31層
# 第3話「未知の31階層――見えない騎士とビーフシチュー」
30階層のボス部屋から落下したマドカたちがたどり着いたのは、見覚えのない広大な空間だった。
周囲には岩壁が広がり、ところどころに人工的な通路が見える。床や壁の造りも、これまで探索してきた30階層とは明らかに違っていた。
「うーん……。ここ、どこなんだろうね?」
マドカは周囲を見回しながら首を傾げた。
「少なくとも、私たちが知っている30階層ではないわね」
リゼットは落ち着いた様子で周囲を確認する。
「転移させられたのか、それとも階層そのものが変わったのか……。現時点では判断できないわ」
「いずれにしても、まずは周囲を確認したほうがよさそうですね」
アリシアが銃を構え、通路の奥へ視線を向けた。
「ですね。戻る方法を探すにしても、まずは安全を確保しないと」
ナナリーも二本の短剣を手に取った。
そのときだった。
通路の奥から、金属が擦れるような音が響いた。
カチャリ。
カチャ、カチャリ。
誰かが鎧をまとって歩いているような音だった。
「……ん?」
マドカが顔を上げる。
音は徐々に近づいてくる。だが、通路の先には何も見えなかった。
「敵の気配がありますね」
アリシアが銃口を向ける。
「姿が見えないのに、鎧の音だけは聞こえるんだね~」
ニコラも銃を取り出した。
「ちょっと面白い仕掛けだね~」
「面白がっている場合じゃないと思います!」
ナナリーが小声で突っ込んだ。
次の瞬間。
ガキンッ!
金属音が響いた。
マドカのすぐ横にあった岩壁へ、深い斬撃の跡が刻まれる。
「うわっ!?」
ナナリーが飛び退いた。
「今の、何ですか!?」
「斬撃……でしょうね」
アリシアが壁を確認する。
「でも、攻撃そのものは見えませんでした。飛んできたものも、魔法の光もありません」
「姿だけじゃなくて、攻撃まで透明なのね」
リゼットは斬撃の跡を眺めた。
「厄介な相手だわ」
そのとき、マドカが何でもないことのように頷いた。
「なるほどね! 見えないだけで、魔力は見えるでしょ?」
「……え?」
ナナリーがマドカを見る。
「だから、なんとなく斬れる気がするよ!」
一同が一瞬、沈黙した。
『キシリア:ウソでしょ!? 攻撃まで見えないってどういうことよ!?』
『プライド:見えねぇんだよ!!』
『ジークフリート:攻撃の軌道を視認できないのか……。これは慎重に対処する必要があるな』
『マドカさん、なんでそんなに普通なんだよw』
『見えない攻撃に対して「なんとなく斬れる」はおかしいw』
「え? 見えないだけで、魔力は見えるでしょ?」
マドカは本気で不思議そうに首を傾げた。
『プライド:だから見えねぇって言ってんだろ!!』
『キシリア:あんたの感覚を基準に話すんじゃないわよ!!』
『プライドのツッコミが追いつかないw』
「そ、そうなんですね……?」
ナナリーまで困惑してしまった。
「まあ、マドカの感覚は参考程度にしておきましょう」
リゼットはあっさりと話をまとめた。
「全員、敵の姿だけを探そうとしないこと。音や周囲の変化、攻撃の痕跡も観察して」
「了解です!」
ナナリーが短剣を構え直す。
その直後、金属音が再び響いた。
「来ます!」
ナナリーは前へ飛び出した。
見えない敵の気配が迫る。彼女は二本の短剣を構え、あえて敵の攻撃が届く距離まで踏み込んだ。
キンッ!
