マドカ 弟子入りする
「ここが私の家よ」
「…………」
森の奥。そこに建っていたのは――家だった。一応。
「お姉ちゃん」
「何?」
「これ、人が住むところ?」
「失礼ね」
「だって屋根に穴あるよ?」
「自然換気よ」
「壁にも穴ある」
「通気性がいいの」
「床、腐ってる」
「…………」
リゼットは黙った。
「まあ、入れば分かるわ」
「大丈夫かなぁ……」
マドカは恐る恐る家の中へ入った。
そして。
「…………」
絶句した。
テーブルの上には、何か黒い物体が置かれている。
「これ何?」
「食事」
「食事!?」
「ええ」
「食材は?」
「食べられるものよ」
「そういう意味じゃない!」
マドカは黒い物体を箸でつついた。
硬い。完全に炭化している。
「……お姉ちゃん」
「何?」
「料理したことある?」
「あるわよ」
「最後に?」
「……覚えてないわ」
「それ、あるって言わないよ」
マドカは深いため息をついた。
転生して二日。まさか異世界で料理をすることになるとは思わなかった。
「私が作る」
「あなた、料理できるの?」
「前世では一応」
「九歳でしょう?」
「中身は十八歳だから」
「…………」
リゼットは少しだけ目を細めた。
「それ、どういう意味?」
「そのままの意味だよ。私、転生者なの」
「転生者?」
「うん。前の世界で死んで、こっちの世界に生まれ変わったの」
マドカはあっさりと答えた。
リゼットは少し考えるように黙ったあと、意外なほどあっさり頷いた。
「なるほどね」
「信じるの早くない?」
「別におかしな話でもないわ」
「そうなの?」
「大賢者をやっていれば、それなりに変わったものも見てきたもの。あなたの言葉や知識を見ていれば、普通の九歳児ではないことくらい分かるわ」
「じゃあ、転生者だって言っても?」
「特に問題ないわね」
「……なんか、もっと驚くと思ってた」
「驚いているわよ」
「全然そう見えないけど」
「あなたがあまりにも堂々としているから、こっちまで冷静になってしまったのよ」
「なるほど」
マドカは納得した。
「じゃあ、これからもよろしくね。リゼットお姉ちゃん」
「ええ。こちらこそ」
そう言って、リゼットは微笑んだ。
少なくとも、この時点では。
九歳の少女が転生者だということよりも――
「……それより、料理を作れるという話だったわね?」
「うん」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって!」
リゼットにとっては、そちらのほうがよほど心配だった。
マドカは台所を確認した。
食材、調味料、鍋。
「……最低限はあるじゃん」
料理を始める。野菜を切って鍋に入れ、火をつけて煮込む。
しばらくして――
「できた!」
簡単なスープ。パンも焼いた。
「……」
リゼットがスープを見る。
「本当に食べられるの?」
「失礼だな!」
リゼットが一口飲む。
「…………」
「どう?」
「普通ね」
「普通!?」
「美味しいとは言ってないわ」
「この家の料理事情を見てから言え!」
マドカは叫んだ。
◆
食事が終わると、リゼットは椅子に座り、マドカをじっと見ていた。
「あなた、これからどうするつもり?」
「どうするって?」
「家族もいないのでしょう?」
「うん」
「帰る場所も?」
「ここしかないね」
「……」
リゼットは少し考える。
「なら、しばらくここにいなさい」
「いいの?」
「ええ」
「家事するよ?」
「助かるわ」
「その代わり!」
マドカが指を突きつける。
「私に修行を教えて!」
「修行?」
「そう!」
マドカは拳を握った。
「冒険者になりたい!」
「冒険者?」
「この世界、魔物いるんでしょ?」
「いるわね」
「ダンジョンも?」
「あるわ」
「じゃあ冒険者でしょ!」
ゲーム。漫画。アニメ。異世界。
そしてチート。
ここまで揃って冒険者にならない理由がない。
「……分かったわ」
「本当!?」
「ただし、私の修行は厳しいわよ」
「望むところ!」
「泣いても知らないわ」
「大丈夫!」
マドカは胸を張った。
その翌朝。
◆
「走りなさい」
「はい!」
「百周」
「……はい?」
「森を百周」
「…………」
マドカは森を見た。
広い。ものすごく広い。
「……お姉ちゃん」
「何?」
「ゲームならスタミナゲージ見えるんだけど」
「何を言ってるの?」
「なんでもない」
走る。
一周。
二周。
三周。
「……死ぬ……」
「まだ三周よ」
「鬼!」
「賢者よ」
「似たようなもんだよ!」
マドカは走った。
そして転んだ。
「痛っ!」
「立ちなさい」
「スパルタすぎる!」
「冒険者になるのでしょう?」
「なる!」
それから毎日、修行。
走る。腕立て。素振り。魔物との模擬戦。魔法の練習。
「火よ!」
ボッ。
「…………」
小さな火が消えた。
「今の何?」
「火魔法」
「マッチじゃなくて?」
「…………」
リゼットは頭を抱えた。
「あなた、魔法の才能がないわね」
「知ってる!」
転生時に聞いている。
知力だけ成長しにくい。魔法も苦手。
「じゃあ剣!」
マドカが木剣を握る。
「それなら鍛えれば伸びるでしょう」
「よし!」
振る。振る。振る。
何度も。何度も。
そして数か月後――
マドカは明らかに強くなっていた。
「……筋力と防御力だけは異常に伸びるわね」
「ゲームでも脳筋は強いからね!」
「だからゲームって何なの?」
「人生の教科書」
「あなたの前世、相当ろくでもなかったのね」
「否定できない……」
こうして、マドカとリゼット。二人の奇妙な共同生活が始まった。
ただし――
この時のリゼットはまだ知らなかった。
九歳の少女を拾ったつもりが。
いつの間にか、
自分のほうが面倒を見てもらっている
ことに気づくのは、そう遠くない未来だということを。




