引っ越ししなきゃだめかもね
「……宿代が、もうありません」
冒険者ギルドを出てしばらく歩いたところで、アリシアがぽつりと言った。
「え?」
マドカが振り返る。
「昨日まで泊まっていた宿なんですけど……今日の分を払えるお金が、もう……」
「あー……」
マドカは少し考える。
アリシアは冒険者になったばかりだ。依頼は三日続けて失敗。そのうえ、今日までの生活費を考えれば、手持ちが尽きるのも無理はない。
「じゃあ、うち来れば?」
「え?」
「ニコラの家」
「ちょっと、マドカ」
リゼットがすぐに口を挟む。
「勝手に決めないの。ニコラの家なんだから」
「でも、アリシア一人で宿なしは大変でしょ?」
「それはそうだけど……」
「だったらいいじゃん。ニコラならたぶん大丈夫だよ」
「たぶんって何?」
後ろから声がした。
三人が振り返る。
いつの間にか、ニコラがいた。
「ニコラ!」
「話はだいたい聞こえてたよ~。アリシアちゃんだよね?」
「は、はい!」
「うちは別にいいよ~。部屋は……まあ、なんとかなるでしょ」
「ありがとう、ございます……!」
ほっとしたように頭を下げるアリシアを見て、マドカも笑った。
「じゃあ決まり!」
こうしてアリシアは、ひとまずニコラの家で暮らすことになった。
その日の夕方。
「……あれ?」
荷物を置いたアリシアが、家の中を見回した。
「どうしたの?」
「いえ……」
アリシアは周囲を見渡す。
マドカ、リゼット、ニコラ、ヒナタ、神狼。
そして鍛冶場にはグレタもいる。
「……思っていたより、人が多いんですね」
「うん」
マドカは頷いた。
「私たち、結構いるよ」
「それに、最近ずっと狭いって言われてるしね~」
ニコラがさらりと言う。
「グレタさんが?」
「グレタだけじゃないよ~。研究する場所も足りないし」
「そういえば……」
マドカは家の中を見回した。
確かに、以前より明らかに物が増えている。
ニコラの魔道具や研究道具。
グレタの鍛冶道具。
生活用品に食料。
そして、今日からはアリシアの荷物まで増えた。
少し前までは十分広いと思っていた家が、今ではずいぶん窮屈に感じる。
マドカはしばらく考えたあと、ぽんと手を叩いた。
「よーし!」
「何?」
「引っ越しだー!」
「急だね~」
ニコラが笑う。
「でも、いいんじゃない?」
リゼットも家の中を見回した。
「土地なら、もう買ってあるんでしょう?」
「うん!」
少し前に王国との正式な契約を済ませている。
王都からはかなり離れた北東の土地で、今のところ人もほとんど住んでいない。広さだけは十分すぎるほどある。
あの土地なら、鍛冶場を作っても、研究施設を作っても、家を大きくしても問題ない。
「じゃあ、いよいよ移動する?」
「うん。今の家をどうするかは後で考えるとして、まずは新しいところで生活できるようにしよう」
「鍛冶場もちゃんと作れる?」
いつの間にか話を聞いていたグレタが口を挟んだ。
「作れるよ」
「なら文句はない」
グレタは満足そうに頷いた。
「前から言っていただろ。ちゃんとした鍛冶場が必要だって」
「うんうん。覚えてるよ」
「……本当に覚えていたのか?」
「覚えてるって」
マドカは苦笑した。
「だから、今回はちゃんと作ろう」
「それなら、今度こそ最高の鍛冶場を作る」
グレタの目が少しだけ輝く。
「研究室も欲しいな~」
ニコラも便乗する。
「私たちの部屋もちゃんと確保してね」
リゼットまで加わった。
「えーっと……」
マドカは指を折って数え始める。
「鍛冶場に研究室、住むところ。それから倉庫もいるよね」
「訓練する場所も欲しい!」
ヒナタが手を挙げた。
「お風呂も!」
「それも欲しい!」
「……どんどん増えてない?」
アリシアが思わず呟く。
「まあ、広い土地だから大丈夫でしょ」
マドカはあっさり答えた。
こうして、新しい土地への引っ越しが決まった。
とはいえ、土地を買っただけでは生活は始められない。
建物も必要だし、家具も必要。
鍛冶場や研究室を作るための材料もいる。
「……結構、買うものあるね」
マドカが紙に書き出していく。
「まず寝具。それから家具。食器に調理器具……」
「建築資材も必要だね~」
「鍛冶場用の設備はグレタが選ぶとして、研究設備はニコラ」
「了解~」
「あと、アリシアの装備」
「私の?」
突然名前を出され、アリシアが目を瞬かせた。
「うん。今の服じゃ冒険者はできないでしょ」
アリシアは自分の服を見下ろした。
確かに、これまで着ていた服は冒険するためのものではない。
「防具もいるし、靴もいるし、動きやすい服も必要。武器もちゃんと選ばないと」
「……そんなに必要なんですね」
「冒険者だからね」
マドカは当然のように答える。
「というわけで!」
紙を持ち上げる。
「明日は買い物!」
「買い物……」
アリシアは少しだけ戸惑ったあと、ふっと笑った。
「はい!」
これまでのアリシアにとって、買い物は誰かが用意してくれたものを受け取ることが多かった。
けれど今回は違う。
自分がこれから生きていくために必要なものを、自分で選ぶ。
それだけのことなのに、なぜか少しだけ楽しみだった。
「じゃあ、今日は早く寝よう!」
「マドカ、明日買うもの多いからね~」
「分かってるよ!」
新しい土地。
新しい家。
新しい生活。
そして、新しい仲間。
その準備は、まず買い物から始まることになった。




