ジャスティス 家賃食費払ってない
リゼットは紅茶のカップをソーサーに戻すと、穏やかに微笑んだ。
「まぁ、しばらくは好きに過ごすといいわ。装備の相談をしたり、ダンジョンで腕試しをしたりね。せっかくゴールまで来たのだから、いろいろ試してみなさいな」
「ええ! そうさせてもらうわ!」
キシリアは嬉しそうに頷いた。
「キシリアの部屋は準備してあるけれど……プライド、あなたはどうするのかしら?」
「俺か? いや、宿は取ったんだが、これから先のことはまだ考えてねぇな」
プライドは肩をすくめた。
装備の相談にどれほど時間がかかるのかも、ゴールにどれくらい滞在することになるのかも、まだ分からない。ひとまず宿を取っただけで、その先の予定までは立てていなかった。
すると、ジャスティスが明るい声を上げた。
「ははっ! それなら男子寮に空きがあるぞ! どうだ、プライドさん! ゴールの宿より住み心地はいいはずだ!」
「……ジャスティス」
マドカがじとっとした目を向けた。
「な、何だ?」
「正式メンバーじゃないジャスティスが勧めることではないよね? いつも思うんだけどさぁ……」
マドカは呆れたようにため息をつく。
「家賃も食費も払ってないくせに」
「ぐっ!?」
ジャスティスが言葉に詰まった。
『いきなり痛いところを突かれたwww』
『男子寮の住み心地を語る男、生活費ゼロ』
『ジャスティス、それは確かにお前が言うことじゃないw』
「そ、それは……!」
ジャスティスが反論を探していると、リゼットも納得したように頷いた。
「そうね。あなた、ムサシの稽古とダンジョン以外に、何かここでしたかしら?」
「いや、特に何も! だが、素材代金はダンジョンで集めた素材で――!」
「それはそれよ?」
リゼットはあっさりと返した。
「素材は装備の費用でしょう? 食費と滞在費は別問題よ」
「うっ……!」
「そもそもさぁ」
マドカが話に加わる。
「アーノルドの食材って、三十層のモンスターなんだよ? 普通の食堂で使う食材より、十倍近くお金がかかってるんじゃないかな?」
「じゅ、十倍!?」
プライドが思わず聞き返した。
「そうだよ。私たちは食材が減ったら、自分たちでダンジョンに行って補充してるし。そもそも、ここって私たちの財産で建てた屋敷だもん!」
マドカは胸を張る。
「だから、ジャスティスが何も払わずに暮らしてるのって、結構すごいことなんだよね」
『食材が三十層のモンスターって、改めて聞くとすごいなw』
『普通の食堂と比べちゃダメなやつだ』
『そりゃ生活費も高くなるわ……』
リゼットはジャスティスに視線を戻した。
「アナスイもシルヴァも、そこはきちんと給料から天引きしているわよ? あなたは、自分のお金をそのまま懐に入れているじゃない」
「うぐっ……!」
「わたしもいちいち言うのはケチくさいとは思うのだけれど……あなた、まだエキドナの正式メンバーではないものね」
リゼットは困ったように微笑んだ。
「そのあたりは、少し複雑なのよ」
「お前……世話になっておいて、それはないんじゃねぇか?」
プライドが呆れた顔でジャスティスを見る。
「うっ……。俺も、世話になっている自覚はある!」
ジャスティスは胸を張りかけたが、すぐに肩を落とした。
「だが、俺は勇者になるために毎日ちゃんと鍛えてるんだ! いつか必ず、その恩に報いてみせる!」
『気持ちは立派なんだけどなw』
『まずは食費から報いてもろて』
『勇者になる前に生活費問題が立ちはだかる』
「もちろん、私は滞在費も払う予定よ!」
キシリアが堂々と宣言した。
「お世話になるのだから、それくらい当然でしょう!」
「そうか。俺も、移ってきていいならゴールにいる間は世話になりたいが……」
プライドはリゼットに確認するように視線を向けた。
「ふふっ。二人はお客さんだもん! そんなの気にしないでいいよ!」
マドカがにっこりと笑う。
「私たちにもメリットがあるしね!」
「メリットだ?」
プライドが眉を上げた。
「何かあるの?」
キシリアも不思議そうに首を傾げる。
「コラボだよ!」
マドカは楽しそうに指を立てた。
「なかなか会えない勇者に質問できる配信! それに、キシリアさんとはダンスする配信もするんだよ!」
「あら、そうだったわね!」
キシリアの顔がぱっと明るくなった。
「ふふん! 私の魅力に、視聴者たちが釘付けにならないといいのだけれど!」
『自信満々で草』
『勇者同士のコラボは確かに見たい!』
『キシリア様のダンス配信、楽しみすぎる』
『プライドさんへの質問コーナーも気になるな』
「そうか……」
プライドは顎に手を当てた。
「怠惰のEVの視聴者が俺のことを知れば、傲慢大陸に帰ったあとも継続的に配信を見てくれるかもしれねぇな?」
