ジャスティスに期待する勇者の仕事
「そうね……。ジャスティスは、まだエキドナに合流して二か月も経っていないわ」
リゼットは紅茶のカップを置き、ジャスティスへと視線を向けた。
「ここエキドナでは、わたし以外の初期メンバーであるマドカたちは、もうレベル六百を超えているのよ。もちろん、技術班もずっとマドカたちと一緒にダンジョンを攻略しているから、レベルは相当なものね」
「技術班も、そこまで強いの!?」
キシリアが思わず声を上げた。
「そうよ。装備や道具を作るだけが、エキドナの技術班ではないもの」
「まぁ、私たちと一緒にダンジョンに潜ってるからねー!」
マドカは当然のことのように頷いた。
『初期メンバー、六百超え!?』
『技術班もダンジョン攻略に参加してるのか!』
『エキドナ、戦闘職と技術職の境界があんまりないんだよなw』
『そりゃあの装備を作れる人たちが弱いわけないか』
『キシリア様、また基準がおかしくなりそうw』
「それから、新しい方のメンバーね。和の国の姉妹は、レベル三百五十程度かしら」
「三百五十……」
プライドが小さく呟いた。
リゼットは続ける。
「二人とも五歳の頃から実家の剣術道場で十年以上修行してきたし、和の国のモンスター駆除もずっと続けていたのよ。あの実力なら、納得できる数字でしょう?」
「なるほどな。幼い頃から剣術を修めて、実戦経験も積んできたわけか」
プライドは納得したように頷いた。
「ただ強くなりたいと思うだけじゃ、そこまでの実力にはならない。積み重ねてきたものがあるんだな」
「そういうことね」
リゼットは微笑んだ。
「最近合流したアナスイとシルヴァも、レベル三百に届いた程度ね」
「アナスイとシルヴァも三百超え……」
キシリアは指先を顎に当て、考え込んだ。
「そして、ジャスティスは二百を超えたくらい。ビアンチという記者のような子もいるけれど、あの子はほとんど戦闘をしないから、戦闘能力だけならDランク冒険者程度ね」
「ちょ、ちょっと待って!」
キシリアは思わずテーブルに身を乗り出した。
「初期メンバーは六百超え! 和の国の姉妹は三百五十程度! アナスイとシルヴァも三百超え! それでジャスティスが二百超えたくらいなの!?」
「そうよ」
「……エキドナ、いったいどうなっているのよ!」
『レベルの一覧が出てきたwww』
『初期メンバーの六百超えが基準なの、やっぱりおかしい』
『和の国の姉妹も相当な修行をしてきたんだな』
『ビアンチさんは戦闘担当じゃないから別枠か』
『ジャスティスはまだ合流二か月なのを忘れちゃいけない』
『キシリア様、頭の中で数字を整理してそうw』
「ちょっと待て、リゼット殿」
プライドが腕を組んだまま口を開いた。
「つまり、俺たちに求めている強さというのは、どの程度なんだ?」
「さあ?」
リゼットは、あっさりと答えた。
「あなたたちがどれほどの強さを求めているのか、わたしには分からないもの」
「おいおい……」
プライドは呆れたように息を吐いた。
「なら、なぜ俺たちにそんな話をしている?」
「わたしたちは、いろいろな大陸で、ついでにダンジョンを制覇してきたのよ」
「ついでに、ね……」
プライドが微妙な顔をする。
マドカは楽しそうに笑った。
「まぁ、ナナリーの色欲大陸での人気を確立させるために、色欲のダンジョンを制覇したりね! 強欲大陸では、欲しい素材があったから攻略したり!」
「……人気の確立と素材集めでダンジョン制覇?」
キシリアは目を丸くした。
「普通、ダンジョンを制覇するって、そんなついでみたいにやることじゃないでしょう!?」
「そうかな?」
マドカは首を傾げた。
「でも、怠惰の最難関に比べたら、どこもぬるすぎてあくびが出たけどね!」
「お前、それを他の大陸の人間の前で言うなよ……」
プライドが額に手を当てた。
『ナナリーの人気確立のために色欲制覇!?』
『強欲は素材目当てwww』
『目的が観光や買い物みたいな軽さなんだが』
『「ついでに制覇」がパワーワードすぎる』
