33層 海
# 第33層 海を攻略する方法
第33層。
見渡す限り、海。
橋もなければ、足場もない。島すら見当たらず、どこまで行っても青い海が広がっている。
転移してきた五人は、しばらくその光景を眺めていた。
「……これって、水中戦?」
マドカが首を傾げる。
「海の魔物と戦ったり、海中を探索したりする階層なのかもしれませんね」
アリシアは周囲を確認しながら答えた。
「でも、潜る必要があるの? 飛んでいけばいいじゃない」
リゼットがあっさりと言い放つ。
「まあ~、そういう方法もあるよね~」
ニコラも同意した。
「いや、まだ何も分かっていませんよ。そもそも、どこに向かえばいいのかも分からないんですから」
ナナリーが海の向こうを見つめる。
「それはそうなんだけど……」
マドカは腕を組んだ。
「水着とか必要なのかな?」
その一言で、空気が変わった。
「水着になるですって……ありえないわね」
リゼットが即座に拒否した。
「さすがにアイドルなので、それは難しいです」
ナナリーも真顔で首を横に振る。
「私、公爵令嬢なんだけど!?」
マドカは思わず声を上げた。
「プライベートビーチとか、女の子だけで遊ぶとかならまだしも! 全世界に配信中とか無理!」
「普通に考えて、配信で流せませんよ」
アリシアも困ったように眉を寄せた。
「まあ~、一応こっちも音楽活動してるしね~。それ目当てで有料に切り替える~?」
「有料でもダメでしょ!」
マドカのツッコミが響き渡った。
『水着を全力で拒否してて草』
『公爵令嬢の主張が強いw』
『アイドルとしても貴族としてもアウト』
『ニコラ、商売の話に持っていくなw』
『有料でもダメでしょ! ←正論』
『そもそも水着が必要って決まったわけじゃないんだよなあ』
配信のコメント欄は、早くも盛り上がっていた。
屋敷でその配信を見ていたキシリアも、思わず笑っていた。
「ふふっ、もう! ニコラったら、そういうところはちゃっかりしてるんだから!」
五人のやり取りが面白くて、つい頬が緩む。
だが、すぐに画面へ向き直った。
「……って、そうじゃないでしょ! 水着が嫌なのは分かるけど、攻略はどうするのよ!」
「まだ始まったばかりだろ」
隣で見ていたプライドが言う。
「分かってるわよ! だからこそ、これから何をするのか気になるんじゃない!」
キシリアは腕を組み直した。
五人なら、きっと普通では思いつかない攻略方法を見せてくれる。
それが楽しみなのは間違いない。
ただし、ダンジョン攻略というものを知っている勇者としては、あまりに常識外れなことをされると口を挟みたくなるのだった。
一方、ダンマスルームでは、ゲンナイが額を押さえていた。
「いや、別に水着を着せるために作った階層じゃねえんだけど……」
そもそも、海中探索や水棲魔物との戦闘を想定した階層である。
五人が水着を着るかどうかは、攻略の本筋ではない。
「……まあ、あいつらなら何かしら方法を見つけるだろ」
そう考え直し、モニターに視線を戻した。
その頃、五人はすでに別の話を始めていた。
「とりあえず、水着は却下として。海の中を調べる方法を考えましょう」
アリシアが話を戻す。
「普通に潜って調べるのは?」
ナナリーが提案した。
「濡れるじゃない」
リゼットが即答する。
「そこは問題なんですか……?」
「問題でしょう。わざわざ濡れる必要があるの?」
リゼットは心底不思議そうだった。
「じゃあ、魔法で水をどかすとか?」
マドカが海を見ながら言った。
「……水をどかす?」
アリシアが聞き返す。
「うん。海水をなくせば、海底を歩いて調べられるじゃん」
五人の間に、妙な沈黙が落ちた。
「……別に、海水がずっと湧き続けているわけではないでしょう?」
リゼットが海面を見つめたまま口を開く。
「ここはダンジョン。階層にはサイズの限界が絶対あるわよ。だったら、海水の量にも上限があるはず」
「つまり?」
マドカが尋ねる。
「収納すればいいんじゃない?」
リゼットは、さも当然のように答えた。
「……あっ」
マドカが目を見開いた。
「その手があった!」
「いやいやいやいや!」
キシリアが屋敷で立ち上がった。
「ちょっと待ちなさいよ! 海水を収納って、海を丸ごとアイテムボックスに入れるつもり!?」
プライドも、さすがに呆れた顔をした。
「……あいつら、海を攻略するんじゃなくて、海を片づける気か?」
「そうじゃないでしょ! 普通に攻略しなさいよ!」
キシリアは叫んだものの、すぐに画面を凝視した。
「……でも、できるのかしら?」
「おい」
「だって気になるじゃない! リゼットなら、本当にできちゃうかもしれないでしょ!?」
その目は、完全に期待に輝いていた。
配信のコメント欄にも、次々と反応が流れていく。
『海を収納するって何www』
『攻略方法の発想がぶっ飛びすぎてる』
『普通は海の中を探索するんだよ!』
『この五人に普通を求めるな』
『待って、実際できるなら海底が見られるのでは?』
『キシリア様がいたら絶対ツッコんでる』
もちろん、コメントを読んでいる五人には、屋敷のキシリアがどんな顔をしているかなど分からない。
彼女たちはただ、自分たちにとって合理的な方法を検討しているだけだった。
「でも、海水を全部収納するのは時間がかかりそうですね」
アリシアが冷静に指摘する。
「そうかな? 収納できる量に制限がなければ、いけるんじゃない?」
マドカが首を傾げた。
「試してみればいいじゃない」
リゼットは、すでにやる気らしい。
「待ってください。仮に海水を収納できたとして、そのあとどうするんですか?」
ナナリーの問いに、マドカはぱっと顔を輝かせた。
「海底を歩いて探索!」
「それはそうでしょうけど……」
「あと、海水を全部どかせたら、ここを大きなプールにできないかな?」
「……プール?」
アリシアが目を瞬かせる。
「うん。屋敷に転移陣をつないで、海水を使った大きなプールを作るの。町の人たちにも開放すれば、暑い日には最高じゃない?」
「それなら、流れるプールも欲しいですね~」
ニコラが楽しそうに付け加えた。
「いいね、それ!」
マドカが乗り気になる。
「塩も取れるわね。海水を持ち帰るなら、その利用方法も考えたほうがいいでしょう」
リゼットまで真面目に参加し始めた。
「ちょっと待ってください。まだ海水を収納できると決まったわけではありませんよ?」
アリシアが一応止める。
「そうだった!」
マドカは手を叩いた。
「じゃあ、まずは試してみよう!」
キシリアは、椅子に座り直した。
「……なんで攻略の話がプール建設計画になってるのよ」
そう言いながらも、口元は笑っていた。
「でも……うん。次、どうなるのかしら」
プライドは呆れたように首を振る。
「もう好きにさせとけ。あいつらが何をやらかすか、考えるだけ無駄だ」
「好きにさせるに決まってるでしょ! ここまで見たんだから、最後まで見るわよ!」
キシリアは即答した。
画面の中では、リゼットが海に向かって手を伸ばしていた。
「さて。どこまで収納できるか、試してみましょうか」
ゲンナイはモニターを見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……頼むから、せめて一度くらいは、俺が想定した攻略をしてくれ」
しかし、その願いが聞き届けられる可能性は、限りなく低そうだった。




