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落内円は落ちている  作者: 七風


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604/606

32層 浮遊島

 転移した先に広がっていたのは、青空と雲海だった。


 眼下には、果てしなく続く白い雲。その上には大小さまざまな浮島が点在し、島々の間には滝のように流れ落ちる水や、空中に浮かぶ岩の塊まで見える。


 地上ではまず見られない、幻想的な光景だった。


「わあ……! すっごい景色!」


 マドカが思わず声を上げた。


 アリシアも周囲を見渡し、感心したように息をつく。


「本当に空の上ですね……。まさか、ダンジョンの中にこんな場所があるなんて」


「綺麗ですね! あの雲の向こうにも島があるんでしょうか?」


 ナナリーは遠くの浮島を指差した。


「そうみたいだね~。島ごとに地形も違うみたいだし、いろいろ探索できそうだよ~」


 ニコラものんびりと景色を眺めている。


 リゼットは少し離れた場所まで歩き、周囲の地形を確認した。


「なるほどね。ここは浮島を渡りながら進む階層みたいね」


「浮島を渡る、か……」


 アリシアは近くの島の端まで歩き、隣の島との距離を確かめた。


 そして、すぐに首を横に振る。


「これは……飛び移るのは無理ですね。距離が離れすぎています」


「うん。普通に跳んで渡るのは難しそうだね!」


 マドカは隣の島を見ながら頷いた。


「リゼットなら飛べるけど、全員を運んで回るのは面倒だしね~」


「そうね。私が一人ずつ運ぶなんて、そんな面倒なことをするつもりはないわ」


 リゼットはあっさりと言い切った。


 そのとき、マドカが何かを思いついたように顔を上げた。


「……あっ! そうだ、エアバイクを使えばいいんだよ!」


「エアバイク?」


 アリシアが首を傾げる。


「そう!これなら島から島へ移動できるじゃない!」


「なるほど! 確かに、それなら全員で移動できますね!」


 ナナリーもぱっと表情を明るくした。


「ちょうどいいわね。持ってきているんでしょう?」


「もちろん!」


 マドカは元気よく答えた。


 リゼットがインベントリを開き、そこからエアバイクを取り出す。


 続いて、全員がそれぞれの機体を用意した。


 鮮やかな車体が並ぶと、浮島の上は一気に賑やかになった。


『いきなり絶景で草』

『空の上に島が浮いてるの、普通にすごいな』

『これ本当にダンジョンの中なのか?』

『雲海が綺麗すぎる!』

『浮島ごとに地形が違うのかな?』

『徒歩で進む階層じゃなさそうだなw』

『リゼット様なら飛べるのに、運ぶのは面倒なのかw』

『そこでエアバイクが出てくるの、エキドナらしいな』

『ダンジョン探索に乗り物を持ち込むなwww』


「それじゃあ、さっそく出発だね!」


 マドカはエアバイクにまたがり、操縦方法を確認した。


「この機体は半自動操縦だから、進行方向を設定すれば、ある程度は自動で飛んでくれるよ。もちろん、周りを見ながら調整する必要はあるけどね!」


「それなら、周囲の警戒もしやすそうですね」


 アリシアも機体を確認しながら頷いた。


「よし、それじゃあ隣の島を目指しましょう!」


 マドカがアクセルを入れる。


 エアバイクの駆動音が響き、車体がふわりと浮き上がった。


「おおっ! 飛んだ!」


 ナナリーが楽しそうに声を上げる。


 五台のエアバイクが次々と浮島を離れ、青空の中へと飛び出した。


 眼下には雲海が広がり、風が髪や服を揺らす。


「わああっ! すごい! 気持ちいいね!」


 マドカは満面の笑みを浮かべた。


「確かに、これは爽快ですね!」


 アリシアも周囲を見ながら答える。


『エアバイクでダンジョン攻略w』

『景色を見ながら空中ツーリングとか最高だろ』

『これ、普通に観光でも使いたいな』

『金貨五枚で売る予定なんだっけ?』

