新しい生活の買い出し
翌朝。
「それじゃあ、買い物に行こう!」
マドカが元気よく宣言すると、テーブルの上に置かれた紙を見ながらニコラが頷いた。
「まずは建築資材かな~。それから魔道具の部品、鍛冶場に必要なもの、研究室に置くもの。それと転移装置の材料も必要だね~」
「鍛冶場はちゃんとしたものを頼む」
グレタが真剣な顔で口を挟む。
「炉はもちろん、金床、送風機。それから魔力制御用の部品も欲しい。普通の店じゃ置いてないものもあるから、いくつか専門店を回る必要があるな」
「研究室も、できれば設備を妥協したくないかな~」
「二人とも、最初から買う気満々じゃん……」
マドカが紙を覗き込む。
そこには、昨日までなら考えもしなかった量の品物が並んでいた。
建築資材。
家具。
食器。
調理器具。
寝具。
鍛冶道具。
研究器具。
魔道具の部品。
転移装置の材料。
そして、アリシアの冒険者道具。
「……これ、今日一日で買えるの?」
「買えばいいんじゃない?」
「ニコラは簡単に言うなあ」
そんな二人のやり取りをよそに、リゼットが収納魔法を開いた。
「お金の心配ならしなくていいわよ」
中から大量の金貨が入った袋が現れる。
「これだけあるから」
「……多くない?」
「四百年分くらいあるもの」
「四百年分!?」
マドカが目を丸くする。
「そんなに貯め込んでたの?」
「長く生きていれば、自然とね」
リゼットは何でもないことのように言う。
「むしろ、こういう時に使わないと意味がないでしょう?」
「それはそうだけど……」
マドカは金貨の袋を見て、少しだけ考える。
「じゃあ、必要なものはちゃんと買おう」
「そうそう」
ニコラが頷いた。
この時、マドカはまだ気づいていなかった。
この一言が、今日一日の買い物をとんでもない規模にしてしまうことに。
◇
最初に向かったのは建築資材を扱う店だった。
「この木材、かなりいいね~」
「こっちの石材も悪くない」
ニコラとグレタが店内を見回していく。
新しい土地には、これから家だけではなく、工房や研究施設なども作る予定だ。
ならば、最初からある程度質のいいものを揃えておいた方がいい。
「じゃあ、それとこれと……」
「こっちも必要だな」
「ちょっと待って。最初からそんなに買うの?」
「必要だからね~」
「必要だ」
二人の答えが揃った。
リゼットが支払いを済ませる。
店員が次々と荷物をまとめていく。
「……結構買ったね」
「まだ最初だけど?」
「え?」
マドカが固まった。
◇
次に向かったのは鍛冶用品の専門店だった。
「炉はこれがいい」
グレタが即決する。
「金床はこっち。送風機は……これだな」
「そんなに大きいの?」
「鍛冶場なんだから、このくらいは必要だ」
「今の家より大きいの買う気でしょ」
「当然だ」
グレタは迷いなく答えた。
「今までが狭すぎたんだ」
「あー……」
マドカは何も言えなかった。
たしかに、グレタは以前から鍛冶場の狭さについて文句を言っていた。
「それと魔力制御の部品も」
「これ?」
「それだ。あと、その奥にあるやつも」
「……まだあるの?」
「ある」
結局、鍛冶場だけでかなりの量になった。
「これ、どうやって運ぶの?」
「収納魔法でいいんじゃない?」
リゼットがあっさり答える。
「それもそうか」
マドカも納得してしまった。
だが、収納魔法があることと、荷物が増えていることは別問題だった。
◇
その後はニコラの研究設備。
魔道具の部品。
実験器具。
工具。
魔力を扱うための細かな装置。
「これも欲しいな~」
「それ、本当に必要?」
「あると便利だよ~」
「便利なら買おう」
「マドカ、判断が軽くなってない?」
リゼットが苦笑する。
「だってニコラが必要って言うなら必要なんでしょ?」
「そういうところは信頼されてるね~」
ニコラは嬉しそうに笑った。
結果として、研究室用の荷物もどんどん増えていった。
「……なんか、最初より荷物が増えてない?」
「そりゃ買ってるからね~」
「そういう意味じゃないんだけど」
◇
そして、忘れてはいけないのがアリシアだった。
「アリシアは最優先ね」
「え?」
「服」
マドカがアリシアを見る。
冒険者として登録したばかりのアリシアは、最低限の装備しか持っていなかった。
「そういえば、アリシアって服それだけ?」
「……はい。必要なものだけ残してきたので」
「じゃあ買おう」
「えっ」
「普通の服も。冒険者用の服も。靴も」
「そんなに……?」
「これから一緒に暮らすんだから、必要でしょ?」
アリシアは少し戸惑いながらも頷いた。
店に入ると、マドカは思った以上に真剣だった。
「これは動きやすそう」
「こっちは普段着にできるね」
「靴も何足かあった方がいいよ」
「あの、マドカさん。そんなに買っていただくわけには……」
「じゃあ、これから普通にすればいいじゃん」
「普通……?」
「うん。私たちの拠点で暮らすんだから」
その言葉に、アリシアは少しだけ目を伏せた。
「……はい」
