32突破
五台のエアバイクが、雲海の上を軽快に飛んでいた。
眼下には果てしなく広がる雲の海。遠くには大小さまざまな浮島が点在し、それぞれの島には森や岩山、古代遺跡など、異なる景色が広がっている。
「いやあ、やっぱり空を飛ぶのって気持ちいいね!」
マドカが楽しそうに声を上げた。
「地上を走るのとは全然違うよ! この景色を見ながら自由に飛べるなんて、最高じゃない!」
「うん~。風を感じながら飛ぶのって、気持ちいいね~」
ニコラも気持ちよさそうに頷いた。
「それに、島ごとに景色が違うから、次はどんなところなのか楽しみになるね~」
『空から見る景色、めっちゃ綺麗だな!』
『これ、普通に観光配信としても見応えあるぞ』
『エアバイク、操作性もよさそうだな』
『五台並んで飛んでるの、絵になるなあ』
「ただ、あまり遠くまで飛びすぎないようにしましょう。まだ第32層の攻略途中ですから」
アリシアが注意を促す。
「分かってるって! ちゃんと周りも見てるよ!」
マドカはそう答えながら、眼前に見えてきた浮島へ視線を向けた。
島の上には、緑豊かな森が広がっている。少し離れた場所には石造りの遺跡らしきものも見えた。
「次はあそこに行ってみようよ!」
「そうね。まだ見ていない場所も多いし、順番に確認していきましょう」
リゼットが頷き、五台のエアバイクは森の島へと向かっていった。
島へ降り立つと、周囲の木々の間からゴブリンたちが姿を現した。
「おっ、魔物だ!」
マドカがエアバイクを降り、武器を構える。
「よーし、さくっと倒しちゃおう!」
「待って。ここの魔物、以前見たものと同じ種類ね」
アリシアが周囲を確認しながら言った。
「え? そうだっけ?」
「ええ。確か、最初に降り立った島にもゴブリンがいましたよね」
ナナリーも思い出したように頷いた。
『ゴブリンなら最初の島にもいたな』
『島によって魔物が違うんじゃなかったっけ?』
『同じ種類が出る島もあるのか?』
「……あれ?」
マドカは周囲を見渡した。
「ちょっと待って。私たち、最初の島ってちゃんと攻略したっけ?」
「……あ」
ナナリーが目を瞬かせた。
「そういえば、最初の島は転移陣を見つけて、そのまま次へ移動しただけでしたね!」
「そうだったわね。エアバイクで飛び回るのが楽しくて、すっかり忘れていたわ」
リゼットは悪びれもせずに答えた。
『忘れてたのかよw』
『攻略そっちのけで空の旅を満喫してるw』
『第32層、観光スポット扱いになってない?』
『いや、まだ攻略途中だからな!?』
「ええっ!? じゃあ、最初の島はまだ魔物が残ってるってこと!?」
マドカが声を上げた。
「可能性は高いですね。そもそも、どこまで倒せば攻略完了になるのか、まだ確認できていませんし」
アリシアが冷静に答える。
「うーん……。だったら、一度戻ってみようよ! 最初の島がどうなってるのか、確認したいし!」
「そうですね。今のうちに確かめておいた方がよさそうです」
ナナリーも賛成した。
五人は来た道を引き返し、最初に降り立った島へと戻っていった。
島の中央に着くと、そこには転移陣が残っていた。
そして、その周囲には――。
「……え?」
マドカが目を丸くした。
転移陣の周囲には、ゴブリンたちがうろついていた。最初に訪れたときに倒したはずの魔物が、何事もなかったかのように再び姿を現している。
「ちょっと待って! ここの魔物、復活してるんだけど!?」
『えっ、さっき倒したはずだよな?』
『別の個体じゃなくて、また湧いたのか?』
『島を離れたら復活する仕組み?』
『これ、まさか……』
「……なるほどね」
リゼットが周囲を見渡した。
「一度魔物を倒しても、島を離れて戻ってくると再び出現するようね」
「ええっ!? じゃあ、さっきの島も!?」
マドカは慌てて振り返った。
「確かめてみましょう。以前攻略した島へ戻れば、はっきりするはずです」
アリシアの提案に従い、一行は転移陣を使って別の島へ移動した。
そこは、先ほど魔物を倒し終えたはずの島だった。
ところが、島へ降り立った瞬間、岩場の陰から魔物が姿を現した。
「……本当に復活していますね」
ナナリーが驚いたように呟く。
「しかも、ボスまで戻ってるよ~?」
ニコラが指差した先には、以前倒した大型の魔物がいた。
『ボスまで復活するの!?』
『島ごとにリセットされるタイプか?』
『これ、何度でも戦えるってこと?』
