村跡地の元村長さんちが空いてるらしい
昨日買い込んだ荷物を前にして、マドカは腕を組んでいた。
「……多い」
「昨日も言ってたね~」
ニコラが楽しそうに笑う。
「だって、本当に多いんだもん」
家具に生活用品、服に冒険者用の装備。鍛冶道具に研究設備まである。
これから新しい土地で暮らすために必要なものを揃えた結果なのだから、文句を言っても仕方がない。
とはいえ、こうして並べてみると改めて実感する。
「これ、全部あっちに持っていくんだよね?」
「そうなるわね」
リゼットが頷いた。
「でも、向こうには一応、使える建物が残ってるんでしょう?」
「うん」
ニコラが答える。
「昔の村長さんが使ってた家があるんだよ~」
「村長さんの家?」
「そう。新しい土地には昔、村を作ろうとした人たちがいたんだよ」
マドカは首を傾げた。
「じゃあ、村があったの?」
「村としては、ほとんど残ってないかな~」
「……ほとんど?」
「開拓に失敗したからね」
あっさりした答えだった。
「失敗?」
「うん。土地をもらった……じゃなくて、買った人がいたんだけど、結局うまくいかなかったみたい」
「なるほど」
マドカは少し考える。
「じゃあ、その人の家だけ残ってるってこと?」
「そういうこと」
ニコラは頷いた。
「かなり大きな家らしいよ~」
「へえ」
「私たちが今住んでる家より、ずっと大きいと思う」
「そんなに?」
マドカは少し驚いた。
ニコラの家だって、決して小さくない。
研究設備まで置いてあるくらいなのだから、一般的な家と比べれば十分に広い。
「どんな人だったの?」
マドカが聞く。
「元村長さん?」
「貴族の家の人だったみたい」
「……貴族?」
「うん」
ニコラは特に気にした様子もなく続ける。
「開拓を任されたのか、自分でやろうとしたのかは詳しく知らないけど、土地に村を作ろうとしたみたい」
「へえ」
「でも、開拓って大変だからね~」
ニコラが肩をすくめる。
「農地を作って、人を集めて、道を整えて、水を確保して……。そういうのが得意な人じゃなかったんじゃないかな」
「それで失敗したんだ」
「たぶんね~」
マドカは少しだけ納得した。
そして、ふと気づく。
「でも、なんで家だけそんなに立派なの?」
「貴族だからじゃない?」
「それだけ?」
「家柄の面子とか、あるんじゃないかな~」
ニコラは苦笑する。
「せっかく貴族の人が新しい土地に行くんだから、あまり粗末な家にはできなかったんだと思うよ」
「なるほど……」
村を作る力はなかった。
けれど、家だけは立派。
なんだか妙な話だった。
「結局、その人はどうしたの?」
「逃げたみたい」
「……逃げた?」
「うん。開拓を諦めて王都に戻ったんじゃないかな」
「じゃあ、家だけ残ったんだ」
「そういうこと」
マドカは想像してみる。
広い土地。
誰もいない村。
そして、やたらと立派な家。
「……なんか寂しいね」
「そうだね~」
ニコラは少しだけ遠くを見るような顔をした。
「でも、今度はちゃんと使う人がいるから」
「うん」
マドカも頷く。
「とりあえず、私たちの仮拠点にするんだよね」
「そうそう」
「本当にそんなに大きいの?」
「たぶん、ニコラの家の二倍くらいあるんじゃないかな」
リゼットが答えた。
「二倍!?」
マドカがニコラを見る。
「ニコラの家も結構大きかったよね?」
「そうかな~?」
「大きいよ。研究室とか鍛冶場まであるじゃん」
「そうだね~」
「なのに、その二倍?」
「うちの実家はもっと大きいよ~」
「…………え?」
マドカの動きが止まった。
「何?」
「いや……今、なんて?」
「うちの実家?」
「その前」
「もっと大きい?」
「その前!」
ニコラが首を傾げる。
「うちの実家は、もっと大きいよ~」
「なんで!?」
「なんでって……」
ニコラは困ったように笑った。
「家だから?」
「そうじゃなくて!」
マドカが頭を抱える。
「ニコラの実家って何!?」
「実家?」
「初耳なんだけど!」
「言ってなかったっけ~?」
「聞いてない!」
マドカが即答した。
ニコラはしばらく考える。
「……あれ?」
「本当に聞いてないから!」
「そうだったかな~」
「そうだよ!」
そこでリゼットが笑った。
「ニコラの実家は、かなり有名な家よ」
「え?」
「発明家の一族なの」
「…………」
マドカはニコラを見る。
ニコラはいつものように、のんびり笑っている。
「発明家?」
「うん」
「一族?」
「そうだね~」
「名家?」
「まあ、そう呼ばれてるみたい」
「…………」
マドカはゆっくりとニコラの家を思い出した。
広い家。
研究室。
様々な魔道具。
鍛冶場。
普通の家には置いていないような設備。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「もしかして、ニコラの家にあんな研究設備があるのって……」
「実家が用意してくれたものもあるよ~」
「やっぱり!?」
マドカは頭を抱えた。
「なんで今まで言わなかったの!?」
「聞かれなかったから?」
「そういう問題!?」
ニコラは少し考えてから、笑った。
「別に隠してたわけじゃないんだけどね~」
「それが一番びっくりなんだけど……」
ニコラにとっては、自分がどんな家の生まれなのかなど、わざわざ話すほどのことではなかったらしい。
発明家の名家。
その家に生まれ、十分な設備を与えられて育った。
けれど、本人はあまり家柄に興味がない。
だからこそ、マドカは今まで何も知らなかった。
「じゃあ、ニコラってお嬢様だったの?」
「そうなるのかな~?」
「ならないの?」
「よく分からない」
「分からないんだ……」
マドカは呆れた。
しかし、少しだけ納得もした。
ニコラの知識。
魔道具への理解。
研究設備。
そして、何より本人の技術。
それらが突然、別の角度から繋がった気がした。
「……でも、なんか納得した」
「何が?」
「ニコラの家に変なものがいっぱいある理由」
「変なものって言わないでよ~」
「だって変なものじゃん」
「便利なものだよ~」
そんな二人のやり取りを聞きながら、リゼットが笑う。
「それにしても、元村長の家といい、ニコラの実家といい……」
「うん?」
「あなたたち、家だけは妙に恵まれてるわね」
「そうなの?」
「そうよ」
マドカは少し考えた。
自分たちがこれから向かう土地には、立派な家が一軒残っている。
そこを仮拠点として使う。
そして、そこから新しいものを作っていく。
「まあ、家があるなら助かるよね」
「そうだね~」
「最初から全部作るのは大変だし」
「うん」
「じゃあ、そこを使わせてもらおう」
マドカは頷いた。
まだ見たことのない土地。
まだ誰も暮らしていない場所。
そこには、昔の開拓者が残した大きな家だけがある。
そこを起点にして、自分たちの新しい生活を始める。
「……なんか、ちょっと楽しみになってきた」
「私も~」
ニコラが笑う。
けれど、その直後。
「……で」
マドカが昨日の荷物を見る。
「これ、どうやって運ぶんだっけ?」
「…………」
「…………」
「…………」
全員が黙った。
「……考えてなかったね~」
「考えてなかったわね」
「……」
マドカは頭を抱えた。
新しい生活が始まる前から、また一つ問題が増えたのだった。




