国王一家 スロリアゴールへ
王城の一室。
「そこですわ、陛下!」
「分かっておる!」
テーブルの上には、いくつものモンスターカード。
向かい合って座っているのは、国王と王妃だった。
「今です! 今、そのモンスターを出せば勝てますわ!」
「いや、まだだ。ここはあえて温存して――」
「ああっ! そっちではありません!」
「む……!」
王妃の声に、国王が慌ててカードを出す。
しかし。
「……あ」
「……あら」
二人して盤面を見つめる。
しばらくして、王妃が小さく笑った。
「陛下の負けですわね」
「……そうなるのか?」
「そうなっていますわ」
「むう……」
国王が腕を組んで考え込む。
その横では、侍従たちが何とも言えない表情をしていた。
国王と王妃が夢中になっているのは、もちろんモンバト。
正式名称、モンスターゲット・バトラー。
幻影魔法によって、本物と見紛うほど精巧なモンスターを再現し、それらを戦わせる遊びだ。
見た目も動きも本物そっくり。
もちろん幻影なので、実際に傷つくことはない。
しかし、その迫力は本物の戦いにも負けていない。
今や王都でも大人気となった遊びである。
「お父様、お母様」
そこへエレノアが入ってきた。
「そろそろ出発の準備をお願いします」
「おお、そうであったな」
国王はカードを片付ける。
王妃も名残惜しそうに盤面を見る。
「……もう一戦だけ」
「お母様、時間がありません」
「残念ですわ」
「次は私が勝つ」
「その言葉、先ほども聞きましたわ」
王妃が楽しそうに笑う。
エレノアも苦笑した。
「それでは、今回のスロリアゴール訪問について確認します」
「うむ」
「今回は大人数での行幸にはしません。お父様、お母様、王太子殿下、第二王子殿下、第一王女の私、第二王女。そして側近やお世話係などを合わせて二十名ほどです」
「ずいぶん少ないな」
「町を視察するのが目的ですから。大勢を引き連れて押しかける必要もありません」
「なるほど」
「それと、私の基準で招待した貴族については――」
エレノアは少しだけ肩をすくめる。
「来たい方は勝手に来てもらうことになっています」
「勝手に、か」
「はい」
「随分と簡単だな」
「スロリアゴールは、もうかなり大きくなっていますから」
エレノアはそう言って笑った。
「それに、あの町を見たら来たくなる方は多いと思いますよ」
「そこまでか?」
「はい」
エレノアは即答した。
「お父様も驚くと思います」
「余はすでに何度か話を聞いているぞ?」
「実際に見たら分かります」
こうして王家の一行は、ニコラの家へと向かった。
◇
転移の光が広がる。
そして次の瞬間。
「……え?」
王太子が声を漏らした。
「…………」
第二王子も言葉を失う。
「え、ここ……?」
第二王女が周囲を見回した。
そこには、広々とした道があった。
道沿いには建物が並び、人々が行き交っている。
商店。
宿。
飲食店。
農場や牧場。
武器や防具を扱う店。
魔道具を扱う店。
そして、少し離れたところには巨大な建造物まで見えていた。
「……これが?」
第二王子がエレノアを見る。
「はい。スロリアゴールです」
「……村?」
「以前は、そうでした」
「…………」
第二王子がもう一度周囲を見る。
「田舎じゃなかったのか?」
「私もそう思っていました!」
第二王女まで身を乗り出す。
「お姉様が何度も通っているから、もっとこう……のどかな場所だと思っていました!」
「私が来始めた頃は、本当にそうだったんだけどね」
エレノアが苦笑する。
王太子も周囲を見渡した。
「いや……これはもう村ではないだろう」
「そうでしょう?」
エレノアは嬉しそうに答える。
「ここが今のスロリアゴールです」
王も町を見渡す。
「おお……」
王妃も楽しそうに辺りを眺めていた。
「まあ。聞いていた以上ですわね」
その時だった。
「陛下、皆様。こちらへどうぞ」
リゼットが一行の前に現れた。
今日はいつもの服装より少しだけきちんとしている。
しかし、王を前にしても畏まった様子はない。
「お久しぶりです、国王陛下」
