服屋さん
# 第2話「プライド、服選びに付き合わされる」
エキドナ館の売店。
プライドは、衣類が並ぶ棚の前で腕を組んでいた。
「さて、まずは普段着から選びましょうか」
リゼットが服を見渡しながら言った。
「あなたの場合、派手さを抑えるだけでも印象が変わるはずよ。別に貴族みたいな格好をする必要はないわ。清潔感があって、動きやすくて、あなたに似合うものを選べばいいの」
「おう。そこは任せるぜ。ただし、俺らしさは残してくれよ!」
「分かってるわよ。何も別人に変えようってわけじゃないんだから」
リゼットは白いシャツを手に取った。
「まずは、こういうものね。余計な装飾がなくて、合わせやすいわ」
「白いシャツか……。普通だな」
「普通でいいのよ。いつも派手な格好をしているんだから、たまには引き算を覚えなさいな」
「引き算って、服でそんなことまで考えるのかよ……」
プライドが困惑していると、マドカが濃い色のジャケットを持ってきた。
「じゃあ、これを合わせてみようよ! 肩幅が広いから、こういう形なら体格も活かせると思うんだよね!」
「おっ、こいつは悪くねえな」
プライドはジャケットを手に取り、袖や襟を確かめた。
「動きやすそうだし、変に窮屈でもない。こういうのなら俺でも着られそうだな!」
「着られそう、じゃなくて着るのよ」
キシリアが呆れたように言った。
「せっかく選んでもらってるんだから、ちゃんと試着しなさい!」
「分かった分かった!」
試着室へ向かうプライドを見送り、アナスイは別の服を手に取った。
「こちらの上着もよさそうですわね。落ち着いた色ですが、襟元の形がきれいですし、プライドの体格にも合いそうですわ」
「うん! それならアクセサリーも少なめにして、腕輪か指輪を一つくらいにするとよさそうだね!」
マドカが頷く。
「全部外せとは言わないけど、せっかくの服がアクセサリーに負けちゃったらもったいないもん!」
「……俺のアクセサリー、そんなに負けてたか?」
試着室から声が飛んできた。
「負けてたわよ!」
キシリアが即答した。
「服より先にドクロが目に入るんだもの!」
「ドクロが悪いみたいに言うな!」
「ドクロが悪いんじゃないわよ! 数が多いの!」
売店の一角に、笑い声が広がった。
しばらくして、プライドが白いシャツに濃色のジャケットを合わせた姿で戻ってきた。
肩の尖った装飾はなく、首元もすっきりしている。派手な柄もないが、がっしりした体格と精悍な顔立ちがよく映えていた。
「……どうだ?」
プライドが少し落ち着かない様子で尋ねる。
リゼットは上から下まで眺め、頷いた。
「いいじゃない。ずいぶん印象が変わったわね」
「本当ですわ。落ち着いた服装でも、プライドらしい力強さは十分に感じられますわね」
アナスイも微笑む。
「うんうん! 格好いいよ! アクセサリーを減らした分、顔や体格がちゃんと目立ってる!」
「……おお」
プライドは自分の袖を見下ろした。
「なんか、いつもと違う感じだな。こういう格好も悪くねえか」
「でしょう? ワイルドさを残すなら、服そのものを落ち着かせるのも一つの方法よ」
リゼットは満足そうに頷いた。
「普段着はこれを基本にして、別の組み合わせも試してみましょう」
『あれ、普通に似合ってる!』
『肩のトゲがないだけでだいぶ印象が違うなw』
『顔立ちがちゃんと見えるようになった』
『派手なアクセサリーを減らすの、大事なんだな』
『プライドさん、こういう格好もできるじゃん!』
『本人が思ったより気に入ってそうで草』
「よし、次は訓練着だね!」
マドカがぱっと別の棚へ向かった。
「せっかくだから、エアバイク用のレーシングスーツも試してみようよ!」
「おっ、あれか!」
プライドの顔が明るくなる。
「前に言ってた、マドカがデザインしたっていうやつだな?」
「そうそう! 大型のバイクに合わせたデザインなんだよ!」
