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落内円は落ちている  作者: 七風


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賢者、生活能力で九歳児に負ける

「お姉ちゃんー!」


 朝。


 マドカは台所から叫んだ。


「何?」


 眠そうな顔をしたリゼットがやってくる。


「パン、どこ?」


「そこ」


「カビてるよ」


「…………」


「あと、この牛乳も」


「…………」


「いつ買ったの?」


「さあ?」


「さあ?」


 マドカは冷蔵庫代わりの魔法箱を開けた。中から出てくる食材は、どれも微妙に怪しい。


「お姉ちゃん」


「何?」


「賢者って、食べ物の管理とかしないの?」


「私は魔法の研究をしているの」


「じゃあ、料理は?」


「必要なら魔法で作れるわ」


「やってみて」


「…………」


 リゼットが杖を取り出した。


「創造魔法」


 ボンッ!


 テーブルの上に料理が現れた。


「おお!」


 マドカの目が輝く。


「食べていい?」


「ええ」


 マドカは料理を一口食べた。


「…………」


「どう?」


「味がない」


「魔力で作ったから栄養はあるわ」


「食事って栄養だけじゃないんだよ!」


 マドカは頭を抱えた。


 この人、本当に賢者なのだろうか。


 魔法は凄い。知識も凄い。魔物の知識もある。薬草の知識もある。


 なのに――


「生活能力だけは壊滅的……」


「何か言った?」


「何でもない」


 マドカは決めた。


 この人には私が必要だ。


 九歳だけど。


     ◆


 それからの日々、マドカは料理を覚え、掃除も洗濯もするようになった。壊れた家具を見つければ自分で直し、いつの間にか家の中は以前とは比べ物にならないほど快適になっていった。


「……」


 リゼットは、そんなマドカの姿を黙って眺めていた。


「何?」


「いえ」


「何か言いたそうだけど」


「あなた、私より生活能力あるわね」


「今さら!?」


 ついに本人も認めた。


     ◆


 修行も続いていた。


「今日は剣の型を百回」


「はい!」


「その後、森へ行って薬草を採取」


「了解!」


「帰ってきたら魔力操作」


「はい!」


「夕食もお願い」


「最後だけ修行じゃない!」


「でも必要でしょう?」


「まあ……」


 必要だった。


 マドカは確実に強くなっていった。


 筋力、防御力、体力。そのどれもが同年代の子供とは比較にならないほど伸びている。


 だが――


「火球!」


 ポン。


 小さな火の玉が出た。


 そして、すぐに消える。


「…………」


「…………」


「どう?」


「才能ないわね」


「知ってる!」


 魔法だけは駄目だった。


 知力がほとんど伸びない。魔法理論を覚えても魔力操作が下手で、複雑な魔法になると頭の中で処理しきれない。


「ゲームならステータス振り直したい」


「何の話?」


「私の人生」


「諦めなさい」


「賢者が言うと重いなぁ……」


     ◆


 そんなある日のこと。


 森の中で薬草を採っていたマドカは、妙な音を聞いた。


「……ん?」


 ガサッ。


 茂みが揺れる。


「魔物?」


 マドカは木剣を握った。


 そこから出てきたのは、小さな狼型の魔物だった。


「おお……」


 狼は牙を剥き出しにしている。明確な敵意も感じられた。


 その瞬間、頭の中で警告が鳴る。


――敵対対象を確認。


「時間停止!」


 世界が止まった。


「……」


 マドカは狼の前にしゃがみ込んだ。


「ごめんね」


 木剣を構える。


「私もご飯食べたいんだ」


 次の瞬間――


 時間が動き出した。


 ドンッ!


 狼が地面に倒れる。


「……」


 マドカは、少し複雑な顔で倒れた狼を見つめた。


 強い。


 強すぎる。


 修行を始めてから、自分の身体能力もかなり上がっている。それでも時間停止を使えば、ほとんどの敵を一方的に倒せてしまう。


「これ……修行する意味ある?」


「あるわよ」


「うわっ!」


 いつの間にか、リゼットが後ろに立っていた。


「聞いてた?」


「最初から」


「盗み聞き!」


「あなたが勝手に喋っていたのよ」


 リゼットは倒れた狼を見る。


「時間停止があるから勝てる。それは事実ね」


「でしょ?」


「でも、それだけに頼っていたら、いつか死ぬわ」


「……」


「時間停止が通じない相手がいるかもしれない」


 マドカは黙った。


「だから身体を鍛える」


「魔法は?」


「……」


「そこは?」


「諦めなさい」


「即答!」


 リゼットは笑った。


「あなたはあなたのやり方で強くなればいいのよ」


「……うん」


 マドカは木剣を握り直した。


     ◆


 その日の夕方。


「ただいまー!」


「おかえり」


「ご飯できてるよ!」


「ありがとう」


「今日はちゃんと食べられる?」


「失礼ね。最近は私も料理を――」


 リゼットが鍋の蓋を開ける。


 煙が出た。


「…………」


「…………」


 しばらく無言で鍋を見つめる。


「……マドカ」


「何?」


「今日もお願い」


「はいはい」


 マドカは鍋を受け取った。


 こうして二人の生活は続いていった。


 修行をして、魔物を倒して、薬草を採って、料理をする。たまにリゼットが家事を破壊する。


 そんな日々が――いつしかマドカにとって当たり前になっていた。


 そしてリゼットにとっても。


 森の中に響く、


「お姉ちゃん!」


 という声が。


 いつの間にか、なくてはならないものになっていた。


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