メンバー マドカ達を探しに行く
商業ギルドが本格的に参入したマドカたちの村は、今日も今日とてお祭り騒ぎのような大活気に包まれていた。
新しく開発された魔道具の流通、鍛冶場から響く小気味いい金属音、そして人工モンスターを組み込んだ新しい農業の形――。
誰もが自分の仕事に追われ、充実した忙しさを楽しんでいる。
そんな中、拠点の中心にある共有スペースでは、リゼットが書類の束を片手に、大人の落ち着きを払った様子でペンを走らせていた。
「……あれ? そういえば、マドカとティニアの姿を朝から見ていないわね。ニコラ、あの子たちどこへ行ったか知らないかしら」
リゼットが尋ねると、新製品の魔道具をいじっていたニコラが、パタパタと動かしていた手を止めて、まったりとした声で振り返る。
「う〜ん〜? さぁ〜? 今日はまだ一回も見かけてないよ〜。どこかで荷物に紛れて〜、お昼寝でもしてるんじゃない〜?」
「そう……。どこへ行ったのかしら……」
二人の行先を知る者が誰もいないと分かり、リゼットはペンを止め、少しだけ不安そうに眉をひそめた。
とはいえ、この時点ではまだ大して心配していなかった。
マドカは以前から、突然どこかへ行ってしまうことがある。
ティニアも一緒なら、なおさら大丈夫だろう。
そのうち何事もなかったように帰ってきて、
『お腹空いたー!』
などと言いながら厨房へ突撃してくる。
リゼットは、そんな光景を当たり前のように想像していた。
そこへ厨房の方から、エプロン姿のヒナタが綺麗に折り畳まれた布巾を手に持って現れた。
「リゼットさん、今日のお昼ご飯ですが、マドカちゃんたちの分はどうしましょうか。結構がっつりお肉を焼いてしまったのですが……」
ヒナタの報告に、リゼットは少し考え、いつもの微笑みを浮かべて答える。
「うーん、あの二人のことだから、勝手にどこかで何か獲って焼いて食べているんじゃないかしら。とりあえず、あの子たちの分は取っておいて、帰ってきたら温め直しましょう」
「そうね。そうしましょう。どうせ夕方には『お腹空いたー!』って突撃してくるわよ」
「分かりました。では、そのように手配しておきます」
ヒナタはきっちりと一礼して、再び真面目な足取りで厨房へと戻っていった。
……しかし。
夕方になり、少しずつ空が綺麗なオレンジ色に染まり、やがて夜の帳が下り始めても、あの騒がしい二人組がキッチンを襲撃してくる気配は一切なかった。
「……流石に、おかしいわね」
いつもならどんなに遅くてもおやつの時間には戻ってくるマドカが、暗くなっても帰ってこない。
リゼットは何度も時計を見る。
窓の外を見る。
入口を見る。
それでも、二人の姿は見えない。
「……マドカ」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
もちろん、遠くにいるのなら聞こえないのは当たり前だ。
それでも、胸の奥に嫌な予感が広がっていく。
マドカは強い。
それはリゼット自身が誰よりもよく知っている。
ティニアだって弱くない。
だからこそ、二人がこれほど長時間戻ってこないという事実が、余計に不気味だった。
もし、何かあったのなら。
そう考えた瞬間、リゼットの胸が締め付けられる。
マドカを可愛がっているリゼットにとって、彼女の不在は生きた心地がしないものだった。
そして マドカとティニアが行方不明になって一週間。まだ見つからず。
「リゼット、そんなに心配なら〜、私がちょっと村の中を探してこようか〜?」
のんびりと言うニコラに、リゼットは首を振った。
「いいえ、その必要はないわ」
そう答えたものの、声にはいつもの余裕がなかった。
「……マドカ、どこに行ったの……?」
リゼットは静かに目を閉じ、自身の魔力を集中させる。
実はリゼット、マドカへの過保護が行き過ぎるあまり、万が一の時のために、マドカにこっそり『迷子防止魔法』をかけてあったのだ。
