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落内円は落ちている  作者: 七風


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ダンジョン拡張計画

ダンジョンマスタールーム。


 大型飛空艇の建造計画が動き始めてから、しばらくが経過していた。


 建造予定地となっている三十二階では、人工モンスターの工員たちが作業を進めている。素材の運搬や部品の組み立てなど、指示された作業をこなす体制も整いつつあり、建造そのものは順調に進み始めていた。


 そんな中、リゼット、マドカ、ニコラの三人は、追加で必要になりそうな素材について相談するため、ゲンナイのもとを訪れていた。


「で、今後必要になりそうな素材なんだが……」


 ゲンナイは机の上に並べた素材の見本を指差した。


「俺がダンジョンポイントを使って呼び出せる素材にも、いろいろな種類がある。最高級の素材ならヒヒイロカネだな。ただ、全部を最高級品で作ればいいってもんでもねえ。用途に合わせて選ぶ必要があるぜ」


「なるほどね。船体に使うものと、設備に使うものでは、求められる性質も違うでしょうし」


 リゼットは素材を確認しながら頷いた。


「そうだね~。軽さが大事なところもあれば、頑丈さが大事なところもあるからね~」


 ニコラも、のんびりと補足する。


「必要な素材が決まったら、その都度ゲンナイに用意してもらえばいいんだよね~」


「おう。そこは任せとけ。建造用の素材を用意するくらいなら問題ねえ」


 ゲンナイは気さくに笑った。


「それに、実際の組み立ては工員たちにも任せられる。お前らがずっと現場に張りついている必要もねえからな」


「それは助かるわね。設計や設備の確認に必要な人員は確保するとしても、全員が建造作業に拘束されるわけではないもの」


 リゼットが資料を整えた。


 大型飛空艇の建造は、これから長い時間をかけて進めていくことになる。


 しかし、人工モンスターの工員たちが作業を担えるのであれば、エキドナのメンバーたちが別の活動をする余裕も生まれる。


 そのことを考えていたマドカが、ふと口を開いた。


「ねえ、最近さー、ダンジョンつまんないんだよねー」


「……は?」


 ゲンナイが顔を上げた。


「いきなり何の話だよ」


「だって、最近は新しい発見も少ないし、いつものところは慣れちゃったし。もっと面白いことがあってもいいと思うんだよね!」


 マドカは椅子の背もたれに身体を預け、退屈そうに頬を膨らませた。


「あなたは三十階までソロで攻略できるものね」


 リゼットが、特に驚く様子もなく指摘した。


「そうなんだよ! だから、そろそろ先に進みたいんだよね!」


「いや、お前……」


 ゲンナイは思わず額に手を当てた。


「三十階を一人で攻略できる奴を基準に考えるなよ。普通の冒険者がどれだけ苦労してると思ってんだ」


「えー、でも、今は三十階で封鎖されてるんでしょ? その先がないんだから、仕方ないじゃん!」


「そりゃそうだが……」


 ゲンナイは言い返しかけて、ふと考え込んだ。


 現在のダンジョンは三十階で封鎖されており、一般の冒険者たちはそれより先へ進むことができない。


 エキドナのメンバーたちは普段からダンジョンに入り浸っているため、攻略経験も豊富だ。マドカのように三十階を単独で攻略できる者までいるのだから、既存の階層に物足りなさを感じるのも無理はなかった。