『経験値も素材も無限に稼げるのでは……?』
マドカは魔物たちを見つめたあと、ぱっと顔を輝かせた。
「……ねえ、これってさ!」
彼女は、仲間たちを振り返った。
「もしかして、無限湧きのボーナスステージなんじゃない!?」
「……ああ、そういう考え方もできるわね」
リゼットは少しだけ口元を緩めた。
「倒しても復活するなら、経験値や素材を集める場所としては使えるかもしれないわ」
「やったー! だったら、ここでいっぱい稼げるね!」
マドカは嬉しそうに拳を握った。
「強い魔物も何度でも戦えるなら、訓練にもぴったりじゃない!」
「う~ん。確かに、研究用のデータを集めるにはよさそうだね~」
ニコラも楽しそうに頷いた。
「同じ相手と何度も戦えるなら、攻撃パターンの比較もしやすいしね~」
「ただし、復活する条件はまだ分かっていません。島を離れれば必ず復活するのか、一定時間が経過する必要があるのか、確認は必要です」
アリシアが釘を刺した。
「そうですね。攻略上の仕組みなのか、単に魔物が再配置されているだけなのかも分かりません。まずは、いくつかの島で確かめてみましょう」
ナナリーの言葉に、マドカは少し考え込んだ。
「うーん……。でも、これだけ何度も戦えるなら、全部倒してから次へ進むのもありだよね?」
「そうね。ただ、今は第33層への入口を見つけることが先よ。稼ぐのは、そのあとでもできるでしょう?」
リゼットがあっさりと答える。
「……はーい」
マドカは少し残念そうに返事をした。
そのころ、ダンジョンマスタールームでは、ゲンナイが大型モニターを見つめていた。
「……おいおい。あいつら、ボーナスステージとか言い始めやがったぞ」
ゲンナイは額に手を当てた。
「俺が作ったのは、島を順番に攻略して先へ進むダンジョンだぞ。魔物が復活するのだって、ダンジョンなんだから当たり前だろうが……」
もちろん、島を離れて戻るたびに魔物が再出現する仕組みは、攻略の進行を妨げないためのものだった。
ところが、マドカたちはそれを稼ぎ場として利用できるのではないかと考え始めている。
「……まあ、何をするかはあいつら次第だがな」
ゲンナイは深く息を吐き、モニターへ視線を戻した。
一方、マドカたちは別の島へ移動し、同じ現象が起きるかを確認していた。
森の島、岩山の島、遺跡の島。
それぞれの島には異なる種類の魔物が生息していたが、一度倒して離れ、再び戻ると、やはり魔物たちは復活していた。
しかも、島の奥にいた大型のボスまで、再び姿を現している。
「……これは、ほぼ間違いなさそうですね」
アリシアが記録を確認した。
「島を離れて戻ると、魔物が再出現する。少なくとも、私たちが確認した島では同じ現象が起きています」
「ボスも復活するなら、強敵との戦闘訓練にも使えそうだね~」
ニコラがのんびりと頷く。
「素材も集められるし、モンバトのデータも取れるし、いいことずくめかも~?」
『やっぱり無限湧きじゃないか!』
『これ、攻略より素材集めが楽しくなりそうw』
『ボスを何度も倒せるなら、装備の試験にも使えるな』
『ただし、ここで満足して先へ進まなくなる未来が見える』
「……うーん」
マドカは腕を組んだ。
「確かに、ここで稼ぐのは楽しそうなんだけど……」
「第33層への入口を見つけないと、攻略は終わりませんからね」
ナナリーが微笑む。
「まずは、全部の島を確認してみましょう。転移陣があるなら、順番に進んでいけば入口も見つかるかもしれません」
「そうね。今回は攻略を優先しましょう」
リゼットが頷いた。
「稼ぎたいなら、またあとで来ればいいのよ」
「……それもそうだね!」
マドカは気持ちを切り替え、エアバイクへと向かった。
「よーし! 今度こそ、ちゃんと攻略するよ!」
「最初からそうしてください……」
アリシアの小さなツッコミに、マドカは笑って答えた。
「まあまあ! おかげで面白い仕組みも分かったんだから、結果オーライだよ!」
「その考え方は、マドカちゃんらしいですね!」
ナナリーも楽しそうに笑った。
五人は転移陣を使いながら、まだ確認していない島へと進んでいった。
それぞれの島には、これまでとは違う魔物が待ち受けていた。
空を飛ぶ魔物、岩場を駆け回る魔物、遺跡の中に潜む魔物。
相手が変われば戦い方も変わる。
五人はエアバイクを使って移動し、島へ降り立っては魔物を倒し、転移陣を見つけて次へ進むことを繰り返した。
