エキドナ見学会
エキドナ本部。
五人のモンバト部員は、その立派な建物を見上げていた。
「ここがスロリアゴールのエキドナですわね!」
ガブリエルが説明する。
「ここが噂の」
「かなり大きいです」
「でも……」
エミリア、フローラ、ケビン、シェリーも建物を眺める。
ただ、そこまで驚いているわけではない。
五人とも上位貴族の家の子供たちだ。実家も十分に立派なので、これくらいの建物なら見慣れている。
「まあ、エキドナってこんな感じですわね」
ガブリエルも普通の反応だった。
「何度か来ていますもの。こちらから入って――」
「よく来ましたね」
エレノアが五人を迎える。
「今日はエキドナの中を色々見ていくといいですよ。楽しみなさいね」
「ありがとうございます、エレノア様」
五人が頭を下げる。
「ガブリエルも案内してあげてくださいね」
「もちろんですわ!」
少し得意げに胸を張るガブリエル。
「ここは何度も来ていますもの。色々知っていますわよ」
「へぇ~」
その横から声がする。
「ガブちゃん、案内できるんだ?」
「もちろんですわ!」
振り向くと、そこにはマドカとティニアがいた。
「マドカ!」
「ふーん。ガブちゃんと同級生なんだね」
マドカが五人を見る。
「モンバトする?」
「もちろんですわ!」
ガブリエルが即答した。
「こちらの皆さんがモンバト部の方たちです」
エレノアが紹介すると、ティニアが腕を組む。
「あんた達がモンバト部?」
少し偉そうな態度だった。
「よく来たじゃない!」
「……」
五人の視線がティニアに集まる。
「何だこの妖精」
ケビンが思わず呟いた。
「妖精よ!」
「かわいい!」
シェリーだけが即座に反応した。
「かわいいです!」
「ふふん。そうでしょう!」
ティニアが得意げになる。
「ティニアさんっていうんですか?」
「そうよ!」
「かわいい……」
「もっと言っていいわよ!」
「かわいいです!」
「よし!」
完全に気を良くしている。
その横で、ケビンがマドカを見る。
「ところで、あなたがマドカさん?」
「うん」
「……ちゃん?」
「?」
「失礼だが、俺達より年下なのか?」
「うん。十二歳!」
「……十二?」
ケビンが固まった。
「本当か?」
「本当だよ」
五人が改めてマドカを見る。
白い髪に青い瞳。
どう見ても自分たちより幼い。
しかし、聞いていた話は全く違う。
「十九階層を攻略したって……」
「それが十二歳?」
「うん」
マドカは普通に頷いた。
すると、リゼットが歩いてくる。
「マドカは私の一番弟子よ」
「リゼット様……」
「九歳の頃から私のもとで修行しているわ」
リゼットは五人を見る。
「ステータス上では、ほぼSランクの実力者よ。侮らない方がいいわね」
「えへへー」
マドカが照れたように笑う。
「ほぼSランク……」
「九歳から……」
五人が驚いていると、ティニアがさらに続ける。
「それにマドカは、モンバトのアイディアを出したのもマドカなんだから!」
「え?」
「それだけじゃないわよ。このスロリアゴールの定番料理の開発にも関わってるんだから!」
「ええっ!?」
五人が一斉に声を上げる。
「あの料理やモンバトのアイディアを!?」
「冒険者ってだけじゃなかったんですか?」
エミリアが驚く。
「まあ、アイディアを出すだけで、本体はニコラだけどねー」
マドカは軽く答えた。
「料理も私一人で作ったわけじゃないし」
「……」
五人は顔を見合わせた。
「そういえば……」
エミリアが改めて尋ねる。
「マドカさんは、どうしてCランクなんですか?」
「それはね」
リゼットが答えようとする。
「マドカがやる気ないから!」
ティニアが即答した。
「ちょっと、ティニア」
「だってそうじゃん!」
ティニアはマドカを見る。
「確かに実力はあるわよ。十九階層まで攻略してるんだから、普通のCランクじゃないのはみんな知ってるし」
「それなら、どうして……?」
「冒険者として登録してから、まだ一年も経っていないのよ」
リゼットが説明する。
「実績だけなら、もっと上のランクでもおかしくないわ。ただ、高ランクになれば指名依頼も増えるでしょう?」
「うん。あれ嫌い」
マドカが即答した。
「……」
「……」
「……」
「指名依頼って、そんなに嫌なものですか?」
「面倒だから」
「即答ですわね……」
