勇者パーティー23層へ
# キシリア様のダンジョン配信!――二十三階層、森の厄介者たち
二十三階層へ続く扉をくぐると、五人の目の前には広大な森林が広がっていた。
背の高い木々が空を覆い、枝葉の隙間から木漏れ日が差し込んでいる。地面には草やシダが生い茂り、あちこちに大きなキノコが顔を出していた。
「わあ……今度は森なのね!」
キシリアは周囲を見回し、楽しそうに声を上げた。
「砂漠の次が森林か。ずいぶん雰囲気が変わるな」
プライドも感心したように頷く。
「森の中を進んでいけばいいんですよね?」
ジャスティスがシルヴァに尋ねた。
「ええ。この階層のゴールは、森の奥にある一番大きな木です。そこを目指して進みましょう」
「一番大きな木、ねえ。分かりやすくていいじゃないか!」
プライドは気楽に笑った。
「ただし、気をつけてください。この階層では、キノコの胞子が厄介なんです」
シルヴァが注意を促した。
「胞子?」
キシリアが首を傾げる。
「特定のキノコが放つ胞子を吸い込むと、一時的に身体を操られてしまうことがあります。本人の意思とは関係なく、周囲の者に攻撃を仕掛ける場合もあるそうです」
「……は?」
キシリアの笑顔が止まった。
「ちょっと待ちなさい。仲間が急に敵になるってこと?」
「そういうことですね」
「嫌すぎるだろ、それ!」
プライドが思わず声を上げた。
「気をつけていれば防げるのか?」
「胞子を吸い込まないようにするのが基本ですね。風魔法などで散らすこともできますが、風向きによっては別の場所へ飛ばしてしまう可能性もあります」
「なるほど……。注意して進む必要がありますわね」
アナスイは真剣な表情で頷いた。
そのとき、配信画面にコメントが流れ始めた。
『二十三階層きた!』
『胞子には気をつけろよ!』
『キノコを見つけたら不用意に近づくな』
『仲間が急に襲ってくることもあるからな』
『ゴールは一番大きな木だぞ!』
『初見組は胞子に注意だ!』
「……なるほどね。視聴者の皆様も、ずいぶん詳しいようですわね」
アナスイがコメントを眺めながら言った。
「この階層は、それだけ胞子が厄介なんでしょうね」
「ふん。操られる前に倒せばいいんだろ?」
ジャスティスが剣の柄に手をかけた。
「まあ、確かにそうなんだけど……」
プライドは森の奥を見渡す。
「どんな魔物がいるのかも分からないし、気をつけながら進むしかないな」
「そういうことですね。では、出発しましょう」
シルヴァを先頭に、五人は森の中へと足を踏み入れた。
しばらく進むと、木の幹に張りついた小さなキノコの群れが見えてきた。
「おっ、キノコだ」
プライドが何気なく視線を向ける。
「待ってください。あれが胞子を放つ種類かもしれません」
シルヴァが足を止めた。
その直後だった。
キノコの表面がぷくりと膨らみ、ふわっと白い煙のようなものが広がった。
「うわっ!?」
プライドが反射的に身を引く。
「きゃっ!? 何よ、これ!」
キシリアも慌てて後ろへ飛び退いた。
「風よ!」
アナスイが即座に風魔法を発動させる。
胞子が五人の進路から逸れ、森の奥へと流れていった。
「危なかったですね……」
シルヴァが安堵の息をつく。
「ええ。今のは吸い込まずに済んだようですわ」
アナスイも胸をなで下ろした。
「……ちょっと! こんなのが森のあちこちにあるの!?」
キシリアがキノコを睨みつける。
「そう考えておいたほうがいいでしょうね」
「最悪じゃない!」
『いきなり胞子のお出迎えw』
『アナスイさんの風魔法、ナイス!』
『吸い込まなくてよかったな』
『ここからが本番だぞ』
『キノコを見かけたら距離を取るのが基本』
「よし、今度からキノコを見つけたら、先に確認してから進もう」
プライドがそう提案した。
「それがよさそうですね」
シルヴァも頷く。
その後も五人は慎重に森を進んでいった。
木の根が張り出した道を抜け、茂みを迂回し、ときには枝葉の間から飛び出してくる小型の魔物を迎え撃つ。
ここまでは順調だった。
――だが、別の問題が待ち受けていた。
ガサガサッ。
頭上の枝が揺れた。
「ん?」
キシリアが顔を上げる。
次の瞬間、葉の陰から大きな虫型の魔物が姿を現した。
硬そうな外殻を持つ、巨大な甲虫だった。
その大きさは、人間の頭ほどもある。
「……っ!?」
キシリアの顔が固まった。
「…………」
アナスイも笑顔のまま、ぴたりと動きを止めた。
「おい、どうした?」
プライドが二人を見比べる。
「ちょっと待って……」
キシリアがじりじりと後ずさった。
「それ、こっちに来ないでしょうね?」
「いや、魔物なんだから、こっちに来る可能性はあるだろ?」
「そういう現実的なことを言わないでちょうだい!」
キシリアが声を荒らげた。
甲虫は羽を広げ、低い羽音を響かせる。
ブブブブブ……!