(これで、マドカがどこで油を売っているかすぐに分かるはず……)
普段なら、ここで簡単に見つかるはずだった。
少しくらい遠くに行っていたとしても、マドカの位置を追える。
それを確認すれば安心できる。
リゼットは脳裏に展開される魔力の地図へと意識を向けた。
しかし――。
「え……? 嘘、でしょう……?」
魔法が示したマドカの足跡を見た瞬間、リゼットの顔からみるみる血の気が引いていく。
大人の余裕を崩さないはずの彼女が、見たこともないほど動揺して目を見開いていた。
「リゼット〜? どうしたの〜、そんな怖い顔して〜」
不思議そうに首を傾げるニコラの前で、リゼットは震える声で呟いた。
「マドカの足跡が……最後に途切れたのが怠惰のダンジョンね。……そこから先が、プツリと消えているわ……!」
「え〜? ダンジョン〜?」
ニコラがまったりとした口調のまま、少しだけ目を丸くする。
「そうだね〜、あそこはもう安全なはずだけど〜。リゼットの魔法が途切れるなんて〜、ただ迷子になってるだけじゃなさそうだね〜」
「ええ……」
リゼットは魔力の地図を見つめたまま、動かなかった。
そこにあるのは、途中まで確かに続いていたマドカの足跡。
そして、その先には何もない。
まるで、そこで突然世界から切り離されたかのように。
「……マドカ」
今度は、はっきりと不安の滲んだ声だった。
「何か、ただ事ではないことが起きたんだわ」
リゼットは顔を上げる。
そこにはもう、普段の穏やかな笑みはなかった。
「ニコラ、今すぐヒナタたち、それにグレタとカトリーヌも呼んでちょうだい!」
「は〜い〜」
「ダンジョンへ向かうわよ!」
「みんな呼んでくるね〜」
大慌てで指示を出すリゼットの横で、ニコラは相変わらずのマイペースさで、村の精鋭たちを集めるために動き出した。
そうして、リゼット、ヒナタ、ニコラ、グレタ、カトリーヌの5人は、マドカたちの足跡が途絶えたダンジョンの20層へと降り立っていた。
かつて何千年も時間が止まっていたこの無人階層は、今やひんやりとした静寂に包まれている。
リゼットは中央に鎮座する古びた魔法陣の前に立ち、手元の魔力を集中させた。
「マドカ達の最後の魔力反応は、この魔法陣の近くね。……ここって確か、変な風景が見えたとこよね?」
リゼットが振り返ると、この階層を過去何千年中も見続けてきたヒナタが、迷いなく告げた。
「はい。ここは過去、色んな国への転移装置として使われていた場所です。仕組みとしては、各国のギルドカードにある魔力波形と同調させることで、対応する国へと空間を繋ぐ設計になっています」
「色んな国への、ねぇ……」
リゼットが魔法陣を見つめる横で、ニコラがしゃがみ込み、魔道具をパタパタと動かしながらのんびりとした声を上げた。
「この転移陣、すこーしだけ反応があったみたいだよ〜。マドカがすっごい魔力を流したから〜、一時的にどっかの国へのゲートが開いちゃったんじゃないかな〜」
ニコラの言葉を聞いて、腕を組んで魔法陣を睨みつけていたグレタが、ぶっきらぼうに鼻を鳴らした。
「チッ、またあのバカがやらかしたのか。俺の見たところ、このあたりの空間の壁、一回ベリッと強引に引き剥がされたような跡があるぜ」
「グレタの言う通りですね」
隣で小難しい計測魔道具を抱えたカトリーヌが、真面目な口調で眼鏡を押し上げながらデータを指し示す。
「魔力の残滓を精密に測定したところ、通常の転移魔法とは明らかに波形が異なります。マドカの過剰な魔力によって、空間そのものが一時的に向こう側の国と直結した……そう考えるのが、研究家としては最も自然です」
「やっぱりあの子の仕業ね……」
リゼットはカトリーヌの報告を聞いて深く納得した。
あの子が、この場所で規格外の異常な魔力を放出したのだ。