『怠惰の最難関を基準にするなw』
『マドカさん、他の大陸のダンジョンに厳しすぎるwww』
『プライドさんのツッコミが追いついてない』
「もちろん、わたしたちが把握していないダンジョンも、まだあるでしょう?」
リゼットは穏やかな口調で続けた。
「だから、ジャスティスには、それを見つけてきてもらおうと思っているのよ」
「なるほど……」
プライドの表情が少し変わった。
「単に勇者の座を継がせたいわけじゃない。他の大陸を調べて、まだ見つかっていないダンジョンや、未確認の脅威を探させる。そのための人材というわけか」
「ええ。もちろん、簡単な仕事ではないでしょうけれどね」
リゼットはジャスティスを見る。
「今あるダンジョンを攻略するだけでは、世界のすべてを知ったことにはならないわ。わたしたちが知らない場所に、何があるのか。それを調べてほしいの」
「なるほどな!」
ジャスティスは勢いよく頷いた。
「最難関よりも難しいダンジョンが、どこかに隠されているかもしれないってことだな!」
「そういう可能性もあるわね」
「なら、探し出す価値は十分にある! まだ誰も知らない場所に何があるのか、確かめてみたいからな!」
ジャスティスの目が輝いた。
『ジャスティス、こういう話になると本当に熱いな』
『まだ見つかってないダンジョンの調査か』
『世界の問題を調べるっていう話ともつながってるんだな』
『単純に強さだけを求めてるわけじゃないのか』
『本人のやる気は本物だね』
リゼットは頷き、さらに話を続けた。
「それに、わたしたちは傲慢、憤怒、嫉妬の大陸には行ったことがないのよ」
「……何だと?」
プライドが顔を上げた。
キシリアも驚いたようにリゼットを見つめる。
「リゼット様たちが、嫉妬大陸に来たことがないですって!?」
「ええ。だから、いずれ正式にあなたたちの大陸にも視察に行こうと思っているわ」
「なるほどな」
プライドは腕を組み直した。
「他の大陸との難易度調査も兼ねているわけか。自分たちが制覇したダンジョンだけを基準にしても、比較には限界があるからな」
「そういうことね」
リゼットは満足そうに頷いた。
「各大陸には、それぞれの環境や歴史があるでしょう? そこにどんなダンジョンがあり、どんなモンスターが生息しているのか。実際に調べてみなければ分からないことも多いわ」
マドカは何かを思い出したように、ぱっと顔を上げた。
「そういえばさ、憤怒と傲慢って、ルシファーとサタンっていう主神がいるんでしょ?」
「ええ、そうよ」
キシリアが答える。
「それがどうしたの?」
「いやー、なんか戦闘にガチってイメージがあるからさ! 強いモンスターがいそうじゃない?」
「……戦闘にガチってイメージ?」
キシリアは微妙な顔をした。
「マドカ、主神のイメージだけでダンジョンの難易度を決めるのはどうかと思うわよ!」
「えー? でも、気になるじゃん!」
『ルシファーとサタンの大陸、確かに強そうなイメージはある』
『主神の性格とダンジョンの難易度って関係あるのかな?』
『マドカさん、未知のダンジョンにわくわくしてるw』
『嫉妬大陸の勇者キシリア様、地元の名誉がかかってますよ!』
『傲慢大陸も未踏なのか。プライドさん、何か知ってる?』
「ただし、そこは勘違いしないでほしいわね」
リゼットは落ち着いた声で話を戻した。
「怠惰のダンジョンが異常に強いのは、怠惰だからというわけではないのよ」
「……というと?」
プライドが尋ねる。
「千八百年もの間、あそこのダンジョンは外界から切り離されていたの。外からの影響がほとんどない環境で、内部の魔力は爆発寸前にまで膨れ上がっていたわ」
キシリアは真剣な表情になった。
「爆発寸前……?」
「ええ。その異常な環境の中で生き延びるために、モンスターたちは独自の進化を遂げていった。強大な魔力に適応し、そこで生きていくための能力を獲得していったのよ」
リゼットは一度言葉を切り、二人の反応を確かめるように視線を巡らせた。