「うむ。久しいな、大賢者リゼット」
「こうしてスロリアゴールまで来てもらえて、素直に嬉しく思うわ」
リゼットはそう言って、町のほうを見る。
「この町も、最初は本当に小さな場所だったもの」
そして、集まってきた住民たちへと視線を向けた。
「最初にこの土地を整えたのは、私たちの仲間よ。それは間違いないわ」
住民たちが静かに聞いている。
「でも、ここまで町を大きくしたのは私たちじゃない」
リゼットは笑った。
「ここに残って、畑を作って、店を作って、仕事を作って、暮らしを作ってくれた住民のみんなよ」
住民の間から、少しずつ声が上がる。
「だから今日、こうして国王を迎えられるのは、この町に住むみんなのおかげだと思っているわ」
リゼットは王へ向き直る。
「陛下。どうぞ今日は、スロリアゴールを見ていってちょうだい」
「この町には、まだ私たちにも分からないくらい色々なものが増えているから」
そして少しだけ笑みを深くする。
「きっと、退屈はしないと思うわ」
しばしの静寂。
最初に拍手をしたのは、住民の一人だった。
それをきっかけに、あっという間に拍手が広がっていく。
「さすが大賢者様だ!」
「リゼット様ー!」
「この町を作ってくれたのは俺たちだけじゃないんだぞ!」
「分かってるって!」
リゼットが少し照れたように笑う。
国王も満足そうに頷いた。
「よい挨拶だった」
「そう?」
「ああ。大賢者リゼットらしいな」
「それならよかったわ」
リゼットは肩をすくめる。
「それじゃ、後は好きに見て回ってちょうだい」
「好きに?」
第二王女が聞き返す。
「ええ。ここは観光に来ても楽しめる町になってるから」
その言葉を聞いた瞬間。
王女たちの目が輝いた。
◇
「お父様!」
「なんだ?」
「あちらにお店があります!」
「うむ」
「その隣にも!」
「見れば分かる」
「その向こうには何ですか!?」
「だから余にも分からん」
王子王女たちは、すっかり町に夢中になっていた。
王都にはないデザート。
見たことのない料理。
マドカたちが持ち込んだ地球の料理を元にした店。
新しいデザインの服。
バッグや髪飾りなどのファッショングッズ。
「まあ!」
王妃まで目を輝かせる。
「これは素敵ですわね」
そして店の一角には――。
「……リゼット?」
エレノアが固まった。
白銀の髪。
青い目。
杖を持った小さな人形。
大賢者リゼットのぬいぐるみだった。
その隣にはフィギュアまである。
「本人の許可は取ってあるのかしら……」
リゼット本人が呟く。
「まあ、可愛らしいですわ」
王妃は気に入ったらしく、ぬいぐるみを手に取った。
「これ、いただきましょう」
「王妃様!?」
リゼットが思わず声を上げる。
「どうして?」
「いえ……」
リゼットは自分のぬいぐるみを見る。
「……なんとも言えない気分ね」
さらに店内にはフィギュアまで並んでいる。
格好良く杖を構えたリゼット。
そして、その横には――。
「お姉様!」
「今度は何?」
「これ!」
エレノアのフィギュアだった。
「…………」
本人は何とも言えない顔になった。
◇
武器屋に入ると、今度は王子たちの目の色が変わった。
「これは……」
王太子が展示されている剣を見る。
「有名な騎士の装備を再現したものです」
店員が説明する。
「こちらはエレノア様の装備をモデルにしたもの。そしてこちらが大賢者リゼット様をモデルにした杖です」
「レプリカなのか?」
「はい。実際に使うこともできますが、基本的には観賞用です」
「なるほど……」
王太子が剣を眺める。
第二王子も別の武器を手に取っていた。
「これ、格好いいな」
「殿下、それは有名騎士のものですよ」
「知っている」
明らかに楽しそうだった。
◇
温泉では、また別の騒ぎになった。
「これがお風呂……?」
第二王子が湯気を見ながら首を傾げる。
「そうよ」
エレノアが答える。
「入った後はこちら」
そこに置かれていたのは、冷たい牛乳。
「牛乳?」
「温泉上がりに飲むの」
「……美味い」
第二王子が一口飲んで目を見開く。
