アナキシの場合
ガブリエルの配信が終わった後。
キシリアとアナスイは、エキドナの屋敷にあるナナリーの部屋を訪れていた。
「ナナリー様、ご機嫌麗しゅう」
アナスイが優雅に挨拶すると、隣にいたキシリアが待ちきれない様子で声を上げた。
「ナナリー! 今日は頼みがあって来たわ!」
「え? なんです?」
突然の訪問に、ナナリーはきょとんと首を傾げた。
「実はですね。ガブリエル様のユニットと、シルヴァたちのユニット、そしてわたくしたちのユニットで勝負をすることになりましたの」
「そうなんです! 音楽活動の売り上げで競うことになったんですよ!」
ナナリーは二人の顔を交互に見た。
「なるほど……。それで、私に何か用があってここに来たんですね」
「そういうことよ!」
キシリアは自信満々に胸を張った。
「美しさなら私が一位で、アナスイが二位! 人気だって、もう決まったようなものじゃない!」
「まあ、キシリアさんったら」
アナスイが楽しそうに微笑む。
「ですが、勝負となっては話が別ですわ。わたくしたちも、嫉妬の勇者と色欲の勇者として負けるわけにはいきませんもの」
「そうよ! 勝負となったら、嫉妬の勇者として負けてられないわ!」
「……なるほど」
ナナリーは少し考え込んだ。
二人がわざわざ自分を訪ねてきた理由は、だいたい分かった。
「それで、今回は何を頼みたいんですか?」
「まずは、曲ですわね」
アナスイが困ったように笑った。
「わたくしたち二人で、ほかの二つのユニットと勝負することになったのですが……肝心の楽曲がありませんの」
「そういうことよ。ナナリー、曲を作ってくれない?」
キシリアが身を乗り出す。
「曲なら、私が作詞作曲をすることはできますけど……」
ナナリーは二人の顔を見ながら、少し考えた。
「お二人は楽器を演奏できるんですよね?」
「ええ。わたくしはギターを少々。以前、エキドナで量産されたものを手に入れましたので、練習しているところですわ」
アナスイが答えると、キシリアも頷いた。
「私はバイオリンとピアノができるわよ!」
「なるほど! それなら、演奏そのものはできるんですね!」
「ええ。ただ、何分二人だけですからね」
アナスイは少し困ったように続けた。
「歌も歌いたいですし、ダンスも取り入れたいところですけれど、演奏しながら踊るとなると、なかなか難しそうですわ」
「そうよね……。歌って、楽器を弾いて、踊ってって、二人じゃ手が足りないわ!」
キシリアは腕を組んだ。
「せっかくやるからには、見栄えのするステージにしたいのだけど……」
「んー、そうですねー」
ナナリーは少し考え込んでから答えた。
「開始までまだ時間があるなら、曲は用意できますよ。ただ、二人が楽器を演奏しながら歌って踊るとなると、相当難易度が高いと思います」
「やはり、そうですわよね……」
「何かいい方法はないかしら?」
キシリアが尋ねると、ナナリーはふと顔を上げた。
「あ、でも、別に二人だけで何もかもしなければならないわけじゃないですよね?」
「……え?」
「例えば、演奏を誰かに依頼して、二人は歌とダンスに集中する方法もありますよ?」
「それはそうね。演奏を依頼して、私たちは歌に専念するというのも悪くないわ」
キシリアは納得しかけたものの、すぐに首を傾げた。
「でも、せっかく二人とも楽器ができるのに、それを使わないのももったいない気がするわね」
「そうですわね。せっかく練習しているのですもの」
アナスイも頷いた。
ナナリーは、そんな二人を見て少し考えてから、ぽんと手を叩いた。
「あっ! だったら、ヒロバトを使えばいいんじゃないです?」
「……ヒロバト?」
キシリアが聞き返す。
「はい! ヒロバトにお二人の演奏やダンスのデータを登録するんです。そうすれば、ステージではヒロバトに演奏やダンスを担当してもらって、お二人は歌に集中できますよ!」
「なるほど……!」
アナスイの表情が明るくなった。
「つまり、ヒロバトに演奏や踊りを覚えさせる。そして、わたくしたちは歌うことに専念するということですわね!」
「そういうことです!」
ナナリーが元気よく頷く。
「ヒロバトなら、自分のデータを登録して使えますし、元のデータを上書きする必要もありません。複数のデータを作っておけば、演奏用やダンス用など、用途に合わせて使い分けることもできますよ!」
「……待って」
キシリアが目を見開いた。
「つまり、ヒロバトに登録するのは自分のデータで、元の自分を上書きするわけじゃない。だったら、私のデータを何人分か作ることもできるってことね!」
「はい! そういうことです!」
「すごいじゃない!」
キシリアはぱっと顔を輝かせた。
「私がバイオリンを弾くデータ、ピアノを弾くデータ、ダンスをするデータ……そうやって役割を分ければいいのね!」
「ええ。わたくしもギターの演奏データを用意すれば、二人でもずいぶんと賑やかなステージにできそうですわ」
アナスイも嬉しそうに頷いた。
「ふふっ、さすがナナリーね! いい案を思いつくじゃない!」
「えへへ、ありがとうございます!」
ナナリーは照れくさそうに笑った。
「それなら、曲の雰囲気に合わせて演奏やダンスのデータを作れますね。もちろん、実際にどこまで細かく再現できるかは、ヒロバト側の仕様も確認しながらになりますけど」
「そうね。まずは、どんな曲にするか決めなければいけませんわね」
アナスイが考え込む。
「ええ! せっかくなら、私たち二人の魅力が一番伝わる曲にしたいわ!」
キシリアはやる気満々だった。
「ナナリー、曲作りをお願いね! 歌もダンスも、私たちは本気でやるわよ!」
「はい! 任せてください!」
ナナリーも力強く頷いた。
こうして、キシリアとアナスイのユニットは、ナナリーの協力を得て楽曲制作へと動き出した。
二人が楽器を演奏するだけでは難しかった歌とダンスの両立も、ヒロバトを活用すれば実現できるかもしれない。
しかも、自分たちの演奏や動きを再現するデータを複数用意できるなら、二人だけでも多彩なステージを作れる可能性がある。
「ふふっ……。ガブリエル様たちも、シルヴァたちも、覚悟しておきなさい!」
キシリアは勝負への意欲を燃やしながら、力強く宣言した。
アナスイも、優雅な笑みを浮かべる。
「ええ。せっかくの勝負ですもの。わたくしたちも、最高のステージを目指しましょう」
「はい! どんな曲にするか、考えるのが楽しみですね!」
ナナリーの明るい声が、部屋に響いた。
音楽活動の勝負が始まるまで、あと一か月。
二人のユニットもまた、少しずつ準備を進めていくのだった。




