王家との関係
# 第35話 勇者協会の仕事と、リゼットが自由を手にするまで
「そうよ! 私はゴールに来て、このキャリーを家族として迎えたわ! 次は小竜を家族にするために来たの!」
キシリアは、当然のことのように胸を張った。
「……お前、エキドナに何しに来てんだ……?」
プライドが呆れた顔で尋ねる。
「もちろん、装備のことも大事よ!?」
キシリアは慌てて付け加えた。
「でも、私は一緒に輝ける仲間も探しに来たのよ! 強い装備を手に入れるだけじゃなくて、家族や仲間と一緒に冒険するのも大切でしょう?」
「まぁ、ニコラの研究室にはあとで連れてくからさ!」
マドカは気軽に頷いた。
「小竜のことは、ニコラに相談すればいいと思うよ。もうすでに何匹かは飼ってるしね!」
「本当!? ありがとう、マドカ!」
キシリアの顔がぱっと明るくなる。
『装備相談に来たはずなのに、家族探しもしてるw』
『キャリーに続いて小竜も家族にするのか!』
『キシリア様、ゴールを満喫してるなw』
『ニコラさんの研究室、いろんな相談が持ち込まれそう』
マドカはコメントを横目で見ながら、ふと首を傾げた。
「ところでさ、勇者って一緒に冒険するパーティーとかないの?」
「……ん?」
プライドが顔を向ける。
「アナスイもシルヴァも、基本的にはソロで活動していたみたいだし。勇者協会って、仲間を紹介してくれたりしないわけ?」
マドカは不思議そうに尋ねた。
「勇者として活動するなら、強い仲間が何人かいたほうが便利そうじゃん?」
「いや、そういう仕組みがまったくないわけじゃないぞ」
プライドは腕を組んだ。
「王都には聖女もいるし、大陸の賢者に魔法を教わることだってある。ただ、そういう相手を訪ねるには、勇者協会に仲介してもらって、先方と予定を調整する必要があるんだ」
「へえ……。聖女に賢者までいるんだね! でも、そういうのって、仲間として一緒にダンジョンへ潜る人を紹介してくれるのとは違うんだよね?」
「まぁ、そういうことだな」
プライドは小さく息を吐いた。
「俺もあちこちの場所へ行かされるが、いつも一緒に冒険する仲間が増えるわけじゃねぇ」
「それは不便そうだね……」
マドカが頬に手を当てた。
「勇者って、もっと仲間を集めやすい立場なのかと思ってたよ」
「そう簡単な話じゃないのよ!」
キシリアが口を挟んだ。
「一緒に冒険する仲間には、相応の実力が必要でしょう? Sクラスの実力がなければ、勇者の攻略についてこられないことも多いのよ!」
「なるほどな……」
ジャスティスは納得したように頷く。
「実力が足りなければ、仲間にしても危険にさらすだけか」
「そういうこと!」
キシリアは力強く頷いた。
「だから、メンバーを確保するのも難しいのよ。結果として、勇者はソロでダンジョンに潜ることが多くなる。そうなると攻略にも時間がかかるし、休める時間だって減ってしまうの!」
『勇者パーティー、簡単には作れないんだな』
『Sクラスの実力が必要なら候補者も限られるか』
『強いだけじゃなくて、連携も必要だろうしな』
『勇者協会、仲間の紹介もしてくれればいいのに』
リゼットは、静かに紅茶を口に運んだ。
「結局、勇者協会がしてくれるのは、装備の支援と人脈の紹介が中心なのね」
「お姉ちゃん、それはちょっと言い過ぎだよ!」
マドカがすぐに突っ込む。
「勇者協会だって、いろいろな調整や仕事をしているはずだし!」
「そうかしら?」
リゼットは首を傾げた。
「もちろん、必要な支援をしているのでしょうけれど……。勇者が一人でダンジョンを攻略している現状を見ると、もう少し手助けがあってもよさそうね」
「まぁ……勇者を支える仕組みとしては、少し物足りない気もするけど」
マドカも完全には否定できず、苦笑した。
プライドは肩をすくめる。
「俺も、あっちこっちへ行かされるわりに仲間を増やしてもらえないってのは、どうかと思うがな」
「でしょう!?」
キシリアが勢いよく同意した。
「勇者だって一人の人間なのよ! 休息も必要だし、信頼できる仲間がいれば、もっと効率よく攻略できるはずでしょう!」
