暴食の冒険者ギルド
冒険者ギルドにて。
門番に言われた通り、マドカとティニアは王都ベルゼピアの喧騒を抜け、大きな建物へと足を向けた。
入り口に掲げられた、剣と盾が交差するお馴染みの看板。
ここが暴食の国の冒険者ギルドであることは間違いなかった。
「……なんか、ここも食べ物の匂いがしない?」
「気のせいよ。ギルドはギルドなんだから、そんなわけ――」
中に入ると、ティニアは言葉を失った。
心なしか、怠惰のギルドよりも食堂のスペースが広く、あちこちから肉を焼く香ばしい匂いや、スープの煮込まれる良い香りが漂っている。
「いや、完全に食堂メインじゃないのこれ……」
「お腹空いてきちゃった」
呆れるティニアを余所に、マドカは迷わず受付へと進む。
窓口にいたのは、おっとりとした雰囲気を纏った、リーシャという名の受付嬢だった。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
リーシャは営業スマイルを浮かべてマドカたちを迎える。
マドカはポケットから自分のギルドカードを取り出し、トントンと受付のカウンターに置いた。
「あの、怠惰から来たんですけど、ここで活動できるように手続きしてほしくて」
「たいだ……?」
リーシャはギルドカードを手に取り、マジマジと見つめる。
そして、不思議そうに首を傾げた。
「怠惰、なんて国、知らないですね……」
「えっ」
マドカが目を丸くする。
隣にいたティニアが、思わずカウンターに身を乗り出した。
「ちょっと待ちなさいよ! 知らないってどういうこと!? カードにちゃんと書いてあるでしょう?」
「は、はい。ギルドカードの魔力波形は本物ですし、偽造できる物ではないのですが……」
リーシャは困ったように眉を下げ、二人のカードを交互に見比べた。
ティニアは頭を抱える。
「ゲートに吸い込まれたと思ったら、聞いたこともない国に着くし、元の国は知らないって言われるし……どうしたらいいのよ!」
「うーん、困ったね」
頭を悩ませるティニアの横で、マドカはやっぱりどこか他人事のように首を傾げているだけだった。
そんな二人の様子を見て、リーシャは「あー……」と何かを思い出したようにポンと手を打った。
「なるほど、そういうことですか。安心してください、お二人の身分が怪しいというわけではありませんよ」
「わかるの?」
「はい。この世界には、確かに『七つの国』が存在します。このギルドカードは、その昔、大陸中の冒険者ギルドの創設者たちが集まって作り出した、一種の共通アーティファクトのような物なんです」
リーシャは優しく微笑みながら、ギルドの歴史を紐解くように説明を始めた。
「それこそ何千年も前の歴史がありますが……長い歴史の間には、国同士の行き方が断絶してしまった、などの理由で交流が全くなくなってしまった国もあるんです。
このカードは、世界共通のシステムで動いていますから、データとして各国で登録されていれば、画面にはそのまま表示されます。
ですが、『それが実際にどこにある国なのか?』までは、今の時代、知らない人の方が圧倒的に多いんですよ」
「へー。じゃあ、所属国を変えるっていうより、暴食のスタンプを押してもらうスタンプラリーみたいな感じ?」
マドカのあまりに軽い例えに、リーシャはクスリと笑った。
「ふふ、まさにそんなイメージですね。お二人のギルドカードは世界共通の『身分証兼、実績記録装置』ですので、ランクや過去の実績はそのまま引き継がれます。
これからこの暴食の国での活動もカードに記録できるよう、こちらで手続きをさせていただきますね」
リーシャが手際よく魔法具にカードをかざすと、マドカたちのギルドカードの端に、新しく『暴食』の紋章が薄く浮かび上がった。
「はい、お待たせいたしました。これで手続きは完了です。
今日から暴食の国での冒険者活動が正式に認められますので、自由に依頼を受けていただけますよ」
「おー、ありがとー!」
「そんな軽い話だったのね……まあ、カードがそのまま使えるなら良かったわ」
ティニアがホッと胸をなでおろしたのも束の間、マドカはすでに受付の隣にある大きな掲示板――クエストボードへとトコトコ歩き出していた。
「さーて、どんな仕事があるのかなー」
マドカが掲示板に張り出された依頼書を上から下まで眺める。
……そして、少しだけ不思議そうに首を傾げた。
「ねぇ、ティニア。なんか普通の冒険者ギルドと違わない?」
「何がよ? モンスターの討伐とか、採取依頼とか、普通じゃないの……って、ちょっと待ちなさい」
マドカの隣でボードを見上げたティニアも、思わず目を疑った。
並んでいる依頼のタイトルが、明らかに普通のギルドのそれとは毛色が違っていたのだ。
『大農園の収穫手伝い(要:力自慢の冒険者)』
『食用キノコ・ギガマッシュの群生地からの安全採取』
『激ウマ猪モンスター・ワイルドポークの生け捕り(※傷をつけないこと)』
『老舗レストランの厨房臨時手伝い(※火属性魔法が使える方優遇)』
「クエストの半分……いや、八割くらい食べ物関係じゃないの!?」
「暴食の国なんだから当然じゃない?」
「当然なわけないでしょ! 冒険者ギルドって、もっとこう、命がけの魔獣討伐とかをする場所よ!?」
ツッコミを入れるティニアを完全にスルーして、マドカの目はらんらんと輝き始めていた。
依頼書に描かれた「ワイルドポーク」のイラストをじっと見つめる。
「ねぇティニア、このモンスター、食べられるんだって」
「……え、ええ。そう書いてあるわね」
「食べてみようよ!」
「やっぱりそうなると思ったわよ!」
呆れつつも、実はちょっとだけ興味が湧いてしまっているティニアだった。
こうして、マドカたちの暴食の国での初仕事――もとい、グルメ編が幕を開けるのだった。




