商業ギルド
開拓地が発展していくにつれて、王都にも様々な商品が流れるようになっていた。
ニコラやグレタ、カトリーヌから指南を受けた住民たちが作る魔道具。
ヒナタが中心になって育てている畑の作物。
これまで辺境に眠っていながら、誰も手を付けられなかった貴重な鉱物や植物。
そして、開拓地周辺で手に入るモンスター素材。
どれも王都では珍しく、評判になっていた。
しかもマドカたちの転移陣を使えば、王都まで商品を運ぶのに時間はほとんどかからない。
「これ、普通に商売になるな」
王都の商人たちは、そう考え始めていた。
中でも、一番人気になっていたのは――
「モンスターゲット・バトラー?」
王都の商人が、ゲーム機を眺める。
登録したモンスターを疑似的に戦わせるゲーム。
実際のモンスターを使うわけではないので危険もなく、子供から大人まで楽しめる。
すでに王都では、対戦を見ながら盛り上がる人まで出てきていた。
「これは……商売になりますね」
商業ギルドの職員も、ゲームを見ながら呟いた。
ゲーム機そのものを売る。
モンスターの登録データを増やす。
大会を開く。
関連商品を作る。
考えれば考えるほど、商売の可能性が出てくる。
しかし。
「……問題があります」
「何だ?」
「あの開拓地です」
「…………」
「あそこには、商業ギルドの支部すらありません」
それは商業ギルドにとって、かなり痛い話だった。
辺境だからと、これまでほとんど手を付けてこなかった土地。
商売になるものがあるとは考えず、支部を置くことすらしなかった。
ところが今になって、その土地から次々と価値のあるものが出てきている。
「……負い目があるな」
「ありますね」
「今さら支部を置きたいと言って、受け入れてもらえるだろうか」
職員たちは頭を抱える。
だが、だからといって何もしないわけにもいかない。
特にモンスターゲット・バトラーは、このまま放っておくには惜しすぎる。
「もし、あそこの商売にギルドも噛むことができれば……」
「開拓地にとっても悪い話ではないでしょう」
「なら、まずは話を通すしかないな」
こうして商業ギルドは、これまで見向きもしなかった開拓地へ向けて、初めて本格的に動き始めることになった。
◇
商業ギルドは、開拓地への訪問を決めた。
ただし、誰でもいいというわけにはいかない。
今回の話は、これから大きな商売になる可能性がある。
下手な人間を送り込んで相手の機嫌を損ねれば、それだけで大きな損失になりかねない。
「今回ばかりは、慎重に選びましょう」
ギルド内でも意見が一致した。
商談の経験が豊富で、礼儀をわきまえ、相手の話を聞ける人間。
そして何より、目先の利益だけで動かない人間。
何人もの候補から慎重に選定され、数名の職員が開拓地へ向かうことになった。
◇
開拓地に到着した一行は、まず村長へ挨拶をする。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、遠いところご苦労様です」
村長は笑顔で応じた。
しかし、その表情から警戒が消えることはなかった。
商業ギルドが、この土地に支部を置いたことはない。
長い間、この辺境にはほとんど目を向けてこなかった。
それが今になって、王都で商品が人気になった途端に訪ねてきた。
村長の隣に座る補佐役も、静かに商業ギルドの一行を見ている。
歓迎はする。
話も聞く。
だが、簡単に信用するつもりはない。
そんな空気が漂っていた。
こうして正式な話し合いの場が設けられた。
席についたのは、村長。
その補佐を務める村人。
そして開拓に深く関わっているニコラとグレタ。
さらに、この開拓地の農作物を任されているヒナタ。
商業ギルド側も、慎重に選ばれた担当者が席につく。
「本日は、モンスターゲット・バトラーを始めとした、開拓地の商品についてお話をさせていただきたいと思います」
商業ギルド側が切り出した。