「ただな……」
プライドは少し考えてから続けた。
「誰でも仲間になればいいってわけじゃねぇ。面倒くさい奴が『勇者様の仲間になりたい!』なんて押しかけてきても、正直、足手まといになるだけだろう?」
「ああ、それもあるね!」
マドカが頷いた。
「実力も分からない相手を連れていくわけにはいかないし、性格が合わなかったら連携だって難しいもんね」
「そういうことだ」
プライドはテーブルに肘をつかず、背もたれに身を預けた。
「仲間を増やせば解決する、って単純な話じゃねぇんだよ」
リゼットは二人の話を聞き、くすりと笑った。
「ふふ。強者になるほど、その問題は深刻なのかもしれないわね」
そして、話題を変えるようにテーブルへ視線を落とした。
「ところで、エキドナのことだけれど……。わたしたちがダンジョンに潜る目的は、いつの間にか素材集めが中心になっているのよ」
「素材集め?」
プライドが聞き返した。
「ええ。モンバト、ヒロバト、EV、転移装置……。ほかにもいろいろな商品を開発しているでしょう?」
リゼットは指先でカップの縁をなぞった。
「それらを作るためには、相応しい素材が必要になるの。だから、ダンジョンを攻略することそのものより、目的の素材を手に入れることが優先される場合も多いわね」
「まぁ、素材によって性能がまったく変わるからねー!」
マドカが明るく説明した。
「技術班が納得できない素材だと、装備や道具の性能が思ったとおりにならないんだよ。だから、『このレア素材を取ってきて』って言われたら、私たちがダンジョンに行くしかないんだよね!」
「なるほどな……」
プライドは感心したように頷いた。
「素材なら何でもいいってわけじゃねぇんだな」
「そういうこと!」
マドカは指を立てた。
「同じような素材でも、魔力の性質や強度が違うことがあるしね。技術班が求めている性能を実現するには、素材そのものを選ばなきゃいけないんだよ」
「それなら、自分たちで素材を採ってくるのも合理的ね!」
キシリアが納得したように頷いた。
「外から買うだけじゃ、必要な素材がいつでも手に入るとは限らないもの。自分たちで採取できれば、装備を作る費用も抑えられるでしょう?」
「ええ、そのとおりよ」
リゼットは微笑んだ。
「必要な素材を自分たちで確保できるのなら、調達にかかる費用も減らせる。もちろん、採取に危険が伴うこともあるけれどね。あなた達の大陸で素材を持ち込んでくれれば買いとるわよ?」
『エキドナがダンジョンに潜る理由、素材集めだったのか』
『商品開発のために自分たちで素材を調達してるんだな』
『技術班の要求が厳しいから、冒険する側も大変そうw』
『でも自分たちの装備に使う素材なら、妥協できないのも分かる』
『モンバトもヒロバトも、素材集めから始まってるわけか』
「そして、長い間そうして素材を集めているうちに、オリハルコンのような素材も見つけたというわけね。初めから持っていたわけではないわ。ダンジョンを攻略して、素材を集めているうちに見つかったものよ」
「いや、でも……」
キシリアは驚きを隠せない。
「そんな希少な素材まで、ダンジョンで見つかるの!?」
「ええ。もっとも、わたしのインベントリにも元から入ってはいたけれど」
「あるのかよ!?」
今度はプライドが声を上げた。
リゼットは、きょとんとした顔で彼を見る。
「ええ、あるわよ?」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……!」
プライドは額に手を当てた。
「まぁ、数百年も生きていれば、そういうものを持っていても不思議じゃないのかもしれねぇが……」
「ふふ。そうね」
リゼットは笑った。
「ただ、持っていることと、実際に使うことは別の話よ」
「……どういうこと?」
キシリアが尋ねた。
リゼットは少しだけ遠い目をした。
「わたしは、月に一度休めればいいほうだったのよ」
「…………え?」
キシリアの笑顔が消えた。
「月に、一度……?」
