↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落内円は落ちている  作者: 七風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
587/606

勇者パーティー24層

シルヴァが入口を確認し、五人はそのまま次の階層へ進んだ。


 景色が切り替わった瞬間、肌を刺すような冷気が頬を撫でた。


 そこは、氷に覆われた洞窟だった。


 壁も天井も、足元に広がる岩肌さえ、ところどころが透き通った氷に包まれている。青白い光が洞窟の奥から差し込み、周囲をぼんやりと照らしていた。


「……寒っ!」


 プライドが肩をすくめる。


「今度は氷の洞窟か。森の次はずいぶん冷える場所だな」


「綺麗な場所ではありますけれど……」


 アナスイは周囲を見渡し、少し眉をひそめた。


「どうにも、不気味ですわね」


「不気味?」


 キシリアが首を傾げる。


「ええ。ここの氷には、少し厄介な仕掛けがあるのです」


 アナスイは壁に広がる透明な氷へ視線を向けた。


「この洞窟では、ときどき氷に自分の姿が映ります。ですが、その映った姿が、こちらに話しかけてくることがあるのですわ」


「……は?」


 プライドが思わず聞き返した。


「氷に映った自分が、しゃべるのか?」


「ええ。しかも、ただ意味のないことを囁くわけではありません」


 アナスイは慎重に言葉を選んだ。


「その声は、本人が気にしていることや、自信を失いそうになるようなことを口にするのです。まるで、こちらの心を覗いているかのように」


 その説明を聞き、シルヴァも真剣な表情になった。


「精神に干渉する仕掛け、ということでしょうか……」


「詳しい原理までは分かりませんわ。ただ、聞いていて気分のいいものではありません」


 アナスイは小さく息をついた。


「例えば、装備を身につけている者には『その装備は借り物のくせに、よく偉そうにできますわね』と囁いたり。勇者を目指している者には『あなたに勇者は無理ですわ』と言ったり……」


「うわぁ……。性格悪いな、それ!」


 プライドが露骨に嫌そうな顔をした。


「ええ。しかも、本人が言いそうにないことまで、まるで自分自身が考えているかのような口調で囁いてきますの」


 アナスイは氷の壁を見つめた。


「わたくしの場合は……『キシリアの方が美人よね』などと言われましたわ」


「…………」


 キシリアが一瞬、アナスイを見た。


「……それ、氷に言われたの?」


「そうですわ」


「ふうん……」


「キシリアさん?」


「いえ、別に?」


 キシリアはすぐに視線を逸らした。


 アナスイは少しだけ頬を膨らませる。


「とにかく、そういうことを延々と囁いてくるのです。こちらが否定しても気にせず繰り返しますし、放っておいても耳に入ってくる。実に不愉快ですわ」


「なるほど……。相手の自信を揺さぶって、判断を鈍らせる狙いがあるのかもしれませんね」


 シルヴァが考え込むように言った。


「僕の場合は、発明品が大したことないとか、ニコラ博士も僕には期待していないとか、そんなことを言われました」


「……それは、嫌な仕掛けね」


 キシリアが眉をひそめた。


「ええ。もちろん、氷の中の自分が本当にそう考えているわけではありません。ですが、自分の姿をしているせいか、妙に耳に残るのです」


 シルヴァは苦笑した。


「普段なら気にしないような言葉でも、何度も聞かされると、さすがに気分が悪くなりますからね」


「……面倒くさい場所だな」


 プライドが腕を組んだ。


「敵が襲ってくるなら倒せばいい。でも、こんなのはどうすりゃいいんだ?」


「まずは、囁きの内容を真に受けないことですわ。それから、氷に映る自分を長く見つめないこと。わたくしたちは以前、この階層を少し進みましたが、あまり長居はしたくありませんでした」