「異常な魔力を放出したのね……」
リゼットは小さく呟くと、自身の魔力を指先に集中させ、マドカのやらかした理論を確かめるように、自分の出来る範囲で魔力をグッと放出してみせた。
直後、ピシィッ、と小気味いい音を立てて、二人の目の前の空間に、ほんの数十センチほどの小さな穴が開いた。
向こう側の景色がほんの少しだけ歪んで見え、すぐにパッと消える。
「なるほど。この理論で間違いなさそうね」
リゼットが手応えを口にすると、足元の魔法陣を調べていたニコラが、のんびりと顔を上げた。
「うん〜、転移陣にも少し反応あったよ〜。直してみる〜?」
「直すって、ニコラ、これだけの代物を修復できるの?」
リゼットが驚いて問いかけると、それまでじっと魔法陣を見つめていたヒナタが、何かを思いついたように、おずおずとニコラに話しかけた。
「ニコラさん、えーっと……直すっていうか、ここの『時間を巻き戻せば』いいのかな?」
「えっ、時間を巻き戻す……? そんなことできるの、ヒナタ?」
予想だにしない単語にリゼットが目を見開く。
ヒナタは少し照れくさそうに頭を掻きながら、一生懸命に自分のアイデアを説明し始めた。
「えーっとね、私がずっと封印されてたから、この魔法陣は壊されずに残ってるんだ。
昔のこの国の人達は、私がこの魔法陣を完全に制御できてるって思ってくれてたから、当時はただ止めるだけで、壊さなかったんだって。
だから……この魔法陣自体の時間を何千年前の動いてた頃まで戻せば、また使えるかも!……って、そんな上手くいくかは分かんないけど」
「何千年前、ねぇ……。ヒナタ、あんたのその時間凍結の力、そんな使い方もできるのかよ」
グレタが感心したように太い腕を組む。
カトリーヌも眼鏡の奥の目を輝かせ、手元の魔道具の数値を急いで確認し始めた。
「理論上は可能です!
経年劣化や破損を『時間の逆行』で無視できるなら、失われた古代の転移システムをそのまま完全な状態で再起動させられます!」
「そうね。そうしましょう。ヒナタ、やってみて頂戴」
リゼットの力強い言葉に、ヒナタは「はい!」と真っ直ぐな目で大きく頷いた。
一歩前に踏み出し、古びた魔法陣の真ん中へと静かに両手をかざす。
自分の周囲にいるリゼットたちを完璧に保護し、魔力の対象を足元の魔法陣の境界線だけに完全に絞り込む。
「……戻れ、何千年前の、動いていたあの頃に――!」
ヒナタの鋭い声と共に、彼女の魔力が一気に解放された。
次の瞬間、ガガガガガッ! と空間全体が激しく震動し、二十層の無人階層の闇を完全に吹き飛ばすほどの、圧倒的でド派手な白い光が魔法陣から爆発的に放たれた。
「くっ……! なんて光量だよ〜!」
ニコラが腕で目を覆い、カトリーヌも計測魔道具を抱えながら眼鏡を細める。
何千年間も積もっていた埃や経年劣化のひび割れが、光の中でみるみる逆再生のように塞がっていき、消えかけていた古代の魔導回路が、鮮やかな青い光を帯びて次々と蘇っていく。
やがて、眩い光がゆっくりと収まり、周囲に立ち込めていた魔力の霧が晴れていく。
そこにあったのは――。
完璧な魔力を脈打たせながら静かに駆動を始めた、完全復活を遂げた『古代の転移魔法陣』だった。
「……成功、ね」
リゼットが感嘆の息を吐きながら、誇らしげにヒナタの肩に手を置いた。
一体この光の先が世界のどこに繋がっているのか、まだ誰も知らない。
マドカたちが向こう側の世界で「このお肉最高〜!」と呑気にバイトをしながら、着々と街の有名人になっていることなど夢にも思わないまま、リゼットたちの本格的な追跡準備が、ついに始まるのだった。
「この串焼き、お肉がすっごく柔らかくて美味しいね!」
「本当ね! 怠惰の村にもこれ持って帰りたいわ!」
と、何一つ困ることなく、ただひたすらに美味いメシをのんびりと食い散らかしているので。