「ええ。王都から任務を与えられて、終われば次の任務。大きな成果を上げれば褒美を渡されることもあったけれど、それを使う時間なんてなかったわ」
リゼットは淡々と話す。
「褒美だと言われて受け取った品も、インベントリに入れたまま放置していたの。使う暇がなかったのだから、仕方ないでしょう?」
「それは……」
プライドは眉をひそめた。
「休む暇もなく任務を押しつけられていたってことか?」
「そういうことね」
リゼットは、まるで他人事のように微笑んだ。
「王都は、わたしを自由にしてくれなかったのよ。任務を終わらせれば、また別の任務。たまには、あなたたちが自分でやりなさいな……と、何度思ったことか」
「リゼット様……」
キシリアは思わず声を落とした。
「それでも、文句を言わずにずっとやっていたのね……」
「文句?」
リゼットは、きょとんとした。
そして、次の瞬間には、どこか楽しそうに笑った。
「『死ねばいい』『呪ってやろうか?』なんて言葉なら、日常茶飯事だったわよ?」
「えっ!?」
キシリアが固まった。
プライドも思わずリゼットを見直す。
「……それ、文句どころじゃねぇだろ」
「そうかしら?」
リゼットは涼しい顔をしている。
「当時の王も、わたしに出て行かれたら困ったでしょうね。何百年も王国の相談役を務めてきた大賢者が、突然いなくなった……なんて、国民に発表できると思う?」
「そりゃ、権威どころの失墜じゃ済まねぇだろうな……」
プライドは腕を組んだ。
「王国を支えてきた大賢者がいなくなったとなれば、政治的にも大きな問題になる。国王の統治能力まで疑われかねねぇ」
「そういうことよ」
リゼットは紅茶を一口飲んだ。
「わたしを自由にすれば、王国は長年頼ってきた存在を失う。だからといって、無理に縛りつければ、いつか本当に出て行かれる。そういう立場だったのでしょうね」
マドカが、ふと思い出したように笑った。
「まぁ、百年前の王様はやらかしちゃったんだね!」
「そうね。あの頃の王家には、少し学んでもらう必要があったわ」
『月に一度休めればいいほう!?』
『褒美をもらっても使う時間がないって、ひどすぎる……』
『大賢者を便利な仕事道具みたいに扱ってたのか』
『百年前の王様、何をやらかしたんだw』
『「呪ってやろうか?」が日常会話なの、リゼット様らしいというか……』
『王国もリゼット様を失うわけにはいかなかったんだな』
「でも、今の王家は違うわよ」
リゼットは、穏やかな表情に戻った。
「わたしが戻ってきたとき、同じ失敗を繰り返さないように教育されていたみたいね。驚くほど、わたしの邪魔をしないのよ」
「へえ……」
キシリアが興味深そうに身を乗り出す。
「王国だからって、何でも命令できるわけじゃないのね!」
「当然でしょう?」
リゼットは微笑んだ。
「わたしは王家の所有物ではないもの。協力するかどうかは、契約の内容と、わたし自身の判断によるわ」
「そりゃ、怒らせないように注意してそうだな……」
プライドは、もっともな話だというように頷いた。
「何百年も王国を支えてきた大賢者が、もう協力しませんと言い出したら困るだろうからな」
「ふふ。そういうことね」
リゼットはカップを置いた。
「今の王家は、依頼するたびに契約内容をきちんと確認してくれるわ。こちらが引き受ける範囲も、報酬も、必要な条件もね」
「それなら、ずいぶん変わったんだね」
マドカが笑った。
「私たちだって、やりたくない仕事は全力で断るし!」
「……全力で、か」
プライドが苦笑する。
「王家も大変だな」
「でも、王様も私の叔父さんになったからね!」
マドカはあっけらかんと言った。
「あれこれ命令してくることもないよ。仕事として何か問題がありそうなときに、相談が来るくらいじゃないかな?」
「叔父さん……?」
キシリアは一瞬、言葉を失った。
「ちょっと待って! マドカ、あなた、王家ともそんな関係なの!?」
「うん! 公爵家のお母さんが王様の姉だもん。叔父さんでしょ?」
「あ クリスティーナ様!?」
キシリアは思わずテーブルに手をついた。
