不意打ちアーノルド
エキドナ屋敷の一室。
扉が開くと、疲れ切った五人がぞろぞろと戻ってきた。
「ふー……疲れたぁ……」
キシリアはソファに身体を投げ出し、深々と息を吐いた。
「いやあ、今日は狩ったな!」
プライドは疲れを感じさせない笑顔で、大剣を壁に立てかけた。
「二十五階層、竜が多すぎるだろ! あんなに戦い続けられる場所があるなんて、最高じゃねえか!」
「あなた、最後の方は戦うより素材を回収する時間の方が長かったでしょう?」
キシリアが呆れたように言う。
「それも大事な仕事だろ!」
「まあ、それはそうですけど……」
シルヴァは回収した素材と記録の整理をしながら、苦笑した。
「研究用の素材もかなり集まりましたし、戦闘データも十分に取れました。今日の成果は大きいですよ」
「ええ。あれだけの種類の竜と戦えたのですもの。装備の製作にも役立ちそうですわね」
アナスイも満足そうに頷いた。
「ジャスティスもお疲れ様。途中から、ずいぶんと真面目に働いていたじゃない」
「途中からってなんだよ! 俺は最初から真面目だったぞ!」
「詠唱の途中で竜に追いかけられていたのは、どなたでしたかしら?」
「それは言うな!」
ジャスティスが声を上げると、キシリアはくすくすと笑った。
「まあ、いいわ。今日は十分に稼げたし、配信も盛り上がったものね!」
キシリアは満足げに背もたれへ寄りかかった。
「しばらく二十五階層で素材を集めるのも悪くないわね。装備を強化するためのお金も必要だし、急いで先へ進む必要はないもの」
「そうだな。俺も、もう少しあそこで戦いたいぜ!」
プライドが力強く頷いた。
「ただし、今日はもう休みましょう。さすがに疲れましたわ」
アナスイがそう言ったところで、キシリアはふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、マドカたちは?」
その質問に答えたのは、部屋の近くを通りかかったアーノルドだった。
「ああ。今、三十一階層に行ったぞ」
「…………は?」
キシリアが固まった。
「三十一階層?」
「おう」
「今?」
「今」
「……ちょっと待ちなさいよ! 私たちが二十五階層で竜を狩っている間に、もう三十一階層に行ったっていうの!?」
「そう言ってんだろ」
アーノルドは面倒くさそうに答えた。
「マジかよ……!」
プライドも目を見開いた。
「俺たちが一日中、二十五階層で戦っていた間にか!?」
「別に、お前らがどこで何をしてようが、あいつらには関係ねえだろ」
「そ、それはそうだけど……!」
キシリアは悔しそうに唇を尖らせた。
しかし、シルヴァたちは特に驚いていない。
「もう三十一階層ですか。予定どおりですね」
シルヴァが何気なく言う。
「ええ。マドカたちなら、そのくらいのペースでしょうね」
アナスイも平然と頷いた。
「……おい、シルヴァ。お前、驚かねえのか?」
プライドが尋ねる。
「え? いえ、特に驚くことではありませんから」
「いやいやいや! 普通に驚くだろ!?」
キシリアも身を乗り出した。
「三十一階層よ!? 私たちが今日ずっと二十五階層で竜を狩っていたのに、あっちはもうそこまで進んでいるのよ!?」
「まあ、攻略速度には差がありますからね」
シルヴァは落ち着いた口調で答えた。
「……なんか、すごく悔しいわ!」
キシリアはソファのクッションを抱きしめた。
すると、アーノルドが呆れたように口を開いた。
「そもそも、エキドナは三十階層に転移陣を引いてるからな。行くならすぐだぞ? 知らなかったか?」
「…………」
「…………」
キシリアとプライドは、ゆっくりと顔を見合わせた。
「……え?」
「……転移陣?」
「知らないわよ!!」
キシリアが勢いよく立ち上がった。
「何よそれ!? 三十階層に転移陣があるの!? そんな便利なものがあるなら、先に教えなさいよ!」
「なんでもかんでも教えてもらえると思うなよ? ただの客だろ」
「言い方ああああああ!!」
キシリアの絶叫が部屋に響き渡る。
プライドも信じられないという顔でアーノルドを見た。
「おいおい! 俺たち、そんな扱いなのかよ!?」
「客として来てるんだろ。何か問題でもあんのか?」
「いや、そうだけどよ……!」
「だったら文句言うな。俺は忙しいんだ」
アーノルドはひらひらと手を振り、そのまま立ち去ろうとした。
キシリアはまだ納得していない様子で、その背中に声を飛ばす。
「ちょっと! まだ話は終わってないわよ!」
「俺の話は終わった」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
アーノルドは足を止めることなく、廊下へ出ていった。
そして、去り際にふと思い出したように言った。
「お前らのPTで歌配信やるんだろ? がんばれよ」
「…………は?」
キシリアの動きが止まった。
プライドもぽかんと口を開ける。
「……歌配信?」
アーノルドは振り返りもしなかった。
「じゃあな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよおおおおお!!」
キシリアの声が、再び屋敷に響き渡った。
「何それ!? 私、聞いてないんだけど!? 誰が歌配信をやるって言ったのよ!? なんでアーノルドが知ってるの!?」
「だから知らねえって」
廊下の向こうから、素っ気ない返事だけが返ってきた。
「なにいいいいいいいいい!?」
キシリアは頭を抱えた。
さっきまで三十一階層の攻略速度に驚いていたはずなのに、今では歌配信という聞き捨てならない単語に意識をすべて持っていかれている。
『三十階層に転移陣!?』
『そこを知らなかったのキシリア様とプライドだけなのかw』
『アーノルド、客への扱いが雑すぎるwww』
『そして最後に謎の歌配信情報を置いていくなw』
『キシリア様、完全に初耳で草』
『お前らのPTで歌配信って何だよ!?』
『誰か説明してあげてwww』
「……ねえ、シルヴァ」
キシリアはゆっくりと振り返った。
「歌配信って、何?」
「ええと……」
シルヴァは一瞬、言葉に詰まった。
アナスイはそんな彼の様子を見て、そっと口元を押さえる。
「ふふっ……どうやら、キシリアさんにはまだお話が届いていなかったようですわね」
「ちょっと! アナスイまで何か知ってるの!?」
「さて、どうでしょう?」
「その笑顔、絶対に何か知ってるでしょうが!」
キシリアは二人を交互に見たあと、最後にプライドへ視線を向けた。
「……まさか、あなたも知らないわよね?」
「俺も初耳だよ!」
「でしょうね!」
キシリアは大きく息を吸い込んだ。
「もう! 今日は竜狩りで疲れて帰ってきたのに、なんで次から次へと知らない話が出てくるのよおおおおお!!」
屋敷に響き渡るキシリアの悲鳴。
その横で、シルヴァは苦笑しながら配信画面を開いた。
「と、とりあえず……マドカたちの配信を見てみましょうか。三十一階層の攻略も始まったところですし」
「そうね……!」
キシリアはまだ納得していない顔で頷いた。
「まずはマドカたちが何をしているのか確認するわ! それから歌配信の件も、絶対に問い詰めてやるんだから!」
こうして、二十五階層での竜狩りを終えた勇者パーティーは、休む間もなく新たな騒動へ巻き込まれていくのだった。