「おおっ! それなら俺もコラボしようか!?」
ジャスティスが勢いよく身を乗り出した。
「俺も冒険者として、いろいろな経験を語れるぞ! 勇者を目指す者として――」
「あなたの配信でプライドまで汚染されても困るわね」
リゼットがさらりと言った。
「なっ!?」
「確かに……」
キシリアも腕を組み、真剣な顔で頷く。
「私のキシラーたちまで影響されたら困るわね!」
『二人とも容赦なくて草www』
『ジャスティスの配信、そんなに危険なのか』
『プライドさんが闇のトマトとか言い始めたらどうするんだw』
「ちょ、ちょっと待て! 俺の配信は楽しいだろう!?」
ジャスティスが抗議すると、マドカは苦笑した。
「うん。ジャスティスの配信は楽しいんだけどね。でも、隙だらけなところがあるから、視聴者にはもう少し配慮しなよ?」
「お、俺だっていろいろ考えているんだぞ!?」
ジャスティスは慌てて反論する。
「最近はモンバトの攻略配信で視聴者も増えているしな! 攻略情報を求めている者たちに、役立つ情報を届けているんだ!」
「それはいいことじゃない」
マドカは頷いた。
「だからこそ、配信の内容や見せ方も考えた方がいいってこと。楽しいだけじゃなくて、見ている人が真似しても大丈夫なのか、とかさ」
「うっ……!」
ジャスティスは口を閉じた。
そこで、リゼットがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、あなた。そろそろSクラス試験でも受けたらどうかしら?」
「……Sクラス試験?」
ジャスティスが目を丸くした。
「ええ。あなたなら、実力は充分にあるはずでしょう?」
「そ、それは……!」
「そうそう!」
マドカも身を乗り出す。
「私たちだって、最初はCランクだったんだよ? それが冒険者ギルドから『Sランクになってください』ってお願いされて、仕方なくなったんだから!」
「仕方なく、って……」
プライドが思わず苦笑した。
「Sランクって、そんな気軽になるもんじゃねぇだろ」
「でも、実際そうだったんだもん!」
マドカは悪びれずに言い切る。
「ジャスティスはAランクなんだから、Sランクになれていないのは、ちょっと不思議だよね?」
「ぐっ……!」
ジャスティスは言葉に詰まった。
『確かに、実力だけなら試験を受けてもよさそう』
『エキドナの基準で考えると忘れがちだけど、ジャスティスもAランクなんだよな』
『攻略配信も伸びてるし、そろそろ次の段階か?』
「マドカもリゼット様も、配信を見れば飛び級が当たり前なのよね!」
キシリアが感心したように言った。
「それだけの実力があるのだもの。冒険者ギルドが放っておかないのも分かるわ!」
「いや、俺も改めて二人の配信を見直したんだが……」
プライドが腕を組む。
「Sランクって枠じゃ、測れねぇもんな」
「そうでしょう?」
キシリアは満足そうに頷いた。
一方、ジャスティスは何とも言えない顔で俯いていた。
「…………」
「ジャスティス?」
マドカが顔を覗き込む。
「……冒険者ギルドに聞きにいってくる」
ジャスティスは静かに立ち上がった。
「えっ、今から!?」
「そうだな! 自分の実力を正しく評価してもらうためにも、まずは話を聞いてみるべきだ!」
先ほどまでの勢いを取り戻し、ジャスティスは拳を握った。
『行動が早いwww』
『これは本当に試験を受ける流れか!?』
『モンバト攻略配信に続いて、Sランク挑戦編が始まる?』
「ふふっ。いい心がけね。ちゃんと話を聞いていらっしゃいな」
リゼットが微笑む。
「はい! 行ってくる!」
ジャスティスは元気よく返事をすると、応接室を飛び出していった。
その背中を見送りながら、マドカは小さく笑う。
「ほんと、思い立ったらすぐ行動するんだから」
「まぁ、それも彼の長所なのかもしれないわね」
リゼットは紅茶を一口飲んだ。
「ただし、試験を受けるなら、配信のことだけでなく冒険者としての実力もしっかり見てもらわないとね」
「そうだな」
プライドも頷く。
「Aランクまで来てるんだ。あとは自分が何を求められてるのか、ちゃんと知ることだろうな」
「ええ。頑張ってほしいわね」
リゼットは穏やかに微笑んだ。
そしてマドカは、キシリアの方を振り返る。
「というわけで、私たちのコラボ配信もよろしくね!」
「もちろんよ! キシラーたちを驚かせてあげるんだから!」
キシリアは自信満々に胸を張った。
こうして、プライドとキシリアのゴール滞在には、新たな楽しみが加わった。
勇者同士のコラボ配信。そして、ジャスティスのSランク挑戦。
それぞれの思惑を胸に、エキドナ館での日々は賑やかに動き始めるのだった。




