エキドナ
その日、町長がやって来た。
「マドカ様、少々ご相談があるのですが……」
「なにー?」
マドカはいつものように気楽な返事をした。
町長の顔は、困っているようにも見える。
ただし、深刻な事件が起きたというほどではないらしい。
「実はですね。最近、この町に商人や貴族の方々が訪れることが増えまして」
「うん」
「その際に、こちらで作られている商品について色々と尋ねられるのです」
「モンバト?」
「それもあります」
モンスターゲット・バトラー。
今ではすっかり有名になった商品だ。
町の名を知らなくても、モンバトの名前なら知っているという者すらいる。
「他にも魔道具や農具、それから人工魔物についても聞かれます。私が答えられる範囲ならよいのですが……」
町長はそこで、少し困った顔をした。
「『これらを作っている方々は、いったいどこの組織に所属しているのですか?』と聞かれまして」
「……組織?」
マドカが首を傾げる。
「はい」
「そんなのあったっけ?」
「ありませんねぇ」
ニコラがあっさり答えた。
「……ないの?」
「ないよ~」
ニコラはにこにこと答える。
「私たちって、色々やってるもんね~。これに絞ってやってます、っていうのもないし」
「確かにな」
グレタも腕を組む。
「冒険者集団ってわけでもねぇしな。発明家の集まりってわけでもねぇ」
「農業もしてるしね」
ティニアも口を挟む。
「人工魔物も作るし、魔道具も作るし、モンバトも作るし」
「まあ、なんでもやる集団よね」
リゼットが適当にまとめた。
「なんでもやる……」
町長が遠い目をする。
「それでは困るのです」
「なんで?」
「外部の方に説明できませんので」
「あー……」
マドカは納得した。
確かに、聞かれても困る。
『あなたたちは何者ですか?』
と聞かれて、
『なんでもやってます』
では、あまりにも説明になっていない。
「じゃあ、名前つければいいんじゃない?」
マドカが言った。
「そうですね」
町長が頷く。
「それで、皆様に相談を」
「組織名かぁ」
マドカは少し考える。
こういうとき、地球なら色々と思いつく。
「じゃあ……黒の騎士団とか?」
「なんだそれ?」
グレタが首を傾げた。
「アインズ・ウール・ゴウンとか」
「何の名前だ?」
「未来ガジェット研究所」
「研究所なのか?」
「シャドウガーデンとか」
「庭?」
「……」
マドカは不満そうに頬を膨らませた。
「私の意見、全部却下じゃーん」
「そもそも意味が分からないもの~」
ニコラが笑う。
「いや、かっこいいんだって」
「意味が分からねぇ名前より、意味が分かる名前のほうがいいだろ」
「うーん……」
マドカは腕を組んだ。
せっかくなら、ちょっと格好いい名前がいい。
とはいえ、自分たちが何をしている集団なのかと考えると、これがなかなか難しい。
「なんかないのー?」
マドカが周囲を見る。
「色々生み出したとか、そういうの」
「生み出した、ねぇ……」
リゼットが少し考え込んだ。
「あるにはあるのだけど」
「お?」
「大賢者としては、どうかと思うわ」
「何?」
マドカが聞き返す。
リゼットは少しだけため息をついた。
「エキドナよ」
「……エキドナ?」
マドカが目を瞬かせる。
そして数秒後。
「あー!」
何かを思い出したらしい。
「エキドナ! なんか神話にあったよね!」
「ええ」
「確か、なんかの母とか!」
リゼットが少しだけ目を見開いた。
「……わかってるじゃない」
「えへへ」
マドカは嬉しそうに笑う。
ただし、詳しいことまで覚えているわけではない。
「なんか聞いたことあるんだよ。エキドナって」
「確かに、伝承ではそういう存在ね」
リゼットが言葉を濁す。
その様子を見ていたエレノアが、嫌な予感を覚えた。
「……待ってください」
「ん?」
「エキドナ、といえば……」
エレノアは知っていた。
古い伝承に登場する存在。
怪物たちの母。
多くの恐ろしい存在を生み出したとされるもの。
決して、平和的な名前とは言えない。
「かなり物騒な名前なのですが……」
「でも、かっこいいじゃない!」
ティニアが即答した。
「エキドナ。いいじゃない!」
「だよね!」
マドカも乗っかった。
「エキドナ、かっこいい!」
「か、かっこいいかも~」
ニコラまで頷く。
「ははっ」
グレタが笑った。
「俺たちが作ってるもんを考えりゃ、別に名前負けもしねぇだろ。人工魔物まで作ってんだからよ」
「そういう問題では……」
エレノアが困った顔をする。
「いや、いいんじゃない?」
リゼットが諦めたように言った。
「大賢者としては、どうかと思うけど……」
一度言葉を切る。
「……まあ、格好いいのよね」
「でしょ?」
マドカが笑った。
「じゃあ決まり!」
「決めるの早くねぇか?」
「いいじゃない、グレタ」
ティニアも笑っている。
「私は賛成!」
「私も~」
ニコラも手を挙げた。
「……」
エレノアは頭を抱えた。
どうしてこうなったのだろう。
つい先ほどまで、ただの『名前のない集団』だったはずなのに。
「では……正式名称は?」
町長が恐る恐る尋ねる。
マドカが胸を張った。
「《エキドナ》!」
こうして。
モンスタ―ゲット・バトラーを生み出し、魔道具を作り、人工魔物を作り、農業をして、時々とんでもないものまで作ってしまう集団。
本人たちとしては、特に大層な目的もない。
ただ面白そうなことをして、便利そうなものを作っているだけ。
そんな彼らの名前が、この日ようやく決まった。
――《エキドナ》。
後にその名を聞いた者たちが、どんな想像をすることになるのか。
このときの彼らは、まだ知る由もなかった。




