お腹すいた・・・
お腹が空いた。
異世界転生初日の感想としては、あまりにも夢がない。
「……異世界転生って、もっとこう……」
私はボロボロの部屋を見回した。家具なし。食料なし。金なし。そして九歳児。
「初期装備、布の服だけってどういうことよ」
ゲームなら完全にハードモード。
いや、ゲームならまだいい。セーブできる。ここにはセーブもリセットもない。
「とりあえず食べ物……」
私は外に出た。
◆
街の端。そこが、この身体の暮らしているスラムだった。
「うわぁ……」
想像以上だった。
道は汚れているし、建物はボロボロ。大人たちの目も、どこか死んでいる。
「……異世界って、華やかな城下町から始まるんじゃないの?」
誰に言うでもなく呟いた。当然、答えはない。
「仕方ない。食料を探そう」
私は歩き出した。
すると――
「おい、ガキ」
声をかけられた。
振り向くと、そこには三人の男がいた。
「その袋、置いてけ」
「袋?」
手元を見る。
いつの間にか拾っていた小さな布袋。その中身は――銅貨が数枚。
「これ?」
「そうだ」
「嫌」
「……あ?」
男が顔をしかめる。
私は少し考えた。
転生初日。知らない世界。食料なし。そして目の前にチンピラ。
「これ、もしかして……」
私はニヤッと笑った。
「チュートリアル戦闘?」
「何言ってんだ、こいつ」
「知らない」
「囲め」
三人が近づいてくる。
その瞬間だった。
頭の中に声が響いた。
――敵対対象を確認。
「!」
そして――
世界が止まった。
風が止まる。男たちも止まる。舞っていた埃すら、空中で静止している。
「…………」
私は目を丸くした。
「うそ……」
動ける。
私だけが。
「これが……時間停止……!」
感動した。
めちゃくちゃ感動した。
「やばい。チートじゃん」
私は止まった男の前まで歩いていき、顔を覗き込む。
「本当に止まってる……」
頬をつつく。
反応なし。
「うわー」
楽しい。
ものすごく楽しい。
「ゲームならここで弱点を探して……」
私は男たちを眺めた。
武器。構え。体勢。
そして――
「まあ、武器持ってるし危ないよね」
私は落ちていた木の棒を拾った。
「……これでいいか」
装備、木の棒。
攻撃力――たぶんゴミ。
「でも時間止まってるし」
私は男の背後に回った。
そして。
思い切り木の棒を振り抜いた。
◆
時間が動き出した。
「ぐえっ!?」
男が吹き飛んだ。
「え?」
本人も何が起きたのか分かっていない。
残り二人も目を丸くしている。
私は木の棒を構えた。
「次」
「な、なんだこいつ!?」
男が逃げようとする。
敵対判定。
「時間停止!」
再び世界が止まる。
私は走った。
そして――
「えい」
木の棒。
ドン。
時間が戻る。
「ぐあっ!」
男が倒れる。
「……」
もう一人が私を見る。
「化け物……」
「失礼ね」
私は木の棒を肩に担いだ。
「私は普通の九歳児です」
たぶん。
少なくとも戸籍上は。
◆
その様子を、少し離れた森の入口から見ている人物がいた。
「…………」
長い銀髪。古びたローブ。手には杖。
そして――ものすごく面倒くさそうな顔。
「何をしているの、あの子」
女はため息をついた。
「この辺りに子供がいるとは聞いていないけれど」
彼女の名は――リゼット。
かつて王家から何度も相談を受けていた大賢者。そして現在は、国に嫌気が差して森に引きこもっている世捨て人だった。
「……関わらないほうがいいわね」
そう呟いて、背を向ける。
すると。
「お姉さーん!」
「…………」
リゼットが止まった。
振り返る。
さっきの少女がこちらへ走ってくる。
「森に住んでるの?」
「そうだけど」
「一人?」
「そうだけど」
「じゃあ、ご飯ある?」
「…………」
リゼットは少女を見た。
少女のお腹が鳴る。
「…………」
もう一度見る。
「……ないわ」
「そっか」
少女は少し残念そうにした。
「じゃあ、私と同じだね」
「何が?」
「生活能力ゼロ仲間」
「…………」
リゼットは人生で初めて。
会って数分の子供を、森に置き去りにすることができなかった。
「……来なさい」
「え?」
「うちに来れば、何か食べるものくらいあるわ」
「やった!」
少女は笑った。
リゼットは知らなかった。
この日から、自分の静かな引きこもり生活が――
完全に終わることを。