「ひっ!?」
キシリアが悲鳴を上げた。
「ちょっと! 飛んだわよ!?」
「え、ええ……。飛ぶ種類のようですわね……」
アナスイも明らかに表情が引きつっていた。
普段なら魔物が飛びかかってきても冷静に対応できる二人だが、目の前の虫には、どうにも近づきたくないらしい。
「……お前ら、虫が苦手なのか?」
プライドが意外そうに尋ねた。
「苦手に決まっているでしょう!?」
「そ、そうですわね……。できれば、あまり近くで見たくありませんわ……」
「いや、魔物だぞ? 倒せばいいだろ?」
「分かってるわよ! 分かってるけど、近くに来るのが嫌なの!」
キシリアが必死に訴える。
その間にも、甲虫は羽音を立てながら近づいてきた。
「うわっ、こっち来た!」
今度はシルヴァが声を上げた。
甲虫が彼の顔の近くをかすめて飛んでいったのだ。
「……っ、できれば、もう少し離れて飛んでほしいですね!」
「シルヴァまで苦手なのかよ!?」
プライドが目を丸くする。
「好き好んで近づきたい相手ではありませんからね!」
「まあ、気持ちは分かるが……」
プライドも甲虫を見上げ、露骨に顔をしかめた。
「俺も、できれば触りたくはないな……」
「プライドさんまで!?」
シルヴァが思わず叫んだ。
「いや、あの大きさの虫は普通に嫌だろ!?」
「皆様、落ち着いてくださいませ!」
アナスイが自分に言い聞かせるように声を上げる。
「落ち着いて攻撃すれば、すぐに倒せますわ!」
「じゃあ、誰が倒すんだよ!?」
プライドが尋ねた。
四人の視線が、自然と最後の一人へ集まった。
ジャスティスだった。
「……ん? 何だよ?」
彼は不思議そうに首を傾げた。
「いや、ジャスティス。お前、平気なのか?」
プライドが尋ねる。
「何が?」
「虫だよ、虫!」
「別に? 魔物なんだから倒せばいいだろ」
ジャスティスはあっさり答えた。
そして剣を抜くと、飛び回る甲虫の動きを見極め、すっと間合いを詰めた。
「ほら、そこ!」
一閃。
炎をまとった剣が甲虫を捉え、外殻を砕いた。
甲虫は地面へ落ち、そのまま動かなくなった。
「よし、終わり!」
ジャスティスは剣を振って刃を収めた。
あまりにもあっさりした決着だった。
「…………」
キシリアは無言でジャスティスを見つめた。
「…………」
アナスイも、どこか信じられないものを見るような目をしている。
「……え? 何だよ、その顔」
「いや……」
プライドが口元を押さえた。
「お前、こういうときは頼りになるんだな」
「こういうときって何だよ!?」
「虫退治だよ!」
「そりゃ、普通に倒しただけだろ!」
ジャスティスは不満そうに言い返した。
「いやあ、まさかジャスティスが一番頼りになるとは思いませんでしたわ……」
アナスイが、ようやく表情を取り戻した。
「その点については、わたくしも認めざるを得ませんわね……」
「ちょっと! そこ、妙に納得しないでくれる!?」
キシリアが抗議する。
『まさかのジャスティス無双w』
『虫に関しては頼れる男』
『キシリア様、完全に距離を取ってて草』
『アナスイさん、まだ虫のいた場所を見てるw』
『シルヴァさんまで苦手なの意外だな』
『プライドさんも平気じゃなかったのかw』
『ジャスティス、今日だけは格好いいぞ!』
「今日だけはって何だよ!」
ジャスティスが配信画面へ向かって抗議する。