「ランクが上がると色々頼まれるようになるし」
マドカは少し嫌そうな顔をする。
「私は好きなときにダンジョンに行って、好きなときに帰りたい」
「つまり……」
フローラが尋ねる。
「昇格したくないんですか?」
「別に」
「別に!?」
「今のままで困ってないし」
ティニアが呆れたように言う。
「やる気もないもの!」
「我が弟子ながら、のんびりしていて困ったものね」
リゼットも苦笑する。
「それに、実力がある者が低いランクに留まっていると、嫉妬する人もいるでしょうね」
「まあ、そういう人もいるかもねー」
マドカはあまり気にしていない。
エレノアがそんなマドカを見て、苦笑する。
「マドカは規格外なので、父上への報告もいつも大変なんですよ」
「お父様への?」
ガブリエルが反応する。
「ええ」
「また何かしたのか、と聞かれますから」
「してないよー」
「していますよ?」
「してないってー」
「しています」
エレノアはにこやかに言った。
「本当に毎回、報告することが増えていくんですから」
五人は顔を見合わせた。
どうやら、マドカという少女は自分たちが思っていた以上に規格外らしい。
「では、見学を始めましょうか」
エレノアが促す。
「こちらは――」
「ここは知っていますわ」
ガブリエルが先に歩き出す。
「前にも来ましたもの。こちらは――」
「へぇ~」
ティニアが横から覗き込む。
「ガブちゃん、詳しいじゃん」
「当然ですわ!」
「でも、それもうちょっと古いよ?」
「……え?」
「最近変わったところあるから」
「いつの間に!?」
ガブリエルが目を丸くする。
五人は顔を見合わせた。
どうやら、ガブリエルが知っているエキドナですら、全てではないらしい。
最初に案内されたのは、人工モンスターたちがいる区画だった。
「わぁ……」
コボルトを見つけた瞬間、シェリーの目が輝いた。
「かわいい!」
コボルトが首を傾げる。
「かわいいです……!」
シェリーがしゃがみ込み、そっと頭を撫でる。
「この子たちは人工モンスターですの?」
「うん」
ニコラが答える。
「アルケミビーストっていうんだ~」
いつの間にかニコラも近くに来ていた。
「召喚獣みたいなものだね~。マスターの命令を忠実に守るよ~」
「召喚獣……」
「まあ、無茶ぶりは受け付けないけど~」
「無茶ぶり?」
「特定の人物を暗殺してこい~、とかは無理~」
ニコラは平然としている。
「でも、モンスターならガチで殺しに行くよ~」
「……」
五人が固まった。
「今のところは、スロリアゴールの住民を襲わないことと、外敵から守ることくらいかな~」
「思ったより物騒ですわね……」
ガブリエルが呟く。
「モンスターだからね~」
ニコラは気にしていない。
「でも、かわいいでしょ~?」
「かわいいです!」
シェリーが即答した。
「だよね~」
ニコラも満足そうに頷いた。
「ニコラさんは、モンバトの開発もされているんですわよね?」
エミリアが尋ねる。
「そうだよ~」
「こんなものまで作って……」
ガブリエルが周囲を見る。
「前に来たときより、増えてません?」
「増えたね~」
「やっぱり!?」
「作ったから~」
「そう簡単に言いますけれど……」
ガブリエルが頭を抱える。
その横でティニアが得意げに笑った。
「エキドナじゃ普通だよ?」
「普通ではないと思いますわ!」
次に向かったのは工房だった。
「ここは武器や防具ですわ」
ガブリエルが説明する。
「グレタさんが作っていますの」
「俺はグレタだ」
ドワーフのグレタが振り返る。
並べられた武器や防具を見て、ケビンが興味深そうに眺める。
「これは……」
一本の剣を手に取る。
「持ってみても?」
「構わん」
ケビンが軽く振る。
グレタはその動きを見ていた。
「お前は剣の腕磨いてんだな」
「え?」
「悪くない」
「ありがとうございます!」
ケビンが嬉しそうに答える。
「それと、これも最近作った」
グレタが別の武器を取り出す。
「……銃?」
ガブリエルが首を傾げた。
「前はありませんでしたわよね?」
「新しく作った」
「またですの!?」
グレタが銃を構える。
次の瞬間。
轟音が響いた。
「ひっ!」
フローラが肩を跳ねさせる。
「すごい音……!」
「魔法とは違うんですのね」
「便利な武器だな」
ケビンが銃を見る。
「へぇ~、ガブちゃんも知らなかったんだ?」