王都で最も人気になっている商品。
そして、この開拓地でしか作ることのできない商品。
商業ギルドにとって、これからの大きな商売になる可能性を秘めた商品だった。
村長たちは黙って話を聞く。
商業ギルド側は、ゲームだけではなく、農作物や鉱物、植物、モンスター素材についても話を広げていく。
しかし。
「俺らに話されてもな」
グレタが言った。
「この土地を買ったのは俺らだが、村の連中がどうするかまで俺らが決めるつもりはない」
「うん~」
ニコラも頷く。
「商業ギルドがここに支部を作りたいなら、作ってもいいんじゃないかな~」
「……よろしいのですか?」
「別にいいよ~。来るもの拒まずだし~」
あまりにもあっさりしている。
「私も、村の人たちが決めることだと思います」
ヒナタもそう答えた。
商業ギルド側は、少し戸惑った。
この土地の所有者なのだから、もっと強い条件を出してくると思っていたのだ。
「ただし――」
グレタが村長を見る。
「村の連中がどう思うかは、俺らには決められん」
「そういうことですな」
村長が頷く。
「我々は、この土地で先祖代々暮らしてきました」
村長は商業ギルドの担当者を見る。
「困っていた時に、商業ギルドから助けてもらった記憶はありません」
「…………」
「ですから、今回こちらへ来ていただいたことについて、感謝はしております」
そこで一度言葉を切る。
「ですが、これからどう付き合うのかは、我々が決めることです」
マドカたちは何も言わない。
それでいいと思っている。
土地の所有者ではある。
だが、この村で暮らしているのは村人たちだ。
商業ギルドを受け入れるのか。
商売を任せるのか。
支部を置かせるのか。
それとも別の商人と付き合うのか。
それを決めるのは村人たち。
「俺らは、村長たちが決めたことなら好きにしてくれていい」
グレタが言った。
「面倒な話を俺らに持ってくるなってことだな~」
ニコラも笑う。
「そういうこと~」
商業ギルドの担当者は、改めて村長を見る。
今回の交渉相手は、最初から決まっていた。
マドカたちではない。
この土地で暮らしている――
**村人たちだった。**
◇
数日後。
村長は村人たちを集めた。
商業ギルドから持ちかけられた話について、説明するためだ。
「商業ギルドが、この村に支部を作りたいそうだ」
村人たちの間に、ざわめきが起こる。
「商業ギルドが?」
「今さら?」
「今まで来たことなんてなかったのにな」
やはり反応はよくない。
村長はそれを聞きながら、話を続けた。
「ただ、私は一つ考えたことがある」
村人たちが村長を見る。
「我々も、商業ギルドを利用すればいいのではないか」
「利用する?」
「そうだ」
村長は頷く。
「この村では、これからも作物を作る。鉱物も採れる。魔物の素材も手に入る。魔道具も作られる」
「売れるものは、いくらでもあるな」
「問題は、それをどうやって売るかだ」
村人たちも黙る。
王都まで持っていく。
別の町まで運ぶ。
商人を探す。
交渉する。
そして売れ残ったものを持って帰る。
考えるだけでも面倒だった。
「我々は作ることに集中すればいい」
村長が言った。
「売ることや運ぶことは、商業ギルドに任せる」
「……なるほど」
「商業ギルドが本当に各地へ売ってくれるなら、こちらとしても助かる」
「わざわざ俺たちが王都まで行かなくていいってことか」
「そういうことだ」
村長は頷く。
「我々は作る」
そして、商業ギルドには。
「様々な土地へ売りに行ってもらう」
村人たちの表情が少しずつ変わっていく。
最初は警戒していた。
だが、考えてみれば悪い話ではない。
「それなら、支部を置いてもらってもいいんじゃないか?」
「売ってくれるなら、こっちも楽だ」
「作ったものを買い取ってくれるなら、それでいい」
「ただし、条件はちゃんと決めてもらわないとな」
「当然だ」
村長も頷いた。