王妃も飲んでみる。
「まあ。これはいいですわね」
さらに温泉たまご。
大人向けには熱燗まで用意されている。
「なるほど」
王は満足そうに頷いた。
「温泉というものも悪くないな」
「でしょう?」
王妃が笑う。
「また来たいですわ」
エレノアは嬉しそうに笑った。
◇
そして、この日の目玉。
モンバト大会。
今回の王家の訪問に合わせ、王族も参加できる特別枠が用意されていた。
会場にはすでに多くの観客が集まっている。
「おお……!」
第二王子が巨大なコロシアムを見上げる。
「ここでモンバトをやるのか?」
「そうです」
エレノアが答える。
「今回は王家の皆様も参加できるように準備してあります」
「本当か!?」
第二王女が食いついた。
「私も出ていいのですか?」
「もちろん」
王妃が国王を見る。
「陛下」
「なんだ?」
「出ますわよね?」
「……」
国王が少し考える。
そして。
「もちろんだ」
「やった!」
王妃が嬉しそうに笑った。
側近たちは一斉に頭を抱える。
こうして王家の面々も、それぞれモンバト大会へ参加することになった。
幻影魔法によって生み出されたモンスターは、まるで本物そのもの。
咆哮し、走り、飛び、魔法を放つ。
観客たちは大興奮だった。
王も順調に勝ち上がっていく。
「陛下、強いですわ!」
「うむ!」
王妃の声援を受けながら、国王は勝利を重ねていった。
そして――。
「次の対戦は、現在の暫定チャンピオン!」
会場がざわめく。
「マドカ!」
白銀の髪を揺らしながら、マドカが入ってくる。
「おー」
本人はいつも通り、やる気があるのかないのか分からない顔。
その胸には、いつものTシャツ。
そこに書かれていた文字は――。
**『俺より強い奴に会いに行く』**
「……なんと書いてあるのだ?」
国王が尋ねる。
「マドカの故郷の言葉です」
エレノアが答える。
「たぶん、強い相手を求めるような意味だと思います」
「ほう」
国王の目が少しだけ鋭くなる。
「それは面白い」
マドカがカードを選ぶ。
そして。
「これでいいや」
召喚された幻影を見て――。
「……」
国王が固まった。
「…………」
王太子も。
第二王子も。
観客も。
誰もが言葉を失う。
巨大だった。
これまでの大会で見たモンスターとは、明らかに格が違う。
それが幻影だと分かっていても、本物の怪物が目の前に現れたような迫力がある。
「……これを出すのか?」
「うん」
マドカはあっさり答える。
「じゃ、よろしくー」
「……」
国王も自分のモンスターを召喚する。
こちらも王が切り札として選んだ、強力なモンスターだ。
「行け!」
戦いが始まった。
巨大な幻影同士が激突する。
咆哮。
衝撃。
魔法。
会場全体が揺れているような錯覚すら覚える。
「頑張ってくださいませ、陛下!」
「父上!」
「兄上!」
王家からも声援が飛ぶ。
だが――。
少しずつ、差がついていく。
「な……!」
国王のモンスターが押される。
反撃しても、マドカのモンスターは倒れない。
そして最後の一撃。
国王のモンスターが消えた。
会場が静まり返る。
そして――。
「か、勝てぬ……」
国王が呟いた。
次の瞬間。
「うおおおおおおおおっ!」
会場が大歓声に包まれた。
「マドカが勝ったぞ!」
「王様に勝った!」
「暫定チャンピオンじゃない!」
「正式なチャンピオンだ!」
国王は立ち上がると、マドカを見る。
「見事だ、マドカ」
「ありがとー」
「余の負けだ」
国王は潔く敗北を認めた。
こうして。
それまで暫定だったマドカは、正式にモンバトのチャンピオンとなった。
その胸元では――。
**『俺より強い奴に会いに行く』**
という文字が、堂々と輝いている。
国王はその文字をもう一度見た。
「なるほど……」
「お父様?」
エレノアが首を傾げる。
「なかなか良い言葉ではないか」
「……そうでしょうか?」
「うむ」
国王は満足そうに頷いた。
その横で、マドカは何も考えずにTシャツを着ていた。
こうして王家のスロリアゴール訪問初日は、大歓声の中で幕を閉じた。