「俺だって、やるときはやるんだからな!」
「はいはい。虫が出てきたら、またお願いするわね」
キシリアが即座に言った。
「お前、絶対それが目的だろ!?」
「何のことかしら?」
「とぼけるな!」
そんなやり取りをしながら、五人は再び森の奥へ進み始めた。
ただし、キシリアとアナスイは、先ほど虫が飛んできた場所を通るとき、いつもより大きく迂回していた。
シルヴァも何も言わず、その判断に従った。
プライドは少しだけ不満そうだったが、結局は同じように迂回する。
ジャスティスだけが、何事もなかったかのように先へ進んでいた。
「……なあ。次も虫が出てきたら、お前が倒してくれよ」
プライドが小声で頼む。
「だから、普通に倒すって言ってるだろ!」
「助かるわ。頼りにしていますわね」
アナスイまで便乗した。
「アナスイさんまで!?」
ジャスティスの叫びが、森の中に響き渡った。
だが、彼らが森の奥へ進むにつれて、魔物の気配は少しずつ濃くなっていった。
そして、道の脇には、先ほどよりも大きなキノコがいくつも生えていた。
その傘の表面には、不気味な粉がうっすらと積もっている。
『そろそろ胞子に気をつけろ』
『この先、キノコが増えてくるぞ』
『ジャスティスさん、虫退治だけじゃなく周囲も見てくれよ』
『仲間同士で距離を取って進むんだ!』
コメントを見たシルヴァは、改めて周囲を確認した。
「皆さん、ここからは特に注意しましょう。キノコの種類によっては、刺激を受けただけで胞子を放つものもあるかもしれません」
「分かったわ。今度こそ、絶対に吸い込まないんだから!」
キシリアが気合いを入れる。
「ええ。ジャスティスさんも、油断なさらないでくださいませ」
アナスイが声をかけた。
「分かってるって。虫も胞子も、まとめて片付けてやるよ!」
ジャスティスは自信たっぷりに答えた。
――その直後。
彼の足元に生えていた小さなキノコが、ぷくりと膨らんだ。
誰も、それに気づいていなかった。
次の瞬間、白い胞子がふわりと舞い上がる。
「……ん?」
ジャスティスが、わずかに顔を上げた。
そして、そのまま胞子を吸い込んでしまった。
『あっ』
『ジャスティスさん!?』
『今、吸ったぞ!?』
『お約束きたあああ!』
『いや、笑ってる場合じゃない! みんな気をつけろ!』
ジャスティスは、しばらく何事もなかったかのように立っていた。
「……ジャスティス?」
プライドが声をかける。
「どうしたのよ? 急に黙り込んで」
キシリアが怪訝そうに顔を覗き込む。
ジャスティスはゆっくりと顔を上げた。
その目から、いつもの表情が消えていた。
そして、彼は無言で剣を抜いた。
「……え?」
シルヴァが目を見開く。
ジャスティスは剣を構え、目の前にいる仲間たちへ切っ先を向けた。
「おい、ちょっと待て……」
プライドが一歩下がる。
「まさか……!」
アナスイの表情が強張った。
キシリアは、自分たちに向けられた剣を見つめ、思わず声を上げた。
「ちょっと! ジャスティス! 何をするつもりよ!?」
返事はない。
次の瞬間、ジャスティスが地面を蹴った。
仲間たちへ向かって、一直線に斬りかかってきたのだった。
ジャスティスが剣を構え、仲間たちへと斬りかかった。
「うおっ、ちょっと待て! 本当に攻撃してきたぞ!」
プライドが大剣でその一撃を受け止める。
ガキンッ!