「我々が商業ギルドを信用するかどうかは、これからだ」
過去に助けてもらえなかったことを、忘れたわけではない。
だからこそ、無条件で信用するつもりもない。
だが。
利用できるものは利用する。
「商業ギルドが、この村の商品を様々な土地へ広めてくれるというのなら――」
村長は村人たちを見る。
「我々にも、商業ギルドにも利益がある」
「なら、話を聞いてみよう」
村人たちから声が上がった。
こうして村側もまた、商業ギルドを利用することを決めた。
作るのは村人。
売るのは商業ギルド。
◇
翌日。
村長は、再び商業ギルドの担当者を呼んだ。
「お話を伺った上で、村でも話し合いました」
「はい」
「商業ギルドの支部を、この村に置くことを認めます」
担当者の表情が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「ただし、条件があります」
「もちろんです」
村長は村人たちを見てから、商業ギルドの担当者を見る。
「我々は、作ることに集中したい」
「はい」
「販売や運搬、各地への流通については、商業ギルドに任せたいと思っています」
「お任せください」
「そして、この村で生産された商品を、できる限り様々な土地へ広めていただきたい」
「それが商業ギルドの仕事ですから」
担当者は力強く頷いた。
「では、販売契約について詳しく決めましょう」
「お願いします」
村長の隣に、副村長が座る。
村側からは、生産量や品質について説明する。
商業ギルド側からは、買取価格や販売手数料、運搬方法について説明する。
「売る場所については、商業ギルドにお任せします」
「よろしいのですか?」
「はい。ただし、極端に安く買い叩かれるような契約は困ります」
「当然です」
「それと、こちらが作ったものを売るために、村人が遠くまで出向く必要はないようにしていただきたい」
「支部で受け取ります」
「なら問題ありません」
話は順調に進んでいった。
そして最後に、村長が確認する。
「つまり、我々は商品を支部へ持ち込む」
「はい」
「商業ギルドが、それを買い取り、各地へ運ぶ」
「その通りです」
「我々は作る」
「我々は売る」
商業ギルドの担当者が笑った。
「非常に分かりやすいですね」
「我々としても、そのほうが助かります」
村長も頷く。
「商業ギルドがきちんと仕事をしてくれるなら、こちらも長く付き合うつもりです」
「必ず期待に応えてみせます」
「それと……」
商業ギルドの担当者が、少しだけ苦笑する。
「そのうち、冒険者ギルドもこちらへ参入したいと言ってくると思います」
「冒険者ギルドかー……」
村長が腕を組む。
「今でも、特に困っていないんですよね」
「そうなんですよ」
副村長も頷く。
「魔物なら、今でも普通に狩れていますし」
「うーん……」
会議の席にいた村人たちも考える。
「ニコラさんの発明品もありますし」
「人工モンスターもいるしな」
「村の周辺の警備も問題ない」
「……人工モンスター?」
商業ギルドの担当者が反応した。
「はい?」
「今、人工モンスターと仰いましたか?」
「ええ」
「それは……一体?」
村長たちは顔を見合わせる。
「ニコラさんが作ったものですよ」
「魔道具のようなものだと思っていただければ」
商業ギルド側の目が輝く。
「具体的には、どのようなものなのでしょう?」
「えーっと……」
村長が説明に困る。
「村の見回りをしたり、荷物を運んだり、建物を作る手伝いをしたり……」
「荷物を?」
「ええ」
「運搬ができるのですか?」
「できますよ」
商業ギルドの担当者は、一度言葉を止めた。
そして、慎重に尋ねる。
「その人工モンスターに、護衛役をさせることはできますか?」
「護衛?」
「はい」
担当者の頭の中で、商売の形が一気に変わっていく。
「例えばですが、装備をしっかり整えた人工モンスターに、商隊の護衛をさせる」
「……」
