キシリアVS幻影アリシア
# 第34話 嫉妬の勇者、幻影の剣士に挑む!
「それじゃあ、庭に移動しましょうか」
リゼットに促され、一行は屋敷の庭へと移動した。
広々とした庭は、戦闘訓練にも十分な広さがある。キシリアは中央まで歩いていくと、腰に差したレイピアの位置を確かめた。
「まずはあなたの動きを見ないと、なんにも分からないわよね」
リゼットはキシリアの姿を眺めながら言った。
「そうね! しっかり見てちょうだい!」
キシリアは自信たっぷりに胸を張った。
「私は嫉妬大陸の勇者よ? 剣の腕にはそれなりに自信があるんだから!」
そう言ってレイピアを抜く。
黒と深紅のドレスが揺れ、手にした細身の剣が陽光を受けて輝いた。
その動きを、ニコラ、グレタ、カトリーヌの三人が少し離れた場所から見ていた。
彼女らはまだ、キシリアの装備を作ると決めたわけではない。
リゼットから話を聞いただけで、すぐに仕事を引き受けるつもりもなかった。
実際にどんな戦い方をするのか。どんな装備を使い、どのような問題を抱えているのか。
まずは、それを自分たちの目で確かめる。
三人は黙ってキシリアの動きを見守っていた。
「では、始めるわね!」
キシリアはレイピアを構えた。
最初は軽い踏み込みからの突き。続けて手首を返し、剣先の軌道を変える。さらに横へ移動しながら連続して突きを放ち、最後は素早く後方へ跳んで距離を取った。
一連の動きに、無駄は少ない。
勇者として鍛えられてきたことが分かる、確かな剣技だった。
「どうかしら?」
キシリアがリゼットを見る。
「なるほどね。剣の扱いは悪くないわ」
リゼットはそう評価した。
「ただ、自分から攻撃するときの動きだけでは、まだ判断できない部分もあるわね」
「相手がいるときの動きも見たい、ということね?」
「そういうこと。実際に攻撃を受けたとき、どう対応するのか。それも見ておきたいわ」
リゼットはヒロバトを操作した。
キシリアはその様子を見て、すぐに何をするつもりなのか理解した。
そして、庭の中央に現れた幻影を見た瞬間――。
「えっ!? ちょ、ちょっと待って! アリシア!?」
思わず声が上ずった。
そこに立っていたのは、トライアングルの一員、アリシアの幻影だった。
マドカ、ナナリーと並び、キシリアが憧れている人物の一人。
もちろん、これはヒロバトによって再現された幻影だ。本人が現れたわけではないことくらい、キシリアも分かっている。
それでも、憧れのアリシアが目の前でレイピアを構えているとなれば、興奮を抑えきれなかった。
「まさか、アリシアの幻影と戦えるなんて……!」
「ちょうどいい相手でしょう?」
リゼットは平然と言った。
「エキドナの中でレイピアを使うのは、アリシアくらいだもの。まずは彼女と戦いなさい」
「なるほど! 分かったわ!」
キシリアは大きく頷いた。
「トライアングルの一員と戦えるなんて、願ってもない機会よ! せっかくだもの、全力で挑ませてもらうわ!」
憧れの相手だからといって、手加減してもらおうなどとは思わない。
相手は幻影であり、今の自分がどこまで通用するのかを確かめるための戦いだ。
キシリアは気持ちを切り替え、レイピアを握り直した。
「……よし!」
リゼットが開始の合図を出す。
キシリアは一気に踏み込んだ。
「はあっ!」
鋭い突きが幻影アリシアを襲う。
しかし、幻影はわずかに身体をずらして攻撃をかわすと、すぐさまレイピアを返した。
キンッ!