「ジャスティスさん、聞こえていますか!?」
シルヴァが呼びかけるが、返事はない。
ジャスティスは剣を引き戻すと、今度はプライドへ向かって踏み込んだ。
「くそっ、操られてるって分かってても、こいつ普通に強いじゃねえか!」
「感心している場合ではありませんわ!」
アナスイは風魔法でジャスティスの足元を払った。
体勢が崩れたところへ、キシリアが細剣を突きつける。
「ちょっと! 私たちに剣を向けるなんて、いい度胸じゃない!」
「キシリア、今は説教してる場合じゃない!」
「分かってるわよ!」
ジャスティスが再び立ち上がろうとした瞬間、プライドが横から大剣の腹で身体を押さえ込んだ。
さらにシルヴァが拘束用の魔道具を作動させ、ジャスティスの腕と脚を固定する。
「これで動けないはずです!」
「よし、確保!」
キシリアが胸を張った。
「……って、ちょっと待ちなさい。これ、どうすれば元に戻るのよ?」
「胞子の影響は一時的だと聞いています。まずは、周囲のキノコから離れましょう」
シルヴァは手早く周囲を確認した。
アナスイが風魔法で残っていた胞子を散らし、五人はキノコの群生地から距離を取る。
やがて、ジャスティスの身体から力が抜けた。
「……ん? あれ? 俺、何してたんだ?」
目を瞬かせるジャスティス。
その目の前には、武器を構えた仲間たちがいた。
「…………」
「…………」
「……え? 何で全員、そんな顔してんの?」
キシリアが一歩前へ出た。
「ジャスティス。あなた、私たちに斬りかかったのよ」
「は?」
「胞子に操られていたんです。本人の意思ではありませんが、こちらも対処せざるを得ませんでした」
シルヴァが説明すると、ジャスティスはしばらく黙り込んだ。
「……えっ。俺、みんなに攻撃したの?」
「ええ。なかなか激しかったですわよ」
アナスイは笑顔を浮かべていた。
ただし、その笑顔には少しだけ迫力があった。
「いや、待てって! 俺、全然覚えてないんだけど!?」
「覚えていないからといって、こちらが受けた攻撃まで消えるわけではありませんわ」
「うっ……」
ジャスティスが言葉に詰まる。
プライドは大剣を肩に担ぎ、しみじみと呟いた。
「いやあ、仲間が急に敵になるってのは厄介だな。しかも、遠慮なく攻撃してくるし」
「悪かったって! 俺だって好きでやったわけじゃないんだよ!」
『ジャスティスさん、胞子にやられたw』
『制圧までが早い!』
『操られてる間も普通に強いから危ないんだよな』
『キシリア様、怒ってる怒ってるw』
『本人に悪気がないのは分かるけど、襲われた方はたまらん』
『二十三階層のお約束だけど、やっぱり怖いな』
「……とにかく、先へ進みましょう」
シルヴァが話を切り上げた。
「この階層のゴールは、一番大きな木でしたね。森の奥を目指せばいいはずです」
「そうね。もうキノコは見たくないわ!」
キシリアは勢いよく歩き出した。
「虫もできれば勘弁してほしいですわね……」
アナスイも、先ほど甲虫が現れた場所を思い出したのか、少しだけ表情を曇らせた。
「いや、虫なら俺が倒すから大丈夫だって」
ジャスティスが胸を張る。
「今はあまり格好をつけない方がいいと思いますよ」
シルヴァに指摘され、ジャスティスは不満そうに口を尖らせた。
その後、一行は大きな問題もなく森の奥へと進んでいった。
やがて木々の向こうに、ひときわ巨大な樹木が姿を現した。
幹は見上げても全体を捉えきれず、枝葉は周囲の木々を覆い隠すほど広がっている。
「あれが……この階層のゴール?」
キシリアが目を見開いた。
「大きいな……。森の中に、こんな木があるのかよ」
プライドも感嘆の声を漏らす。
「ええ。あの木の近くに、次の階層へ進むための入口があります」
シルヴァが答えた。
五人は巨大な木の根元へと向かい、周囲を確認してから入口を見つけた。
「よし、二十三階層は突破だな!」
プライドが拳を握る。
「ふふん! 私たちにかかれば、こんなものよ!」
キシリアが配信カメラへ向かって胸を張った。
『二十三階層突破!』
『胞子には気をつけようなw』
『ジャスティスさん、次は吸い込む前に気づいてくれ』
『巨大な木、何度見ても迫力あるな』
『次は二十四階層か!』