「そのまま荷物の運搬もさせる」
「……」
「魔物に襲われても、自分で戦えるのであれば――」
担当者は身を乗り出した。
「かなり画期的な運搬手段になるのではありませんか?」
村長たちは、少し驚いた顔をする。
「そこまで考えたことはありませんでしたな」
「今の話、もう少し詳しく聞かせていただけませんか?」
商業ギルドの担当者は、完全に食いついていた。
「その人工モンスターは、どの程度の戦闘能力があるのでしょう?」
「種類によりますね」
「種類が?」
「はい。色々います」
「……」
商業ギルド側の視線が、自然と村の関係者へ集まる。
「それから、ニコラさんの発明品というのも気になります」
「発明品ですか?」
「先ほど、人工モンスターと一緒に名前が出ましたので」
担当者は笑顔を浮かべる。
「もしそれらを組み合わせることができるのであれば――」
商業ギルドにとって。
この村は、単に商品を仕入れる場所ではなくなる。
モンスターゲット・バトラー。
農作物。
珍しい素材。
そして、人工モンスターや魔道具。
話を聞けば聞くほど、この村にはまだ何かありそうだった。
「……冒険者ギルドも、ですか」
村長が先ほどの話を思い出す。
「まあ、来たいというなら来てもらえばいいんじゃないですかね」
「そうですね~」
ニコラも頷く。
「別に困ってないけど~」
商業ギルドの担当者は、その言葉を聞きながら契約書へ視線を戻した。
「……では、販売についてですが」
「はい」
「我々が各地への販売、運搬、交渉などを引き受ける場合、当然ながら手数料をいただくことになります」
「それは構いません」
村長は即答した。
「……よろしいのですか?」
「ええ」
村長は頷く。
「我々は面倒なことをしたくありませんから」
「面倒なこと、ですか?」
「売るために遠くまで行く」
「はい」
「買い手を探す」
「はい」
「値段を交渉する」
「はい」
「商品を運ぶ」
「はい」
「そういうのを全部、商業ギルドに任せたい」
商業ギルドの担当者は、思わず笑みを浮かべた。
「でしたら、我々としても――」
「ただし」
村長が続けた。
「手数料は、仕事に見合ったものにしてください」
「もちろんです」
「多少高くても構いません」
村長は穏やかに言う。
「我々も、その分だけ楽になりますからな」
そこで、少しだけ表情を変えた。
「ですが、法外な金額を要求されるのであれば……」
「……」
「その時は、別の商人を探します」
商業ギルドの担当者も頷く。
「それは当然のことかと」
「ええ」
村長はさらに続けた。
「それと――」
少しだけ声を落とす。
「我々ではなく、あの方たちに直接そういうことをしないほうがいいでしょうな」
「あの方たち?」
商業ギルド側が聞き返す。
「マドカさんたちですよ」
「……」
「法外な手数料を取ったり、村を騙したりした場合」
村長は淡々と言った。
「商業ギルドが、物理的に消える可能性があります」
「…………」
「私なら、冗談だと思いたいところですが」
副村長が苦笑する。
「我々は、あの人たちなら簡単にやると思っています」
「…………」
商業ギルドの担当者は、黙って資料を見つめた。
そして。
「……適正な手数料で、誠実に仕事をさせていただきます」
「それが一番ですな」
村長は満足そうに頷いた。
こうして。
村に商業ギルドの支部を設置することが決まった。
同時に、村で生産された商品の販売契約も結ばれる。
村人たちは作る。
商業ギルドは買い取る。
そして、商業ギルドが各地へ運ぶ。
モンスターゲット・バトラーも。
農作物も。
素材も。
これから生まれる新しい商品も。
この村だけに留まることはない。
様々な土地へ。
様々な町へ。
そして、やがては様々な国へ。
この村の商品が広がっていくことになる。
そして商業ギルド側も、ようやく理解し始めていた。
この村は――
**絶対に、放っておいてはいけない。**