『マドカさん、王様が叔父さんなの!?』
『今さら驚くキシリア様w』
『エキドナ、王家との距離感が近すぎる』
『でも、だからこそ仕事の相談もしやすいのか』
マドカは笑いながら説明した。
「まぁ、私たちって王家と無関係なわけじゃないからね。必要なときは協力するし、そうじゃなければ普通に断るよ!」
「それは……確かに、王国側も強引には出られないわね」
キシリアはようやく納得したように頷いた。
リゼットも話を引き継ぐ。
「そもそも、マドカの母親も、ガブリエルも、エレノアも王家の関係者でしょう?」
「そうだね!」
「ある程度の連携は取れているから、必要な情報は自然と入ってくるのよ」
リゼットは穏やかに微笑んだ。
「それを聞いて、わたしたちが面白そうだと思えば参加する。そうでなければ、無理に関わることはないわ」
「なるほど……」
プライドはゆっくりと頷いた。
「王家がエキドナに命令するんじゃなく、情報を共有して、必要なら協力を頼む。エキドナ側も内容を見て判断する。そういう関係になっているわけか」
「ええ。今は、それが一番うまくいく形なのよ。だから今更勇者協会の管理下に入れと言われたら余計混乱するのよ」
リゼットは紅茶を口に運んだ。
キシリアはしばらく考えたあと、感心したように息を吐いた。
「勇者協会の話から始まったのに、いつの間にか王家とエキドナの関係まで聞くことになるなんて……」
「話が広がっちゃったね!」
マドカは楽しそうに笑った。
「でも、面白かったでしょ?」
「……まぁ、それは認めるわ!」
キシリアは胸を張った。
「王家だろうと勇者協会だろうと、強い人間を支えるなら、相手を縛りつけるんじゃなくて、きちんと協力できる関係を作ることが大切なのね!」
「そういうことだな」
プライドも頷いた。
「仲間を増やすにしても、任務を頼むにしても、相手の事情や実力を考えなきゃならねぇ。結局、信頼できる関係を作れるかどうかが重要なんだろう」
リゼットは満足そうに微笑んだ。
「ふふ。少しは分かってもらえたかしら?」
「ええ!」
キシリアは元気よく答えた。
「……それにしても、リゼット様が月に一度しか休めなかったなんて、今でも信じられないわ」
「昔の話よ」
リゼットは肩をすくめた。
「今は、休みたいときに休む。面白そうなことがあれば参加する。それで十分だわ」
「お姉ちゃん、最近は面白そうなことを見つけると、わりとすぐ動くもんね!」
「マドカ。余計なことを言わなくていいのよ」
「あはは!」
応接室に笑い声が響いた。
かつて、王国のために休む暇もなく働かされていた大賢者。
そして今は、自分の意思で仕事を選び、仲間たちとともに新しい技術や未知のダンジョンへ挑むリゼット。
王家との関係も、勇者協会との関係も、ただ命令する側と従う側という単純なものではない。
必要なときに協力し、互いの立場を尊重する。
それが、現在のエキドナと王家の関係だった。
『エキドナの自由さ、こういう背景があったのか』
『リゼット様、ようやく自分の時間を取り戻せたんだな』
『王家も百年前の失敗から学んだわけだ』
『結局、強い人を支えるには信頼が必要ってことか』
『それにしても、マドカさんの叔父さんが王様なのは強いw』
「さて!」
マドカがぱん、と手を叩いた。
「勇者協会の話も、王家の話も、これくらいにしようよ! せっかくお菓子もあるんだしさ!」
「……あなたは、いつでもお菓子の話に戻るのね」
リゼットが呆れたように笑う。
「だって、おいしいものは大事でしょ?」
「それはそうね」
キシリアも即座に頷いた。
「それに、私にはまだ小竜のこともあるんだから! ニコラの研究室に行く予定も忘れていないわよ!」
「お前、本当にエキドナに何をしに来たんだ……」
プライドが、再び呆れた声を漏らした。
『話が一周して小竜に戻ったwww』
『キシリア様の目的は装備、仲間、家族、お菓子!』
『エキドナ観光、まだまだ終わらなそうだなw』
「全部大事なのよ!」
キシリアは堂々と宣言した。
応接室には、再び和やかな空気が戻っていた。