「二十四階層はアナスイさんたちでも、途中までしか進んでいないんでしたね」


 シルヴァが頷いた。


「ええ。先へ進む方法も、洞窟の全貌も、まだ把握できていません。今回は未知の部分を探ることになりますわ」


 キシリアは壁に広がる透明な氷をじっと見た。


 そこには、確かに自分の姿が映っている。


 黒い髪に赤い瞳。薔薇の髪飾りをつけ、黒と深紅のドレスに身を包んだ、いつもの自分だった。


 今のところ、氷の中のキシリアは何も言わず、ただこちらを見つめている。


「……ふん。何を言われても、私は私よ」


 キシリアは胸を張った。


「こんな仕掛けに惑わされるほど、私は弱くないわ!」


「その意気ですわね」


 アナスイは頷いた。


「ただし、実際に囁き始めても、無理に言い返そうとしない方がいいかもしれません。相手にすると、余計に気になってしまいますから」


「分かった。氷の中の自分に話しかけられても、無視すればいいんだな」


 プライドが確認する。


「基本的には、そういうことです」


 シルヴァは洞窟の奥を見た。


 青白い光が続く先には、まだ見えない道が伸びている。


 壁や天井の氷には、五人の姿がいくつも映り込んでいた。


 誰もが、まだ何も言わない自分の幻影を見つめている。


 だが、この先では、それぞれの耳元に、聞きたくもない言葉が囁かれることになるのだろう。


「……よし。気を引き締めて進みましょう」


 シルヴァの声を合図に、五人は氷の洞窟の奥へと歩き始めた。


 美しい青白い光に包まれた道。


 その静けさの中には、まだ誰も聞いていない、もう一人の自分の声が潜んでいた。


 五人が洞窟の奥へ進み始めて、しばらくした頃だった。


『キシリアの方が美人よね』


 不意に、氷壁から声が聞こえた。


「……またですの?」


 アナスイはちらりと壁を見ただけで、すぐに視線を戻した。


『キシリアの方が美人よね。キシリアの方が美人よね』


「はいはい。そう思うのでしたら、それで結構ですわ」


 アナスイは涼しい顔で歩き続ける。


『キシリアの方が美人よね』


「……少し静かにしていただけませんこと?」


 それだけ言って、彼女は再び無視した。


「……アナスイ、お前すげえな」


 プライドが思わず感心したように呟く。


「何がですの?」


「いや、普通に聞き流してるからさ。俺だったら、三回目くらいで壁を殴ってるかもしれねえ」


「ふふ。相手にするだけ無駄ですわ。わたくしがどう思うかは、わたくしが決めることですもの」


 アナスイは少しも気にした様子がなかった。


『アナスイさん、精神攻撃が効いてないw』

『氷さん、相手が悪かったな』

『無視が一番ってことか?』

『いや、アナスイさんだから成立してる気もするw』


「さて、先へ進みましょう」


 アナスイは何事もなかったかのように歩き出した。


 その一方で、シルヴァは足を止めていた。


 氷壁に映る自分の姿が、こちらを見つめている。


『何もかも中途半端ですよね、僕』


「……」


『発明家を名乗っているのに、自分だけで大したものを作れたわけでもない』


『ニコラ博士に出会えたから、少しはマシになっただけでしょう?』


 シルヴァの表情から、いつもの穏やかな笑みが消えた。


『エキドナに出会えなかったら、今頃どうなっていたんでしょうね』


『きっと、何者にもなれないまま、普通の人間として終わっていたんでしょうね』


「……やめてください」


 シルヴァは静かに言った。


 しかし、氷の中の自分は止まらない。


『本当の天才なら、誰かに出会う前から才能を発揮できるはずですよね?』


『あなたが今持っている知識も、技術も、力も。結局は周囲に恵まれたおかげじゃないですか』


 シルヴァは拳を握った。


 エキドナに出会ってから、自分の世界は大きく変わった。


 優れた技術に触れ、発明家として学び、以前よりも強くなれた。自分一人では思いつかなかったような発想にも出会えた。


 それは間違いなく、喜ぶべきことだ。


 それなのに。


 もし、エキドナに出会っていなかったら。


 もし、自分があの環境に身を置くことがなかったら。


 今の自分には、何が残っていただろう。


「……僕は」


 シルヴァは言葉を詰まらせた。


「本当に、自分の力でここまで来られたんでしょうか……」