マドカが取り出したのは、身体に沿った形のレーシングスーツだった。関節部分には動きやすさを考えた加工が施され、胸や肩には保護用のパーツも付いている。
色使いは鮮やかだが、普段着のように装飾を重ねているわけではない。全体の形がまとまっており、機能性を重視したデザインだった。
「へえ……。こいつは格好いいな!」
プライドは興味深そうに眺めた。
「肩のところも、ちゃんと守れるようになってるんだな」
「うん! エアバイクに乗るときは、見た目だけじゃなくて安全性も大事だからね!」
マドカは得意げに説明した。
「ただ、今はかわいいタイプのエアバイクも多いから、こういうデザインがそのまま全部の機種に合うわけじゃないんだよね。これは大きめの機体に合わせたものなんだ!」
「なるほどな。つまり、乗り物に合わせて服も変えるってことか」
「そういうこと!」
プライドはさっそく試着室へ向かった。
やがて戻ってきた彼の姿を見て、マドカがぱっと顔を輝かせる。
「おお! やっぱり似合うね!」
「だろ!? こいつはいいぜ!」
プライドは腕を曲げたり、軽く身体をひねったりして着心地を確かめた。
「動きやすいし、肩も窮屈じゃねえ。これならエアバイクの訓練でも使えそうだな!」
「ええ。実際に乗るときは、機体との相性やサイズも確認する必要があるけれど、方向性としてはよさそうね」
リゼットも頷いた。
「普段着とは別に、こういう用途に合った服を持っておくのはいいことだわ」
「よし! こいつも候補に入れておこうぜ!」
『レーシングスーツ、めっちゃ似合う!』
『体格がいいから映えるな』
『普段着と訓練着を分けるのは大事だね』
『マドカちゃん、デザインした服を着てもらえて嬉しそうw』
『プライドさん、さっきよりテンション上がってない?』
『これは大型エアバイクに乗ってる姿も見たい!』
「さて、これで普段着と訓練着はひとまず候補が決まったわね」
リゼットが資料をまとめた。
「ほかにも必要なものはあるでしょうけれど、少なくとも、今までの格好しかできないわけじゃないと分かったでしょう?」
「おう! 思ったより楽しかったぜ!」
プライドは素直に頷いた。
「服を選ぶのも、悪くねえな!」
「それはよかったわ」
リゼットが微笑んだ、そのときだった。
「……ん?」
プライドが、ふと別の棚に目を向けた。
そこには、文字が大きく印刷されたシャツが何種類も並んでいた。
「おい、あれは何だ?」
「ああ、それ? 地球アニメ名言シリーズだよ!」
マドカが振り返った。
「地球にあった古文書みたいなのに、いろんな名言が書かれてたんだって! お姉ちゃんの家にあったんだよ。かっこいいよね! 読めないけど! 意味はジャスティスに聞いてよ!」
「……おい、マドカ」
ジャスティスが、嫌な予感を覚えたように顔を引きつらせた。
「何?」
「いや……なんでもない」
マドカは不思議そうに首を傾げている。
もちろん、彼女が商品を企画した本人であることなど、配信ではおくびにも出さない。
プライドは一枚のシャツを手に取った。
「おおっ! なんだか格好いいな! これ、何て書いてあるんだ?」
ジャスティスは印刷された文字を見て、思わず遠い目になった。
「……それは『諦めたらそこで試合終了ですよ』だ」
「試合終了?」
プライドは首を傾げた。
「どういう意味なんだ?」
「簡単に言えば、最後まで諦めずに努力しろってことだな。途中で投げ出したら、そこで終わりだっていう教えだ」
「……おお!」
プライドの目が輝いた。
「いいじゃねえか! 鍛錬にも冒険にもぴったりだ!」
「そ、そうだな……」
ジャスティスは複雑そうに頷いた。
「こいつも買う!」
「ちょっと待って! まだほかの服も選ぶんでしょう!?」
キシリアが思わず声を上げる。
「いや、これは気に入ったんだよ!」
プライドはシャツを大事そうに抱えた。
「格好いい言葉が書いてある服ってのは、気合が入るな!」
「……プライド、結局そこなのね」
リゼットは呆れながらも、止めるつもりはないようだった。
