勇者の被害者
キシリアは、ジャスティスをじっと見つめた。
「あなた、配信で『俺がかっこいいからだ!』とか言って、ずいぶんダサい詠唱をしているわね?」
「ダサいってなんだ! かっこいいだろう!?」
ジャスティスは即座に反論した。
「どこがよ! それに、あなたの詠唱は無駄に長いのよ! そのせいで、ほかのメンバーにフォローしてもらっているじゃない! これはどうなの?」
「ぐっ……!」
ジャスティスの言葉が詰まった。
プライドは腕を組み、呆れたように息を吐く。
「まぁ、命を預けているメンバーにとっちゃ、相当迷惑だろうな。お前が長々と詠唱している間、そいつらはお前を守らなきゃならねぇんだろ?」
「いや、だが! あれは演出も兼ねていてだな!」
「ふふっ、私だったら斬ったほうが早いんだよね!」
マドカが楽しそうに笑った。
「詠唱が終わるまで待ってるくらいなら、その前に倒しちゃえばいいじゃん!」
「マドカ、お前まで!」
「だって、実際そうでしょ?」
マドカは悪びれもせずに言い切った。
『キシリア様、配信をちゃんと見てたwww』
『ジャスティスの詠唱、ついに現役勇者にダメ出しされる』
『長い詠唱の間、味方がフォローしてるのは確かに問題だな』
『マドカさんの「斬ったほうが早い」が正論すぎるw』
『ジャスティス、かっこよさと実用性を両立してくれ』
『本人はかっこいいと思ってるのがまたwww』
リゼットは紅茶を一口飲んでから、静かに口を開いた。
「本当に……。配信映えはすると思うわよ?」
「だろう!?」
ジャスティスが、ぱっと顔を輝かせた。
「リゼットさんも分かってくれたか! やっぱり、勇者なら――」
「ただし」
リゼットの声が、ジャスティスの言葉を遮った。
「自分より格下の相手や、モンスターを相手にするときにしなさいな」
「……え?」
「正直、視聴者にとっては面白いかもしれないわ。でも、一緒にダンジョンを攻略しているメンバーからすれば、『仕事をしなさいな』という話でしょう?」
リゼットは微笑んでいた。
しかし、その笑顔には反論を許さない圧があった。
「仲間が命懸けで戦っているときに、自分の演出を優先するのは感心しないわね。配信を盛り上げることと、攻略を成功させること。その区別くらいはつけなさい」
「う……」
ジャスティスは、今度こそ言葉に詰まった。
マドカも頷く。
「まぁ、見てる分には面白いけどさ。新人冒険者がジャスティスの配信を見て、『あの詠唱が強い勇者の戦い方なんだ!』とか勘違いしたら、どうするのさ?」
「……新人冒険者が?」
「そう。まだ戦い方を覚えている途中の子が、あなたの真似をして無駄に長い詠唱を始めちゃったら困るでしょ?」
「そ、それは……」
「仲間がフォローしてくれる前提で戦い方を覚えちゃったら、いつか取り返しがつかなくなるかもしれないよ?」
マドカの口調はいつもどおり軽かったが、言っていることは真剣だった。
『確かに、配信を見て真似する新人はいるだろうな』
『かっこいいからって、実用性まであるとは限らない』
『強い人がやってると、正しい戦い方に見えちゃうんだよね』
『ジャスティスの詠唱、演出としては好きなんだけどなw』
『味方がフォローしてるのを見落としたら危険だ』
『見せる戦いと、命を守る戦いは別ってことか』
「それにね!」
キシリアが、さらに言葉を重ねた。
「子供は勇者や冒険者に憧れるものよ!? あなたも、勇者ごっこをしている子供たちを見たことがあるでしょう?」
「……ああ」
ジャスティスは、少しだけ表情を変えた。
「子供たちは、かっこいい勇者の真似をするわ。決め台詞を言ったり、剣を振ったり、詠唱を真似したりね!」
キシリアは腕を組み、真剣な顔で続けた。
「だからこそ、勇者を目指す人間が配信で何を見せるかは大切なのよ! ただ目立てばいいわけじゃないでしょう!」
「キシリア……」
プライドが、少し感心したように彼女を見た。
『キシリア様、急にいいこと言うじゃないか』
『子供たちが真似する可能性は確かにある』
『勇者の配信って、ただの娯楽じゃないんだな』
『キシリア様もちゃんと勇者として考えてるんだね』
『ジャスティス、これは反論しづらいぞ……』