「……まあ、確かに最近の冒険者も、今の階層には慣れてきたようだしな」


 ゲンナイは腕を組んだ。


「そろそろ新しい刺激を用意してやるのも悪くねえか」


「でしょ!」


 マドカがぱっと顔を輝かせた。


「だったら、いっそのこと四十階くらいまで一気に拡張しちゃおうよ!」


「四十階か~。一気に増えるね~」


 ニコラが楽しそうに笑った。


「新しい階層が増えたら、またいろいろな仕掛けを作れるね~」


「そうね。エキドナの修行環境を維持しながら、一般冒険者が成長できる場所も増やせるなら、検討する価値はあるわ」


 リゼットも資料を引き寄せた。


「ただ、単純に階層を増やすだけでは足りないわね。エキドナが挑む難易度と、一般冒険者が挑む難易度を分けることも考えたいところだわ」



「そうそう! それも考えてたんだよ!」


 マドカが身を乗り出した。


「同じモンスターでも、私たちが戦うときは強くして、普通の冒険者が戦うときは少し弱くするの! 見た目は同じでも、強さが違えばいいんだよ!」


「なるほどな……」


 ゲンナイは顎に手を当てた。


「エキドナが戦うときは、今の修行に見合った強さにする。一般の冒険者が挑むときは、そいつらが攻略できる程度に調整するってわけか」


「うん! そうすれば、私たちも新しい敵と戦えるし、ほかの冒険者だって先へ進めるでしょ?」


「仕組みとして実現できるかは確認が必要ね」


 リゼットは慎重に言葉を選んだ。


「ただ、実現できるなら、双方にとって意味のある変更になるわ。エキドナだけが強くなり続けるのではなく、一般冒険者にも次の目標を用意できるもの」


「同じ姿のモンスターでも、能力を変えればいいんだね~」


 ニコラが頷く。


「エキドナが戦うときは、今の修行に合わせて強くする。一般の冒険者が通るときは、もう少し攻略しやすい強さにする。そうすれば、見た目だけでは違いが分からないね~」


「おう。そいつは面白そうだな」


 ゲンナイも乗り気になっていた。


「今の冒険者たちが慣れてきてるのも事実だ。新しい階層を増やすだけじゃなく、難易度を切り替えられるようにすりゃ、今後の修行にも使えるだろうぜ」


「じゃあ、決まりだね!」


「まだよ、マドカ」


 リゼットがすぐに釘を刺した。


「実際にどんな仕組みで切り替えるのか、各階層にどんなモンスターや仕掛けを配置するのか。そこはきちんと詰めなければいけないわ」


「はーい」


 マドカは素直に返事をしたものの、その表情はすでに新しいダンジョンを攻略する気満々だった。


「それから、三十一階についても考えなきゃならねえな」


 ゲンナイが別の資料を取り出した。


「今の三十一階は演劇用のステージとして使っていた場所だろ? これからしばらく使う予定がねえなら、そのまま置いておくのももったいねえ」


「あっ、それなら、見た目だけそっくりに作り直せばいいんじゃない?」


 マドカは、まるで簡単なことのように答えた。


「見た目だけそっくりに、か」


「うん! ステージのあった階層を普通のダンジョンとして再現するの! そうすれば、今までの場所も無駄にならないでしょ?」


「階層の順番を入れ替える機能があるから、元の三十一階を後ろへ持っていくこともできるわね」


 リゼットが補足した。


「あるいは、演劇用のステージを隔離空間にして残しておく方法もあるわ。必要になったときに使えるようにしておけばいい」


「そうそう! それなら、また演劇をしたくなっても困らないよ!」


 マドカが嬉しそうに頷いた。


「なるほどな。新しい三十一階を作ることと、元の三十一階をどう保存するかは別の話だ。そこを分けて考えりゃいい」


 ゲンナイは資料に項目を書き加えた。


「階層の順番を入れ替える機能は使えるが、それ自体が新しい階層を作るわけじゃねえ。新しい三十一階は新しく整備する。そのうえで、元のステージを後方へ移すか、隔離空間として残すかを決めるんだ」


