のんびり王都と七人の魔神
「お姉ちゃん!」
「何?」
「王都に行こう!」
朝。
突然のマドカの提案に、リゼットは読んでいた本から顔を上げた。
「嫌よ」
「早い! まだ理由言ってない!」
「だいたい分かるもの」
「異世界の王都だよ!?」
「だから?」
「観光したい!」
「…………」
リゼットは本を閉じた。
「面倒ね」
「行こうよー!」
「人が多いわよ」
「せっかく異世界に来たんだから!」
「あなた、まだこの世界に来て数年でしょう」
「だからこそ!」
マドカは拳を握った。
「異世界の王都! 一度は見てみたい!」
「……仕方ないわね」
「やった!」
「買い物が目的よ」
「観光!」
「買い物」
「観光!」
「…………好きにしなさい」
「よし!」
◆
王都スリーピア。
国の中心にある大都市だ。
城壁を抜けた瞬間、マドカの目が輝いた。
「うわぁ……!」
石畳の大通りに、大きな噴水。魔法で動く街灯に露店、行き交う馬車。そして腰に武器を下げた冒険者や、色とりどりの服を着た人々。
前世ではゲームや漫画の中でしか見たことのないような光景が、目の前に広がっている。
「すごい!」
「そう?」
「お姉ちゃん、テンション低っ!」
「王都なんて昔は何度も来たもの」
「昔って?」
「…………」
リゼットが少しだけ遠い目をした。
「ずっと昔よ」
「ふーん」
マドカは深く考えず、そのまま町へ駆け出した。
「待ちなさい!」
「屋台がある!」
「走ると危ないわよ!」
「異世界の食べ物だよ!?」
「それは分かるけど――」
マドカが屋台の前で急停止する。
「これ何?」
「焼き肉だよ」
「ください!」
「銅貨三枚ね」
「はい!」
一口食べた瞬間、マドカの顔が輝いた。
「……うまっ!」
「お姉ちゃんも!」
「いらない」
「美味しいよ!」
「…………一口だけ」
リゼットも渋々口にする。
「どう?」
「普通ね」
「またそれ!?」
マドカは頭を抱えた。
「お姉ちゃんって、感情どこに置いてきたの?」
「森」
「置いてきたの!?」
◆
しばらく歩いていると、マドカは妙なことに気づいた。
「……ねえ」
「何?」
「人、全然急いでないね」
確かに、歩く人はのんびりしている。店員ものんびり、馬車ものんびり。果てには道端で昼寝をしている人までいる。
「平和だなぁ……」
「この国では普通よ」
「なんで?」
「スリーピアは怠惰の魔神を国教としているから」
「…………」
マドカが振り返った。
「怠惰?」
「ええ」
「七つの大罪の?」
「そう」
「…………」
嫌な予感がした。
◆
王都の中央には、巨大な神殿が建っていた。
その前には七体の像が並んでいる。
「これが七柱の大罪魔神よ」
リゼットが説明する。
「傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食。そして――」
最後の像へ視線を向ける。
「怠惰」
「…………」
マドカは頭を抱えた。
「私の知ってる七つの大罪じゃん!」
「そうね」
「なんで!?」
「この世界では普通よ」
「しかも国教!?」
「そう」
リゼットは淡々と説明を続ける。
「怠惰の魔神は、休息と平穏を司る神。無理をしないこと、働きすぎないこと、明日できることは明日に回すこと。それらを良しとしているの」
「それはただの怠けじゃない?」
「違うわ」
「どこが?」
「心穏やかに生きるための知恵よ」
リゼットは真顔で言った。
「この国では、休むことも立派な信仰なの」
「へえ……」
その横を、仕事中らしき男が歩いていく。
「今日はもう疲れたな」
「まだ昼だけど?」
「怠惰の魔神様がお休みしろと仰っている」
「本人は何も言ってないよ!?」
二人の会話を聞いていた別の女性が、
「じゃあ私も帰ろうかな」
「なんで!?」
マドカが叫ぶ。
リゼットは平然としていた。
「いい国でしょう?」
「お姉ちゃん、この国好きでしょ」
「……まあ、嫌いではないわ」
「絶対好きじゃん」
◆
「ちなみに、他の六柱も善性の神なの?」
「ええ」
リゼットは歩きながら答えた。
「傲慢は、自分自身への誇り。強欲は、富や繁栄を求める力。嫉妬は、他者を見て自分を高める向上心。憤怒は、不正に立ち向かう力。色欲は、愛や生命を育む力。暴食は、豊穣と食の恵み。そして怠惰が、休息と平穏」
「……なるほど」
マドカは少し考えた。
「名前だけ聞くと全部悪そうなのに、意味を聞くと結構まともだね」
「物事は名前だけで判断するものではないわ」
「でも私の前世では、七つとも悪い意味だったよ」
「文化の違いでしょうね」
「異世界って面白いなぁ」
マドカは神殿を見上げた。
「じゃあ、逆に私の世界の神様は?」
「悪神扱いされているものも多いわ」
「例えば?」
「あなたの世界の名前を聞いても、私には分からないけれど……」
「じゃあゼウスとか!」
その瞬間、リゼットがマドカの口を塞いだ。
「んぐっ!?」
「その名前は、町では出さないほうがいいわ」
「……!」
リゼットが手を離す。
「この世界では、そういう神々は人間を惑わす悪性神として教えられているの」
「危なっ!」
「ええ」
「異世界の宗教こわっ!」
「だから不用意に前世の知識を話さないこと」
「はい……」
マドカは素直に反省した。
◆
その後、二人は冒険者ギルドを見つけた。
「ここ!」
マドカの目が輝く。
「冒険者ギルド!」
「そうね」
「登録する!」
「できないわ」
「…………」
「十二歳からよ」
「…………」
「今のあなたは九歳」
「…………」
「あと三年」
「長い!」
「三年なんてすぐよ」
「ゲームだったら三年分のイベント全部終わってる!」
「またゲーム?」
「私にとって人生の教科書だから」
「前世の教育環境、本当に大丈夫だったのかしら」
「失礼な!」
◆
帰り道。
マドカは小さな魔道具の店の前で足を止めた。
「……あれ?」
店頭に並んでいたのは、小さな魔道具だった。
ボタンを押すと風が出る。
「これ、扇風機みたい」
「簡易送風魔道具ね」
「これ作った人、地球の家電とか知ってるのかな?」
「さあ」
リゼットは商品を眺めながら答えた。
「この世界にも、便利なものを作ろうとする人間はいるわ」
「会ってみたい!」
「なぜ?」
「だって!」
マドカは目を輝かせる。
「絶対話が合う!」
「……あなたの言う『話が合う』が少し怖いわね」
その日。
マドカは初めて王都スリーピアを歩いた。
美味しいものを食べ、異世界の文化を知り、冒険者になる日を夢見て。
そして――
街のどこかでは、まだ名前も知らない一人の女性が、魔道具を前に頭を抱えていた。
「……どうして、これ以上小型化できないのかなぁ~」
その女性との出会いは。
もう少し先の話になる。