「シルヴァ?」


 アナスイが振り返る。


「どうかなさいましたの?」


「……いえ。大丈夫です」


 シルヴァは顔を上げ、無理に笑みを作った。


「少し、考え事をしていただけですよ」


 そう答えたものの、彼の視線は一瞬だけ氷壁へ戻った。


 そこに映る自分は、まだ何かを囁こうとしていた。


『ほら。自分でも否定できないんですね』


「……っ」


 シルヴァは今度こそ、氷壁から目を逸らした。


「先へ進みましょう。立ち止まっていても仕方ありませんから」


 いつもと変わらない口調を保とうとしていた。


 けれど、仲間たちには、その声がわずかに硬くなっていることが分かった。


 さらに奥へ進むと、今度はプライドが足を止めた。


 氷壁に映る自分が、嘲笑うように口を開く。


『エキドナにも負けて、自慢の自信はボロボロか?』


「……あ?」


 プライドの眉が跳ね上がった。


『威勢よく大剣を振り回していたくせに、結局は自分より強い奴がいると分かった途端、その程度か』


『お前は勇者になれると思っていたんだろう?』


『だが、現実はどうだ。エキドナの連中には及ばず、仲間と一緒に行動しなければダンジョンも進めない』


「……ふざけんな」


 プライドは低い声で吐き捨てた。


『結局、一人じゃ何もできないからパーティーを組んでいるんだな』


「うるせえよ!」


 プライドが氷壁を睨みつけた。


「一人で何でもできる奴なんて、そうそういるかよ! 仲間と組むのが悪いことみたいに言ってんじゃねえ!」


 大剣の柄を握る手に力がこもる。


 エキドナの実力が自分の想像を超えていたことは、プライド自身が一番よく分かっていた。


 装備の性能も、技術も、戦闘経験も。自分にはまだ足りないものがある。


 だからこそ、強くなろうとしているのだ。


 それなのに、氷の中の自分は、そんな努力まで嘲笑ってくる。


『そうやって怒ることしかできないのか?』


「黙れ!」


 プライドは大剣を持ち上げかけた。


「プライド、待ってください!」


 シルヴァが慌てて声をかける。


「氷を攻撃しても、何が起きるか分かりません!」


「……っ、分かってるよ!」


 プライドは舌打ちし、剣を下ろした。


「こんなもん、まともに相手してられるか!」


 そう言いながらも、その表情は先ほどまでより険しくなっていた。


『プライドさん、かなり刺さってるな……』

『言い返せてるけど、嫌なところを突いてくる』

『強くなりたいと思ってるからこそ、腹が立つんだろうな』

『壁を壊したくなる気持ちは分かる』


「コメントまで余計なことを言うな!」


 プライドが配信カメラへ怒鳴った。


「お前らも、あとで覚えてろよ!」


「視聴者にまで当たらないでくださいよ……」


 シルヴァがため息をつく。


 そのとき、少し後ろを歩いていたジャスティスが、ふと足を止めた。


 彼の目の前にも、氷壁があった。


 そこに映る自分は、剣を携え、いつものように胸を張って立っている。


 だが、その口から出てきた言葉は、ジャスティスが予想していたものとは違った。


『お前は、転生者として恥をさらしてばかりじゃないか』


「……え?」


『せっかく別の世界に生まれ変わったのに、何か大きなことを成し遂げたのか?』


『勇者になったわけでもない。世界を救ったわけでもない』


『お前はいつまで、自分を特別な人間だと思い込んでいるつもりだ?』


 ジャスティスは剣の柄を握りしめた。


『立派な詠唱を考えて、格好をつけて。それで何が変わった?』


『結局、お前は何者にもなれていない』


「……うるせえよ」


 小さな声だった。


 いつものように大声で言い返すことも、気取った台詞で笑い飛ばすこともできなかった。


『この世界に来た意味なんて、あったのか?』


 ジャスティスは唇を噛んだ。


 異世界に転生した。


 前世とは違う人生を得た。


 だからこそ、何かを成し遂げたいと思っていた。


 勇者を名乗るのも、格好いい詠唱にこだわるのも、ただ目立ちたいからという理由だけではない。


 いつか本当に、胸を張って自分を勇者だと言えるようになりたかった。


 けれど、今の自分はどうだろう。


 Aランク冒

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。