短剣と何かがぶつかる音が響いた。
「っ……!」
ナナリーは衝撃を受け流し、そのまま身体をひねって横へ跳ぶ。
直後、彼女が立っていた場所の床に斬撃の跡が走った。
「やっぱり、攻撃の瞬間に隙ができますね!」
ナナリーはすぐに距離を取りながら叫んだ。
「ナナリー、無理に受け止めなくていいわ! 攻撃を誘って、動きを制限しなさい!」
「はい!」
ナナリーは敵の注意を引きつけながら、通路の広い場所へと誘導していく。
その間に、アリシアが銃を構えた。
「攻撃の痕跡と音の位置から、おおよその場所は推測できます」
彼女は敵が踏み込んだ瞬間を狙い、引き金を引いた。
銃声が通路に響く。
弾丸は見えない騎士の胴体があると思われる位置へ飛び、硬い金属音を立てた。
「命中しました。でも、まだ倒れていません!」
「それなら、こっちも試してみようかな~」
ニコラが銃を構えた。
銃身に聖属性の魔力が集まっていく。
「姿が見えなくても、当たるところに撃てばいいんだよね~」
のんびりとした声とは裏腹に、照準は正確だった。
パンッ!
放たれた弾丸が、見えない騎士を捉える。
今度は、鎧が大きく軋む音が響いた。
「おっ、効いてるみたいだね~」
「聖属性が有効なのかしら。それとも、単純に威力が高かったのか……」
リゼットは様子を観察しながら呟いた。
「そこは、あとで検証してみる価値がありそうね」
しかし、騎士はまだ倒れなかった。
再び剣を振るう気配が走る。
その瞬間、マドカが一歩踏み込んだ。
「そこだよ!」
マドカの剣が空を切る。
――いや、空を切ったように見えただけだった。
次の瞬間、見えない騎士の鎧から、金属が裂けるような音が響いた。
カランッ。
何かが床に落ちる音がする。
騎士の姿は依然として見えない。だが、先ほどまで確かにそこにあった気配が弱まっていた。
「よしっ! なんとなく当たった!」
『キシリア:なんとなくで当てるな!!』
『プライド:だから何なんだよ、その感覚は!?』
『ジークフリート:……攻撃を見切ったのか。それとも、魔力の流れを捉えているのか』
『今の一撃、何も見えなかったんだがw』
『本人だけが分かってるの怖すぎる』
「マドカ、まだ終わっていないわよ」
リゼットの声が飛ぶ。
「はいはーい!」
マドカが返事をした直後、見えない騎士が再び剣を振るった。
しかし今度は、その動きをリゼットが正面から受け止めた。
ガギィンッ!
空中で激しい金属音が鳴り響く。
「……なるほど。そういう仕組みなのね」
リゼットは敵の剣を押し返した。
「姿を隠しているだけなら、こちらから攻撃を当てればいい話よ」
次の瞬間、リゼットの攻撃が騎士を捉えた。
轟音とともに、見えない身体が壁へ叩きつけられる。
鎧が砕ける音が響き、騎士の気配が消えた。
「はい、終了」
リゼットは何事もなかったかのように武器を収めた。
『リゼット様、対応が雑に見えるのに強いw』
『キシリア:いや、今のは普通におかしいでしょ!?』
『プライド:マドカもリゼットも基準にできねぇんだよ!』
『ジークフリート:敵の姿が見えないという条件でも、戦闘方法はある……。これは貴重な情報だな』
『ニコラさんの聖属性銃も気になる!』
『ナナリーさんが攻撃を誘って、アリシアさんとニコラさんが撃つ連携よかったな!』
「さて、と」
リゼットは周囲を確認し、全員の様子を見渡した。
「この階層について、少し分かったことがあるわね」
「敵の姿が見えなくても、攻撃の痕跡や音を手がかりにできること。聖属性の銃が有効かもしれないこと……ですね」
アリシアが整理する。
「それに、敵が攻撃した直後には隙ができるみたいです。私が誘導すれば、みんなが攻撃する機会を作れそうです!」
ナナリーも頷いた。
「うんうん。まだ分からないことは多いけど、調べる価値はありそうだね~」
ニコラは銃をしまった。
「ただ、ここがどんな階層なのか、全体の構造も確認しなければいけないわ」
リゼットは通路の先へ視線を向けた。
「今日は無理に奥まで進まず、途中までしっかりマッピングしていきましょう」
「マッピングか~。それなら、道を覚えながら進めばいいんだね!」
マドカが元気よく答えた。