『この景色を見ながら走れるなら欲しい』

『いや、まずは安全性を確認しようw』

『半自動操縦なの便利そうだな』

『エキドナの技術、どこまで進んでるんだ……』


 快適な空の旅は、しかし長くは続かなかった。


 前方から、甲高い鳴き声が響いたのだ。


「……ん?」


 マドカが顔を上げる。


 雲の切れ間から、翼を持つ魔物が数体姿を現した。


「ハーピーです!」


 ナナリーが叫ぶ。


 ハーピーたちは五人のエアバイクを見つけると、鋭い爪を振りかざして接近してきた。


「なるほど。空中での移動を妨害する魔物もいるわけね」


 リゼットは冷静に状況を確認した。


「マドカ、操縦は任せるわ。私は攻撃するから」


「了解!」


 マドカは機体の進行方向を調整し、半自動操縦を維持したまま、片手で銃を構えた。


「こういうときにも使えるんだよね!」


 銃声が響く。


 放たれた弾丸がハーピーの翼をかすめ、魔物の動きが乱れた。


 そこへアリシアが銃を向け、正確に追撃する。


「飛行中でも、狙いを定めることはできますね!」


「私もいきます!」


 ナナリーは魔法を放ち、接近してきたハーピーを牽制した。


 ニコラも機体を操作しながら、魔導具を起動する。


「えいっと~。こっちに来ると危ないよ~」


 光を放つ装置が作動し、ハーピーたちの注意を引きつけた。


 その隙を逃さず、リゼットの魔法が魔物たちを撃ち落とす。


 数体のハーピーは雲海の向こうへと落ちていき、残った個体も距離を取って逃げていった。


「ふう。ひとまず片付きましたね」


 アリシアが銃を下ろす。


「空中で襲ってくる魔物がいるなら、移動中も気を抜けないね!」


 マドカは機体を安定させながら頷いた。


『空中戦まで始まったw』

『マドカちゃん、運転しながら撃ってる!?』

『半自動操縦がこういう場面で役立つのか』

『アリシアさん、射撃が安定してるな』

『ナナリーの魔法も援護に向いてる』

『ニコラさん、魔導具で注意を引いてるのか』

『景色を楽しむだけの階層じゃなかったw』

『でも五人とも落ち着いてるな』

『エアバイク、戦闘中も使えるの便利だな』


 五人は警戒を続けながら、次の浮島へと向かった。


 島に近づくにつれ、岩場の上を動き回る魔物たちが見えてくる。


「今度はゴブリンですね!」


 ナナリーが声を上げた。


 島の上には、剣や槍を持ったゴブリンが群れを作っていた。数は多いが、一体ごとの力はそれほど高くないように見える。


「まずは着陸しましょう。飛びながら戦うより、地上で片付けた方が確実です」


 アリシアの提案に、全員が頷いた。


 五台のエアバイクが島の平地へと降り立つ。


 着陸した瞬間、ゴブリンたちが一斉に襲いかかってきた。


「よーし! いくよ!」


 マドカが銃を構える。


 アリシアが前方の敵を射撃で牽制し、ナナリーが魔法で複数のゴブリンをまとめて足止めする。


 ニコラは後方から援護し、リゼットは近づいてきた個体を魔法で吹き飛ばした。


 数は多い。しかし、五人にとっては大きな脅威ではなかった。


 ゴブリンたちは次々と倒され、やがて群れの奥から、ひときわ大きな個体が姿を現した。


「……あれが、この島のボスかしら」


 リゼットが目を細める。


 通常のゴブリンよりも一回り大きく、手にした武器にも強い魔力が宿っている。


 それでも、五人が警戒を強めるほどの相手ではなかった。


「じゃあ、私がいきますね!」


 ナナリーが魔法を放つ。


 ボスが武器を振り上げたところへ、アリシアの射撃が命中した。


 体勢を崩した相手に、マドカが銃を構え直す。


「はい、これでおしまい!」


 最後の一撃が決まり、ボスは大きな音を立てて倒れた。


『ゴブリンの群れ、数は多いけど相手になってないw』

『島ごとに魔物が違うのかな』

『ボスだけ大きいの、分かりやすいな』

『五人の連携が安定してる』

『こういう階層なら素材集めもできそう』

『でも、島を全部回る必要があるのかな?』

