すっかり観光モード
こうして、マドカとティニアの『暴食の国』での冒険者生活が始まったわけだが――。
「いやー、暴食の仕事って楽じゃない?」
「そうね。いつも村の周りで狂暴なモンスターの間引きをしてるから、こっちの仕事は本当に簡単だわ」
二人はクエストボードにあった依頼を、文字通り片っ端から片付けていった。
『ギガマッシュの採取』に行けば、群生する凶暴な植物モンスターをマドカが一瞬で無力化して最高品質のキノコをごっそり持ち帰り。
『ワイルドポークの生け捕り』では、ティニアが圧倒的なスピードで猪を追い詰め、傷一つつけずに文字通りの生け捕りを達成した。
怠惰の国のあの規格外なダンジョンや、村の周辺に現れる魔物に比べれば、暴食の国の依頼は二人にとっておままごとのようなものだった。
ここに来て二日目。
ゲートに吸い込まれた当初の不安などどこへやら、二人は何一つ困っていなかった。
それどころか。
「くんくん……ねぇティニア、あっちからすっごく良い匂いがする!」
「あ、待ちなさいよマドカ! ほんと、鼻だけは犬並みなんだから……って、確かに美味しそうな匂いね!」
二人は毎日、街中から漂ってくる美味しそうな匂いを嗅ぎつけては、あちこちの露店や食堂を巡る『食べ歩きの日々』を満喫していた。
そして、ただ食べるだけでは終わらないのがマドカだった。
村でニコラやヒナタたちと様々な魔道具や料理のアイデアを形にしてきた経験がある。
「店主さん、このスープ、ちょっと物足りないかも。このスパイスをこうして、もっと煮込んでから入れたら、もっと美味しくなるんじゃない?」
「あ? なんだよお前、ガキのくせに……って、ん? 待てよ、確かにその方がコクが出るな……!?」
さらに、隣で見ていたティニアも、商業ギルドが参入した村の活気を見てきたからか、商売人のような視点で口を開く。
「それに、この見た目じゃ地味で損してるわよ。もっと器を工夫して、こうしたら若い女の子にもウケて、もっと売れそうじゃない?」
「お、おお……!? 言われてみれば確かに……!」
そんなことを、二人は行く先々の店で悪気なく、ただの思いつきと親切心で繰り返していた。
それから何日か、同じように食べ歩きとアドバイスを繰り返していると、王都ベルゼピアの料理人たちの間で、ある妙な噂が立ち始めていた。
「おい、聞いたか? 最近、ギルドの依頼をあっさり片付けちゃあ、街の飯屋を回ってる二人の冒険者がいるらしいぞ」
「ああ、あの『白髪のガキ』と『変な妖精』のコンビだろ?」
「そうそれ! なんでも、あの二人が結構いいアドバイスをくれるらしくてさ。アドバイス通りに作った店の料理が、目に見えて質が上がってるって噂だぜ」
マドカとティニアが預かり知らぬところで、二人はすでに街のちょっとした有名人になりつつあった。
しかし、当の本人たちの目的は、最初から最後まで一貫して『まったり観光』だった。
「ねぇティニア、あっちの広場でやってるお祭り、お肉が丸ごとぐるぐる回って焼かれてるよ!」
「な、なによアレ……! お肉が……お肉が丸ごと浮いて回ってるわよ!? 怠惰の村じゃあ、お肉はヒナタが小さく切って炒めるか、串に刺すくらいだったじゃない! 暴食の国って、どんだけ豪快に肉を食うのよ! 田舎者と思って舐めないでよねっ!」
ティニアは見たこともない大都会(王都)の光景に、いちいち目を剥いては田舎者丸出しのツッコミを炸裂させていた。
「大丈夫だよティニア。私、お金いっぱい持ってるから、あのぐるぐるお肉、全部買えるよ」
「そういう問題じゃないわよ! 買い占めたら他のお客さんに迷惑でしょ! あとあんた、そんなに食べたら本当にお腹が爆発するわよ!?」
何日経っても、マドカたちの前に立ちはだかるようなトラブルは『特に何もなし』だった。
おそ襲いかかってくる悪党もいなければ、無理難題を押し付けるギルドの嫌がらせもない。
ただただ、美味しい匂いを追いかけて街を練り歩き、たまに「これ、こうしたらもっと美味しいよ」と店主に言い残して去っていくだけの、平和で呑気な毎日だ。
「うーん、暴食の国、最高だね。美味しいものはいっぱいあるし、みんな優しいし」
「まぁ……確かに、怠惰の村にいる時より、あたしたち完全に『お客様扱い』で居心地はいいわね。仕事も簡単だし、宿のご飯も美味しいし……」
すっかりこの国でのまったりライフに馴染んでしまったティニアは、ふと遠い目をむいた。
「……でも、リゼットたち、本当にあたしたちを探してるのかしらね?」
「たぶん、まだ気づいてないか、お土産を期待して待ってるんじゃない?」
「あんたの所の身内、危機感がなさすぎるのよ!!」
ティニアの鋭いツッコミが、今日もベルゼピアの青空に響き渡るのだった。
仲間たちが「あれ? 流石に遅くない?」と気づいて迎えに来てくれるその日まで、二人の食い倒れ観光ツアーはまだまだ続くようである。




