魔法少女
森の奥へ、奥へ。
マドカたちは、モンスター探知機の反応を追っていた。
「変なのいるね~」
ニコラが端末を覗き込む。
「普通のモンスターとは違う反応だよ」
「強いの?」
「うーん……強いっていうより、魔力の質が違う感じかな~」
「へー」
マドカは楽しそうに歩いていく。
最初は近くにいるゴブリンや狼を見つけるだけだった。
けれど、少しずつ森の奥へ進んでいくうちに、見たことのない魔力反応が増えてきた。
せっかく新しいゲームを作ったのだ。
だったら、できるだけ珍しいモンスターを探してみたい。
「もうちょっと奥に行ってみよう!」
「マドカ、あんまり離れないでね~」
「分かってるよ」
そう言いながら、マドカはさらに奥へ進む。
やがて木々の間から、巨大な植物が見えてきた。
「……あれ?」
蔦が何本も絡み合い、その中央に何かがいる。
「植物モンスターかな?」
ニコラが端末を見る。
「うん。たぶんそうだね~」
「じゃあ倒してみよう」
マドカが前へ出る。
その瞬間だった。
「ちょっと待ちなさいよ!!」
「…………」
マドカの足が止まる。
「え?」
植物の中から、女の子の声がした。
「ちょっと! そこの白い髪!」
「私?」
「あんた以外に誰がいるのよ!」
蔦の隙間から、小さな手が伸びてくる。
「助けなさいよ!」
「……」
マドカは少し考えた。
「見なかったことにしよう」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
今度はさっきより大きな声が森に響いた。
「なんでそうなるのよ!」
「だって、植物モンスターの中から女の子の声がするんだもん」
「だから助けてって言ってるの!」
「敵じゃないの?」
「違うわよ!」
「本当に?」
「本当よ!」
「……ニコラ」
「うん~?」
「これ、助けても大丈夫?」
「女の子の声はするね~」
「でしょ?」
「でも、普通の女の子じゃないと思うよ」
「やっぱり?」
「魔力反応がすごく特殊だから~」
「そこの二人! 私を無視して話を進めないでくれる!?」
蔦の中から再び声が飛んできた。
「早く助けなさいよ!」
「はいはい」
マドカは植物モンスターへ近づく。
「じゃあ、助けるね」
「最初からそうしなさいよ!」
マドカが魔力を放つ。
植物モンスターの蔦が一気に切り裂かれ、絡みついていた枝が地面へ落ちていく。
「きゃっ!」
中から、小さな少女が転がり出てきた。
マドカが慌てて受け止める。
「大丈夫?」
「……」
少女はマドカの腕の中で、じっと彼女を見つめていた。
背中には、小さな透明な羽。
長い髪。
人間よりもずっと小さな身体。
「……妖精?」
マドカが呟く。
「そうよ」
少女は腕を組んで胸を張った。
「私は妖精。ティニアよ」
「へー」
「へー、じゃないわよ!」
ティニアはマドカを睨む。
「妖精を見たらもっと驚きなさいよ!」
「珍しいの?」
「ものすごく珍しいわよ!」
「そっか」
「反応薄っ!」
ティニアはぷんぷん怒っている。
けれど、その表情を見ているうちに、マドカは少しだけ笑った。
「面白いね、ティニア」
「なによ」
「なんか、変な子」
「変な子って言うな!」
ティニアは怒っている。
けれど、なぜか嫌な感じはしなかった。
「それで、なんでこんなところにいたの?」
「……」
ティニアの表情が少しだけ曇る。
「植物モンスターに襲われたのよ」
「一人で?」
「そうよ」
「妖精って強いんじゃないの?」
「……」
「どうしたの?」
「……逃げようとしたら捕まったのよ」
「なるほど」
「その『なるほど』やめなさいよ!」
「ごめん」
「本当に悪いと思ってる?」
「ちょっとだけ」
「ざーこ!」
「なんで!?」
ニコラがくすくす笑う。
「この子、面白いね~」
「でしょ?」
「あなたも同類じゃない!」
「えー?」
ティニアはマドカを見つめる。
白い髪。
青い瞳。
小さな身体。
自分と同じくらい、どこか普通ではない雰囲気。
それなのに、変に気を遣うこともなく話しかけてくる。
妖精の自分を見ても、驚きすぎることもない。
怖がることもない。
「……あんた」
「ん?」
「名前は?」
「マドカ」
「マドカね」
ティニアは小さく頷く。
「変な名前」
「そっちもね」
「なによ!」
「ティニアって変じゃない?」
「妖精の名前よ!」
「そっか」
「もう!」
また怒っている。
けれど、ティニアはなぜかマドカの腕から降りようとしなかった。
「ねえ、マドカ」
「なに?」
「あんたたち、どこから来たの?」
「新しい拠点」
「拠点?」
「うん。最近、森の近くに引っ越してきたの」
「ふーん」
「そこでみんなで暮らしてる」
「みんな?」
「うん。鍛冶師とか、研究者とか、冒険者とか、いろいろいるよ」
「……楽しそうね」
ティニアが小さく呟く。
「じゃあ、そこに行くの?」
「うん」
「私も行く」
「え?」
「私もついていくわ」
「なんで?」
「……」
ティニアは少しだけ目を逸らした。
「しょうがないわね」
そして、いつものように胸を張る。
「あんた面白いから、私がついていってあげるわよ!」
「別に頼んでないけど」
「なによ!」
「でも、来たいならいいよ」