『次の島には何がいるんだろう』


「よし! 次の島へ行こう!」


 マドカはすぐにエアバイクへ戻った。


「少しずつ島を巡っていけば、いろいろな魔物に出会えそうですね」


 アリシアも頷く。


「そうだね~。島ごとに生息している魔物が違うなら、記録を取る価値もありそうだよ~」


 ニコラは魔導具の記録を確認した。


 五人は再び空へと飛び立った。


 次の島には、岩の隙間を走り回る小型の魔獣がいた。


 その次の島には、硬い甲殻を持つ虫型の魔物。


 さらに別の島では、岩場に巣を作る鳥型の魔物が群れを成していた。


 島ごとに地形も魔物も異なっている。


 そして、どの島にも、通常の個体より明らかに強いボスが待ち構えていた。


 もっとも、五人にとっては、数が多いだけで苦戦する相手ではない。


 地上に降りて群れを倒し、ボスを仕留め、記録を取る。


 その作業を繰り返しながら、彼女たちは浮島を次々と渡っていった。


 途中、再びハーピーが襲ってきたこともあれば、今度はワイバーンが上空から接近してきたこともあった。


「今度はワイバーンか!」


 マドカが機体を操作しながら声を上げる。


 ワイバーンは大きな翼を広げ、五人を追いかけてきた。


「空中での速度は、こちらと同じくらいでしょうか……!」


 アリシアが距離を測る。


「だったら、近づかれる前に落としちゃおう!」


 マドカは進行方向を維持しながら銃を構えた。


 アリシアの射撃がワイバーンの動きを鈍らせ、ナナリーの魔法が翼を狙う。


 ニコラも魔導具で援護し、リゼットの魔法が最後の一体を撃ち落とした。


「よし、突破!」


 マドカが嬉しそうに声を上げる。


「……本来は、こうやって空中を自由に移動させないための配置だったんだけどな」


 その頃、ダンジョンマスタールームでは、ゲンナイがモニターを見ながら呆然としていた。


 浮島の間を自由に飛び回り、空中の魔物を撃ち落としながら進む五人。


 彼が想定していた攻略方法とは、明らかに違っていた。


「いや、普通は島から島へ移動するために、地形を調べたり、決められたルートを探したりするだろうが……!」


 ゲンナイは頭を抱えた。


「なんで乗り物で空を飛んで、そのまま全部突破してんだよ!?」


 しかし、画面の中の五人は楽しそうだった。


 空中を飛び、島を見つけ、魔物を倒し、次の島へ向かう。


 それを繰り返すうちに、マドカはすっかりこの階層を気に入っていた。


「この階層、すっごく楽しいね! 島ごとに景色も違うし、エアバイクで飛び回れるし!」


「ええ。移動そのものが楽しいというのは、なかなか珍しいですね」


 アリシアも笑顔で答えた。


「空の上を走るのって、気持ちいいよね~。」


 ニコラものんびりと頷く。


『ワイバーンまで出てきた!』

『でもエアバイクで逃げながら撃てるの強いな』

『この階層、乗り物があるかどうかで難易度変わりそう』

『普通は島を渡る方法を探すんじゃないのかw』

『空中の魔物が移動妨害なのに、普通に撃ち落としてて草』

『エキドナの乗り物、ダンジョン攻略にも使えるのか』

『これ、エアバイクの宣伝配信じゃないよな?』

『いや、宣伝にしては実戦的すぎるw』


 さらにいくつもの島を攻略した頃、リゼットがふと地面に目を向けた。


「……あら。これ、転移陣じゃない?」


 島の中央付近に、魔法陣のような模様が刻まれていた。


 近づいて確認すると、どうやら次の島へ移動するための転移陣らしい。


「なるほど。これを使えば、飛んで移動しなくてもよかったのね」


 アリシアが納得したように頷いた。


「えっ、じゃあ最初の島にもあったのかな?」


 マドカが首を傾げる。


「見落としていた可能性はあるわね」


 リゼットは特に気にした様子もなく答えた。


「でも、せっかくエアバイクがあるんだし、このまま飛んでいけばいいじゃない!」


「……使わないんですか?」


 ナナリーが思わず聞き返した。


「ええ。こっちの方が自由に移動できるもの」