「まあ、気に入ったものがあるなら一枚くらい買えばいいわ。ただし、普段着もちゃんと揃えること。名言の書かれた服だけで済ませるのはなしよ」
「分かってるって!」
プライドは元気よく答えた。
そして、次のシャツへ手を伸ばす。
「おい、ジャスティス! こっちは何て書いてあるんだ?」
ジャスティスは印刷された文字を見た瞬間、顔を覆った。
「……それは『海賊王に俺はなる!』だ」
「海賊王!?」
プライドの目が、さらに輝いた。
「なんだそりゃ! 面白そうじゃねえか!」
「……ああ、そうだな」
ジャスティスは天井を仰いだ。
普段着を選ぶところまでは、順調だった。
レーシングスーツも気に入ってくれた。
だが、どうやらここから先は、別の意味で長い戦いになりそうだった。
『普通の服選び、ちゃんと成功してよかった!』
『レーシングスーツも似合ってたな!』
『からの名言シリーズwww』
『ジャスティスさん、説明役に任命されてて草』
『プライドさん、名言シャツに目覚めるの早すぎる!』
『まだ棚に何枚あるんだよw』
『服装改善のはずが、今度は名言集めが始まりそう』
『ジャスティスさん、頑張れ……!』
マドカは、そんなコメントを見ながら楽しそうに笑っていた。
普段着も選べた。訓練着も気に入ってもらえた。
そして、最後に名言シリーズ。
計画どおりに進んでいるはずなのに、ジャスティスだけは、なぜか先行きに不安を感じていた。
プライドが名言シャツを手にしたまま、売店の棚を見回していた。
「……おっ? 今度は何だ?」
その視線が、隣の衣類コーナーに止まった。
そこには、和の国で着られているという衣服が並んでいた。ゆったりとした上着や、独特の形をしたズボン。そして、背中や袖に大胆な模様が描かれたものもある。
「おおっ! こいつも格好いいじゃねえか!」
プライドは、虎の刺繍が入った着物を手に取った。
「見ろよ、この虎! 今にも飛びかかってきそうじゃねえか!」
「……プライド」
リゼットが嫌な予感を覚えたように声をかける。
「何だよ?」
「その柄を見て、また全身を派手にするつもりじゃないでしょうね?」
「何言ってんだ! これは格好いいだろ!」
プライドは着物を広げ、虎の模様をじっくり眺めた。
「この迫力! この力強さ! 俺にぴったりじゃねえか!」
「いや、似合うかどうかと、柄が格好いいかどうかは別だよ?」
マドカが苦笑する。
「今の服装を見直すために来たんだからね!」
「分かってるって! でも、こいつは一度着てみたいだろ!」
プライドは虎柄の着物を候補に抱えた。
そして、すぐ隣にあった別の一着へ手を伸ばす。
「おっ、こっちは竜か!」
背中に大きな竜が描かれた着物だった。
長い胴体が雲の間をうねり、鋭い爪を広げている。金糸を使った刺繍が光を受け、堂々とした姿を浮かび上がらせていた。
「いいじゃねえか! 竜だぞ、竜!」
「ええ、見れば分かるわよ」
キシリアが呆れたように答えた。
「なんでそんなに嬉しそうなのよ……」
「格好いいからに決まってんだろ!」
プライドは当然のように言い切った。
「虎もいいが、竜も捨てがたいな……」
「まだ選ぶ段階なのに、もう迷ってるんですか?」
シルヴァが苦笑する。
「当たり前だろ! どっちもいいんだからな!」
プライドは二着を見比べ、真剣に悩み始めた。
その様子を見ていたアナスイが、棚の奥から別の衣服を取り出した。
「あら、こちらには鯉の柄もありますわね」
「何っ!?」
プライドが勢いよく振り返る。
それは、濃い色の生地に大きな鯉が描かれた着物だった。水しぶきを上げながら泳ぐ鯉の姿は、虎や竜とはまた違った力強さがある。
「おおおっ! 鯉もいいじゃねえか!」
「ちょっと! 落ち着きなさいよ!」
キシリアが声を上げた。
「さっきから、虎だの竜だの鯉だの! あなた、柄しか見てないじゃない!」
「柄が大事なんだろうが!」
「そういう話じゃないわよ!」
プライドは三着を並べて、うんうんと唸った。