その後、冒険者用の服や靴だけではなく、普段着や寝間着まで揃えていった。
さらに専門店では、防具も選ぶ。
「これなら動きやすいと思う」
「はい」
「じゃあ、これで」
「本当に……ありがとうございます」
「気にしなくていいよ」
マドカは笑った。
「必要なものを買ってるだけだから」
――また、その言葉だった。
◇
「次はヒナタだね」
「え?」
「服」
ヒナタもアリシアと同じように、持っている服は多くなかった。
「私は別に……」
「駄目。新しい生活なんだから」
「でも……」
「ほら、これ似合いそう」
マドカが手に取ったのは淡い青色のワンピースだった。
「……これ?」
「うん」
ヒナタが鏡の前に立つ。
エレノアも横から覗き込んだ。
「いいと思いますよ。こちらのブラウスと合わせても素敵です」
「じゃあ、これも」
「マドカさん……」
「スカートもいるよね。靴も」
「寝間着も必要でしょう」
エレノアまで加わった。
「……増えてません?」
ヒナタが小さく呟いた。
「増えてるね~」
ニコラが遠くから答えた。
「なんでニコラが答えるんですか……」
結局、ヒナタの服も一式揃った。
◇
さらに家具。
テーブル。
椅子。
棚。
ベッド。
食器。
鍋。
調理器具。
カーテン。
風呂用品。
「これも必要だよね」
「必要ね」
「これも……」
「必要だな」
「これも?」
「必要だよ~」
「……」
マドカは店内を見回した。
気づけば、買い物を始めた時よりも、明らかに人数が増えたように感じるほど荷物が積み上がっている。
「ねえ……」
「なに?」
「これ、ちょっと買いすぎじゃない?」
「でも必要なものばかりだよ?」
ニコラが不思議そうに言った。
「それはそうなんだけど……」
マドカは腕を組む。
「必要だから買うってやってたら、際限なく増えてない?」
「新しい家なんだから、仕方ないでしょう」
リゼットが笑う。
「生活を始めるなら、それなりに必要になるものよ」
「うーん……」
マドカは納得したような、していないような顔をした。
◇
そして最後に。
「ここ、ペット用品もあるよ」
ニコラが店先を指差した。
「ペット?」
マドカが振り返る。
その横で神狼が立ち止まった。
「……我には必要ない」
「まだ何も言ってないよ?」
「我は神狼ぞ」
「うん」
「ペットではない」
「うん」
「ましてや犬ではない」
「うんうん」
神狼は店の中を見ないように顔を背けた。
だが、その視線は何度も店の奥へ向いている。
「……」
「……」
「……気になる?」
「気になってなどいない」
そう言いながら、神狼は店内へ入っていった。
そしてしばらくして。
「これだ」
「買うの?」
「違う。確認しているだけだ」
神狼が乗っているのは、小型犬用のベッドだった。
「……気に入ったんじゃない?」
「我は神狼ぞ」
「はいはい」
「決して子犬ではない」
そう言いながら、神狼はベッドから降りようとしない。
「……これも買おうか」
「我は頼んでいない」
「でも気に入ってるよね?」
「…………」
神狼は何も答えなかった。
ただし、店を出る時には自分でそのベッドを咥えて運んでいた。
◇
夕方。
買い物を終えて、全員が集合する。
「……」
「……」
「……」
目の前には、とんでもない量の荷物。
家具。
生活用品。
服。
冒険者装備。
鍛冶道具。
研究設備。
建築資材。
食器。
調理器具。
その他いろいろ。
そして、その横には神狼が咥えた小さなベッド。
「……多くない?」
マドカが呟いた。
「多いですね……」
アリシアも苦笑する。
「でも、これで新しい生活を始められますね」
ヒナタが自分の新しい袋を抱えながら言った。
「うん」
アリシアも自分の荷物を見る。
まだ少し慣れない。
けれど、自分のために選んでもらった服や道具を眺めていると、不思議と胸が温かくなった。
「じゃあ、帰ろうか」
マドカが言う。
「明日から、いよいよ新しい生活の準備だね」
「そうね」
リゼットが頷く。
「まだ何もない土地だけど」
「だから作るんでしょ~?」
ニコラが笑う。
「家も、工房も、研究室も」
「畑も」
ヒナタが続ける。
「鍛冶場も」
グレタも言った。
「……なんか、買ったものだけでもすごい量なんだけど」
マドカがもう一度荷物を見る。
それでも、誰も止めようとはしなかった。
新しい土地。
新しい家。
新しい生活。
そこには、まだ何もない。
だからこそ、これから自分たちで作っていけばいい。
「よーし!」
マドカが拳を握る。
「帰ったら、明日の準備だ!」
その横で、神狼だけが小さなベッドを抱えたまま、静かに歩いていた。
誰にも見られていないと思っているらしい。
「……」
だが、マドカは見ていた。
「神狼、それ気に入ったんだね」
「我は神狼ぞ」
「はいはい」
新しい生活のための買い物は、こうして無事に終わった。
――ただし。
まだ、買ったものをどうやって新しい土地へ運ぶのか。
その問題だけは、誰も深く考えていなかった。




