終わらないダンジョン拡張計画
ダンジョンマスタールーム。
室内の大型モニターには、氷に覆われた洞窟を進む五人の姿が映し出されていた。
キシリア、プライド、シルヴァ、アナスイ、ジャスティス。
彼らは現在、二十四階層を攻略している最中だった。
「おっ、また壊したぞ」
ゲンナイがモニターを見ながら笑った。
画面の中では、キシリアが何かに腹を立てた様子で氷の壁を叩き壊している。
「キシリアさん、さっきからずっと怒ってるね!」
マドカが楽しそうに笑った。
「……あの勇者……なんか怒ってる……」
チヨがぽつりと呟く。
「氷の反射を利用した仕掛けでしたね。自分の自信を揺さぶるような言葉が聞こえるのでしたか」
ガイルが丁寧に確認すると、リゼットが頷いた。
「ええ。あの五人がどう受け取るかは、それぞれでしょうけれど」
「ふむ。精神を揺さぶる仕掛けか。おもしろそうではないか!」
ムサシが腕を組み、感心したように声を上げた。
「ムサシ、実際に自分がやられたらどうなるか分からないよ~?」
ニコラがのんびりと言う。
「なに、ワシなら問題ない!」
「そうかな~?」
「なんだ、その疑わしそうな顔は!」
そんなやり取りを聞きながら、ゲンナイは椅子の背もたれに寄りかかった。
「さて。ちょうどいい機会だし、そろそろ話しておくか」
「何をだ?」
グレタが振り返った。
「このダンジョンの今後についてだ。今の三十階層で終わりにするつもりはねえ。四十階層まで拡張する計画が進んでる」
「……は?」
グレタが固まった。
「四十階層だと!?」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今まで三十階層が最深部だったはずですよね!?」
エジソンが身を乗り出した。
「今まではな。これから先を作るんだよ」
ゲンナイはあっさりと答えた。
「まだまだ先があるってことだ。しかも、ただ階層を増やすだけじゃねえ」
「なるほど……。新しい階層に、新しいモンスターや仕掛けを用意するということですか?」
ガイルが尋ねる。
「そういうことだ。宝箱だって置くし、攻略する楽しみも用意する。お前らが普段やってる、何もない原っぱで適正モンスターを倒すだけの修行とは違うぜ」
「おお! それはいいな!」
グレタが声を弾ませた。
「ただ敵を倒すだけじゃなくて、探索もできるってことか!」
「そうだ。普通に修行するより面白いだろう?」
ゲンナイがマドカに目を向ける。
「もちろん!」
マドカは満面の笑みで頷いた。
「だって、ゲンナイがネタバレなしで作ってくれるんだよ! 私たちだって初見で攻略できるんだから!」
「おう。俺が作るのは本気のダンジョンだ。お前らのレベルに合わせたモンスターも用意する。手加減してやるつもりはねえぞ」
「最高じゃん!」
マドカは楽しそうに拳を握った。
「どんな階層になるのか分からないし、宝箱だって何が入ってるか分からない! 普通に修行してるより、ずっと面白そうだよね!」
「……マドカ」
ゲンナイがじろりと睨んだ。
「お前、計画を立てた側だろうが。何を今さら初めて聞いたような顔をしてやがる」
「あはは! 楽しみなのは本当だよ!」
「誤魔化すんじゃねえ!」
その隣で、ニコラもにこにこと頷いていた。
「私も楽しみだよ~。マドカと一緒に考えた計画だもんね~」
「ニコラ、お前もだぞ!」
「えへへ~」
「お前らなあ……」
ゲンナイが呆れたように息を吐く。
その様子を見て、ナナリーが勢いよく立ち上がった。
「ちょっと待ってください、マドカちゃん!」
「ん? どうしたの?」
「知ってて黙ってたの!?」
「うん、知ってたよ?」
「そこは普通に認めるんですか!?」
ナナリーが頭を抱えた。
「四十階層まで拡張するなんて、聞いたら絶対に驚くじゃないですか!」
「だって、まだ計画を立ててる途中だったし、話す段階じゃなかったんだもん」
「それは分かりますけど……!」
「それに、まだ完成してないんだから、今から楽しみにしておけばいいじゃない!」
「そういう問題じゃないです!」
ナナリーの抗議に、マドカは困ったように笑った。
「ごめんごめん。次からは、話せる段階になったらちゃんと教えるよ!」
「本当ですよ?」