ティニアが笑う。
「知りませんわよ!」
「エキドナはどんどん新しいものができるからね~」
ニコラが何でもないように言う。
「それが普通なの?」
エミリアが尋ねる。
「まあ、そうかな~」
「普通じゃありませんわ……」
次は薬品を扱っている区画だった。
「こちらはポーションなどを作っています」
ヒナタが説明する。
「傷を治すものだけじゃなくて、疲労回復とか、農業に使うものもありますよ」
「農業用?」
「うん」
五人が顔を見合わせる。
冒険者の組織だと思っていた。
だが、武器、防具、銃、人工モンスター、薬品。
さらには農業までやっている。
「エキドナって……」
フローラが呟く。
「一体、何の組織なんでしょう?」
「色々よ」
エレノアが笑った。
「それぞれが自分の得意分野を極めているのです」
「なるほど……」
五人は頷く。
少しずつ。
エキドナという組織の異常さが分かってきた。
「最後は神狼だね」
マドカが言った。
「神狼?」
五人がついていく。
そこにいたのは、巨大な狼だった。
「……」
五人が息を呑む。
神狼。
その名前だけなら、もっと恐ろしい存在を想像していた。
しかし。
「かわいい……」
シェリーが呟いた。
神狼がシェリーを見る。
「む」
「え?」
「客か」
「しゃ、しゃべった!?」
シェリーが驚く。
「ほう。シェリーとな」
神狼が目を細める。
「なかなかにいい触り方だな」
「本当ですか!?」
「うむ。乱暴ではない。力加減も心得ている」
「ありがとうございます!」
シェリーが嬉しそうに神狼を撫でる。
「かわいい……」
「ふむ。悪くない」
「完全に気に入られてますわね……」
ガブリエルが呟く。
すると神狼がガブリエルを見る。
「……第二か」
「わたくしにはガブリエルという名前がありますわ!」
「第二でよかろう」
「よくありませんわ!」
ティニアが笑い出す。
「ははは! 第二って呼ばれてる!」
「笑い事ではありませんわ!」
シェリーは神狼を撫で続けている。
「シェリー、また来るといい」
「はい!」
即答だった。
「……」
ガブリエルが少し不満そうに神狼を見る。
「わたくしは何度も来ていますのに」
「第二も好きに来るといい」
「……名前では呼んでくれませんの?」
「第二は第二だ」
「なんたることですの……」
見学の途中、モンバトの話になった。
「そういえば」
エミリアがマドカを見る。
「マドカさんは、今どのカードを使っているんですか?」
「んー……」
マドカがカードを取り出す。
「これかな」
「これは……?」
「こないだ手に入れたレアモン」
カードに描かれていたのは、可愛らしいカーバンクルだった。
「カーバンクル……」
「かわいいですわ!」
シェリーが食いつく。
「うん。かわいいでしょ」
マドカは嬉しそうだ。
「能力は……」
エミリアがカードを見る。
「……普通?」
「うん。普通」
「……」
ガブリエルが首を傾げる。
「かわいいですけれど……なんというか、普通ですわね?」
「レアモンだからねー」
「レアであることが重要なんですの?」
「うん。かわいいし」
「そうですか……」
五人は何とも言えない顔になった。
しかし、マドカは満足そうだった。
やがて見学も一通り終わり、五人は休憩室でお茶を飲んでいた。
「今日はすごいものをたくさん見ましたわね」
ガブリエルが紅茶を飲む。
「本当に……」
エミリアも頷く。
「最初は建物が立派だな、くらいに思っていたんですが」
「中が凄すぎましたね」
フローラが苦笑する。
「ガブリエル様も知らないものが、あんなにあるとは思いませんでした」
「わたくしだって毎日来ているわけではありませんもの!」
ガブリエルが反論する。
「でも、確かに前に来たときより色々増えていましたわね……」
「エキドナだからね~」
ティニアが得意げに言う。
「これくらい普通よ」
「普通ではありませんわ!」
そのときだった。
遠くから、音が響いた。
カンカンカンカン。
「……?」
五人が顔を上げる。
カンカンカンカン。
再び鐘が鳴った。
エレノアが立ち上がる。
「……何かあったようですね」
マドカも窓の外を見る。
「んー?」
ティニアが笑った。
「なんだろうね?」
五人には、その鐘の意味が分からない。
だが。
エキドナの空気だけが、少し変わっていた。