金属音が響く。
キシリアは反射的に剣を合わせた。
幻影のレイピアは、実体のある武器とぶつかったかのような確かな手応えを返してくる。
「っ……!」
キシリアは弾かれた剣先を戻し、二度目の突きを放った。
今度は相手の肩口を狙う。
だが、幻影アリシアはその動きを見切ったように剣先を滑らせ、攻撃の軌道を逸らした。
キシリアはすぐに体勢を立て直す。
「まだまだっ!」
横へ踏み込み、連続して突きを繰り出した。
一撃目で相手の防御を誘い、二撃目で軌道を変える。さらに三撃目を重ね、相手の隙を狙う。
キシリアの剣技は決して未熟ではない。
攻撃の組み立ても、状況に応じて軌道を変える技術も、勇者として鍛えられてきた実力を感じさせるものだった。
しかし――。
キィンッ!
幻影アリシアの剣が、キシリアのレイピアを外側へ弾いた。
その一瞬を逃さず、幻影が踏み込む。
「なっ!?」
キシリアは急いで防御に回った。
剣と剣が交差する。
キンッ、キィンッ!
キシリアは攻撃を受けながら、なんとか相手の剣筋を追おうとした。
だが、速い。
それだけではない。
幻影アリシアは、キシリアが次の動作に移ろうとするタイミングを的確に捉えてくる。
こちらが攻撃を仕掛ければ、その出鼻を挫く。
防御を固めれば、剣先の向きを変えて崩しにかかる。
距離を取ろうとすれば、その動きに合わせて間合いを詰めてくる。
キシリアは決して一方的に攻められているだけではなかった。何度か攻撃を繰り出し、相手の剣を受け止め、反撃の機会も窺っている。
それでも、決定的な一撃を与えられない。
「くっ……! なら、これでどうよ!」
キシリアは大きく踏み込み、渾身の突きを放った。
幻影アリシアは剣先をわずかに逸らし、身体を半歩ずらす。
キシリアの攻撃が空を切った。
次の瞬間、幻影のレイピアが返ってくる。
キンッ!
キシリアはどうにか受け止めたものの、その衝撃で腕が大きく流れた。
「しまっ……!」
体勢が崩れる。
幻影アリシアは、その隙を逃さなかった。
鋭い踏み込み。
一瞬で詰められた間合い。
そして、胸元へ伸びる剣先。
キシリアは咄嗟にレイピアを立てたが、間に合わなかった。
幻影の切っ先が、彼女の胸元でぴたりと止まる。
「……っ」
キシリアは動きを止めた。
これ以上続けても、結果は変わらない。
リゼットが試合終了を告げた。
幻影アリシアは剣を下ろし、静かにその場に立っている。
キシリアはしばらく相手を見つめたあと、ゆっくりと息を吐いた。
「……負け、ね」
悔しさはある。
だが、言い訳をするつもりはなかった。
自分の剣技が通用しなかった。それが今回の結果だ。
リゼットはキシリアの様子を見てから、口を開いた。
「ひとつ、覚えておいてほしいことがあるわ」
「……何かしら?」
「アリシアの主武器はレイピアではないの。銃よ」
「……え?」
キシリアは顔を上げた。
「銃……?」
「ええ。レイピアは副武器。普段の戦闘では、銃を主軸に戦っているわ」
キシリアは、もう一度幻影アリシアを見た。
今、自分が全力で挑み、それでも押し切れなかった相手。
その剣技が、アリシアにとっては主戦法ですらない。
「……副武器で、あの精度なの?」
思わず声が漏れた。
自分はレイピアを主武器として鍛えてきた。
その武器で、ようやく戦いを組み立てている。
なのに、アリシアは主武器ではないレイピアで、あれほどの戦いを見せた。
キシリアの胸に、じわりと不安が広がった。
(……私、まだまだなのね)
勇者として、決して弱いつもりはない。
けれど、世界には自分の知らない強さがある。
その事実を、今さらながら突きつけられた気がした。
「……はぁ」
キシリアは小さく息を吐いた。
「なんだか、少し自信がなくなってきたわね……」
それでも、しばらく考えたあと、彼女は顔を上げた。
「……でも、待って」
キシリアの赤い瞳に、再び光が戻る。
「アリシアさんが銃を主武器にして、レイピアも使えるのなら……私だって、サブの武器を使えるようになればいいんじゃない?」
