。
それはそれで、悪い気分ではなかった。
指定された屋敷へ向かい、依頼主の少年と顔を合わせる。
「……は?」
少年はクライブを見た瞬間、露骨に嫌そうな顔をした。
「俺、エキドナに頼んだんだけど」
「そう聞いている」
「じゃあ、なんでおっさんが来るんだよ?」
いきなりだった。
クライブの眉がわずかに動く。
だが、依頼主は子供だ。
それに、仕事で来ている。
「俺はエキドナの所属ではないが、エキドナから推薦されたAランク冒険者だ」
「Aランク?」
「ああ」
「……でも、地味じゃん」
またか。
クライブは一度、息を吐いた。
それでも表情は崩さない。
「Aランクというのは、そう簡単になれるものじゃない」
「へえ」
少年は興味なさそうだった。
「でも俺、エキドナの人に教わりたかったんだよ」
「今回の依頼は俺だ」
「なんでだよ」
「俺にも分からん」
「マドカとか、リゼットとか、グレタとか、そういう凄い人に習った方が絶対いいじゃん」
「……」
クライブは黙った。
自分がどんな冒険者なのか。
どれだけ戦ってきたのか。
Aランクというものが、どういう位置づけなのか。
この少年には、どうでもいいらしい。
必要なのはただ一つ。
**誰に習ったか。**
「エキドナの誰々に習ったって言えた方が、学園でも目立つだろ?」
少年が胸を張る。
「おっさんに習っても、自慢にならねぇよ」
クライブの笑顔が消えた。
「……そうか」
低い声だった。
「そこまで言うなら、一度実力を見せてやろう」
クライブが剣を抜く。
「実戦だ」
「え?」
「俺がどの程度なのか、自分で確かめろ」
「いいぜ」
少年も剣を構える。
最初の一撃。
クライブは簡単にかわした。
二撃目。
三撃目。
少年は必死に追う。
だが、一度も当たらない。
「くっ!」
横薙ぎ。
避けられる。
「なんでだよ!」
突き。
かわされる。
「またかよ!」
踏み込む。
クライブが身体を流す。
少年の剣が空を切った。
「な、なんで当たんねぇんだよ!」
「動きが分かりやすい」
「嘘つけ!」
「嘘ではない」
「じゃあ本気出せよ!」
その言葉に、クライブが一瞬だけ目を細めた。
「……本気?」
「そうだよ!」
「分かった」
次の瞬間。
少年の手から剣が消えた。
「え?」
クライブが剣を払ったのだ。
そのまま少年の足を引っかける。
身体が浮く。
「うわっ!」
地面に転がる。
「立て」
「くそっ!」
少年が起き上がる。
「もう一回!」
「来い」
再び向かってくる。
また転ばされる。
また立ち上がる。
「くそ!」
剣を弾かれる。
「なんでだよ!」
転ぶ。
「もう一回!」
クライブは無言で頷く。
少年は何度も向かってきた。
口では相変わらず生意気だ。
「今のは足場が悪かった!」
「違う。踏み込みが浅い」
「今のは本気じゃねぇ!」
「さっき本気で来いと言っただろう」
「……!」
悔しそうに睨む。
「クソ……!」
それでも、剣を拾う。
クライブはその姿を見て、少しだけ感情を抑えた。
こいつは生意気だ。
腹も立つ。
何度も「おっさん」と言われれば、さすがに頭にも来る。
だが。
剣を握ったこいつだけは、適当にあしらいたくなかった。
「腕だけで振るな」
クライブが言う。
「身体を使え」
「こうか?」
「違う。もう少し腰を――」
何度も修正する。
少年も、その言葉だけは真剣に聞いた。
「……もう一回」
「ああ」
そして最後。
少年は剣を落とした。
「……はぁ、はぁ……」
肩で息をしている。
しばらく地面を見つめていたが、やがてクライブを見上げた。
「……な、なあ」
「なんだ?」
「……や、やるじゃん」
クライブが眉を上げる。
「Aランクってのは……伊達じゃないんだな」
「そうか」
「……いいぜ?」
少年は少しだけ視線を逸らした。
「認めてやるよ」
クライブはため息をついた。
「なぜお前が上からなんだ」
「うるせぇ!」
少年は顔を赤くした。
「明日も来いよ!」
「依頼が続くならな」
「続けろよ!」
クライブは思わず笑った。
こうして、二人の稽古は続くことになった。
少年は相変わらず生意気だった。
だが、稽古が始まれば真剣だった。
クライブの動きを必死に見て、自分の剣を少しずつ変えていく。
そして数週間後。
「最近、お前ちょっと強くなってないか?」
学園で友人の一人が言った。
「そうか?」
「前より剣が上手くなってる」
「ああ。冒険者に習ってるからな」
「誰に?」
「クライブっていうAランク冒険者」
「Aランク!?」
「いいなー! 俺も習いてぇ!」
「……だろ?」
少年は少し得意そうに笑った。
その頃にはもう。
クライブは、少年にとって「地味なおっさん」ではなくなっていた。
もっとも、本人は今でも時々そう呼ばれている。