「そういうことよ。分岐や目印、敵が出現した場所も記録しておきましょう。帰還経路を確保するためにも重要だからね」
こうして一行は、未知の31階層の調査を始めた。
通路の形状、分岐の位置、壁に刻まれた特徴的な模様。見つけたものを順番に記録しながら、慎重に歩みを進めていく。
途中、別の通路を見つけることもあったが、今日は深入りせず、位置だけを記録して先へ進んだ。
敵の気配があれば立ち止まり、周囲を観察する。
見えない騎士と同じような魔物が現れたときも、ナナリーが攻撃を誘い、アリシアとニコラが銃で援護する。マドカは相変わらず感覚的に攻撃を当て、リゼットは必要と判断した場面で一気に敵を制圧した。
戦闘と調査を繰り返すうちに、マドカたちの手元には少しずつ地図ができあがっていった。
「うん。これなら、今日の調査としては十分な成果ね」
リゼットが記録を確認して頷いた。
「じゃあ、そろそろ戻りましょうか」
「えっ、もうですか?」
ナナリーが尋ねる。
「ええ。今日はここまでよ」
リゼットはきっぱりと言った。
「ええっ!? まだ先があるよ!?」
マドカが驚く。
「だからこそ、今日はここまでなの。無理に奥へ進むより、確実に帰還できることを確認しておきたいでしょう?」
「それは……そうですね」
ナナリーも納得したように頷いた。
すると、リゼットはふと思い出したように続けた。
「それに、アーノルドのビーフシチューが待ってるわ」
一瞬、全員が沈黙した。
「……あっ、そうだった!」
マドカがぱっと顔を輝かせる。
「ビーフシチュー! 早く帰ろうよ!」
「切り替えが早いですね……」
アリシアが苦笑した。
「おいしいご飯は大事だよ~」
ニコラもいつもの調子で頷く。
『理由がビーフシチューwww』
『キシリア:ちょっと! 新階層の調査より夕食なの!?』
『プライド:いや、帰還経路の確認も大事だろ! ……いや、でもビーフシチューか……』
『ジークフリート:調査を切り上げる判断自体は妥当だ。未知の階層で無理をするべきではない』
『ジークフリートさん、真面目にまとめてくれるw』
『アーノルドのビーフシチュー、視聴者まで気になってきたw』
「ほら、帰るわよ」
リゼットが先頭に立ち、一行は来た道を引き返し始めた。
記録した地図を確認しながら、分岐を間違えないように進む。
やがて、見覚えのある大きな扉が見えてきた。
「あれって……」
ナナリーが足を止めた。
「30階層のボス部屋の扉ですね!」
アリシアが確認する。
「ちゃんとつながっていたみたいだね~」
ニコラが頷いた。
リゼットは扉を開け、全員を連れて中へ入った。
そこは、間違いなく30階層のボス部屋だった。
先ほどまで自分たちがいた場所。見慣れた床、壁、そしてボスが出現する広間。
マドカはぐるりと室内を見回し、満足そうに頷いた。
「よし! ちゃんと戻ってこられたね!」
「ええ。帰還経路も確認できたわ。今日はこれで十分ね」
リゼットは配信画面へ向き直った。
「というわけで、今日はここまで。31階層の詳しい調査は、また次回にしましょう」
『本当に31階層があったんだ……』
『キシリア:まさか30階層の先があるなんて……』
『プライド:しかも、戻ってこられる経路まであるのかよ』
『ジークフリート:次回は、今回の地図をもとにさらに調査を進めるのだろうな』
『続きが気になる!』
『次回も絶対見るぞ!』
『でも最後はビーフシチューwww』
「それじゃあ、みんな。またね!」
マドカが手を振る。
リゼットが配信終了の操作を行い、画面が暗くなった。
こうして、30階層のボス部屋から始まった配信は、未知の31階層の発見と初期調査、そして帰還経路の確認をもって終了した。
31階層の全容は、まだ分からない。
見えない騎士の正体も、階層の奥に何が待ち受けているのかも、これから調べていく必要がある。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
次回の探索も、視聴者にとって見逃せないものになりそうだ。
そしてマドカたちにとっては――
「ビーフシチュー、楽しみだね!」
それもまた、大切なことであった。