 マドカはエアバイクのハンドルを握り直した。


「それに、まだ見ていない島もあるしね! 転移陣で移動したら、途中の景色を見逃しちゃうかもしれないよ!」


「それもそうだね~。せっかくだし、もう少し飛んでみようか~」


 ニコラも賛成した。


「……まあ、みんながそれでいいなら」


 アリシアは少しだけ苦笑したが、反対はしなかった。


 リゼットも頷く。


「それじゃあ、次の島へ行きましょう」


 五人は転移陣を使わず、再びエアバイクで空へ飛び出した。


『使えよ!!』

『転移陣を見つけたのに使わないのかよ!!』

『ここまで来て徒歩移動を拒否するの草』

『いや、最初からエアバイクで飛んでるんだよなw』

『転移陣、完全にスルーされててかわいそう』

『景色を見たいから使わないって、観光客かよw』

『攻略より空の旅を優先するパーティー』

『ダンジョン側の想定ルート、完全に無視されてない?』


 コメント欄は大いに盛り上がった。


 そして、その反応を見ていた視聴者の中には、別のことに気づき始めた者もいた。


『これ、エアバイクの性能を見せる配信だったりする?』

『いや、さすがに偶然だろ……でも宣伝効果はすごいな』

『空を飛べるうえに、魔物と戦いながら移動できるのか』

『金貨五枚なら、頑張って貯めてみようかな』

『今から貯金するわ』

『エキドナ、技術開発だけじゃなくて売り方まで上手いのか?』

『この階層を作った人も、まさかこうなるとは思ってなさそうw』

『ダンジョンマスターも想定外だろ!』


 もちろん、これはエキドナが意図して用意した宣伝企画ではない。


 マドカがその場でエアバイクを使うことを思いつき、五人が楽しみながら攻略しているだけだった。


 しかし、視聴者にはそんな事情など分からない。


 空を飛ぶ乗り物の便利さが、戦闘を通じて自然と伝わってしまっているのだから、宣伝だと思われても無理はなかった。


 その頃、ダンジョンマスタールームでは――。


「だから、転移陣を使えってんだよ!!」


 ゲンナイの叫びが響き渡った。


 モニターの中では、五人が楽しそうにエアバイクを走らせている。


「せっかく各島に転移陣を配置したのに、なんで誰も使わねえんだ! 普通は便利な移動手段を見つけたら、使うだろうが!」


 ゲンナイは頭を抱えた。


「いや、俺だって空を飛ぶ乗り物があることくらい想定してたさ! だが、あんなふうに自由に飛び回りながら、空中の魔物まで片っ端から倒して進むなんて、普通は考えねえだろ!」


 彼はモニターを指差した。


 マドカが笑いながら次の島へ向かい、ナナリーが景色を眺め、ニコラがのんびりと手を振っている。


「楽しそうなのが、余計に腹立つんだよなあ……!」


 ゲンナイは深く息を吐いた。


「……まあ、楽しんでるならいいか。いや、よくねえ! 俺が考えた攻略ルートはどうなるんだよ!」


 その叫びを聞く者は、マスタールームの中にしかいなかった。


 一方、五人はそんなことなど知る由もなく、次の浮島へと向かっていた。


「次の島はどんなところかな?」


 マドカが楽しそうに声を上げる。


「今度はどんな魔物がいるのか、記録するのが楽しみだよ~」


 ニコラも魔導具を構えた。


「さあ、次も気をつけて進みましょう!」


 ナナリーが元気よく頷く。


 青空と雲海の間を、五台のエアバイクが駆け抜けていく。


 こうして第32層の攻略は、当初の想定とはまったく違う形で進んでいくことになった。


 そして視聴者たちは、すっかりエアバイクの魅力に夢中になっていた。


『次の島も見たい!』

『これ、何時間でも見ていられるな』

『エアバイク、発売したら本気で買うか考えるわ』

『金貨五枚、今から貯めておこう』

『でも次こそ転移陣を使うんだよな?』

『使わないに一票w』

『次回も空の旅を続けてくれ!』


 五人の空の旅は、まだまだ終わりそうになかった。


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