しゃべる剣
新しい拠点での生活が始まって、しばらく。
家の修繕や周辺の整備も少しずつ進み、孤児たちもそれぞれ自分にできる仕事を見つけ始めていた。
チティはリゼットの手伝いをしながら魔法の勉強。
カーンはニコラの研究室に入り浸り、魔道具の仕組みや、この世界の様々な知識を吸収している。
そして――。
「いい加減、戦いとかも教えろよ!」
突然、トーイが叫んだ。
「もう待ってらんねぇ!」
「トーイ~……言い方ぁ~……」
チティが困ったように眉を下げる。
「やれやれ。皆さんにも予定があるだろうに」
カーンも呆れたように言った。
「だってよ!」
トーイは不満そうに腕を組む。
「俺だけ何もしてねぇじゃねぇか!」
「そんなことないよ?」
マドカが言う。
「薪運んだり、水汲んだりしてるじゃん」
「そういうのじゃなくて!」
「戦いたいの?」
「そうだよ!」
トーイは即答した。
「俺だって冒険者になりたいんだ! 強くなりたい!」
その勢いに、マドカたちは顔を見合わせる。
「じゃあ、ちょっと見てみようか」
リゼットが立ち上がった。
「三人とも、どの程度の適性があるのか確認してみましょう」
「うん」
こうして三人の簡単な適性確認が始まった。
まずはチティ。
「チティは魔力がかなり高いわね」
「本当?」
「ええ。特に治癒系との相性がいい。私が教えてあげる。ちゃんと勉強すれば、立派な治癒術師になれるわよ」
「頑張ります!」
チティの顔がぱっと明るくなった。
次にカーン。
「カーンは……」
リゼットが少し考える。
「突出した一分野というより、全体的に能力が高いわね」
「万能型、ということでしょうか」
「そうね。魔法も魔道具も、知識を覚える速度も速い。農業や商売についても理解が早いでしょう」
「それなら、色々な場所に行って知識を集めるといいね~」
ニコラも頷く。
「この拠点には色々な専門家がいるし~。覚えたいことがあったら、誰に聞いてもいいよ~」
「分かりました」
カーンも自分の進む方向が見えてきたようだった。
そして最後に、トーイ。
「……」
リゼットがじっとトーイを見る。
「どうだ?」
「身体能力は悪くないわ」
「じゃあ!」
「でも、特別な才能があるわけではない」
「……」
トーイの顔が固まった。
「普通の子供として考えれば、体力と速度はそれなり。でも――」
リゼットがマドカを見る。
「マドカが九歳だった頃と比べれば、かなり下ね」
「えっ、マドカって九歳の頃から強かったのか?」
「強かったというより……」
リゼットは遠い目をした。
「鍛えられていたのよ」
「どれくらい?」
「王都の外の森を毎日百周」
「……は?」
「ゴブリンを倒して、基礎体力を鍛えて、剣を千回振る」
「…………」
トーイの口が開いたままになる。
「私、そんなにやってたっけ?」
マドカは首を傾げた。
「やってたわよ」
「そっかー」
「しかも休もうとすると、水を掛けられていたでしょう?」
「あー、そうだった」
「誰に!?」
「目の前のお姉ちゃん」
「怖すぎるだろ!」
トーイが叫んだ。
「九歳の子供にやらせる訓練じゃねぇ!」
「でも、そのおかげで今のマドカがいるわけだけどね~」
ニコラが笑う。
「だからトーイも鍛えればいいんじゃない?」
「鍛えればって……俺に才能がないなら、どうすればいいんだよ」
トーイは拳を握った。
「俺、強くなれないのか?」
「そんなことは言ってないわ」
リゼットが答える。
「才能がないことと、強くなれないことは別よ」
「……」
「ただ、あなたの場合は魔法の才能もカーンほどの知性もない。だから――」
「近接かな~」
ニコラがぽつりと言った。
「近接?」
「うん~」
ニコラはトーイをじっと見る。
「身体能力を鍛えて、武器の扱いを覚えて、前衛として戦うのが一番向いてそうかな~って」
「それなら俺でもできる!」
「でも、普通に教えると時間がかかるよね~」
ニコラは腕を組んだ。
「剣の振り方。体の動かし方。足の運び方。スキルの使い方。全部覚えないといけないし~」
「だったら、私が教えようか?」
マドカが胸を張った。
「マドカが教えるのは……」
リゼットが少し考える。
「悪くはないけれど、あなたの場合、普通の人間が参考にしていい動きなのか怪しいのよね」
「なんで!?」
「だって、あなたの身体能力を基準にされても困るでしょ。普通消えるくらいの速さなんでできない。」
「それはそうか」
マドカはあっさり納得した。
ニコラはそんな二人を眺めながら、ふと思いついたように顔を上げた。
「……じゃあ」
「?」
「武器に教えてもらえばいいんじゃない~?」
「武器が?」
「うん~」
ニコラは楽しそうに笑った。
「近接武器に人工的な知能を組み込んで~。剣の振り方とか、身体の動かし方とか、スキルの発動補助とかを指示してくれるようにするの」
「そんなことできるの?」
「できたら面白いよね~って思って」
「思って?」
「作ってみた~」
「できたの!?」
マドカが食いついた。
「試作品だけどね~」
ニコラはマジックバッグを探り始める。
「ちょっと遊びながら作ってたんだ~」
「遊びながら……」
リゼットが苦笑する。
「その遊びでまたとんでもないものを作っているんじゃないでしょうね」