「最初からそう言いなさいよ!」
ティニアはマドカの肩へ飛び乗る。
「じゃあ決まりね」
「軽いね」
「妖精だもの」
「そっか」
「あと、私がついていくんだからちゃんと面倒見なさいよ」
「えー?」
「何よ、その顔!」
「ティニアって結構わがままだね」
「当然でしょ!」
どうやら、本人の中では完全に話が決まってしまったらしい。
ニコラが端末を取り出す。
「じゃあ、ティニアの魔力も登録しておこうか~」
「登録?」
「うん」
ニコラがゲーム端末を見せる。
「モンスター登録」
「…………」
ティニアの表情が固まった。
「私はモンスターじゃない!」
「いや、そういう意味じゃないよ~」
「妖精よ!」
「分かってるって」
「だったらモンスター登録なんてしないでよ!」
「このゲームは、魔力を登録しておけば、その魔力を使って幻影を呼び出せるんだよ」
「幻影?」
「うん。ほら、マドカがさっき登録した狼みたいに」
ニコラが端末を操作すると、少し離れた場所に狼の姿が現れる。
「わぁ」
ティニアが目を丸くする。
狼は本物そっくりに見える。
けれど、身体には淡い魔力の光が浮かんでいた。
「これ、触れる?」
ティニアが恐る恐る手を伸ばす。
指が狼の身体をすり抜けた。
「すごい……」
「魔力で作った幻影だからね~」
「じゃあ、これって……」
ティニアは少し考える。
「契約みたいなもん?」
「まあ、そんな感じかな~」
「……」
ティニアの目が輝いた。
「魔法少女っていってもいいわね!」
「魔法少女?」
「そうよ!」
なぜか突然、テンションが上がる。
「私とあんたが契約するの!」
「うん?」
「それで魔法を使って、モンスターを倒す!」
「ゲームだけどね」
「細かいことはいいの!」
ティニアは楽しそうだった。
「ほら! 早く登録しなさいよ!」
「いいの?」
「いいわよ!」
ニコラが端末を操作する。
「じゃあ、ティニアの魔力を少しだけ――」
淡い光がティニアの身体を包み込む。
「……わっ」
光が端末へ吸い込まれていく。
数秒後。
「登録完了~」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ……」
ティニアが両手を前に出す。
「私も魔法を使ってみる!」
「え?」
「魔法少女なんだから当然でしょ!」
「そういうゲームじゃないんだけどな~」
「いくわよ!」
ティニアが魔力を集中させる。
「えいっ!」
ぽんっ。
小さな光が一つだけ浮かんだ。
それだけだった。
「…………」
「…………」
「…………」
森が静まり返る。
「……どう?」
ティニアが恐る恐る聞いた。
ニコラが端末を確認する。
「うーん……」
「どうなの?」
「ティニア、あんた」
「な、なによ?」
「極端に魔法がゴミすぎるわね!」
「え?」
「魔力量自体はそれなりにあるんだけど~」
「うん」
「魔法への変換効率がものすごく悪い」
「…………」
「出力も低いし、制御効率もあまり良くないね~」
「…………」
「たぶん、魔法を使うのはかなり苦手なタイプ」
「…………」
ティニアの顔から、すっと表情が消えた。
「ちょっと待って」
「うん?」
「私、妖精よ?」
「うん」
「妖精って……魔法が得意な種族よ?」
「そうなんだ~」
「なのに?」
「うん」
「私……」
ティニアの身体が震え始める。
「魔法少女に……」
「うん?」
「なれないのおおおおおおお!?」
森中に、ティニアの絶叫が響き渡った。
「私の魔法少女人生があああああああ!!」
「いや、まだ始まってないよ?」
「うわああああああん!」
ティニアはその場にしゃがみ込んだ。
「妖精なのに魔法が苦手って何よおおおお!」
「まあまあ」
「笑うなぁ!」
「笑ってないよ」
「笑ってるじゃない!」
「ちょっとだけ」
「マドカのばかぁ!」
ティニアは泣きながらマドカをぽかぽか叩く。
けれど、その姿を見ていたマドカは思った。
なんだか、賑やかになりそうだ。
「ねえ、ティニア」
「なによぉ……」
「一緒に来るんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、よろしくね」
「……しょうがないわね」
ティニアは涙を拭う。
「私がいないと、あんた何にもできなさそうだし!」
「そんなことないよ」
「あるわよ。ざーこ」
「またそれ言う!」
こうして。
森の最奥で偶然出会った珍しい妖精――ティニアが、マドカたちの一行に加わることになった。
なお、この時のティニアはまだ知らない。
自分がマドカについて行った結果、ダンジョンへ行き、冒険へ行き、知らないうちに戦闘経験を積み重ねていくことになることを。
そしていつの日か。
妖精として、誰もが知る存在になることを。
「……ねえ、マドカ」
「なに?」
「やっぱり魔法少女って、魔法が使えないとなれないの?」
「たぶん」
「…………」
「ティニア?」
「絶対に魔法少女になってやるんだからぁぁぁぁ!」
「元気になったね」
森の中に、再びティニアの声が響き渡った。
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