三年
――あれから三年。
「……三年?」
マドカは鏡を見た。
そこに映っているのは、九歳の少女ではない。すっかり成長した――
「…………」
十二歳の少女だった。
「そりゃそうだよ!」
自分でツッコむ。
この三年間、毎日が修行だった。
走って、剣を振って、魔物と戦って、薬草を採って、料理をして、掃除をして、洗濯をして。
「……ん?」
最後の三つは修行だっただろうか。
「お姉ちゃん!」
「何?」
リゼットが本を読みながら答える。
「私、十二歳になった!」
「知ってるわ」
「今日から冒険者になれる!」
「そうね」
「ついに!」
マドカは拳を握った。
「冒険者ギルドに行くよ!」
「ええ」
「一緒に来て!」
「もちろん」
リゼットは本を閉じた。
◆
この三年間で、マドカはかなり強くなった。
筋力、防御力、体力。そのどれもが、同年代の子供とは比較にならないほど高い。
木剣を振れば以前とは比べ物にならない速度で振り抜けるし、魔物と戦っても、時間停止を使わずに倒せることが増えた。
「私、強くなったよね?」
「ええ」
リゼットは頷く。
「身体能力だけなら、かなりのものよ」
「だけって言った?」
「言ったわ」
「魔法は?」
「…………」
「その沈黙やめて」
マドカは手を伸ばした。
「火球!」
ポン。
小さな火の玉が生まれ、ふわふわと宙に浮いたかと思うと、すぐに消える。
「…………」
「…………」
「三年間でこれ?」
「三年間でこれね」
「私、魔法使い向いてない?」
「全く」
「即答!?」
マドカは肩を落とした。
「ゲームなら魔法職に転職できないやつじゃん……」
「あなたは最初から戦士でしょう」
「いや、時間停止っていう特殊職だと思ってた」
「それはそうね」
リゼットが少しだけ笑った。
◆
しかし。
時間停止についても、この三年間で分かったことがある。
「時間停止!」
世界が止まる。
風も、木々も、目の前にいる巨大な魔物も、何もかもが静止している。その中で、マドカだけが自由に動くことができる。
マドカはゆっくりと魔物へ近づき、その身体を観察した。
弱点を確認し、武器を構える。
「……よし」
時間が動き出した。
ズドンッ!
魔物が倒れる。
「…………」
マドカは自分の手を見る。
やっぱり強い。
だけど――
「これに頼りすぎるのもダメだよね」
「そうよ」
背後からリゼットが答える。
「時間停止が使えない状況を想定しなさい」
「例えば?」
「魔力切れ」
「時間停止に魔力使わないよ?」
「封印」
「…………」
「無効化」
「…………」
「そもそも敵として認識できない存在」
「…………」
マドカは顔をしかめた。
「最後のやつ、怖くない?」
「ええ」
リゼットは珍しく真剣な顔をしていた。
「だからこそ、あなた自身の力も鍛えるの」
「分かった」
マドカは木剣を握る。
「じゃあ、もっと強くなる」
「そうしなさい」
リゼットが笑った。
「私が教えられることは、全部教えてあげるわ」
「……お姉ちゃん」
「何?」
「ありがとう」
「…………」
リゼットが少しだけ目を逸らす。
「別に」
「照れてる?」
「照れてない」
「耳赤いよ?」
「気のせいよ」
「ふふっ」
「笑うな」
◆
ただし。
この三年間で、別の問題も発生していた。
「お姉ちゃん」
「何?」
「服、洗濯物に入れた?」
「……」
「入れた?」
「まだ」
「昨日から?」
「そうね」
「ご飯は?」
「食べてない」
「昼は?」
「食べてない」
「朝は?」
「……忘れたわ」
マドカは深いため息をついた。
「もう!」
そのまま台所へ向かう。
「私よりダメダメな人がいるって、どういうことなの……」
「私は賢者よ」
「生活能力の話!」
「魔法なら誰にも負けないわ」
「料理は?」
「…………」
「掃除は?」
「…………」
「洗濯は?」
「…………」
「はい、私の勝ち」
「何の勝負よ」
マドカは笑った。
いつの間にか、リゼットは「拾ってくれた賢者」ではなくなっていた。
厳しい師匠で。
生活能力のないダメ姉で。
そして――
大切な家族だった。
◆
「じゃあ、明日ね」
夕方。
マドカは冒険者ギルドへ持っていく荷物を確認していた。
身分証、お金、武器、薬、食料。
「忘れ物ない?」
「ないわ」
「本当に?」
「……たぶん」
「お姉ちゃんは信用できないから、私が確認する」
「失礼ね」
マドカが一つずつ荷物を確認する。
「よし!」
明日。
ついに冒険者になる。
九歳の頃から憧れていた場所。
ダンジョン。
魔物。
未知の土地。
そして――仲間。
「……楽しみだな」
マドカは窓の外を見る。
リゼットも隣に立った。
「ええ」
「三年間、長かったね」
「そうね」
「でも、楽しかった」
「…………」
リゼットは小さく笑った。
「私もよ」
森の夜は静かだった。
明日から。
二人の生活は、少しだけ変わる。
――そう思っていた。
まさかその先で、一人の天才発明家と出会い、さらに人生が騒がしくなることなど。
二人はまだ知らない。