「それなら、元の設備を壊さずに済むわね」


 リゼットも納得したように頷いた。


「三十一階の再編を含めて、四十階までの拡張を検討しましょう」


「おう。せっかくやるなら、冒険者どもが驚くようなダンジョンにしてやろうぜ」


 ゲンナイは楽しそうに笑った。



「……あ、でもさ」


 マドカが、ふと思い出したように口を開いた。


「三十一階って、私たち以外の人も入れるようにするの?」


「通常の攻略ルートは一般冒険者にも開放する予定よ」


 リゼットが答えた。


「ただし、エキドナが修行に使うハードモードは別ね」


「ああ。そこは入れる奴を制限しておいたほうがいいな」


 ゲンナイも頷いた。


「エキドナに途中から協力してる奴らも、三十一階のハードモードには入れねえようにする。あそこはガチの修行用にするつもりだからな」


「えっ、協力してくれている人たちも駄目なの?」


 マドカが首を傾げる。


「当たり前だろ。エキドナのメンバーと、仕事や依頼で協力してる奴らは別だ。修行用の階層に、誰でも入れるようにするわけにはいかねえ」


「確かに、あの難易度を一般向けと同じ扱いにするのは危険ね」


 リゼットも同意した。


「途中から協力している人たちには、通常の難易度で挑戦してもらえばいいわ。三十一階のハードモードは、エキドナの修行用として区別しましょう」


「なるほど~。同じ三十一階でも、挑戦できる内容が違うんだね~」


 ニコラが頷く。


「そういうことだ。一般向けの攻略ルートと、エキドナの修行用ルートは分けて考える。見た目が似ていても、中身まで同じにする必要はねえからな」


「じゃあ、私たちは思いっきり強い敵と戦えるんだね!」


 マドカが嬉しそうに笑った。


「そうだ。せっかく拡張するんだ。お前らが退屈しねえくらいの相手を用意してやるぜ」


「やったー!」


「……あなた、最初はダンジョンがつまらないという愚痴だったはずなのに、いつの間にか話が大きくなっているわよ」


 リゼットが呆れたように言った。


「えー? でも、面白くなるならいいじゃん!」


「まあ、否定はしねえけどな」


 ゲンナイは笑いながら肩をすくめた。



「それから、新しい階層を作ったことは、わざわざ告知しなくてもいいんじゃないかしら」


 リゼットがそう言うと、マドカが首を傾げた。


「告知しないの?」


「ええ。せっかく新しいダンジョンを用意するのだから、実際に発見するところから楽しんでもらうのもいいでしょう?」


「ああ、なるほどな」


 ゲンナイがにやりと笑った。


「いつものボス部屋配信で、いつもどおりボスを倒す。そのあと、何かの拍子に今までと違う変化に気づくってわけか」


「そうそう! いつものように攻略していたら、突然見たことのない仕掛けが出てくるの!」


 マドカは楽しそうに身を乗り出した。


「それなら、私たちも初見の反応ができるし、視聴者のみんなも一緒に驚けるよね!」


「新しい階層の攻略情報は、私たちにもまだないものね~」


 ニコラも頷いた。


「どんな仕掛けがあるのか、どんなモンスターが出てくるのか、実際に進んでみないと分からないんだよね~」


「そうね。新しい階層については、私たち自身も一から調べる必要があるわ」


 リゼットは資料を確認した。


「拡張する側だからといって、攻略法まで最初から知っているわけではないもの。そこは実際に探索して確かめていきましょう」


「それでいい。むしろ、そのほうが面白そうだ」


 ゲンナイは腕を組んだ。


「攻略情報が出回ってねえなら、誰もが手探りで進むことになるからな」


「じゃあ、いつもの配信で見つけるのを楽しみにしておこうよ!」


 マドカが笑顔で言った。


「新しい階層があるなんて知らずに、いつもどおりボス部屋に行くんだよ。そこで何かが起きたら、絶対に盛り上がるって!」


「ふふ。視聴者がどう反応するか、今から楽しみね」


 リゼットは資料に目を落とし、会議の内容を整理した。


 新しい階層を拡張すること。


 エキドナ向けのハードモードと、一般冒険者向けの難易度を分けること。


 三十一階の演劇用ステージは、通常の攻略階層とは別に保存すること。


 そして、新階層の存在はあえて事前に告知せず、いつもの攻略配信の中で発見する流れにすること。


「よし。方針は見えてきたな」


 ゲンナイが満足そうに頷いた。


「飛空艇の建造は工員たちに任せつつ、こっちは新しいダンジョンの準備を進めるとするか」


「それなら、私たちはダンジョン攻略に集中できるわね」


 リゼットが資料を閉じた。


「飛空艇の建造とダンジョンの拡張は並行して進めましょう。ただし、実際の作業は安全性と設備の配置を確認しながら、順番に進めること。そこは忘れないでね」


「分かってるって!」


 マドカは元気よく答えた。


「いやあ、楽しみだね! 今度はどんなダンジョンになるんだろう!」


「それは、作ってみてからのお楽しみだな」


 ゲンナイは豪快に笑った


 こうして、飛空艇の素材調達についての相談は、ダンジョンを四十階まで拡張する計画へと発展した。


 三十二階では、人工モンスターの工員たちが大型飛空艇の建造を進める。


 素材の運搬、部品の組み立て、船体の構造を整える作業。人の手が必要な判断や技術的な確認を除けば、工員たちに任せられる仕事は多い。


 そのため、エキドナのメンバーたちが建造現場につきっきりになる必要はなかった。


 一方、ダンジョンの拡張計画では、新しい三十一階の整備と、演劇用ステージの保存方法を検討することになった。


 エキドナ向けには、現在の修行に見合う強さのモンスターを用意する。


 一般冒険者向けには、同じ姿のモンスターでも能力を抑え、段階的に成長できる難易度を目指す。


 ただし、新しい階層の攻略情報は誰も知らない。


 拡張を決めた彼ら自身も、そこで何に出会うのかは分からないのだ。


 そして、一般冒険者たちはまだ知らない。


 いつものダンジョンの、その先に何が待っているのかを。


 次の攻略配信では、いつもどおりボス部屋へ向かうはずだった。


 だが、その先で何が起きるのか。


 それを知る者は、まだ誰もいなかった。

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