「虎は迫力がある。竜は堂々としてる。鯉は勢いがあっていい……。くそっ、どれも捨てがたいぜ!」
「……服装を改善する話だったはずなのだけど」
リゼットが額に手を当てた。
「どうして、また派手な柄を選ぶ話になっているのかしら」
「いいじゃないか! 和の国の服ってのは、こういう大胆な柄もあるんだろ?」
「ええ、もちろん柄そのものが悪いわけではありませんわ」
アナスイが穏やかに答えた。
「ただ、あなたの場合は、選び方に少々偏りがあるようですわね」
「……そうか?」
「ええ。先ほどから、強そうな動物の柄ばかり選んでいらっしゃいますもの」
「だって、格好いいだろ!」
「そこは否定していませんわ」
アナスイは微笑んだ。
「でも、普段着として着るなら、もう少し落ち着いたものも試してみてはいかがかしら?」
プライドは、手元の三着を見下ろした。
「……うーん。そう言われてもなあ」
そのとき、マドカが別の棚から一着の甚平を持ってきた。
「じゃあ、これはどうかな?」
派手な刺繍はなく、落ち着いた色合いの甚平だった。形はゆったりとしていて、動きやすそうだ。
「ん? こいつは何だ?」
「甚平だよ! 和の国で着られている服の一つなんだって。ゆったりしていて動きやすいし、普段着にもよさそうじゃない?」
「……へえ」
プライドは甚平を受け取った。
虎も竜も鯉も描かれていない。大きな装飾もなければ、目立つ刺繍もない。
今まで手に取っていた服と比べると、ずいぶん控えめだった。
「柄はないんだな」
「そういうのもあるんだよ。別に、全部の服に派手な模様が必要なわけじゃないでしょ?」
「まあ……それはそうだな」
プライドは甚平を広げ、布地や縫い目を確かめた。
「でも、これなら楽に動けそうだな。鎧を脱いだあとにも着られそうだ」
「そうそう! そういう使い方にも向いてると思うよ!」
マドカが嬉しそうに頷く。
「普段着として使うなら、こういうのも一着あると便利だよね!」
「なるほどな……。よし、こいつも試してみるか!」
プライドは甚平を抱え、試着室へ向かった。
しばらくして、着替えを終えた彼が戻ってくる。
ゆったりとした甚平は、がっしりした体格にもよく合っていた。肩や腕の動きを妨げず、余計な装飾がないぶん、本人の精悍な顔立ちも引き立っている。
「……どうだ?」
プライドが少し照れくさそうに尋ねた。
リゼットは彼の姿を眺め、満足そうに頷いた。
「いいじゃない。普段着としては、これくらい落ち着いている方がいいわね」
「本当ですわ。ゆったりしていて、プライドの体格にもよく合っていますわね」
アナスイも微笑んだ。
「うん! いい感じだよ! 動きやすそうだし、ちゃんとワイルドさも残ってる!」
「……おお。そうか!」
プライドは嬉しそうに笑った。
「確かに、これなら気楽に着られそうだな!」
「じゃあ、普段着はこれも候補に入れましょう」
リゼットが話をまとめる。
「虎や竜や鯉の柄が気に入ったなら、それはそれで別に考えればいいわ。全部を一度に身につける必要はないでしょう?」
「分かった! じゃあ、甚平は買っていくぜ!」
プライドは即答した。
そして、すぐに先ほどの着物三着を振り返る。
「……ところで、虎と竜と鯉のやつも、やっぱり捨てがたいんだが」
「まだ言ってるの!?」
キシリアの叫びが、売店に響き渡った。
『虎、竜、鯉で悩んでるの笑うw』
『プライドさん、強そうな柄が好きすぎるだろ!』
『でも甚平は普通に似合ってる!』
『普段着と派手な着物を分けるなら、いいんじゃないか?』
『リゼット様、ようやく無難なところに着地させたw』
『本人が甚平を気に入ってくれてよかったな』
『次に来たら、虎柄の甚平を探し始めそうで怖いw』
こうして、プライドの普段着には甚平が加わることになった。
派手な柄へのこだわりは相変わらずだったが、少なくとも、普段着を選ぶという目的は達成できたらしい。
……もっとも、彼が虎や竜や鯉の着物を諦めたかどうかは、また別の話だった。