「本当!」
今度はアリシアが、少し頬を膨らませた。
「……マドカ、私にも最初に言っておいてくださいよ」
「あれ? アリシアも聞いてなかったっけ?」
「聞いていません!」
アリシアはぷいっと顔を背けた。
「以前、三十一階層を見に行ったときだって、何が何だか分からなかったんですよ! あのときも驚かされたのに、今度は四十階層まで拡張するなんて!」
「三十一階層を見せたときは、まだ今回の計画を詳しく話す段階じゃなかったからね」
「だったら、今は話してくれてもいいじゃないですか!」
「うん。そこはごめんね!」
マドカは素直に謝った。
「でも、アリシアもナナリーも、完成したら楽しめると思うよ!」
「……それは、そうかもしれませんけど」
アリシアはまだ少し拗ねた顔をしていたが、興味がないわけではなさそうだった。
「私も、新しい階層は気になります。どんな仕掛けがあるのか、実際に攻略してみたいですし」
「でしょ!」
マドカが嬉しそうに頷く。
「ただし、誰でも同じ条件で入れるわけじゃねえぞ」
ゲンナイが話を引き継いだ。
「ダンジョンは、これからノーマルモードとハードモードに分ける。ノーマルは一般の冒険者向け。今までどおり、少しずつ攻略できるようにする」
「では、ハードモードは?」
カトリーヌが尋ねた。
「エキドナの修行用だ。より強いモンスターを配置して、実力に見合った訓練ができるようにする。ただし、ハードに入るには、それ相応のレベルと実力が必要になる」
「なるほど! つまり、エキドナのメンバーなら誰でも入れるというわけではないんですね!」
エジソンが確認する。
「そういうことだ。修行のための場所なんだから、入っただけで手も足も出ねえようじゃ意味がねえだろ」
「確かに、実力に応じて段階を踏む必要がありますね」
ガイルも頷いた。
「アリシアとナナリーは、レベル六百を超えているから問題ないわ」
リゼットが二人を見て言った。
「ただし、レベル二百から三百程度の者たちは、まだハードモードに挑戦する資格はないわね。まずは自分の実力を磨くことよ」
「六百超え……」
グレタが二人を見比べた。
「改めて聞くと、やっぱりすげえな」
「でも、レベルだけで判断するわけではありませんよね?」
アリシアが尋ねた。
「ええ。実際の戦闘能力も含めて判断するわ。レベルが条件を満たしていても、必要な実力がなければ認めるわけにはいかないもの」
「分かりました。そういうことなら、私も問題ないと認めてもらえるように頑張ります!」
ナナリーが元気よく頷いた。
「うんうん! せっかくのハードモードなんだから、しっかり鍛えないとね!」
マドカも楽しそうに笑う。
「もちろん、ノーマルモードも今までどおり残す。一般の冒険者が攻略を楽しめる場所まで、エキドナの都合で難しくするつもりはねえよ」
「それなら安心ですね」
カトリーヌがほっとしたように微笑んだ。
「一般の冒険者にとっても、これから先の目標が増えるわけですから」
「そうだな。三十階層を攻略した冒険者が、次は四十階層を目指せる。ダンジョンの楽しみも広がるだろうよ」
ゲンナイは満足そうに頷いた。
そして、再びモニターへ視線を戻す。
「ところで……画面のあいつらはどうする?」
氷の洞窟を進む五人の姿が映っていた。
「キシリア、プライド、シルヴァ、アナスイ、ジャスティス。この五人は、今のところノーマルでいいんだよな?」
「ええ。今回はノーマルでいいでしょう」
リゼットはあっさり答えた。
「まだ弱すぎるもの」
「……リゼット様、容赦ないですね」
アリシアが苦笑した。
「事実でしょう? まずはノーマルを攻略して、実力をつけてもらえばいいのよ。ハードモードは、その先の話だわ」
「ふむ。確かに、いきなり高難度に挑ませるより、段階を踏ませるほうがよいな!」
ムサシが大きく頷いた。
「ワシも、強い相手と戦う前には準備が必要だと思うぞ!」
「おっ、ムサシも分かってるじゃねえか」
ゲンナイが笑った。
「当然であろう!」
ムサシは胸を張った。
マドカはモニターを眺めながら、楽しそうに足を揺らしていた。
「いやあ、早く完成しないかなあ。私たちも初見で攻略するんだから、絶対に面白いよ!」