「まぁまぁ~」
ニコラが取り出したものを見て、トーイは首を傾げた。
それは――一本の木剣だった。
「ニコラ姉! それは!?」
「キミの武器だよ~」
「俺の!?」
「まぁ、おもちゃだけど~」
「おもちゃって……」
トーイは木剣を見つめた。
「ふざけないでくれよ! 俺は本気で強くなりたいんだぞ!」
「ばかだなー」
マドカが横から口を挟む。
「ニコラが作るおもちゃって、王様も『これやばくない?』って思うほどの性能なんだよ?」
「そうね」
リゼットも頷いた。
「ニコラは規格外の天才だもの」
「……」
チティとカーンは、木剣を見つめる。
「でも……」
「いくらすごくても木の棒ですよね」
二人とも同じことを考えていた。
ニコラは気にせず説明を始める。
「じゃあ~説明~」
木剣を持ち上げる。
「この剣はしゃべるの~」
「しゃべる?」
「それで~、剣の振り方とか~、スキルの発動補助とか~、いろいろ教えてくれるのね~」
「なるほど……?」
トーイが半信半疑で木剣を見る。
「じゃあ、起動するね~」
ニコラが魔力を流した。
『お前が私のマスターか?』
「え」
マドカが固まった。
「セイバー!?」
「……」
「……」
「……」
マドカ以外の全員がぽかーんとしている。
「相変わらずあなたおかしいわね……」
リゼットが呆れる。
「これは魔剣の類じゃない!インテリジェンスウェポン。自分で考えることができる武器よ。ただの棒きれに見える伝説級の棒きれよ。世界に何本存在するか?というほどのレアアイテムよ。まぁ、ニコラのことだから大量生産できるのでしょうけど。」
「自分で考える!?」
「ニコラすげぇ……」
トーイの目が輝く。
「でしょ~?」
ニコラが嬉しそうに笑った。
『お前が私のマスターか?』
「……ん?」
『お前が私のマスターか?』
「…………」
『お前が私のマスターか?』
マドカの眉がぴくっと動く。
『お前が私のマスターか?』
「バグった?」
マドカが木剣を睨む。
「うるさいなー。そいつ壊していい?」
「まぁまぁ~」
ニコラがトーイに木剣を渡す。
「おもちゃ~。その子がマスタ~だよ~」
「え……」
トーイは木剣を受け取ったものの、どうすればいいのか分からない。
おそるおそる握り直す。
すると――。
『小僧』
「!」
『お前が私のマスターか?』
「そ、そうだ!」
トーイは勢いよく答えた。
「小僧じゃねぇ! トーイだ!」
『ふふ……中々いきがよい』
なぜか満足そうな声だった。
『よかろう、マスター!』
「お、おう!」
『さて、何をしたい?』
トーイは迷わなかった。
「強くなりたい!」
『承知した!』
木剣が堂々と宣言する。
『私はしゃべる剣!』
全員が黙る。
『しゃべるだ!』
「…………」
「…………」
「…………」
マドカが木剣を見る。
「え、なにそれ」
トーイも微妙な顔になった。
「……ださくね?」
「うん」
マドカが即答する。
「ださい」
「私もどうかと思うわ……」
リゼットも苦笑する。
「しゃべる剣って……」
チティまで困った顔をする。
「分かりやすくはありますが……」
カーンも評価に困っていた。
「え~? 分かりやすくていいじゃん~」
ニコラだけは満足そうだ。
『マスター! 私はしゃべる剣!』
「そこはもういい!」
トーイが突っ込んだ。
どうやら、この剣には戦闘能力以前に、改善すべきところがいくつかあるらしい。
だが――。
『では、マスター。これより訓練を開始する』
剣の声が変わった。
ふざけた自己紹介とは違う。
今度は、はっきりとした意思を感じる声だった。
『まずは基本姿勢からだ』
「おう!」
トーイが木剣を構える。
『右足を半歩前へ』
「こうか?」
『遅い』
「なに!?」
『腰が浮いている。重心を下げろ』
「こう!」
『修正』
トーイの身体が自然と動いた。
「うおっ!?」
『腕を下げろ。肩に力が入りすぎている』
「こうか!?」
『そうだ』
「すげぇ……」
トーイは目を輝かせる。
剣が指示するたびに、身体が少しずつ正しい位置へ修正されていく。
ニコラが楽しそうに眺めている。
「最初は剣に動きを補助してもらって~、身体に正しい動きを覚えさせるの」
「つまり、何度も繰り返しているうちに、自分で動けるようになるわけね」
リゼットが理解する。
「そうそう~。一時的にマスターの体の制御を奪って操るっていうか~」
「面白いわね」
マドカも興味深そうに見ていた。
「これならトーイでもちゃんと強くなれそう」
「トーイでもって言うな!」
「だって普通の子なんだから仕方ないじゃん」
「普通で悪いか!」
「悪くないよ」
マドカは笑った。
「普通だから、いっぱい練習すればいいんだよ」
トーイは一瞬だけ黙った。
そして木剣を握り直す。
「……そうだな」
特別な才能なんてない。
魔法も使えない。
カーンみたいに頭がいいわけでもない。
それでも――。
「俺、強くなる!」
『その意気だ、マスター』
「おう!」
『では、次の動作へ移る』
「よし!」
こうして。
トーイと、しゃべる剣による奇妙な訓練が始まった。
それが後に、トーイ自身の戦い方を作ることになるとは――。
この時の誰も、まだ知らなかった。