プライドはジャスティスへ視線を戻した。
「お前が変にかっこつける戦闘スタイルなのは、もう分かった。だが、周りの状況を見ていいところと、真面目にやるところは区別したほうがいいんじゃねぇか?」
「いや、俺は……!」
ジャスティスは拳を握った。
「俺は、配信を見てくれる奴らの希望になろうと……!」
その瞬間だった。
「黙りなさいな」
リゼットが、静かに告げた。
たったそれだけの言葉だった。
だが、応接室の空気が変わった。
先ほどまでの賑やかさが消え、肌に触れる空気が冷たくなったように感じられる。
マドカも笑うのをやめた。
プライドは眉をひそめ、キシリアは思わずリゼットの顔を見た。
『……あれ?』
『リゼット様?』
『急に空気が変わったぞ……』
『ジャスティス、今のはまずかったのか?』
「リゼット様……?」
キシリアが、恐る恐る声をかけた。
リゼットはジャスティスから目を離さなかった。
「あなた、一つの村を、あなたのような変な言葉遣いをする村人に感染させて、そのまま放置したでしょう?」
「…………え?」
ジャスティスの顔が引きつった。
「……あの村のことか?」
「ええ、あの村のことよ」
リゼットは微笑んだまま続けた。
「まさか、あの村のように怠惰中を変えていくつもりなのかしら?」
「……っ!」
ジャスティスは口を開きかけたが、何も言えなかった。
キシリアは目を見開く。
「ちょ、ちょっと待って! 村を感染させたって、どういうことよ!?」
「そうだね!」
マドカが、何かを思い出したように手を叩いた。
「『我らは闇に紛れし者……ふっ、行くがよい……これが闇のトマトだ……』とかさ!」
マドカはわざとらしく低い声を作り、芝居がかった仕草をしてみせた。
「何もかも、劇でもやってるのかっていう村だったね!」
「…………」
キシリアは、しばらく言葉を失った。
そして、ゆっくりとジャスティスを振り返る。
「……なんて恐ろしい村なの……!?」
『闇のトマト!?www』
『何だその台詞www』
『村全体がその口調になったのか!?』
『感染って比喩じゃなくて、言い回しが伝染したってことかw』
『マドカさんの再現が妙にうまいのが腹立つwww』
『キシリア様、本気で引いてるじゃないか』
『怠惰の観光名所になってたりしないだろうな……?』
プライドは、さすがに笑えないという顔でジャスティスを見た。
「お前……それはダメじゃねぇか?」
「いや、違うんだ! 俺は別に、村を変えようとしたわけじゃ……!」
「俺はそこに泊まっただけだ、って言いたいのか?」
プライドが先回りして尋ねた。
「そ、そうだ! 俺は三日泊まっただけだ……!」
「三日で村人にまで広がったのかよ……」
プライドは額を押さえた。
「かっこいい台詞ばっかり言うようになった村とか、俺だったら耐えられねぇぞ?」
「いや、だから……!」
ジャスティスは助けを求めるようにマドカを見た。
だが、マドカは容赦しなかった。
「あんたが『俺が勇者だ!』『正義は必ず勝つ!』って、かっこいいことを言ってれば、なんとなく周りもノッてきてくれるっていう病を振りまいたからだと思うよ!」
「病ってなんだ、病って!」
「だって、みんな同じような言い方になってたじゃん!」
「それは……村の人たちが、俺の言葉に感銘を受けたからで……!」
「ほら、またそういう言い方!」
マドカが指をさした。
「すぐ『感銘を受けた』とか言う! そういうところだよ!」
『ジャスティス、まだ自分の影響力を美化してるw』
『村人がノッてきたのを成功体験にしちゃったのか……』
『勇者ごっこが村全体に広がったようなもの?』
『闇のトマトが名物になってたらどうするんだw』
『三日でそこまで広めるの、逆に才能なのでは』
『いや、リゼット様が怒ってる理由はそこじゃないぞ……』
リゼットは、静かに息を吐いた。
「本当に……」
その声には、呆れと疲労が滲んでいた。
「今では怠惰から、あの村に観光客がよく訪れているようよ」
「……え?」
ジャスティスが顔を上げた。
「観光客……?」
「ええ。独特な言い回しをする村として、ちょっとした名所になっているそうね」
リゼットは微笑んだ。