「まだ設計も終わってねえぞ」
「分かってるって! だから楽しみなんじゃない!」
「ははっ! そうかよ!」
ゲンナイも豪快に笑った。
「よし。四十階層まで完成したら、次は五十階層まで拡張してやるからよ!」
「おおっ! いいね!」
マドカが即座に食いついた。
「四十階層を攻略したら、次は五十階層! 目標が増えるのはいいことだよね!」
「……お前ら、もう次の話をしてるのか?」
グレタが呆れたように呟いた。
「まだ四十階層すら完成していないのですが……」
ナナリーも苦笑する。
「いいじゃない! 先の楽しみがあるんだから!」
マドカはまったく気にしていなかった。
ニコラも、そんなマドカを見てくすくすと笑っている。
「マドカとゲンナイが一緒だと、どんどん話が大きくなるね~」
「お前も一緒に計画を立てただろうが!」
ゲンナイのツッコミが飛んだ。
「えへへ~」
「笑って誤魔化すな!」
そのやり取りに、室内から笑い声が上がった。
だが、話はまだ終わらなかった。
「……ところで、飛空艇計画はどうするんだ?」
グレタが、ふと思い出したように尋ねた。
「ダンジョンの拡張にばかり気を取られて、そっちが止まるのは困るぞ」
「ああ、それも進めるさ」
ゲンナイは腕を組んだ。
「素材なら、俺がダンジョンポイントを使って呼び出してやってもいい。必要なものを全部揃えることだってできるだろうよ」
「なら、すぐに建造を進められるんじゃないか?」
「だがな、なんでもかんでも俺が出してやっても面白くねえだろう? 自分たちで素材を集めて、それを使って飛空艇を造る。そういうのも醍醐味ってもんだ」
「おう、そのほうがいいな!」
グレタはすぐに賛同した。
「ダンジョンで素材を集めれば、レベル上げにもなるしな。建造と修行を並行して進められる!」
「そうそう! 必要な素材を集めるために、いろんな階層を攻略するのも楽しそうだよね!」
マドカも頷いた。
「もちろん、どうしても手に入らない素材はゲンナイに頼ればいいわ。全部を自力で集めることにこだわって、計画が止まってしまっても困るもの」
リゼットが資料を確認しながら補足する。
「それと、技術班は毎日の進捗を確認して、必要な指示を出してくれ。あとは自分の研究や設計を進めてもらって構わねえ。工員の人工モンスターは、基本的に自動で作業させておけば問題ねえからな」
「なるほど! 僕たちは一日の作業結果を確認して、必要な調整をすればいいんですね!」
エジソンが納得したように頷いた。
「それなら、新しい設備の設計にも時間を使えますね。僕としては、そちらも楽しみです!」
「建造作業そのものは、かなり効率化できそうですね」
ガイルも感心したように言った。
「よし! じゃあ、素材集めも建造も、みんなで進めていこう!」
マドカが元気よく声を上げる。
「ダンジョンを攻略して、素材を集めて、飛空艇も造る! 忙しくなるけど、絶対に面白いよ!」
「……マドカちゃんが一番楽しそうなのが、なんだか複雑です」
ナナリーがぼそりと呟いた。
「えー、いいじゃん!」
「よくないです!」
ナナリーが即座に返す。
その様子を見て、ニコラがくすくすと笑った。
「でも、まだまだ楽しみは増えそうだよね~」
その言葉に、リゼットがふと思い出したようにモニターを見た。
「そういえば、キシリアは芸能デビューさせたら光ると思うのよね」
「……え?」
グレタが目を瞬かせた。
「芸能デビュー?」
「ええ。あの子、目立つことが好きでしょう? 配信でも存在感があるし、舞台に立たせたら面白そうだわ」
「確かに~。キシリアはカメラの前でも堂々としてるもんね~」
ニコラが頷いた。
「だったら、あの五人でユニットでもやらせたらどうかしら?」
リゼットがさらりと続けた。
「キシリアさんたち五人で!?」
マドカの目が輝いた。
「いいね、それ! ライブもできるし、飛空艇のライブ会場を使う理由も増えるじゃない!」
「……待て。ダンジョン拡張に飛空艇の建造、それに芸能ユニットまで増えるのか?」
グレタが額を押さえた。
「おう、忙しくなるな!」
ゲンナイは豪快に笑った。
「いや、誰が忙しくなると思ってるんだよ!」
グレタのツッコミが、マスタールームに響き渡った。