「そうして長い年月をかけて発達していったモンスターばかりだから、怠惰のダンジョンはあれほど異常な難易度になったの」
「なるほどな……」
プライドは納得したように頷いた。
「大陸の名前や主神の性格が理由じゃなく、千八百年もの隔離と、内部の魔力環境が原因というわけか」
「そういうことね」
リゼットは微笑んだ。
「だから、傲慢や嫉妬のダンジョンが、怠惰よりも難しい可能性はある。でも、主神のイメージだけでそうだと決めつけることはできないわ」
「確かに、それはそうね……」
キシリアも考え込むように頷いた。
「私の大陸のダンジョンが、怠惰よりも難しいかどうか……。実際に比べてみなければ分からないということね!」
「そうよ。だからこそ、調査する意味があるの」
マドカは腕を組み、うんうんと頷いた。
「まぁ、怠惰って名前からして、一番やる気なさそうだもんね!」
「マドカ!」
リゼットが思わず突っ込む。
「今の話を聞いていたの!?」
「聞いてたよー! だからこそ、名前と実態が全然違うのが面白いんじゃん!」
「……まったく」
リゼットは小さく息を吐いた。
プライドは苦笑し、キシリアは呆れたようにマドカを見た。
『名前からしてやる気なさそうwww』
『怠惰のダンジョンが一番やる気あるの草』
『千八百年の隔離で異常進化って、想像以上に深刻な理由だった』
『これ、他の大陸のダンジョンも調べる価値があるな』
『ジャスティスの仕事、思ってたより大きいぞ』
『キシリア様、いずれ嫉妬大陸のダンジョンも比較されるのか』
『マドカさん、最後に全部持っていくなw』
キシリアは紅茶を一口飲み、改めてジャスティスを見た。
「……なるほどね。あなたに求められているのは、ただ強くなることだけじゃないのね」
「ああ!」
ジャスティスは力強く頷いた。
「俺はまだ知らないことばかりだ! だからこそ、エキドナと協力して調べていく! 世界に何があるのか、何が問題なのか。それを自分の目で確かめたいんだ!」
「ふふん……。その熱意だけは、認めてあげてもいいかもしれないわね!」
キシリアは少しだけ表情を和らげた。
ただし、すぐにいつもの勝ち気な笑みを浮かべる。
「でも、勇者を名乗る以上、実力も大事よ! 口だけで終わらないようにしなさい!」
「分かってる! だから、もっと強くなる!」
「その意気だな」
プライドも、先ほどまでの疑わしげな視線を少しだけ和らげた。
「少なくとも、何も考えずに勇者になりたいと言っているわけじゃないらしい。あとは、実力と行動で示してもらうだけだな」
「望むところだ!」
ジャスティスは再び胸を張った。
『お、少し評価が上がった?』
『実力はこれから。考え方はちゃんと見てるんだな』
『ジャスティス、期待されてるぞ!』
『キシリア様、ちゃんと勇者として評価してるのはいいね』
『このまま世界の謎の調査に進むのかな』
『まずはレベル上げとダンジョン攻略だろうなw』
応接室には、再び穏やかな空気が戻っていた。
ジャスティスが勇者を目指す理由。そして、リゼットが彼に期待している役割。
それは単に、勇者の座を誰かに譲るという話ではなかった。
まだ見つかっていないダンジョン。知られていない世界の問題。そして、各大陸に隠された未知の脅威。
エキドナがすでに知っていることだけでは、世界のすべてを把握することはできない。
だからこそ、これから世界を見て回り、自分の目で確かめようとする者が必要なのだ。
そしてジャスティスは、その役目を担うために、まだ成長の途中にいる。
――もっとも、キシリアはまだ、彼のことを完全に認めたわけではなかった。
「さて……。それで、ジャスティス。あなたの配信についても、もう少し聞きたいことがあるのだけれど?」
「……ん?」
ジャスティスの表情が、ぴたりと止まった。
『あっwww』
『まだ「バカっぽい」問題が終わってなかったw』
『勇者査定、続行です』
『ジャスティス、頑張れwww』