リゼットは黙って聞いている。
「今のレイピアを極めることはもちろん大事よ。でも、ほかの武器も使えるようになれば、対応できる状況が増えるはず!」
キシリアは、自分のレイピアを見下ろした。
「銃……か。私に扱えるかは分からないけれど、覚えられたら戦い方の幅が広がりそうね」
そして、少しだけ笑った。
「それに……銃とレイピアを使い分けるなんて、かっこいいし!」
リゼットは小さく息をついた。
落ち込んだままで終わらず、敗北から次の可能性を見つけようとしている。
その姿勢は、少なくとも悪くない。
「そうね。新しい武器を覚えるのも選択肢の一つでしょう。ただ、まずはあなた自身がどう戦いたいのか、そこを整理する必要があるわ」
「ええ、分かっているわ!」
キシリアは力強く頷いた。
その間も、ニコラ、グレタ、カトリーヌの三人は黙っていた。
戦闘の結果だけで判断するつもりはない。
キシリアの攻撃の組み立て方。防御に回ったときの対応。武器を扱う技術。そして、敗北したあとに何を考え、どう次へつなげようとするのか。
それぞれの専門家が、異なる視点から観察していた。
やがて、グレタがキシリアのレイピアへ視線を向けた。
「純粋な剣技だったら……来たときのアナスイと同程度か」
ぶっきらぼうな声だった。
キシリアが振り向く。
「アナスイと同じくらい?」
「少なくとも、剣の扱いが素人ってわけじゃねえ。ただ、武器を扱えることと、武器を使いこなせることは別だ」
グレタはレイピアを見たまま続けた。
「武器は、まあ……お前くらいの強者が使うなら、作ってやってもいい。だが、武器を使うのと、武器の扱いを知ってる程度じゃ全然違う。いい武器を持たせりゃ、それだけで強くなるわけじゃねえ」
「……!」
「どこまで性能を引き出せるかは、お前次第だ」
グレタはそれ以上、説明を重ねなかった。
キシリアは真剣な顔で頷いた。
「……分かったわ。武器に頼るだけじゃなく、私自身も腕を磨く必要があるのね」
その横で、ニコラが首を傾げた。
「んー……でも、レイピア一本だけでよくダンジョンに潜るよね~」
キシリアがそちらを見る。
「えっ?」
「魔道具の爆弾とかもあるのに~。どうしてレイピアだけなの~? もし折れちゃったら、どうするの~?」
のんびりとした口調だったが、疑問は率直だった。
キシリアは少し考え込む。
「……それは、確かに考えたことがなかったわね」
「予備の武器とか、ほかの手段も用意しておくと安心かもしれないね~」
ニコラはそう言ったきり、再び黙ってキシリアを見ていた。
カトリーヌもまた、ドレスの裾へ視線を落とす。
幻影との戦闘では、キシリアは踏み込み、後退し、身体をひねりながら何度も攻防を繰り返した。
そのたびに、布地や装飾が動きにどう影響していたのか。
外見を保ちながら、どこまで素材や構造を変えられるのか。
彼女はまだ何も口にしない。ただ、観察した動きを頭の中で整理しているようだった。
三人とも、装備を作ると決めたわけではない。
だが、キシリアがどんな戦士で、何を必要としているのか。その輪郭は、先ほどよりも明確になりつつあった。
キシリアはレイピアを鞘へ戻し、三人を見た。
「……どうかしら? 私の装備、改善する価値はありそう?」
すぐには返事がなかった。
リゼットはその様子を見守り、静かに言った。
「それを決めるのは、彼女ら自身よ。あなたの動きを見て、何を作るべきか、そもそも引き受けるべきか。それぞれが判断することになるわ」
「……そうね」
キシリアは頷いた。
敗北によって、自分に足りないものが見えた。
新しい武器への可能性も見つかった。
そして、自分の装備を見極めようとしている職人たちがいる。
ここから先は、彼らが何を判断するかにかかっている。
キシリアは再び顔を上げた。
「私にできることがあるなら、何でも見せるわ。もっと強くなりたいもの!」
庭には、まだ静かな緊張感が残っていた。
三人の職人がどんな結論を出すのか。
その答えは、もう少し先になりそうだった。