「あなた、いったい何がしたいのかしら?」
「…………」
ジャスティスは完全に黙り込んだ。
キシリアは唖然としたまま、しばらく彼を見つめていた。
「ちょっと待って……。村の人たちがみんな、そんな台詞を言うようになったの……?」
「まぁ、今は村の名物みたいになってるけどね!」
マドカは軽い調子で答えた。
「観光客が来るくらいだし、村の人たちもそれなりに楽しんでるんじゃない?」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
キシリアは思わず声を上げた。
「勇者に憧れて真似する子供たちの話をしていたら、村人全員が勇者みたいな口調になった話が出てくるなんて……!」
『話がつながってしまったwww』
『子供が真似するどころか村全体に広がってるじゃないか』
『しかも観光客まで来てるの草』
『リゼット様が「何がしたいのかしら」ってなるのも分かる』
『ジャスティス、配信の影響力を考えるいい機会だな』
『闇のトマト村、もう一回聞いただけで忘れられないw』
プライドは腕を組み、ジャスティスをじっと見た。
「……お前の正義ってのは、周りを自分と同じ口調にすることなのか?」
「違う! 俺はただ、希望を与えたかっただけだ!」
「なら、希望を与える方法を考え直せ」
プライドは真面目な顔で言った。
「誰かに憧れてもらうのと、周りに自分の真似をさせるのは違うだろうが。お前が勇者を目指すなら、自分の行動が周りにどう影響するのかも考えろ」
ジャスティスは、唇を結んだ。
いつものように大声で反論することはなかった。
「……分かった」
小さな声だった。
「俺は……少し、考え直す必要があるみたいだな」
リゼットは、ようやく表情を和らげた。
「そうね。あなたが本当にこの世界のために行動したいのなら、まずは身近な人たちが何を求めているのか、きちんと考えなさいな」
「……ああ」
ジャスティスは深く頷いた。
その姿を見て、マドカも少しだけ笑みを戻す。
「まぁ、ジャスティスが熱血なのは別にいいんだよ。見てる分には面白いし!」
「マドカ……」
「でも、仲間が命懸けで戦ってるときはちゃんと戦う。配信では、真似した人が危ないことをしないように気をつける。それだけでも違うんじゃない?」
「……そうだな」
ジャスティスは、今度は素直に頷いた。
キシリアも腕を組んだまま、ふんと鼻を鳴らす。
「まあ、少しは分かったようね。かっこいい台詞を言うのは自由だけれど、勇者を名乗るなら、まずは行動で示しなさい!」
「分かった、キシリアさん!」
ジャスティスは顔を上げた。
「俺は、もっと周りを見て、正義のために何が必要なのか考えていく!」
「……その意気よ!」
キシリアは満足そうに頷いた。
『お、ちゃんと反省した』
『熱血なのは長所でもあるんだよな』
『配信映えと実戦の区別、これ大事』
『闇のトマト村の件は忘れられそうにないけどw』
『ジャスティス、次の配信では詠唱が短くなってるかな?』
『いや、決め台詞は残してほしいw』
『でも仲間を危険にさらすのはダメだぞ!』
リゼットは紅茶のカップを手に取り、静かに微笑んだ。
「さて……。これで少しは、あなたたちが気になっていたことも分かったかしら?」
プライドは苦笑しながら頷いた。
「ああ。実力や覚悟だけじゃなく、周りへの影響まで考える必要があるってことだな」
「そうね」
リゼットはジャスティスへ視線を向ける。
「勇者というのは、ただ強ければいいわけではないもの」
ジャスティスは真剣な顔で頷いた。
「……ああ。俺は、まだまだ学ぶことが多いな」
その言葉を聞いて、マドカがにっこりと笑った。
「うんうん! じゃあ次は、闇のトマト村の観光案内でもしてもらおうかな!」
「マドカ!!」
「アハハハハ!」
応接室に、再び笑い声が響き渡った。
ただし、ジャスティスは最後まで笑えなかった。
――自分の配信が、まさか村全体を巻き込んだ騒動につながっていたとは。
嫉妬と傲慢、二人の現役勇者による査定は、実力だけでは終わらない。
ジャスティスにとって、どうやら本当に必要なのは、レベル上げだけではないようだった。