「この島は飛行型が多いですね!」
ナナリーが空を見上げる。
頭上を旋回していたハーピーたちが、五人を見つけて急降下してきた。
「来るわよ!」
アリシアが声を上げる。
マドカはエアバイクを操りながら、迫ってくるハーピーへ照準を合わせた。
「よし、撃ち落とすよ!」
魔力弾が飛び、先頭のハーピーが体勢を崩す。
続いてニコラが射撃し、別の一体を牽制した。
「こういう相手なら、空中で戦えるのが便利だね~」
『エアバイクが移動手段だけじゃなく戦闘にも使われてる!』
『空中戦までできるのか』
『飛行型の魔物に追い回されるより、こっちから迎撃できるのは楽そうだな』
『マドカちゃん、運転しながら撃ってるの器用だなw』
その後も、五人は島を一つずつ攻略していった。
途中、転移陣を見つけた際には、すぐに次の島へ進むこともあれば、島に残った魔物をすべて倒してから移動することもあった。
やがて、ひときわ大きな浮島へとたどり着く。
そこには、古代遺跡のような巨大な建造物がそびえ立っていた。
「……ここが最後の島かしら?」
アリシアが周囲を見渡す。
「まだ断定はできませんが、これまでの島よりも規模が大きいですね」
ナナリーが遺跡を見上げた。
「奥に、強い魔物の気配があります!」
その言葉どおり、遺跡の中央から巨大な魔物が姿を現した。
これまで戦ってきた魔物と同じ系統だが、体格も魔力も明らかに上回っている。
「おおっ! こいつは強そうだね!」
マドカが笑顔で武器を構えた。
「よーし、最後まで気を抜かずにいこう!」
「ええ。ここを突破すれば、何か進展があるかもしれません」
アリシアが前に出る。
大型の魔物が咆哮し、地面を揺らしながら突進してきた。
アリシアが正面から受け止めずに攻撃をかわし、ナナリーが魔法で動きを鈍らせる。ニコラが射撃で牽制し、マドカが側面から一気に攻め込んだ。
「今です!」
リゼットの魔法が魔物の動きを封じる。
その隙を逃さず、五人の攻撃が一斉に叩き込まれた。
激しい衝撃とともに、巨大な魔物が地面へ倒れ込む。
『ボス撃破!』
『最後の島だけあって強かったな!』
『ちゃんと連携して倒したのがいいね』
『これで第32層クリアか!?』
魔物が消えると、遺跡の奥から重々しい音が響いた。
地面の一部が動き、石造りの階段がゆっくりと姿を現す。
「……階段?」
マドカが目を丸くした。
「もしかして、第33層への入口ですか!?」
ナナリーが階段へ駆け寄る。
アリシアは周囲を確認し、慎重に頷いた。
「おそらく、そうでしょう。すべての島を攻略したことで、入口が出現したのかもしれませんね」
『やっと出てきた!』
『全部の島を攻略するのが条件だったのか!』
『途中の島だけじゃ駄目だったんだな』
『なるほど、順番に攻略するダンジョンだったわけか』
「……なるほどね」
リゼットは階段を見下ろした。
「島を巡って魔物を倒すだけではなく、すべての島を攻略することが条件だったのね」
「うん! でも、エアバイクで飛び回るのも楽しかったよ!」
マドカは満面の笑みで答えた。
「そうね。あれだけ自由に空を飛べるのは、なかなか面白い体験だったわ」
リゼットも否定はしなかった。
「ただ、次からは最初に攻略条件を確認することね」
「はーい!」
マドカは元気よく返事をした。
「それじゃあ、今回はここまでにしましょう。第33層の攻略は、また次回ね!」
ナナリーが配信カメラへ向かって笑顔を向けた。
「皆さん、今日もご視聴ありがとうございました! 次回もよろしくお願いします!」
『お疲れさま!』
『第32層クリアおめでとう!』
『エアバイク配信、めちゃくちゃ楽しかった!』
『無限湧きの仕組みも分かったし、見応えあったな』
『次は第33層か! 楽しみにしてるぞ!』
配信が終了し、画面が暗くなった。
ダンジョンマスタールームでは、ゲンナイが大きく息を吐いていた。
「……まったく。途中から完全に遊び場扱いだったじゃねえか」
そうぼやきながらも、彼の口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「まあ、攻略はちゃんと終わらせたんだ。今回はよしとするか」
ゲンナイは次の階層の設計資料を手に取った。
第32層の攻略は終わった。
だが、ダンジョンはまだ先へ続いている。
「さて……第33層は、どうするかな」
新たな設計を考えながら、ゲンナイは静かに作業へ戻っていった。




